【生徒会長演説会】

 国立稲沢高等学校は雄大な敷地にそびえ立つ国営教育機関である。

 これは学内外問わず当前認知されていた。

 だが公にされていないこともある。

 ニューマンにとって様々な試験的意味合いを併せ持つ研究機関の側面。

 クラス単位で授業を受けるための通常教室に食堂、一般教育課程における化学実験設備、スポーツ用グラウンド、食堂を除くこれらは一般高校に常設されている設備でニューマン専用設備ではない。

 ニューマン専用設備の代表を上げるなら史弥が幾度と使用している“武道場”が上がるだろう。

 まさにECTがその一角だ。

 さらに上げるならば人材もその一つである。

 一般的な保健衛生医を配置するのではなく、ニューマン科と呼ばれる保険医を配置し、脳科学、生物学、などに精通する研究職員を常駐させている。

 これらは保健機関、企業や大学に在籍しているものだが高等課程の一高校一ヶ所に集まるのは珍しいことだ。そんな彼らは日夜研究業務に励み、一定の成果を上げ続けている。ともなれば物理的に教育、研究室その他諸々を考慮した結果、校舎面積は巨大なものとなる。

 一般国立や私立の追随を許さない、大型化した建物となり大学校舎に近い作りと広さ。

 雄大な土地を生かして、敷地をめいいっぱいまで利用した稲高(生徒間の通称)は他のニューマン教育課程と比較出来るが、そうでない一般高校とは比較にならないのは言うまでもない。

 そして広い校内で思春期の学生が、ましてやニューマンが放たれたとなっては突発的に何かが起きるのは摂理だろう。

 もし複数人での不正EA使用が起き、暴力事件になったとしても取り締まるには最低でも警察機動隊以上は備えなくては収拾が難しい。

 しかしそんな物々しい警備員を雇い校内のいたるところに配置、警備をさせては生徒や保護者、世間体的に威圧的であり、デザインを意識した景観を損ない校内の美点に反するというのが理想論である。

 だが実際に起きた時、カウンターがいなければ学校としては管理体制が成り立たない。

 ましてやそのカウンターが弓折れ矢尽くすわけにもいかない。

 もちろん理想は百戦百勝は善の善なるものに非ず(百戦百勝するよりも戦わずにして勝つ)や起きないが一番だろう。しかし、実情は違う。

 そうなれば“誰”が適任のカウンターなのかになる。

 ──毒をもって毒を制すとはよく言ったものだ。


「戦国先輩、だいぶこのルートも慣れてきました」

 俺が風紀委員就任後から一週間が経過した授業終わりの放課後。

 俺は歩きながら慣れた口調で話しかける。戦国先輩は耳だけを貸して周囲に対する注意を怠らず校内に目を光らせる。

 決まって風紀委員は放課後に校内巡回のため、定められたルートを回る。

 何度目かのパトロールをこなし、俺に軽口を叩ける余裕ができたのは今しがたのことだ。

「あぁ、俺も史弥と回るのは慣れたよ」

 戦国先輩からしてみれば歩き慣れたコースだろう。だけどここ最近は新たに加わった俺とツーマンセルで巡回するのが日課になりつつあった。

 今まで日替わりでパートナーが替わっていたのだが俺と組むのは抵抗があると、他の風紀委員から声が上がったためにこうして固定で組んでいるのが原因だ。

「はぁ、あの摸擬戦を見てもいないのにな」

 ──迷惑かけてすみません戦国先輩。

 戦国先輩の辛辣な溜息が漏れる。

 対戦した三人は分かっているだろうが、他のメンバーは資料のみで足手纏いと判断している。

 かと言って対戦した三人は負けた後ということもあり、微妙な距離感と一風変わった後輩(特異能力的にも身体技術的にも)をどう扱えばいいのか計りかねて組みたがらない。

 そんな惨状に嘆いての一言だった。

「その、すみません。毎回自分と回って貰って」

 申し訳なさそうに謝ると戦国先輩は顔をしかめる。

 なんの脈絡もない一言で見抜かれて口が滑ってしまった、そんな顔だ。

 気まずさを払拭するように戦国は口を開く。

「史弥が謝る必要はない。もとよりこっちがスカウトした側だ。むしろこちらがしっかりとした受け入れを出来ていなかったことに申し訳ない。気を遣わせてすまない。それから別に史弥と回るの別に嫌じゃないからな。てかむしろ良い後輩つうか、よく気が回るし……とにかく気にするなよ‼」

 戦国は素直に言い訳もせず詫びてフォローしてくれた。

「ははっ……ありがとうございます」

 俺は愚痴も不貞腐れもせずにお礼を伝えた。戦国先輩の気遣いでもう充分だ。


「しかし、落ち着いてますね。本当に違反者なんているんですか?」

 俺は話題を換えて、戦国先輩へ別の話しを振る。すると戦国先輩から真剣な表情で応えが返ってくる。

「たしかに今は落ち着いているな。何もないことが一番だが注意は怠るなよ史弥?」

「了解です」

 そこで顔の表情筋を緩めると淡々と戦国先輩は話し始めた。

「昨年の話をするとイベント行事や特定の期間になると一部禁止エリアが解禁されて能力使用ができるようになる。一番大忙しなのはその時期だったな」

「例えばどんな行事ですか?」

「学祭に新入部員勧誘週間がそれに当たるな」

 戦国はそこまで言うと何かを懐かしむように思い出しながら、話しを続けた。

「昔はもっと色々あった。こんなに静かなのが嘘だと思うくらいに」

「そんなに酷かったんですか?」

「あぁ、しょっちゅうしょっ引いてた覚えがある。今年はどうなるか判らんが、だけど今はみんな落ち着いてる。正確には風紀委員会がしっかり機能しているからと言えるな。それも現生徒会長の冬月会長のお陰だ」

 何だかんだ戦国先輩が尊敬を口にするあたり、冬月会長はしっかりとした人望を持っているようだ。素は一気にだらしなくなるが。

「冬月会長は何かなさったんですか?」

「あぁ。去年、冬月会長は副会長でな。その時の校内はまだしっかりと風紀委員会が機能していなかったせいで様々な事件が起きてたんだ。それはもう大変だった。

 当時の生徒会長がなかなか弱腰でね。取り締まりが上手くいかないのを放置状態の末、黙認して別業務に力を入れてた。今、思い出しても杜撰(ずさん)だったなー」

 何かを思い出すように瞼を閉じて戦国先輩は懐かしむ。

「そこで就任仕立ての副会長だった冬月会長が当時の会長を叱咤し、立て直し策を講じたのさ」

「へぇー、と言うことは今の風紀委員は冬月会長が立て直したんですね」

「あぁそうだ。まず冬月会長は抑止力となる俺たち風紀委員の人材強化に取り組んだ。俺や現職に就いてる風紀委員のほとんどは冬月会長が自分で引き抜いたくらいだ。

 それからより強固な存在となるために冬月会長主導のもとEAの強化に励んだ。今こうやって俺たちが行なっている当番制の巡回ルートだってあの人が決めたものだ」

「冬月会長凄いですね」

「もちろんあの人は凄いぞ。前年度の検挙率を四十%以上向上させる事に努めたんだからな」

 数々の偉業と凄みを知って俺は冬月会長の偉大さを再認識する。恐らく並々ならぬ努力を積んだことも。

 彼女が本気を出せばなんでもできてしまうと思わせる安心感。

 生粋のリーダー気質とカリスマ性を備えた才女なのだろう。戦国先輩が慕うのも分からなくもない。口だけではなく、それだけの行動力も有しているのだから。

 ただオフモードのだらしなさを俺はイメージしてしまうと冬月会長も完璧超人ではないのだと実感もする。

 それでも慕われているのはそこも含めて、冬月麗華であり、愛すべき欠点なのだろう。

「じゃあ今年も検挙率向上をスローガンに生徒会と風紀委員を引っ張っていくんですか?」

「実はな、これは土壌作りであって冬月会長がやりたい事の前段階なんだ」

「……前段階ですか?」

「そう。本当は校内の意識改革をしたがってるんだ。

 あの人はアストレイやベーシックの違い、レベル、一般人との選民思想、そういったものの類が大っ嫌いなんだ。だから今回の生徒会長演説会で今まで触れてこなかった当校の校風にやっと触れようとしている。きっと今頃はあの人、専用原稿でも作ってるはずさ」

 戦国先輩は両目を瞑り、まさに会長が静かに執務机でペンを走らせる姿を想像しているのだろう。

 ──生徒会長演説会。

 毎年、新入生が入学するこの時期に生徒会長が今年度の生徒指針を発表する場。

 公約、方針、抱負などを直接、生徒達に伝える機会である。

 しかし、基本的には有権者──ここでは生徒達の支持を得られる内容でなければならない。

 だが問題提起し、主張する内容は生徒間の差別思想の是正に他ならない。

 賛同だけではなく、大きな反発を呼ぶのは間違いない。

 政治でも反対はあるのだからなんら不思議ではないが、漸進ぜんしん的で、能力主義に毒されている現環境からはかなり攻めていると言わざると言えない。

 冬月麗華らしいと言えばそうなるが。そして、その演説会は俺が知る限り二週間後に迫っている。

「かなり攻めた内容になりそうですね」

「そう思うだろう? 俺もどうなるか興味はあるんだが……、それで風紀が乱れるのは避けたいな……」

「そうですね……。でも何事も最初はチャレンジです。だから頑張って欲しいですね」

 俺は期待を込めて締め括ったがお互いの顔色が曇っていくのを感じた。一週間前の俺であれば傍観者の立場に甘んじていたかもしれないが今は完全な当事者だ。

 すぐに俺は切り替えると、暗雲を払拭する。

 ──すべてを含めて風紀委員を引き受けると決めた。こんなところで泣き言など言えない。

「そうだな。よし、頑張ろう‼」

 戦国先輩も払拭出来たのか微笑みを作り、俺へ向ける。

 と、そこで巡回ルートは終わりを告げる。最終着地点である風紀委員室前に戻ってきていた。

「さて、巡回も終わったし身支度して帰るか」

「えぇ、そうしましょう」

 ゆっくりと戦国先輩はその風紀委員室のドアノブに手をかけると回した。

 外へ引いたドアから開けた視界には風紀委員長用の執務机と椅子、黒革で応対用のソファーが一セット中央に配置されている。右には書類保管の棚、左には風紀委員用の簡素な机と椅子にその横には何やらトロフィーや本が棚に陳列されている。

「…………」

 身支度を始めようと中へ俺達が中へ入りかけた時、ピタリと戦国先輩が止まる。

 先輩は何かに気付いて一点を凝視している。

 それは応対用のソファーだ。

 黒革の背もたれから伸びる綺麗な黒タイツの片足が同化しかかっているが、目を凝らせば浮き彫りになってくる。後方にいた俺も“それを”確認する。なんだアレ?

「なにやら“脚”が見えますね」

「そうだな……。実はもう大体察しはつくのだが……」

 俺達は恐る恐る艶めかしい脚が見えるソファーを覗き込む。

 そこには酒瓶を片手に泥酔するお姉さん──もとい原稿用紙を胸に乗せて腕で抱え込む成熟する前の美少女──冬月会長が仰向けに横たわっていた。小さな寝息と共に。

 片足は先程の背もたれに引っ掛けて、スカートがはだけかかっている。なんとかその内側はうまい具合にスカートが守り見えない。純粋になんて格好で寝てるんだ。てか、何故ココ?

 制服のシャツが捲くれ上がりかけ、綺麗な柔肌が見え隠れし、思春期の男子高校生に刺激的な描写を作り出している。表情は緩み切り、凛々しさは消え去っていた。

 端的に言えばだらしなく寝ていた。

「……うーん、んにゃあ…………」

「…………」

「…………」

 佇む俺達はその寝顔を覗き込みながら大きく溜息をついた。俺のさっきの決意返して。

 かくいう戦国先輩も抱いていたイメージが恐らく崩れ去ったのだろう。机に向かう姿勢の冬月会長の艶姿は流水に流されるように消えいったことだ。

「この胸に抱え込んでるのって……」

「あぁ、生徒会長演説会用の原稿だろう」

「思いっきり表紙にマル秘って書いてありますね」

「こんな状態で寝てたら隠す気ないだろ」

 もっともなツッコミを戦国先輩は入れると俺は苦笑いを浮かべる。

 次になぜこんなところで寝入ったのか俺は好奇心を掻き立てられていた。

「なんでこんなところで……」

「冬月会長はこんが詰まるとこうやって風紀委員室にフラりと来るんだ。それでこうやって昼寝って訳さ」

「いつもなんですか?」

「いや、俺が巡回当番の時だけだな。他の奴には見せたくないんだろう。全く……」

「戦国先輩、男なのに警戒されてないんですかね。それとも信頼されているのか」

「たぶん俺のこと男と思ってないんじゃないか? 全く仕事中はシャッキとしている人なんだけどな」

「どうしますか? 起こします?」

「いや寝かせておけ、これもいつもの事だから」

「これがいつもなんですか……」

 戦国先輩は残念そうな顔で冬月会長を見つめていると、何かを思い出したのか本やトロフィーが置かれた棚から何かを探し始める。俺は戦国先輩の様子に興味を抱いて覗き込むように訊ねてみる。

「何をしているんですか?」

 しかし探すことに夢中なのか中々返事は返ってこない。

「えーっと何処に置いたかな……確かこの辺りに……おっ、あったな」

 何かを見つけ出した戦国先輩は棚から取り上げると冬月会長が寝るソファー前に鎮座するテーブルへ何かをソッと置いた。そのブツに俺は少し呆れるというか、恐いもの知らずだなと思ってしまう。

「それって目覚まし時計ですよね?」

「ただの目覚まし時計じゃないぞ。“爆音”目覚まし時計だ」

 言い切った戦国先輩は意地悪な笑みを俺へ向けた。

「しかし、またレトロな物を」

 テーブルに置かれた目覚ましは如何にもと言う形をしていた。

 鐘を鳴らす振り子が上部にせり出し、両端に鐘が備え付けられている。

 十九八〇年代に使われていた古風な形の時計。ただ大きさが通常の二倍ほどはあるだろうか。

 そんな戦国先輩に苦笑いを浮かべて確認する。

「どうしてそんなものを用意したかは敢えて訊ねませんけど、そんなことしたら後で怒られますよ?」

 後が怖いのでいちよこれで建前上は止めたことになる。ただ本心としてはどんな反応をするかという一点について好奇心が心の中で鎌首をもたげているのだが。

「良いんだよ。たまにはお灸も据えないとな。それにどうせこんなところで寝てるんだから何されても文句は言えん」

 目の前の面白さに目がくらんだような発想。

 戦国先輩が何気に用意していたところを見ると計画的に実行する機会を伺っていたことが分かる。

 本当にお灸を据えるつもりだったのか、悪戯をしたいだけだったのかは分からないがどちらにしても控えめに言ってお茶目、大袈裟に言うと無謀だろう。

「どうなっても知りませんよ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 不敵な顔で見返してくる戦国先輩に俺は不安を覚えるも止めることはせず傍観に徹する。

「タイマーは俺が部屋を出た後で……、これをセットして……と」

「戦国先輩、自分は先に帰り支度してますよ?」

「おぅ!」

 緩み切った幸せそうな表情を見せる会長のそのだらしない姿と、悪戯する先輩を流し見ながら帰り支度を済ませていく。

 セットを終えた戦国先輩が遅れて身支度を始めた時、俺は先に部屋を退出しようとしていた。

 満足げな表情を浮かべた戦国先輩の横顔は、タイマーが作動した後の情景を想像してのことだろう。

「お先に失礼します」

「また明日な!」

 手短に挨拶と会釈をすると俺は部屋を後にした。

 翌日、風紀委員室に何故か冬月会長がニコニコしながら誰かを待っている様子に俺は理由を訊くまでもなかった。

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