デス・オア・トリート
白く清潔な個室の中央に、大人用のリクライニング・ベッドがあった。その脇のテレビ台には月めくりのカレンダーが掛けられており、十月を示していた。
ベッドの上には、空色のパジャマを着た少年が目を閉じて休んでいた。
あるとき、少年はぱちりと目を開けた。続いて、手元のボタンを操作して上体を起こした。
人の気配を感じたからだ。
「……お兄さん、誰?」
少年はか細い声を発した。
部屋の隅に黒ずくめの男がうずくまっていた。男は刃が床に達するほどの大きな鎌を担いでいた。
「…………」
男は無言だった。
少年はきょとんと首を傾げた。が、すぐに何かを思いついたように「あ」と声を漏らした。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、少年はベッドから降りて、テレビ台の下の棚を開けた。ごそごそと何かを取り出すと、黒ずくめの男の元まで歩いて、差し出した。
「はい、どうぞ」
男は目を大きく見開いた。
それは両手いっぱいのお菓子だった。
男が受け取ろうとしないので、少年は屈み込んでお菓子を男の手前の床に置いた。
「いたずらしないでね」
少年はそう言って立ち上がると、立ちくらみを起こしたようにフラリとよろめいた。
「う……。ごほっ!」
少年は床に手を付いて激しく咳込んだ。鮮血が少年の右手や床を赤く染めた。
「…………」
黒ずくめの男は、何もせずにただ床に倒れ込んだ少年をじっと見下ろしていた。
数分後、個室を訪れた看護師は少年を見て小さな悲鳴を上げた。彼女は少年の呼吸や脈を確かめ、人を呼んで少年を担架に乗せて運び去った。
誰も、部屋の隅にいた黒ずくめの男に気づくことはなかった。
十数分が経って、最初に個室に来た看護師が戻って来た。
「あれ……、さっきお菓子が散らかってた気がしたけど」
個室の床に置かれていたお菓子は、黒ずくめの男と共に消え失せていた。
一週間後、地元の地方紙に小さなニュースが掲載された。
小児がんに罹り、余命いくばくもないと見られていた少年が奇跡的に回復したという、明るいニュースだった。
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