【能力値がすべてじゃない】

 金曜日の夕暮れ時、ここには何度も足を運んだせいか、見慣れた光景になりつつあった。

 自身の教室の二番目くらいには来慣れた場所、生徒会室。

 お決まりのポジションである執務用机で両肘をついて手を組み、椅子に座る大和撫子は俺を視線で捉え、不敵な笑みを浮かべていた。

 黒髪が夕日に照らされ、より一層、色の対比が美しく、神秘的な巫女のような雰囲気を漂わせる彼女はその艶やかな唇を微かに動かすと訊ねる。

「それで、答えは出たかい?」

 口を開いた生徒会長である冬月麗華ふゆつきれいかの周囲には風紀委員である戦国俊平せんごくしゅんぺいと、まだ俺が名前も知らぬ上級生らしき男子生徒が三名立っている。

「──はい、自分は風紀委員を引き受けたいと思います」

 冬月会長が真っ直ぐ見つめ、真剣で熱を帯びたような視線が返ってくる。その笑みはさらに深く増していく。

「フフッ、期待していた通りの答えだ」

「期待に応えられるかは分かりませんが、やるからにはキッチリ責任もってこなしてみせます」

「良い心掛けだ。私も君に声を掛けたことに張りが持てる」

 しかし瞬間、空気が一瞬ヒリつくような感覚を俺はこの時感じ取った。

 証拠にそれまで静かにしていた上級生三名が口々に辛辣なコメントを本人の目の前と言うことも忘れ──忘れるはずもない、わざと目の前で生徒会長に抗議し始める。

「会長、こんな紋無しに風紀委員が務まりますか? こいつの資料は読みましたがまだ能力発現してから大分日が浅いじゃないですか。それに無力化できても取り押さえる力があるのかって話しですよ? 俺は無理だと思いますね」

「あぁ、同感だ。能力値が無いに等しい人間を補充したところでって話しだ。複数人いた時なんかこの身一つで抑え込むなんてバトル漫画じゃあるまいし」

「そうだよな。風紀委員は人手不足だから補填は急いだ方が良いけどこれじゃあなぁ」

 上級生三人は薄ら笑いを浮かべ侮蔑の眼差しを俺へ向けてくる。

 不満を口々にして冬月会長へぶつけ、この一年生では役不足だ、別の人材を入れるべきだと。

 当然冬月会長はそんな彼らの口調や態度にムッとしたかと思えば、最もな指摘とシャープな意見に本心を隠しながら内なる怒りの灯火を押し込みつつ、鋭い瞳で見返す。そして溜息混じりな口調で言い放つ。

「はぁ……、お前たちそんな了見だと下級生に足元を掬われるぞ」

 その一声に戦国先輩を除く上級生三人は嫌悪感をさらに示し始める。こんな奴に劣るものかというプライドがそうさせたのか、自分の実力に自信を持っているのか太々しくも釈然としない態度だ。


「こいつにですか? 冗談を会長」

「そんなに凄いんですかねこいつは」

「へぇー言ってくれますね」

 三人ともご立腹のご様子だった。

 波風が立ち、最早荒波になりつつある。こんな状態で風紀委員に任命されたとしても悔恨を残す結果は避けられない。だからだろう。円滑に委員会を進めるためにも自身の力を誇示して見せる必要がある。デモンストレーションと言っても良い。

 どうやら実力主義的なところがあるこの上級生三人を納得させるのが今の俺の風紀委員としての第一歩みたいだ。ならば話しは簡単だ。体験してもらえば良いのだ。その身をもって。


 険悪なムードを突き破るように俺はハッキリとした口調で告げる。良い間違いなんてない程に。

「分かりました。ではこうしましょう。──先輩達、俺と模擬戦をしませんか?」

 さらなる油を注いだことは誰が見ても歴然だった。

 冬月会長と戦国先輩は大きく目を見開き、上級生三人は言葉の意味を数秒遅れて理解すると、目をギラつかせて虎視眈々こしたんたんとなる。

「ほぉー言ってくれるじゃねぇか下級生」

「ハハッ、年功序列と力の差を教えてやるしか無いなこの生意気な奴に」

「お前、気は確かか?」

 三者三様な敵意が俺を貫く。だけどこんなことでビビっていては風紀委員は務まらない。

「じゃあ順番に一人ずつ相手になって──」と言いかけた一人の上級生の言葉を遮るように口を挟む。

「──実践を想定して三人同時にお手合わせをお願いしたいのですが宜しいでしょうか?」

 時が止まったかと思われる空白──そして無音。

 静まり返る室内に鮮明に外の運動部が叫ぶ声と僅かに聞こえてくる廊下の騒音が、生徒会室の隙間から空気を伝って俺の耳に伝播する。

 まさに爆弾発言に呆気に取られた上級生三人は口を開いて驚愕を露わにしている。

 冬月会長と戦国先輩は測れぬ実力を持つ下級生である俺にお手並み拝見といったような期待を含んだ笑みを浮かべて見つめている。

 このまま永遠に時が動かないかと思うほどに凍り付いた空気を溶かしたのは冬月会長だった。

 割って入り、不敵な笑みを浮かべながら話を円滑に進めようとする。

「フフッ、ではその方が話も早くて済むというものだ。今からで構わないな須山君?」

「ええ、構いませんよ」

「では決まりだ。この私、冬月麗華が立ち合いの元、模擬戦を行う。場所は武道場。開始は今から三十分後。異論はないな?」

 当然、冬月会長は上級生三人へ視線を向ける。

 この状況で拒否や遅延は上級生達の大きくでた態度を傷つける。面子の問題だ。

 だから異論など出るはずもなく、上級生三人は狼狽えはしたものの乱れた精神を整え、その内の一人が攻勢に出ようする。

「あ、あぁ勿論だ! あまり嘗めた態度をとるなよ。身の程を弁える意味をしっかり叩き込んでやるからな!」

「もちろん自分は自惚れても、気がふれてもいないです。ただこうしないと先輩達は納得されないと考えただけですから」

 昂った勝気な上級生の声と俺の冷静な声音が交差する。

 以前言われた戦国先輩のトラブルメーカーか? と訊ねられた日を思い出し、ほくそ笑みそうになる。

 ──あながち間違いでもないのかもしれない。

 その時、戦国先輩と目が合う。どうやら向こうも同じことを思っているのか薄ら笑いを作っていた。


 ◇◇◇


「君は本当に面白い奴だ」

 先ほどの修羅場を終え、尾を引くように武道場に足を運ぶ紀委員達を除いた冬月会長と俺は生徒会室に残っていた。そして彼女はこちらを面白可笑しなものでも見るようなそんな感じだった。

「仕方ありません。早く納得して評価して頂くにはあれが一番効率良いです。実戦で見せた方が早いということかと思いまして。……でもちょっと過激でしたよね?」

「ふむ、まぁ安全措置はとって行うから良いのではないか? それに君の提案は確かに一理ある。しかしそれにしてもあの三人ときたら……君の言葉を聞いて度肝を抜かれていたぞ。その表情と言ったら……スカッとしたぞ。──それで勝算はあるのかい?」

「まぁ、それなりに……」

「……ほぉ? あれだけ大見え切ったんだから頼むぞ。君を推薦した私の顔もあるからな」

「プレッシャーかけてきますね」

 苦笑いで応えてみせると俺の顔を興味津々に覗き込みながら、微笑みを絶やさない冬月会長。

 確かに上級生に豪語したように決して自惚れて言ったつもりはない。今まで培ってきた経験に裏付けされた体術。新しくニューマンとして手に入れたEA。

 この二つをかけ合わせた時、勝算は充分に得られていた。それでもまだ確実に勝ちを得るためには準備が足りない。だからもう一つの策を講じる。

「会長、風紀委員は護身具の携帯が認められていましたよね? 確か風紀委員室に備品として保管があると聞いています」

「誰から──とは聞く方が野暮だな。……あぁ、そうだ。でもあれは今まで使われたことはない代物ばかりだぞ? なにせ学生が使うには一癖も二癖もある物ばかり。ニューマン以前に生徒が使うには──まさか……」

「えぇ、そのまさかです」

 今度は訝し気な表情を作る冬月会長を試すように人の悪い笑顔を向け返すと生徒会室を後にしよう、としたがすぐに立ち止まる。

 俺は振り返ると、

「あ、そうでした、風紀委員室内の何処に保管されているのか分からないので教えてもらって良いですか?」

 気恥ずかし気に冬月会長へ訊ねていた。先人切って堂々と出ようとしたのに俺カッコ悪ッ!

「全く、君は……本当に面白い奴だ」

 面倒見の良い先輩でもある冬月会長はヤレヤレとした趣で結局前を歩くのだった。

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