【今日も麗華さんは平常運転】

 武道場の一件を終えた俺は風紀委員室へきていた。

 室内には戦国先輩と冬月会長が、めでたく風紀委員に就任した自分へ業務説明を執り行おうとしている真っ最中。

 ここで本来なら生徒会長である冬月麗華は立ち会わずに戦国先輩に一任すれば良いところを何故か同伴している。まるで石のように動かない。

 恐らく冬月会長は現実逃避のためこの場に残っている。それは生徒会業務である事務処理や承認案件への逃避だろう。学外で起こした騒動の際に俺は机に山積みにされた書類を目の当たりにしているので何となくそんな邪推が出来てしまう。

 戦国先輩もそれを知ってか、先程からもう大丈夫ですよと目配せするもまだここに居たい、生徒会室には戻りたくないと、言葉では言わないが強い眼光で拒否の意向を突き返される始末になっていた。

 結局、言及出来ずに戦国先輩は諦めた様子で黙認してしまっている。

 俺も波風を立てたくないのでその様子を何となく察して気にならない素振りで生徒会長が居座ることを突っ込まない。というか鋭い眼力がこっちにもきて言えない。

「しかし、史弥くん凄かったな。風紀委員に貸与された警護用装備品をあそこまで使いこなすとは恐れ入った。どこでそんな技術を?」

「少々、精通する方に鍛錬を積んでもらいまして、それが役に立っただけですよ」

 師である杉田先生の顔を想像して俺は苦笑いを作る。正直なところ少々どころではないが彼女には知る由も無い。


「そうなのか? あんなマニアックな武器を使う人間が少々などとは思えないがな……」

 と、思っていたがなかなか鋭い感性を冬月会長は持ち合わせているようだ。

 敵を倒す事とは敵を知る事。

 杉田の教えだ。

 素手対飛び道具になった際、相手の特性を知らずして正面切って戦うのは圧倒的に不利。

 ましてや自分に過信して突っ込むなど滑稽。愚の骨頂。

 井の中の蛙大海を知らず、のように相手を知る事で対策は多少練れる。

 自分の殻に閉じこもってばかりではいけない。

 広い視野を持つことは多彩な武術に技法や技術を知っておくことに重要なのだ。

「今後も使えそうな物があれば借りても問題ないですよね?」

「ああ勿論だ。あれは職務を遂行するためにある。しっかり使ってくれ。むしろ普段君以外は他の生徒は触らないと思うがな」

 内心、それはそうだと突っ込む。

 一学校に常設するにしては仰々しい物ばかり。

 保管されていた備品に目を通したが、殆どが訓練仕様の軍用品か暴徒鎮圧用品のエキスパート仕様ばかり。一般生徒が使うどころか使い方すら分かるはずもない。

 訓練された者が持って初めて真価を発揮する代物達だ。

 逆に生徒が使う事を想定していないようなラインナップでもある。常設させた人間はよほどの軍事オタクか、ただの軍関係者だろう。

 色々な物に触れる機会と人脈を与えてくれた杉田先生がいなければ、俺自身カランビットナイフなど知ることもなければ使う事もなかっただろう。

「……それじゃあ史弥、まずは風紀委員就任おめでとうと言っておこうか。だがやる事は山積みだからあまりぬか喜びはできないぞ」

 本題から脱線した話題を戻すため、強引に戦国先輩が話を切り出す。

 冬月会長はもっと好奇心で詳しく話しをしたいようだったが、戦国先輩は目につかない素ぶりで無視した。どうやらこの先輩は生徒会長の扱いを心得ているみたいだ。結構雑に足らってさえ見える。

「山積みですか……。じゃあ、それだけ不正行使が?」

 戦国先輩は軽く頷き、肯定すると答えた。

「複雑な案件が実は沢山あるんだ」

 どうやら事はなかなかにして深刻のようで、冬月会長も先ほどまでの快活な表情は消え、戦国先輩の横で眉間を指で揉みながら苦い表情に変わっている。

「と言いますと?」

「介入する余地もないまま終わっていた、使用したのかしてないのか分からない、なんてこともザラなんだ。こっちが巡回中に出くわさなければ全く分からない。それで現場を取り押さえないと痕跡なんてほとんどないから追及もなぁ……。だから俺達はそういった未遂犯も防ぐ事が職務に含まれている」

「未然にですか? それって不可能じゃないですか。そんな事をどうやって」

 それこそ事前に情報を察知していないと出来ない。学生では到底遂行できない内容になる。

 それこそ犯人の計画や思想、素行を洗い出すレベルだ。

「これを見て欲しい」

 戦国先輩から手渡された大型タブレット端末にはEA、来歴、思想等いくつもの情報が映し出されていた。そして、それはある生徒の情報だった。

「カテゴリー1 鈴原涼……って、これ、あいつの情報ですか?」

「そうだ。我々、風紀委員と生徒会役員は特別に一般生徒情報が学校側から開示されている。中にはマークされている人物もいて、その一人だったのが鈴原だ」

「生徒会と風紀委員ってそんなこと許されてるんですか⁉」

 初耳で軽く驚き、その事実にジワリと恐れとも形容できぬ感情が染み出す。

 自分の情報も開示されているのかと思うとさらに恐さ倍増だ。

 同時に役員にこれが出回っているのだから、入学初日に俺の来歴が戦国先輩に周知されていたのも合点がいく。

 そして、画面のある個所が目に留まる。

「このカテゴリーってなんですか?」

「カテゴリーってのは学校側が危険思想を持ち合わせていると判断したレベルを表している。1が最高で下に行けば行くほど脅威ではないということだ」

「そうなんです……か……」

 俺は言葉を詰まらせると素面しらふのまま、この後二人にはこっそり隠れて自分のデータを確認しようと密かに思った。

 ──もう風紀委員なのだからバレたところで問題はないのだろうが。

「ちょっと検索の仕方教えてもらって良いですか?」

「なんだ、もう調べたい奴でもいるのか?」

「ええ、ちょっと」

「そうか、いちよ言っておく。これで悪用しようなんて考えるなよ? するとは思わないが」

「もちろんです」

 妙な間を空けずにキッパリ言い切る。悪用する意思の無い表明を含ませると俺は戦国先輩から操作方法を簡単に教わる。

 検索タスクを開き、名前を打ち込んでいく。もちろんここで調べるのは自分のことではない。

 自分を検索する前に一人調べたい人間がいる。

 最近知ったあの女子生徒だ。

「二年生西条静香、カテゴリー……2……」

「あぁ、そいつか。そいつはなかなか癖がある生徒だぞ。なんせ取り締まるネタが全然上がってこなくてこっちもお手上げ、今は何か企んでるって情報ネタもチラホラ上がって、要注意視されてる」

「ということは今、一番ホットな奴なんですね」

「なんだ興味あるのか? 言っとくが女を口説くために使うなよ? あとそいつはオススメしない」

 全く興味ないだけに戦国先輩のジョークを聞こえないフリで軽く流すと資料に目を走らせる。

 そこで意外な事に冬月会長も気になったのか同じ画面を覗き込んでくる。

 途端に俺の顔との距離が近づいた。柑橘系の爽やかな匂いが鼻腔をくすぐり、どこか甘い幻想へ誘(いざな)ってしまいそうになる。

 さらに距離間も意識させられる。

 どこか胸の鼓動が速くなるような不思議な感覚が襲う。

 い、いかん……。無防備に綺麗な人が安易に男子高校生と肩を並べるのは反則ですよ会長……!

 辛うじて残った正常な判断が危険信号を発し、少しだけ彼女から距離を取ると正気を保つことに成功する。べ、別に女性に耐性が無い訳じゃない。接する機会があんまりなかっただけだ。

 はい、言い訳すいません。

 そんな俺の行動に冬月会長は気付いていない──というか無自覚な行動。証拠に彼女の注意は先程からずっとタブレットに完全に移っている。

 相変わらず距離感を計れずも、危うくその美貌に取り込まれないように警戒しつつ改めてタブレットに俺は視線を戻すと冬月会長はようやく何かに反応した。

「ムッ……」

「冬月会長どうかしましたか?」

 現実に精神をを引き戻して、横から眺める冬月会長に俺は問い掛ける。

 彼女はほんの少し思考したかと思えば曖昧な返事を返してくる。どこか確信に至っていない感じだ。

「あぁ、ちょっと……な」

「へぇー珍しいこともあるもんですね。二人とも接点がないのにどうやってこいつを?」

「あまり良い噂を聞かない人物なんで」

「私もな」

「そうだったんですか。まぁ俺もこいつはいけ好かない噂をよく耳にするんで警戒はしているが、本当に尻尾を出さない。それと史弥。覚えておいてくれ。今この学校が落ち着いているのは均衡状態が保たれているからなんだ」

「そんな大袈裟なほど勢力でもあるんですか?」

 失笑気味の笑みを浮かべると真剣な面持ちで戦国先輩は表情を変えない。

 それが如何に笑えないかを悟っているように。

「あまり甘く考えない方が良い。この学校は一枚岩じゃないって事だ。いくつもの勢力があり、生徒会と風紀委員が介入する事で仮初めの均衡を保っているのが実情なんだ。やつらは日々、勢力図を塗り替えようとしている。鈴原も、西条もその一角に過ぎない。その事を忘れるなよ史弥」

 余りにも恐々とした口ぶりに少し言葉を詰まらせてしまう。

「……わ、分かりました」

 やけに真剣な言いように若干物怖じしそうになるが引き受けたからにはもう後には引けない。

 手元で映し出される西条の情報に目を落とす。

 ──もう前に踏み出すしかない、だから俺は決心した。もう決めた事だ。

「言い忘れてたが学内・外、問わず風紀委員が能力を不正使用した場合は委員会除名の上、一般生徒より重い罰則が下るから気をつけるように!」

 思い出したように戦国先輩は付け加えるとそれが最後の説明だったのか後は何も言わなかった。恐らくこの前の一件が尾を引いて蛇足のように足したのだろう。

 俺は首肯して理解した事を戦国先輩に伝える。

「あとパトロールの巡回ルートや風紀委員規則については……また別日に説明するか。来週月曜日、放課後になッ! 今日は疲れただろ、摸擬戦もあったしゆっくり休め」

「はい、ありがとうこざいます。では、またよろしくお願いします」

 どうやら今日のところはこれで帰宅して良いらしい。今まで入っていた肩の力が少し抜ける。

 俺は軽く会釈して、翻そうとしたところで、

「ところで戦国、このあとなんだが……」

 冬月会長から甘えるような猫撫で声がこの場に響く。

「今日はダメですよ。俺も仕事が残ってるんですから」

「頼むよ戦国〜〜、ちょっとだけ手伝ってくれるだけで良いから、なッ?」

 ちょっと驚いてしまった。いつも固い口調で憮然としているだけにこんなに砕けた──だらしない態度は。

 そういえば最後まで一緒にいた事なかったな。いつも話し終えたら退出していたし……。

 どうやら根は怠惰なのだろうか。

「なッ? じゃないですよ。それに後輩も見てまだ見てますって……」

「……ハッ!」

 ワザとなのか? 妙なところで気が抜けてる人だ。逆にみんなの前だからという手前、理想像を作っていたのだろうか? どちらにしてももう遅い。

「はぁ──ッ、そうやってこの前も書類整理だけって言って、他ごともやらせたでしょ。だから今日はダメです‼ 他を当たって下さい!」

 強い拒否を口にする戦国先輩へもう俺に本性を見られたのを諦め、唇を尖らせていじけた様に冬月会長は拗ねてみせる。以外にこの人あざといというか小悪魔かもしれない。

 どうもこの冬月会長はオンとオフの差が激しい性格らしい。公の場では凛々しいのだが、プライベートになると急にだらし無くなるようだ。今だってもはや威厳など皆無。

「だって今日は他の生徒会メンバー全員オフで全員帰宅してるんだもん……。なぁー良いだろ〜~」

「ダメって言ったらダメです!!」

 そう言ってさとすようになだめる。

 猫撫で声で甘えるように女の武器を遺憾なく発揮しようとするが、戦国先輩には通用しないらしいし、もう聞き飽きてるって顔だ。

「えぇ〜~……ケチ……ッ! じゃあ、須──」

 そのまま冬月会長の視線が俺へスライドし、目が合いそうになるが、

「──俺はこのあと予定がありますので帰宅させて頂きます」

 キッパリとお断りさせてもらう。

「そんな事言うなよーー! こんな可愛いくて大人なお姉さんが一緒なんだから楽しいぞ~、後悔させないぞ~」

「自分でそれを言っちゃいますか……」

 撤回。小悪魔じゃなくて悪女だ。

 言い切った冬月会長はゴネ倒そうとする。

 どうにも折れる素振りはない。しかも先輩と言う立場を利用してくる。あざといな。

 でもこの後は可憐と待ち合わせて一緒に下校する約束になっている。

 先ほどの模擬戦で帰るのを遅らせているのにさらに待たせるのは大変申し訳ないし、下手をすればもう一人の可憐──憐可にドヤされかねない。


「なら史弥行くか。じゃあ会長また明日」

 ここで助け船が出た。

 戦国先輩はこのままだと後輩が毒牙にかかりかねないのを見越して退出しやすいように誘導してくれた。その船乗らせてもらいます。

 目をウルウルさせて懇願する会長をちょっと助けて上げたくなってしまうがここは心を鬼にして戦国先輩へ着いて部屋を退出し始める。

「お前らこの薄情者ーー!」

 後方から悲痛な叫びが聞こえたが、俺は振り返らない。というか振り切って突破するのだ。

 しかし戦国先輩だけは振り返った。その風紀委員室のドアノブに手を掛けながら、

「あ、会長、ここの戸締りよろしくお願いします」

 無遠慮で残酷な一言を放った。お、追い打ちかけた……ッ!

「せ、戦国ーーーーッ‼」

 扉が閉まった頃には背後の扉越しから零れてくる生徒会長で、眉目秀麗(びもくしゅうれい)な美少女の絶叫が響いていた。

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