第2章 国税横領罪



  ミリアリーノル公爵邸 執務室にて


 アデラールの来訪から数日経った、ある日の夜。

 部屋の四隅にそれぞれ三叉の燭台が、そして机には二つほどの燭台が置かれてあって、それらに灯った火の微光が壁の白い部分に反射していくらか増しになり、薄暗い部屋の輪郭をほんのりと浮かび上がらせていた。ベルティーナはいつもと変わらず、その執務室の机に向かっていた。机上にある二つの燭台の明かりを頼りに、書類に目を通しながら羽根ペンを走らせている。そんな彼女を傍らで見守るのは、唯一側近を許されたリアのみであった。

 今日は、月の終わりに毎回行われる国税徴収の前日である。

 そのため、ベルティーナは国からの使者へ提出する書類の精査を行っていた。領土内の民から徴収した税を総計し、そこから国へ納める税を算出した書類である。税は主に、金銀銅の通貨や穀物などである。各項目において、不当な徴収は行われていないか、徴収した税は収めるべき量に達しているか、また各徴収源からどの程度を国税に割り当てたという表記やそれらを承認するベルティーナの署名が書き漏れていないかなどを確認していく。

 そろそろ、国からの使者が来るはずだ。月に一度の厄介な処務はもうじき終わる。後は国から来た使者に、すでに精査し終えている書類の山を渡すだけであった。

 最後の書類に目を通して顔を上げた時、廊下の方から人の走る足音がベルティーナの耳に入ってきた。やがて、その慌ただしい足音は、執務室の扉が強く開け放たれると同時にぴたりと止んだ。

「ベルティーナお嬢様! 大変でございます!」

 ベルティーナは、突然現れた若い女中をきつい目つきで見やる。

「何事だ。ノックもなしに入室するとは、不躾であるぞ」

「申し訳ございません。ですが、館の外に武装した大勢の騎士が……」

「何?」

 ベルティーナは報告の真偽を確かめるべく立ち上がって、窓の外に目を向ける。

 すっかり闇に覆われた鉄柵の向こう側に、ちらほらと松明の光が揺らめいていた。その松明と騎士兵の中には二種類の旗が揚がっており、一つにはヴァルロリア王国の紋章が、もう一つにはドル・ア・ワード家の家紋が施されていた。騎士兵による集団の先頭にはアデラールが立っている。

 アデラールは高らかに声を上げる。

「ベルティーナ・ディア・オルシャンツァ=ミリアリーノル公爵。貴公に、国から国税横領の嫌疑がかけられている。願わくば、ただちにここを開門し、大人しくイルミッツェ王都までご同行頂きたい!」

 アデラールの声はベルティーナのいる執務室までしかと届いていた。

「国税横領だと?」

 ベルティーナは身に覚えのない罪に問われ、呆気にとられていた。あまりの馬鹿馬鹿しさに彼女は一瞬の目眩を起こす。傍に控えていたリアは素早い動作でベルティーナの体を支えた。

「ベルナお嬢様。これは明らかな濡れ衣で御座います。恐らく、先日の報復のために、ドルチュード公爵が画策した姦計だと思われます」

「ええ、そうでしょうね」

 ベルティーナは痛む頭を片手で押さえながら、リアの言葉を肯定した。

「わざわざこの日を狙って、国へ虚偽の告発をしたのでしょう、あの薄汚い溝鼠が!」

 ベルティーナは腹の底から湧き上がる怒りを抑え切れずにいた。

 リアは窓の外にいるアデラールを睨む。自分の仕える主を貶めた人間が偽りの正義を振りかざし、目下に迫っている。それが憎らしくて仕方がなかった。リアの心の内には、いますぐにでもアデラールの首を叩き斬り、ミリアリーノルの町の門下にでも晒してやる、という思いが生まれていた。

「ベルナお嬢様。ここは断固として、同行を拒否すべきで御座います」

「いいえ、私は王都へ赴く。リア、館の留守は任せたわ」

「お嬢様」

 リアは罠だと分かり切っている場所へ己が主を行かせたくなかった。

 アデラールはその人間こそが卑しけれど、仇敵を陥れる姦計に関しては飛び抜けて頭の回る人物であった。御家や町同士で起こるいざこざの裏ではアデラールが暗躍していた、なんて事は然して珍しくもない。今回に至っては、国までも姦計の一部として組み込んできたのだ。それは、いつもの姦計とはその規模のみならず、精巧さと綿密さが周到に練られている事を意味している。

 だが、当主であるベルティーナの決定には抗えない。

「かしこまりました。どうか、お気をつけて」

 ベルティーナはリアの手から離れ、門前にて待つアデラールの元へと向かった。

 窓から見える夜空には黒ずんだ厚い雲が立ち込めている。夜の町を照らしてくれるはずの月は隠れ、小さな星すらも窺えない。代わりに、館の周囲に散らばる不穏な松明の光だけが今宵を照らし出す。

 リアは執務室の窓からベルティーナの姿を見送りながら、胸のざわめきを感じていた。



  ヴァルロリア王国

  イルミッツェ王都 城内の地下牢にて


 ベルティーナは今、地下牢の中に幽閉されている。

 王都へと連行された彼女はすでに三回の裁判を受けていた。

 裁判は城内の王の間にて執り行われる。国王は審判を下すために玉座でそれを眺め、主に老大臣の二人によって裁判が取り仕切られる。その中で告発者であるアデラールと、被告発者であるベルティーナが互いに証言を交わし、自分の正当性と主張を訴える。それが裁判の流れであった。

 現在、ベルティーナの状況は芳しくない。

 彼女の予想以上に、アデラールの用意した証拠や証言が数多く存在したからである。それらは目に見えた捏造であったが、周囲の人間にアデラールの主張を刷り込むには十分の効果を発揮した。加えて、老大臣が提出した書類にも虚偽の内容が記されていた。国税徴収の際に使用する書類の数々、つまりベルティーナの館から押収したというそれらを調べた結果、町で徴収した税量を偽り、本来国税に当てられるはずであった税の一部を横領していた事が発覚したようだ。

 書いた覚えのない書類の内容を見て、ベルティーナはただ黙するしかなかった。アデラールの捏造と、それに加えて国から直接的な証拠が挙がったとなっては反論しようがない。裁判を傍聴していた騎士や臣下、貴族達の大半もそれに惑わされていた。

 後二回行われる予定の裁判も、もはや絶望的である。

「お姉様」

 リュシールの声がしんとした牢獄の空気に小さく反響する。

 ベルティーナが王都に連れて来られた次の日に、リュシールも同じ地下牢へと投獄されたのである。国税横領は姉妹の共謀であると、アデラールが国へ進言したからであった。

 リュシールとベルティーナはそれぞれ、通路を挟んで向かい合っている牢に別々で入れられていた。

「大丈夫よ、リュシィ。そんなに悲しい顔をしないで頂戴」

 ベルティーナは、顔にはっきりと不安の色を浮かべたリュシールに優しく声をかけた。ただ、そのリュシールの不安は自分の身を心配するというよりも、姉の今後を案じる気持ちが表れたものであった。

 国への冒涜や侮辱行為を犯した罪人には一切の慈悲を与えず、死刑をもって償わせる。それがヴァルロリア王国の法であった。貴族であれ庶民であれ、そこに例外はない。

 だが、ベルティーナがその例外となる可能性はあるにはあった。

 彼女の家、つまりオルシャンツァ家は代々ヴァルロリア王国へ尽くしてきた貴族である。ヴァルロリア建国の際に王族から公爵位を授かり、国の領土であるミリアリーノル領を任せられている。国からの信頼は厚く、まさに貴族の中でも極めて上流の階層を占めている家だった。

 ベルティーナ個人の名誉も家の威光に負け劣る事はない。戦略から政(まつりごと)までの多岐に渡る智謀に長け、剣術や槍術にも優れ、国内で屈指の美麗な容姿を持つ。俗に“先の正戦”と呼ばれている大戦においても、ベルティーナは戦死した父の代わりを務め、ヴァルロリア連合軍側の勝利に多大な貢献をした。国の功労者である彼女が死刑を免れる可能性は十分に有り得るのだ。

 唯一懸念があるとすれば、アデラールがこのような好機を逃すはずがない事であった。ここぞとばかりにベルティーナとリュシールの死刑を求刑し、目の敵にしているオルシャンツァ家を潰す腹積りに違いない。

 妹に身を案じられているベルティーナもまた、リュシールの身を案じる。自分が死刑に処される事になろうとも、妹であるリュシールの死刑だけはなんとしても避けたいと考えていた。

「ごめんなさいね、リュシィ。私のせいで貴女に怖い思いをさせてしまって」

「そんな、お姉様は」

 お姉様は悪くないです――そうリュシールが言葉を続けようとした時、薄暗い地下牢の床を蹴る乾いた足音が響いてきた。その音は二人のいる牢に段々と近づいてきている。ようやく足音が止まって、目の前に現れた人物を見るや否や、ベルティーナは牢の柵に勢い良く掴みかかった。

「アデラール! 貴様、よくもおめおめと私の前に顔を出せたものだな!」

 アデラールは落ち着き払い、冷ややかにベルティーナを見て微笑んだ。

「おやおや、オルシャンツァ家の当主であろうお方がそんなに声を荒らげては、はしたないですよ。もっと上品に振る舞ってもらわねば、妹様の教養にも差し障ると思われますが?」

「おのれ、白々しい! 大事な我が妹をこのようにしたのは貴様であろう!」

 ベルティーナは声を低め、アデラールを威嚇する。だが、彼は余裕の態度を示していた。どれだけ殺気立たせようとも、二人の間には牢の柵があった。ベルティーナの手がアデラールに届く事はない。精一杯の攻撃であるベルティーナの鋭い眼光と怒号も、アデラールは気にすら止めなかった。

「それにしても、私は残念でなりません。まさか、貴女のような人間がこのような過ちを犯すなどとは。ドル・ア・ワード家としても、私個人としても貴女を尊敬しておりましたのに」

「貴様、まだ言うか!」

 ベルティーナは牢の柵を力強く握り締める。

 ベルティーナはただ一心に、この場でアデラールを斬り捨ててしまいたかった。それが出来ない事に彼女は悔しさを覚え、奥歯を強く噛み締める。

 アデラールはその様子がどうしても愉快で堪らなくなった。堪え切れない笑い声を細々と漏らす。

「最後の審判が待ち通しいですな。ミリアリーノル公爵、貴女がその身の潔白を証明してくれる事を切に願っております。では、私はそろそろ失礼します」

 アデラールは可笑しさで肩を震わせながら、その場を去っていく。彼の足音はやがて聞こえなくなり、薄暗い牢獄には元の湿った静かな空気が戻っていた。

 ベルティーナは牢の柵を握り締めたまま、膝から崩れ落ちた。彼女は自分の失態を悔やむ。いつものように、アデラールの姦計を打ち破る事が出来ると思い込んでいたのだ。今回ばかりはその慢心が失敗の要因になってしまった。

 捏造された精工な書類に、迅速な国への告発。それらの周到な手際にベルティーナは、王都の中にもアデラールの協力者がいるのではと睨んでいた。もし、アデラールに加担する者が城内にいると分かっていれば、あえて王都へと赴く事はなかっただろう。

 ベルティーナは悔し涙を流す代わりに、歯を強く噛み締めて歯肉から薄っすらと血を滲ませていた。そんな彼女を見ていたリュシールはいたたまれない気持ちになった。

 通路に灯る蝋燭の弱々しい火。その火に揺られたベルティーナの影は、静寂に等しい嘆きを上げていた。夜になると、牢獄の中は一気に冷え込む。ベルティーナとリュシールの体が温まる事はない。



  前場に同じ ベルティーナの牢内にて


「お嬢様、ベルナお嬢様。どうか、お目覚めください」

 体を揺すられたベルティーナは、聞き覚えのある声にはっと目を覚ました。目を開けたベルティーナの前にはリアがいた。

「リア? どうして、貴女がここに?」

 自分の目を半ば疑いながら、ベルティーナは聞いた。

 リアは小さく頭を下げ、丁重に答える。

「はい、ベルナお嬢様をお救いするためで御座います。王城の外には私の仲間もおります。皆、ベルナお嬢様をお慕いし信じているのです」

「ああ、私は夢でも見ているのだろうか」

「いいえ、夢では御座いません。さあ、見張り番が来る前に、お早く」

 ベルティーナは急かされるがままに立ち上がった。が、その場から一歩も動きはしなかった。

「駄目よ。ここで脱獄する事は、国への忠義に背く事になるわ。私の罪が濡れ衣であれ、陛下の審判を潔く受け止めて、与えられた刑を全うする。それが、ヴァルロリア王国へ仕えるオルシャンツァ家当主としての責務だわ」

 これを聞いたリアはすかさず諫言する。

「なりません。現状において、お嬢様の損失はオルシャンツァ家の存亡に関わります。仮にお嬢様がこの場にお残りになれば、リュシィ妹様はどうなさるおつもりですか?」

「リュシィにまで重荷を背負わせるつもりはないわ。貴女は、リュシィだけを連れて逃げなさい」

 ベルティーナは国への忠誠を尊重し、ここに残るつもりであった。リアはベルティーナをなんとしても救いたくて、ここぞと食い下がる。

「リュシィ妹様をお一人になさるおつもりですか? 巷で聞いた話によると、ドルチュード公はお嬢様と妹様を死刑に追いやる魂胆のようです。もし、お嬢様が処刑されてしまえば、妹様が酷く悲しまれる事でしょう」

「くどいぞ、リア。私は、リュシィさえ生き延びてくれのなら構わないわ」

 ベルティーナの意志は固く、脱獄する気は毛頭なかった。

 それでも、リアは我が主の命を守りたかった。日頃から命令に忠実なリアも、その主自身の命が危ういとなっては黙って見過ごすような真似など出来ない。

「では、妹様のお気持ちはどうなされるおつもりですか? 妹様はベルナお嬢様をとても愛しておられます。それも、お嬢様がたった一人の家族だからで御座います。お嬢様が妹様を失いたくないとお思いになるのであれば、妹様もそれは同じで御座います。もし、本当に妹様のためをお思いになるのであれば、どうか、御身を大事になさって下さい」

 リアのこの言葉は、ベルティーナの心をほのかに揺らがした。

 ベルティーナがふと向かいの牢に目をやると、いつの間にか起きていたリュシールと目が合う。リュシールの青い瞳に悲しげな陰が落ちていた。

 国に対するベルティーナの忠誠心は強かった。だが、それ以上に、妹のリュシールに対する愛情は底知れぬほど深かった。国への忠義とリュシールを天秤にかければそれがどちらに傾くかなど、ベルティーナには考える必要すらない。

「リア、リュシィを牢から出しなさい。一刻も早く、ここを脱出するわよ」

 リアは態度に出さないようにほっと安心し、恭しく礼をする。

「御意」

 リアは看守兵から奪った鍵で牢を開け、リュシールを牢の外へと出す。それから、事前に持ち込んでいた剣を二人にそれぞれ差し出した。

「お嬢様、妹様、これを」

 どちらの剣も腕の良い鍛冶師に打たせた代物で、軍の騎士兵に持たせるような量産品ではない。しっかりとした重量と造形を持つ良質な剣である。

 ベルティーナは左手で剣を受け取った。帯刀するためのベルトがないので、剣を持った手をそのまま腰の位置に固定する。有事の際、即座に抜剣出来るようにするためである。

 リュシールも恐る恐る剣を受け取り、見よう見まねでベルティーナに倣った。剣術の指南はベルティーナと同様のものに受けていたが、剣の扱いはあまり得意ではなかった。

 リアは二人の準備が整ったのを確認する。

「よろしいでしょうか。では、僭越ながら私が先導致します」

 リアは走り出す。ベルティーナとリュシールもその後に続く。

 牢獄の石壁に三人の足音が忙しく響き渡る。通路には、侵入の際にリアが殺した看守兵の死体が転がっている。もう何十年も前から投獄されている罪人達が、牢の柵の間から三人の走る姿を流し見る。罪人の中には「俺も助けてくれ!」と叫ぶ者もいた。

 ベルティーナ達はそれらに目もくれてやらず、通路を走り抜けた。

 地下牢の階段を上がり、王城から少し離れた場所にある石塔の中に出た。石塔内には看守の座る机と椅子があるが、その机には剣で首を掻き斬られ、血を垂れ流している兵が突っ伏していた。石塔の天辺と出入口にいた塔番の騎士兵もすでに息はない。

 石塔を出ると、リアは周囲に目を走らせた。もし見回りの兵がいた場合、ベルティーナとリュシールを守り戦わねばならない。

 辺りにはすっかり宵闇が落ちている。どんよりとした雲が上空を漂い、月を半分以上覆い隠していた。石塔についている松明がその周辺を赤く照らしていたが、それも微弱な明かりだった。ベルティーナ達には少し先の方に植えられた木々すらも見えない。だからと言って明かりを持って歩けば、巡査兵や城郭の兵に見つかってしまう。

 ベルティーナ達は静かに、そして素早く石塔の裏手に回り、そこから北に進んでいく。後は、王城を囲む城壁を抜け、リアの仲間に王都の外まで導いてもらうだけであった。

 なんとか抜けられそうだとリアが思った矢先、背後の石塔から甲高い金属音が鳴り響く。

「脱獄だー!」

 石塔の天辺にいる一人の騎士兵が叫び、近くの者にこれを知らせる。

 リアは焦った。殺し損ねた塔番がいたのかと考え、自分の不注意さに舌打ちをする。

 実際はそうではなかった。つい今程、塔番の交代に来た数人の騎士兵が石塔の惨状を目の当たりにし、牢獄の中を確認したのだ。

 リアの計画ではこの塔番の交代も見越した上での脱獄だった。しかし、それはあくまで計画が滞りなく進んだ場合にのみ有効である。リアがベルティーナを説得する時間が計画に大きな誤差を生み、脱獄の発覚が早まってしまったのだ。

 ベルティーナ達は走る足を更に急がせる。いつ追手に見つかってもおかしくない状況であったが、幸いにも夜の闇は彼女達の味方をし、北の城壁まで辿り着く事が出来た。

 城門がある南の城壁とは正反対の位置にあるこの城壁。その隅には、リアが城内に侵入する際に使った小さな抜け穴がある。人ひとりが屈んでやっと通れる大きさだった。

 リアは城壁を見上げる。見張りの騎士兵はいない。城壁の通路には咽喉に矢の突き刺さった兵の死体がいくつか転がっている。

 いつ、ここにも交代の騎士兵が来るか分からない。リアはベルティーナとリュシールを先に行かせ、背後に警戒しつつ最後に抜け穴をくぐった。

 城壁を抜けた先は鬱蒼とした林であった。王城は丘の上に立ち、南以外の三方向は背の低い木々に囲まれている。この緩やかな丘を下りた所に国の都市である街があった。

「ここを少し下りた所に私の仲間がおります。さあ、急ぎましょう」

 ベルティーナ達は林を抜け、街の夜道に出た。

 そこには五人ほどの男性がいた。皆、ミリアリーノルの民であり、ベルティーナの脱獄を手助けする者達である。彼らは、リアが留守を預かっていたオルシャンツァ家の館を訪れ、ベルティーナを助けたいと声を上げたのだ。丁度それと同じ心積りであったリアは彼らと協力し、この脱獄を計画した。

 五人の男性の内、一人が前に進み出る。

「ミリアリーノル公爵、ご無事でなによりです。私達は、いえ我々ミリアリーノルの民は公爵の身の潔白を信じております。ここからは私達にお任せを。街の外に駿馬を用意しております故、どうか、そこまでご辛抱下さい」

 男性達はここイルミッツェ王都の民ほどではないにしろ、ベルティーナ達よりは街の歩き方を心得ていた。大きな表通りを避け、路地裏や狭い道を縫うように進んでいく。貴族の上流階級であるベルティーナやリュシールにとって、そのような俗な裏道はあまり馴染みないものであった。

 城の対応は遅れていた。脱獄したベルティーナ達の捜索は未だ城内に集中しており、街中を捜索している騎士団の数は四つほどだった。夜の街は暗く、それだけの数で宵闇に包まれた都市を捜索するのは困難である。

 遅々とした城の対応とリアらの先導のおかげで、ベルティーナとリュシールは無事街の外へと抜け出す事に成功した。脱獄を手助けした男性達に見送られて、ベルティーナ達はそれぞれ馬に跨がりイルミッツェ王都を後にする。

 夜はまだまだ長く、太陽のない平原を三頭の馬が駆ける。

 ベルティーナ、リュシール、リアの三人は国に追われる身となった。

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