【きっかけ作り】

「フフッ、史弥くんのお母さんってユニークな人なんですね。でも相談なしに決めるのは良くないですよ? お母さんの気持ちも理解してあげて下さい」

「うぅ、確かにそう言われるとぐうの音もでない。気をつけます」

 夕暮れ時、生徒会長演説会まで残り一週間を切ったとある下校時間。

 入学して間もないとはいえ、だいぶ打ち解けてきた可憐は俺の話を熱心に聞いてくれていた。

 都合が合えば下校を共にする仲くらいにはなった俺達はお互いが利用する公共交通機関である駅を目指して歩く。

 今では自然な会話も成立させている。ただ彼女にとっての敬語口調で丁寧な物腰は人柄なのだろう。だから可憐の口調はもう気にならなくなっていた。

 風紀委員就任後、母さんの荒れっぷりの話しに花が咲き、可憐と談笑に勤しむ俺は反省の色を見せると、可憐はクスクス笑う。

「お母さんが可哀想ですから」

「…………善処します。しかし、母さんのユニークっぷりは今まで会った人達で超えたのを見たことがない。キャラが立ち過ぎと言うか、濃いというか……」

「そうなんですか?」

「そうだよ。でも可憐もうちの母さんに似ているところはあるけどね」

「えッ⁉ それってどういう意味ですか⁉」

「二面性的なところ?」

「そ、それは仕方ないんですぅ!!」

 可愛く頬を膨らませて抗議する可憐はまさに美少女に相応しい容姿をしていた。

 十人が十人口を揃えて同調するだろう。そんなマドンナ的存在と一緒に行動するとどうなるか。

 同じ下校途中の稲高生や中には通り過ぎる関係ない通行人も目を取られる始末だ。

 もはや板についてきた周囲からの──主に男子からの羨望と嫉妬が入り混じった視線が降り注いでも俺は気にしなくなっていた。

 隣の可憐も今まで生きてきて、好奇な同種の視線には慣れっこなのか意にも介していない様子だ。

 しかし今日はいつもはいない三つ目の影があった。

 この日は珍客も同伴しての下校。

 一緒のペースで歩く男子生徒は整った顔立ちで、短めの髪の長さ、清潔感と爽やかなスポーツマンを装った、吉田(よしだ)日向(ひゅうが)だった。

「よくこんな中で会話できるな……二人のタフさには驚かされるよ……」

「まぁ、分からなくもないけどそのうち慣れるから。もう俺は慣れたし」

「何か気に触るようなことでもありましたか?」

 俺はポーカーフェイス。可憐は抗議から心配そうな表情へ変え、日向に問い掛けていた。

「──いや、なんでもない」

 可憐にそれを訊くのは野暮なように感じたのか、日向は出かかった言葉を押し込めると話題転換した。

  「それより史弥。最近、謎の転校生が風紀委員三人を相手取って無双したって噂になってるけど、時期的にみて史弥の事だよな?」

「無双したとかまた大袈裟な。ただ“無力化″しただけだよ。

 一先ず夢想していたかは置いておいて、誇張表現が多分に含まれているけど十中八九、俺の事だと思う」

 その応えに日向は感心したのか、尊敬したのか、よく分からない表情をとると二割増し程、声を大きくした。

「それでも事実は事実だろ? ならすげーと思うけどな」

「日向くんもあの場にいたらビックリしますよ! 史弥くん、強かったんですから!」

 ストレートに褒めるように微笑む日向の視線に少し恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

 横で可憐は握りこぶしを作って、日向に見せるように空中に向かってシャードボクシングの要領で可愛らしくジャブをし始めて勇ましさを表現し始める。

 その様子は何故か誇らしげだ。

 そんな可憐の機微(きび)が俺には理解できなかったが女心とは得てして男性にとって未開の地である。母さんを見てもそれは歴然だ。

 二人の賞賛にさすがにこれ以上耐えられずポーカーフェイスを維持するのが困難になってきていると俺をフォローするため、追い詰めた張本人である日向が助け船を出してくれた。

「で、なんでそんなことになったんだよ」

 そこで日向の問いかけに応えようと口を開きかけて遮られる。何故なら答えたのは可憐だからだ。

 どうしてかどうだ、と言わんばかりに自信たっぷりな雰囲気を演出して。

「それはですね、史弥くんが風紀委員に相応しいかテストするためですよ! 結果はもちろん史弥くんの勝利です!」

「え? じゃあ史弥、風紀委員になったの⁉」

「そうなんです! いまは頑張ってビシバシ取り締まってるんですよ!」

 このままではとんでもない方向に話が逸れてしまう。

 前かがみ気味な姿勢で頼んでもいないのに日向に力説する可憐は明らかに熱を帯びて捲し立てているし、日向は驚きで目を開いているし、これは早々に止めた方が良いな。

 というかそんなに取り締まってないんだけどなぁ……。

 このまま何処かで大きな誤解が生まれそうなので一人歩きしようとする話題に終止符を俺は打つことにした。

「可憐が言うほど事件も起きなければ、まだ取り締まりなんてしてないよ。過大評価し過ぎ。就任して一週間だし」

「え? あッ! す、すみません……。つい私としたことが、ある事ない事を口走って……」

 制止したことで可憐は落ち着きを取り戻したのか、冷静に物事を考えれたようだ。

「もう一週間も経っていたのか……それでなってみてどう?」

 どうやら聞いたのはつい最近だったのか少し自分の耳の遅さに日向は落胆すると次の質問が飛んできた。

「なってみてどうと言われてもなー。さっきも言ったけど何も起きてないし……。今は基本的に戦国先輩と組んで巡回してるだけで……」

「戦国ってあの戦国さんか⁉」

 応える俺を遮るように声を昂ぶらせて驚きの表情を作る日向。

 そんな俺と可憐は顔を見合わせると疑問の眼差しを日向に向ける。

 俺達は転校生であり、戦国の評判を詳しく知らない。

 だから昂ぶる日向を理解できていなかった。

 俺は神妙な面持ちで訊ねる。

「戦国先輩って有名人なの?」

 軽く咳払いした日向は知らない二人に向かって流暢りゅうちょうに説明し始めた。

「二年にして風紀委員長を務め、変幻自在の異名を取り、EAのレビテーション浮遊はカテゴリー内最高のレベル三保持者だ」

「え? レベル三何ですか⁉」

 日向の顔を見ていた可憐は驚嘆の声を上げると、そのつぶらな瞳を大きく見開いた。

 当然ニューマンに疎い俺は疑問が口走ってしまう。

「レベル三って珍しいの?」

 説明を受けていたのに可憐だけは理解し、置いてけぼりを食らった俺は今度は可憐に問いかける。正直レベルよりも風紀委員長という肩書きを日向から初めて知ったが、今は片隅に閉まって置くことにしよう。

「珍しいです! 五十人に一人と言われているんです! アストレイと同じくらいレアですよ」

 凄んで言い淀む可憐にことの希少性を理解した俺は「へぇ~」と、ひとまず納得の声を上げる。

「なんか史弥の周りって有名人しかいないよな」

「そうか?」

「戦国さんに冬月会長、可憐さんだってそうだろ?」

 日向に言われて一瞬考えるとそうなのかもしれないと気付かされる。でもそれは知人が限定されている状況なだけなんだけどな……。

 とりあえず俺は「あぁ、確かに」と同意の頷きを返すと日向は「だろう?」と念押ししてくる。


 そこで今度は名前の上がった冬月会長の話しに変わる。

 内容は生徒会長演説会だ。

「来週は生徒会長演説会だったよな。確か題目は校風の是正だったかな。具体的に何を演説するんだろう」

 疑問を口にした日向に俺は戦国から聞いていた麗華の思惑を話した。かくいう可憐も話しに耳を傾ける。

 この程度の情報開示は別段問題ないはず。

 それに風潮して回るような友人ではない事くらい、俺の心眼(しんがん)は曇っていないと自負している。

 話し終えると二人は複雑な表情を浮かべていた。

 そのまま真っ先に口を開いたのは日向だ。

「うーん、こういっちゃあなんだけど、それは波乱の予感だな。変な話し学校が真っ二つに割れるか、いろんな意見で分裂しそうでもあるな……ただ虐げられていた人達からしてみれば救済に他ならないけど」

「そうですよね。現状能力値が高い人達に強い発言力があって、下の人達はないがしろにされてますからね」

 可憐は日向に同調すると校内を客観的に見て、悲観するとチラっと俺を見やる。

 俺もその視線に同意の意味を込めて、軽く頷くと自身の意見を述べた。

「この前の健太郎の件もそうだけど、妙な権力組織が暗躍して潰される状態じゃあ学校生活が息苦しいのは確かなんだよな。だから俺はこの改革に賛成だ」

「まあ、何をするかにもよるけど、少なくとも今の時点で俺も賛成だな」

 日向は偽りのない笑顔で言ってのける。

 どうやらこの友人は柔軟な考えの持ち主らしい。

 通り一辺倒に偏らず、いろんな発想を受け入れる心構えのようなものができているのだろう。要するに偏見が無いらしい。

「そのためにしっかりスピーチ用の校了原稿を会長は詰めてるんだろ?」

 日向はチラリと俺を見て、問い掛ける。

 最近の冬月会長との交流を知ってからきた視線だろう。

 その質問に何でも知っているわけじゃないんだけどなぁと思いながらも今回は裏事情をたまたま知っているだけに律儀に応えることにする。

「あぁ、多分……な」

「なんだよ、その歯切れの悪い返しは」

 日向は和やかに笑うと苦笑いをもって俺は応えるしかなかった。内心、この前の様子を想像して内容も進捗も心配だけど。

 だがもう一週間を切っている。流石にそんなことはないと信じるしかない。

「まさかあの会長さんに限って上手くいってないなんてありませんよね?」

 無意識に聞き直される追撃に俺は苦笑いを浮かべ、

「恐らくね」

 再確認を含めて少々心配そうな表情をする可憐に目を逸らす。

 会長の沽券こけんに関わるからあの姿が直接人目に触れるまでは黙っていようと俺は決めた今日この頃だった。

「ところで日向、実は一つ調べたいことがあって協力してもらえないか?」

 そろそろこの話題から逃げたかったので、不意に何の脈略もなく俺は日向へ話を振る。

「おぉ、どうした?」

「実は──」

 それから話を聞き終えた可憐と日向は瞠目(どうもく)していた。

 話し終えた俺は何処かモヤモヤした感情が晴れ晴れとしてあいつの助けになってやりたいと思っていた。

 そして俺達の間には友達を驚かせるのに似たサプライズ感を共有させていた。

「まぁ、やれない事はないけど……」

「やっても良いとは思いますが健太郎くんにとって良くなるんでしょうか……」

 難色を示す二人に俺は、

「上手くいくかはわからないけど、何か変わるかもしれないならやってみる価値はあると思うだけさ」

 前向きに運ぶ希望的観測を口にするだけ。勿論お節介も良いところだ。でも、それでも知って欲しい事がある。

「……分かった! 人を元気づけるためだもんな」

「……史弥くんそこまで言うなら私も手伝います。良い方向に向かってくれると良いんですが……」

 あいつが後悔に打ちひしがれているなら俺は少しでも払拭してやりたい。

 それは俺と同じように行動する人間の報われない部分も理解できるから。

 俺は可憐をチラリと見る。そのまま目が合う。

「どうかしましたか?」

「ううん、何でもないよ」

 健太郎は俺のように目に見える結果を知らないだけなんだ。

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