古里の海辺

 夏の間、ライフセーバーのアルバイトをしている。

 今日はお盆ということもあって人出は少ない。が、夕方に砂浜で見慣れないおっさんがうろうろしているのを見つけた。年季の入った釣具を持っているが、どうも雰囲気が普通じゃない。

 俺はそのおっさんに声を掛けることにした。

「おい、おっさん」

 おっさんは走って来る俺が見えていたようで、立ち止まって待ち構えていた。

「何用だ」

「あんたここで何してるんだ? 釣りをするなら波止場にでも行ってくれ」

 俺が波止場のある位置を示すと、おっさんはそっちを向いて目を細めた。

「なるほど、行ってみよう」

 おっさんはそっちに向かって歩きだした。

 俺はなんとなく気になって、おっさんにもう一回声を掛けてみた。

「なあ」

「まだ何か用か」

 俺は肩を竦めた。

「あんた、この辺の人じゃないだろ。故郷くにに帰らなくていいのかい?」

 おっさんは小さな溜め息をついた。

「わからぬ。儂の故郷がここでなければ、どこへ帰ればよいのか」

「はあ?」

 おっさんが突然わけのわからないことを言い出した。ちょっとボケが入ってるのかもしれないな、と俺は思った。

 その次におっさんはこう言った。

「儂はただ、苛められていた亀を助けただけなのだ」

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