【異能で無能な風紀委員、誕生】
摸擬戦を予定されている定刻に達した武道場Aフィールド。
この日にたまたま居合わせた生徒数十人がギャラリーとして見守る中、俺は名も知らぬ上級生三名と向かい合っている。
その間に割り込むように佇む戦国先輩と冬月会長。
俺と上級生、双方の立ち位置は三十mほど離れた停止線の前で止まっている。
両者、制服で向き合う中、俺の首元だけにはESPDチョーカーが巻かれていた。
風紀委員は巡回時の装備としてチョーカーを装着することが義務付けられている。これは実際にニューマンを制圧する為の風紀委員の防護措置。かくいう上級生は何も装着していない。これは一般生徒を想定してだ。
巡回中に能力不正使用を取り締まるというまさに実践を想定した本格的なもの。
そんなヒリつく空気の中、冬月会長は高らかに宣言する。
「それではこれより摸擬戦を執り行う。双方準備は良いな‼ まず、ルールを説明する。須山史弥は相手に捻挫以上の負傷を負わせないものとし、審判である我々が三人に対して続行不能と判断した場合に勝敗を決する。もちろん殺傷性が高い攻撃は禁止。
そして上級生三人は須山史弥のシールドを削り切る、若しくは戦闘不能とすれば勝利とする。EAの使用制限は上級生側のみ加減はいらない。これは実践に限りなく近い想定だ。双方理解してくれ。以上だ!」
言い終え、静まり返る場内。俺から見て、ギャラリー内には可憐の姿もあった。やはりよく目立つ。彼女は俺と下校するために生徒会室前で待機していたのだが中でこんな事に発展しているなど知る由もなく、聞かされた時にはひどく驚いていた。
が、すぐに笑顔で「頑張って下さい」と送り出してくれた。
ここ数日一緒に練習をしてくれた成果を知っているからこそ心配などなく、安心して送り出してくれたのだ。
「いよいよか。やってやるさ」
迎え側に立つ上級生三人は殺気だっており、開始の合図を今か今かと待っている。
それもそうだ。生意気な下級生を完膚なきまでに叩きのめし、教育してやろうと息巻いているのだから。
荒野の決闘を思わせる空気が場に漂う中、冬月会長はその片手を頭上に高く上げる。
「準備は良いな? それでは双方……始め‼」
勢いよく腕を振り下ろすのと併せて、開始の号令が響く。
刹那、上級生三人は個々のEAを発動するべく猛然と発声する。
「轟け‼」
「吹き飛べ‼」
「放て‼」
この時点で上級生は勝った気になっていたのか嘲るような笑みを浮かべていた。
ついこの間まで一般人として過ごし、ましてやEAを使った事のない人間に負けるなど微塵も考えていないそういう余裕さえ伺える。
生まれてからこれまで自分の能力と向き合い、使いこなしてきた、そんな自分達がこんなニューマンもどきに劣るはずがない、そう思惟しているのか、深める笑みを三人は下級生である俺に向ける。この後どんな慰めの言葉をかけてやろうかその事だけを考えているのだろう。
この三人は戦う前から勝利に酔っている、俺はそう確信した。
攻撃を受け、目の前で横たわる惨めな俺を見る筈だった、のだろう。でもそうはさせない。
俺は倒されるどころか──変化と呼ばれる事象は起きなかった。
「どうした⁉ なんで何も起こらない⁉」
一人の上級生が慌てふためいて狼狽えている姿に俺は答えを口にする。
「──それは俺が力を抑え込んでるからですよ」
悠然と立ち尽くしハッキリと言ってやった。
「馬鹿な⁉ この距離でしかも使った事ない奴が……こんな明確に──」
「それはいつの話しですか。冬月会長から頼まれて今日まで何もしてこなかった訳ないでしょ」
カッコよく言って見せたけどこれは可憐と憐可の努力の賜物だ。あの二人がいなければこんなことできなかった。おかげでこの目の前の三人にドヤ顔できてる。ほんと二人には感謝だ。
俺は上級生三人を真っ直ぐ見据える。
とりあえず成功っと。EAは常時展開して、あとはこの後の展開だ……。
対象ニューマンの能力を封じるEA──ザ・ノーマル。
俺をニューマンたらせる唯一のEA。その発動条件、それは対象者を視界に入れなければならないこと。
言葉の通り視界に入れなければ能力は発動できない。遮蔽物があってはダメだ。直視しないと効果は得られない。これも可憐と憐可の練習で分かった成果。
だからあの時、突然インビジブル・ブロックが消失して武道場のアクシデントが起きてしまった。──可憐を視界に入れたから。
俺はあれから度重なる放課後練習でこのEAを使うコツをものにした。
結果として、視界に入っている上級生三人はもう一度力を行使しようと何やら藻掻いているが力の根源を自身から感じられずに動揺している。
久しく感じることのない焦りだろうな。
今まで、自身を特別たらしめる力がなくなった無力感。
自分達を押し上げていた特異点が消失し、残ったのは自分たちが馬鹿にしていた無能力者の烙印だ。俺も最近近い経験をしたから分かる。
だから次にとる行動も分かる。今、虚無感が自分たちの感情に去来する中で残された唯一のやれること〝腕力〟を笠に肉弾戦を演じることなど。
「く、クソがッ! 舐めるなよぉ‼」
真っ直ぐ突っ込んでくる上級生三人をその瞳に捉え、俺は腰に備え付けられたホルダーから小型の得物を取り出すと構えを取った。
コーティングが黒光りする得物は独特のダブルエッジを利かせ、まるでかぎ爪のように湾曲した鋭い形状。──カランビットナイフだ。
刃に相当する部分はオミットされた訓練仕様。
切り裂くことが出来ないこのナイフは使い道がないと思いきや、人を切りつけるだけのナイフとは違い、もう一つの側面を持ち合わせている。
「オラァァァア‼ ──グッ、かはッ‼」
一人目が殴り掛かった時、真っ直ぐ向かってくる拳を見切ると上体を逸らして避ける。
さらに殴り掛かかり、伸び切った腕にカランビットナイフのエッジを引っかけるとまるで手繰り寄せるように上半身を引きずり込む。
すかさず手繰り寄せられ尚且つガラ空きになった胸部に手掌を叩きこむ。
一人目の上級生がその吸い込んだ息を肺から勢いよく吐き出し、衝撃で吹き飛ばされる。そのまま地面に垂れ込むと過呼吸気味に息を荒くする。
空手の外受けで、手の代わりにナイフの背で相手の攻撃を受ける状態をイメージしてほしい。
その際、鋸刃が相手の手首に食い込むのだ。
鎌状の刃は力が逃げにくいため、刃に相手の武器を引っ掛けて落とす、人体に引っ掛けるといった事もできる。
刃がオミットされたこのカランビットナイフはまさに
「やりやがったなッ!」
続いてきた二人目は吹き飛ばされた仲間に驚きつつも横を通り過ぎて、正面は危ないと本能が悟ったのか俺の後方へと回り込む。
三人目は挟み込むように正面に陣取り止まる。依然、地面に倒れる上級生は悶えて動けない。
残った二人は倒れる仲間に見切りをつけ、アイコンタクトをお互いに行うとほぼ同時に殴り掛かってきた。
対して俺は冷静に対応し、場数の差を見せつける。
まず正面の敵に対して掴みかかろうとした相手の腕にエッジを引っかけると突進してきた勢いをも利用し、内側へ往なしそのまま外側に回り込み腕を掴むと捻りながら背後へ回った。
腕を取られた上級生は捻りと押さえつけで肩関節に力の力点が加えられる。
無理な方向へ筋肉や靭帯を押し曲げたせいで軽い悲鳴を上げながら苦痛に顔を歪め、両膝を付く。
逆に背後に回り込んだことでもう一人の上級生は仲間と向かい合う様で急に手が出せなくなる。
さらに悲痛な声を上げ、脱臼寸前になっている捕縛した上級生の腕を投げ捨てるように飛ばすと、二人目を地面にうつ伏せにする。
次にすぐさま前方の最後の一人へ取り掛かる。
殴り込む三人目のストレートを避けるとエッジ部分を首に引っかけ、そのまま自分へ手繰り寄せる。力なく前屈みに倒れ込む上級生の腕を掴み込みながら背後に一瞬で回るとそのまま背中から引っ張り上げる。
「があぁぁぁぁぁ‼」
「そこまで‼」
肩関節にかかった負荷で最後の上級生が悲鳴を上げると、レフェリーである冬月会長は制止した。
周囲にはのたうち回り、
俺はふっと息を吐きだし、掴んでいた腕を離すと解放する。
ギャラリー達は声を失っていたように静まり返ってその状況を凝視している。
圧巻と瞬きのような一瞬の出来事。達人の戦いとは一瞬ですべてが決まる。
魅せる戦いである演舞とは違い非常に淡白で呆気ない最後。
そこまで冷静に現状を傍観していた二人の先輩──冬月会長と戦国先輩は俺へ近づくと声を掛けてきた。
「須山君、見事な手際だ。君は本当に高校生か?」
喋りかけてきた冬月会長は半笑い気味に信じられないものでも見せられた、そんな顔だ。
「史弥……! あんなの初めて見たぜ! 一瞬で倒しちまうなんて神業みたいだった‼」
「その、まぁ、ありがとうございます」
少し目が泳いでしまう。
そこまで褒められるとちょっと恥ずかしい。
次に賛辞を送り終わった二人は、今度は倒れている上級生三人に向き直ると、
「それに比べてお前らは……。少し怠け過ぎではないか? EAばかりに傾倒しているからこんな事になる。なぁ戦国?」
「そうですね。これは別でメニューを組んでトレーニングした方が良いな。特に史弥から手ほどきを受けた方が良さそうだ」
溜息交じりな呆れ声を溢す戦国先輩と少し冷ややかな眼差しを送る冬月会長。
今、最後ちらっと俺の仕事増やしたな、戦国先輩……。
「とりあえずこれで納得したな君達」
「いてぇ……くっ……能力もないのにつ、強ぇ……。くそッ、わ、分りましたよ……彼の風紀委員入りを認めます……」
痛む肩を押さえながら解放された一人が答えると横たわる二人も起き上がりながら首を縦に振る。遅れてギャラリーもざわつき、何が起こったのかを理解し始める。
俺がギャラリーを横目で見ると可憐は両手を胸に当てホッとしているのが遠くからでもよくわかる。
──可憐、憐可。本当にありがとう。
俺は気付いているか分からない摸擬戦を見ていてくれた可憐へ向けて、微笑んだ。
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