第16話 小さく咲き始めた淡い花

 目を伏せて俯く光喜はかなり気落ちしている。なだめるように頭を撫でてやれば、じっとまっすぐに俺の顔を見た。なにも言わないけれど目は口ほどにものを言う。その視線の意味に気づいて俺は手のひらで光喜の額を叩いた。


「やっぱり俺がいいとか言うのは逃げだからな」


「だって勝利のほうが優しい」


「なに言ってんだよ。俺は好きだって言ってる相手を他の男に紹介するようなやつだぞ」


「んー、それは正直もういいかなぁって。そろそろ俺も潮時だなぁって思ってたし。勝利いじると鶴橋さんが嫉妬全開なのが楽しかっただけだし」


「……って言うか、そっちより小津さんの反応を気にしてたんじゃないの? 最近のお前は小津さんいない時、全然俺にくっつかないじゃん」


 落ち着かない様子で視線をさ迷わせる光喜の額に人差し指を突きつけると、右往左往していた視線がちらりとこちらを向く。その視線を見つめ返せば、じわじわと頬が赤く染まった。


「興味があったとかじゃなくて、本当は小津さんのこと気に入ってるんだろう?」


「だって……勝利たちを呼ぶってことは、俺としたことが、後ろめたいってことでしょ」


 ぽつりと小さく呟かれた光喜の本音に、思わず睨み付ける勢いで小津に視線を向けてしまった。目を細めれば小津は飛び上がって背筋を伸ばす。目線でこっちへ来いと促すと、ギクシャクしたままこちらに近づいてきた。


「小津さん、俺は言ったよな。言い訳はすんなって」


「う、うん」


「じゃあ、いまのこの状況どうすんの? ここまで来たんだからはっきりしろよ」


 いつまでも煮え切らない態度では光喜があまりにも可哀想だ。確かに酔っ払った勢いで押し倒すのは褒められたことではないが、痺れを切らしてしまうくらい焦れったかったんだろう。

 傍で見ている俺からしても告白するのは半年か一年先かと思ってしまうくらいだった。その言葉をずっと待たされている光喜からすれば、もどかしくて仕方がなかったんだ。光喜はずっと傍にいてくれる人を探していた。


「み、光喜くん。あの、こんなことになってから、その」


 光喜の前で膝を折った小津は顔を真っ赤にしてしどろもどろで言葉を紡ぐ。その声に視線を持ち上げた光喜はなにも言わずにその様子を見つめている。けれどあれこれと余計なことを考えているのか、いつまで経っても肝心の言葉が出てこない。

 その状況にこっちのほうが黙っていられなくなる。しかし急かすように思いきり背中を叩くと、小津は前のめりになりながら光喜の手を取った。


「光喜くん! つ、付き合ってください! 初めて会った時から、好きです! その、こんな僕でも良かったら、これから先のことも見据えて、一緒に、いたいです」


 茹で上げられたみたいに首筋まで赤く染めて、縋りつくように光喜の手を掴む小津はまっすぐと目の前の瞳を見つめていた。その目を見つめ返す光喜は唇を引き結んで、大粒の涙を浮かび上がらせる。


「あ、あの、光喜くん。えっと、こんなおじさんだけど、傍にいてくれないかな」


 恐る恐ると言った様子で手を伸ばすと、小津は光喜の涙を不器用そうな指先で拭う。けれど溢れ出した涙は拭いきれないくらいこぼれてくる。そのしずくに今度はあたふたと両手を伸ばして光喜の身体を抱きしめた。


「ごめん。不安にさせたよね。一人にしてごめんね。情けない僕でごめん」


「……好きって、もう一回、言って」


「うん、好きだよ。僕は光喜くんが好きだ」


「そういうことは、もっと早く言ってよ」


「ごめんね。ずっと尻込みしてた。光喜くんみたいな子が僕なんかと付き合ってくれるんだろうかって。だけど言わなきゃ伝わらないよね。好きだよ。僕は君が大好きだ」


 淀みもないまっすぐな小津の言葉に、光喜は両腕を伸ばしてしがみ付くように抱きついた。しんとした空間に光喜の嗚咽が響く。

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