(25)
アルフレッドの誕生日が近くなると、ララタは彼への誕生日プレゼントを作り始める。それはずいぶんと早い。作り始めるのも早かったし、作るのも――長年の慣れで――早かった。
なぜならアルフレッドの誕生日ともなれば多くの人間がアレコレとプレゼントを送るのだ。その中に埋もれないためにも、ララタは一番にアルフレッドにプレゼントを渡すことにしている。……というか、なっている。その結果、ララタは誕生日を前に誕生日プレゼントを渡すという、ちょっとおかしなことになっているのであった。
はじめのうちはアルフレッドの誕生日当日に渡していたのだが、それがいつの間にやらズルズルずれて、この日のように誕生日前にプレゼントを渡すことになっていた。
奇妙であるとはララタも思っているが、別にアルフレッドがそれで納得しているのならいいかとも思っている。
アルフレッドはいつだってララタのプレゼントを一番に貰うことを喜んでくれる。形ばかりのプレゼントだって、アルフレッドはその手間を尊いものと思っているところがあるが、ララタに対するそれは別格だ。それは、ララタの自惚れではないハズだった。
贈る物はいつからか「お守り」と決まっていた。アルフレッドは強く望めばまあそれなりにすべてが――「健康」やら「永遠の命」やらは無理だが――手に入る立場である。だからララタはアルフレッドの誕生日を祝いたくても、どうすればいいのかわからなかった。
「お守り」を贈ることが定番となったのは、この世界でそれが貴重なものだったからだということもある。この世界にふたりしかいない「魔法使い」のひとりが作った「お守り」。内実は単に一度だけ発動する防御魔法がかけられただけの宝石が入った、匂い袋のような形のプレゼントである。
お金をかけているのは宝石の部分くらいで、あとの袋は手作りである上にそれほどお金はかかっていない。手間はかかっているが。手間は。
しかし「お守り」であるので、思いはこもっている。それはもうララタの外には出せないドロドロとした情念みたいなものがこもっていてもおかしくはない。
そういうのを嫌って手作りのものを受け取らない人間もいるが、アルフレッドはそういうことにまで頭が回っているのかはわからない。アルフレッドの頭が悪いと言うことではなくて、彼はララタに悪意があるとは思っていないフシがある。……ララタにだって、人並みにだれかを嫌ったり心の中で呪ったりすることはあるのに。
とにもかくにもララタはそれなりの思いを込めて、魔法を宿した宝石を入れるための、小さな袋を作り上げる。
その「お守り」が運命を――たとえば死の運命とかを――捻じ曲げられる力があるとは思ってはいない。思ってはいないが、この「お守り」がアルフレッドの運命を守ってくれるように祈りを込める。
そしてそれが完成したので、ララタはアルフレッドに渡すために王宮へと参上した次第である。そろそろ気の早い貴族たちがアルフレッドに贈り物をしていてもおかしくはない。
このときはララタもドキドキする。やはりアルフレッドの一番になりたいという思いはあるのだ。だからこういうときくらいは素直に一番にプレゼントを渡す座を狙う。……もちろん口では素直に言えやしないが。
中庭に面した王宮の白亜の廊下を、こころなし早足で進んで行く。ときどきせわしなく働く女中とすれ違う以外には、王宮内は平和だった。
――早くアルフレッドの執務室に着かないかしら。
もちろんアルフレッドのいる部屋へと向かう前に、王様とお后様のところには顔を出していた。お后様のところ――サンルームを兼ねたサロン――にはちょうど、彼女の姪たちがいたので、ララタはちょっとだけ緊張した。
アルフレッドの従姉妹である彼女らは、当然のようにララタを快く思っていない。ぽっと出の冴えない見た目の小娘が、伯母家族に気に入られちゃって気に食わないのである。
ララタは道理としてその感情は理解できるものの、内心では「大きなお世話」だと思っていた。
けれどもまあ、相手は王室に娘を嫁がせるほどの大貴族。積極的に心証を悪くしていくのも得策ではないので、ララタは大人しくしている。
お后様がその当の姪――アルフレッドからすると従姉妹――たちを特に好いているわけではないことも手伝って、ララタの冷淡にも見える態度は許されているフシがある。
当の姪たちはそれでもせっせと伯母の元へと通っているのだから、貴族というものは大変だ。ララタのようにコミュニケーション能力が低い人間には、貴族などというものは務まらないだろうと彼女は常々思う。
しかし、だからと言って彼女らを毛の先くらいは尊敬しているかと問われると、それはそれ、これはこれ。
今まさに獲物を見つけたキツネのような顔をしている、メアリ=ローズとメアリ=ジェーンのいじわるな目を見ていると、尊敬しようという気持ちもどこかへ飛んで行ってしまうというものだ。
「アルフレッドへの贈り物を持ってきたんでしょう? 参考にしたいから見せてちょうだいよ」
ニタニタと意地の悪い目を見ていれば、開いた扇で覆っている口元も、いやらしく弧を描いているのだろうなと想像がつく。双子のように似ているメアリ=ローズとメアリ=ジェーンの従姉妹は、先ほどのサロンでララタの用向きを聞いていたのだ。それをわざわざ追ってきてこれなのだから、きっとこのふたりは暇なのに違いないとララタは思った。
「いえ、わざわざお見せするほどのものじゃないですよ」
不意によぎるのは昔の出来事だ。やせっぽちでチビのララタより大柄な同級生が、彼女の持ち物を奪って捨ててしまったことがある。一度や二度の話ではない。そういう忌まわしい経験があるからこそ、ララタはこのメアリの名を持つふたりに、「お守り」を渡してはいけないと思った。
ふたりのメアリはララタの言葉を聞いて「まあ」と言った。どこかララタを非難するような響きがあった。あるいは、断られるなどとは思いもしなかったのかもしれない。
それでも気を取り直してせっせとララタをイジメてやろうと言葉を繰り出すのだから、貴族というのは神経が細くてはやっていけないものなのだろう。
「伯母様から聞いたわよ。毎年お守りを送っているんですって?」
「ええ、まあ」
「魔法使いのお守りだなんて、胡散臭いことこの上ありませんわ」
「ローズ、わたくしアルフレッドからお守りを見せていただいたことがあるのだけれど、ただの布切れでしたわよ」
「あら……『魔女様』は他でもない王子の誕生日にみすぼらしい布切れを贈られる世界からいらしたのかしら?」
クスクス、クスクスと笑い声を立てるふたりのメアリを見ながら、ララタの心は微塵も委縮したりはしなかった。
この世界にくるまえのララタであれば、ひとりで陰気にシクシクと泣いて、己の生まれの不幸を呪っていただろう。けれども今のララタは違う。歳を重ねることによってそれなりにツラの皮も厚くなったし、なにより自分の「お守り」を喜んでくれるアルフレッドの顔を知っている。だから、自信を持ってイジワルなふたりのメアリに立ち向かえる。
「あら、嫌味に精を出して御苦労様。おふたりはアルのことをなんにもわかっていないのね」
「な?!」
「おふたりともアルのことを口説き落としたいんでしたら、まずその嫌味をやめてみてはいかが? ま、わたしには嫌味にもなっていないけれども」
ふたりのメアリは扇を持つ手をわなわなと震わせて、怒りに満ちた目をララタに向ける。
「な――貴女! わたくしたちが誰なのかおわかり?!」
「王后陛下の姪御方こそわたしがだれなのかわかっているのかしら?」
恐らくふたりのメアリはいつもの調子で地位を振りかざしただけなのだろう。きっとよそでもこういうことをやっているに違いない、と思う程度には、スラスラと出てきたように聞こえた文句だった。
これはたしかにあの自分にも他人にも厳しいお后様が嫌うのも理解できる――とララタは心の中で「さもありなん」とつぶやく。
一方のふたりのメアリは目の前にいるのが単なる王室に仕える「魔法使い」ではなく、かりそめにせよ「王子妃」であることに気づいたようだ。気づくだけの脳みそがあったことに、ララタはひとり安堵する。
「たかが『お試し』でしょう! いつまでも大きな顔をしていられると思ったら大間違いよ!」
「このことはお父様に言っておきますからね!」
結局、ふたりのメアリは口でも地位でもララタには勝てないと思ったのか、そんな捨てゼリフを吐きながらしっぽを巻いて逃げたのであった。
残されたララタは深いため息をついた。ふたりのメアリのせいでとんだ時間の無駄である。
淑女らしからぬさわがしい――お后様が眉をひそめそうな――足取りで消えたふたりのメアリを見送ったあと、ララタはもう一度深いため息をついて、うしろの大きな白亜の柱を見やった。
「アル、いるんでしょ?」
「気づいてたの?」
柱の陰から現れたのは、ほかでもないアルフレッドであった。
少し気まずげにはにかみながら、アルフレッドはララタのそばへと近寄る。
「ごめんね」
「どうして謝るの?」
「いや、出て行こうと思ったんだけどさ……それに、僕の従姉妹たちが……」
「アルが謝るようなことじゃないでしょ。血族なんてものは選べないんだから。それに出てこなくてよかったわよ。わたしが売られたケンカはわたしが買うし、今はかりそめにしろ王子妃だからね。上下関係をわからせてあげるためにも、ビシッと言っておきたかったの」
一度にララタがそう言うと、アルフレッドは気まずげだった目をぱちくりとわずかに丸くさせた。
「まあ、そう言ってもらえるとうれしいし、頼もしいけれども……」
「……それより、わたしアルに会いに行きたかったのよ」
いつまでもさきほどの嫌味バトルの話を続けられるのは気恥ずかしかったため、ララタは本来の用向きを伝える。アルフレッドはすぐに察したらしく、「ああ」と言って、胸の内側のポケットから小さな匂い袋のような布袋を取り出した。
「誕生日おめでとう、ララタ」
ララタの誕生日はアルフレッドの数日前だった。こうして誕生日プレゼントを交換するようになったので、アルフレッドに誕生日プレゼントを贈る日を前倒しにするようになったのであった。
アルフレッドがララタに贈ってくれるのも、同じ「お守り」である。魔法を込めた宝石が入った小さな匂い袋のようなものを贈りあう。もちろん布袋はアルフレッドの手作りだ。この王子が針を持つということを知っているのは、どれくらいいるのだろう? そう思うとララタは奇妙な優越感に浸れた。
「誕生日おめでとう、アル。ほら、いつもの」
アルフレッドから差し出された同じような袋を貰うと同時に、ララタもポケットから布袋を出して彼に差し出す。もう何年も続けていた儀式めいたプレゼント交換を終えると、ふたりは貰った布袋を大事にポケットにしまい込む。
「これでまた一年安泰だね」
「そんな超常の力はないわよ。魔法使いだからって」
「気持ちの問題だよ」
ニコニコと笑うアルフレッドに、ララタはついつい可愛くないことを言ってしまう。けれどもポケットに突っ込んだままの右手は、アルフレッドから貰った「お守り」を大事に握っていたのだった。
はじめ、この「お守り」は友情がいつまでも続きますように、アルフレッドが健康でいられますようにと願っていた。それは今も変わらないのだが、意味合いはだいぶ変わってしまったようにララタは思う。特に友情の部分は。
永遠の友情を願うのは、いつからかララタの臆病な心から発せられるようになった。友人として、永遠にそばにいたい。恋人じゃなくてもいいから、友人でいたい。そんな思いでララタは「お守り」を作るようになった。
アルフレッドはどうなのだろうか? ララタと同じ思いでいるのだろうか? それとも……。
もちろんララタには他人の心を読むなどといった超常の力はないので、想像するしかない。けれどもその想像通りにアルフレッドも同じ気持ちだったらいいのにとララタは思った。
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