【いつだって男は身勝手】
いつもの
話し終えた俺に肩を震わせながら母さんはテーブルを挟んで向かえ側の椅子に座っている。
俯き気味で前髪が顔を隠し、よく見えないのでどんな表情をしているかは分からない。
でも雰囲気で分かる。
まるで目の前に爆弾が座っているかのような嫌な感覚。
勿論こんな事になるのは予想できていた。だって勝手に決めて風紀委員なったのだ。だから怒鳴られる覚悟は出来ている。次の瞬間、激怒されても文句は言えない。
幸い妹の実愛は二階の自室で勉強中なので兄の説教姿が姿が晒されなくて済む。けどやっぱり怒られるのは嫌だな、と後悔してしまう。誰だって酷く怒られるのは嫌だろう。
「……じゃあフミくんはもう風紀委員に就任したと?」
「……そうなります……ね」
「さっき話した学内の風紀を取り締まる、もとい危険なお仕事も承知で……?」
「……し、知った上で引き受けました」
「最近、フミくんに何かあったことは覚えていますか?」
「……しっかり覚えております」
次々と繰り出される質問と返答が母さんの怒りのボルテージギアを一段ずつシフトアップしているんじゃないかとさえ思える。
──願うことなら何処かでシフトダウンして、ついでにクーリング走行をしないとこのままでは高回転、高負荷で
「あのぉー母さん? 先に言っておくけど、勝手に相談もせずに決めたことは大変申し訳ないと思います。でも大反対されるのは分かってたから……その……勢いと言いますか……」
「言いたいことは全て言いましたか?」
「……はい」
どうやら俺の弁明タイムは終わったようだ。
今度はこちらの言い分も言わせろと母さんの無言の圧だ。なので俺は姿勢を正して身構える。
「では、お母さんも言いたいことを言います」
「どうぞ」
母さんは大きく息を吸い込むと、
「フミくんのぉ……ばかぁぁぁああーーーー‼」
恐らく家の中全域に大絶叫が広がっただろう。
下手をすればご近所にすらその第声量が届いたかもしれない。
果ては新婚夫婦かカップルの痴話喧嘩、そんな風な聞こえ方にも勘違いされたかも。
そして響いた声量に二階の実愛が今頃目を丸くしているはず。
「なんでお母さんに相談せずに勝手に決めるの! それに反対するかしないかは相談してみないと分からないじゃない! 仕事内容もそうだし大事なことだからまずは相談じゃないですか⁉」
「ご、ごもっともです……。エッ? うん? 話してたら許可してくれたかも知れないの?」
「そ、それは……た、例え話です‼」
そっぽをプイッと向きながら、言葉を詰まらせて否定する母さんは顔が火山噴火のように真っ赤だ。この勢いだと暫くは火山弾の二次災害も免れない。
かといって消火活動に入ろうにも、納得できる言葉を俺は用意していなかった事が仇となり、自然鎮火して収まるのを見守るしかない。
「フミくんは昔からそう! いつも大事なことは話さないで隠して、心配かけないようにして! お母さんのことをもっと信用してくれても良いじゃないですか!」
「……母さんごめん」
「ごめんって言うなら最初から相談して下さい! そういうところ、お父さんとそっくりです! 二人して除け者にしてぇ!!」
心配かけたくなかったと口に出したかったが、ここでそのセリフを吐くと言うことは信頼してないの裏返しに繋がりかねないので伝えたい気持ちを堪えた。だから今は堅く口を閉ざす。
そんな息子の言いたげな気持ちを察したか察してないか分からないが、溜息をついた母さんはもう諦め口調だ。
「そうやって頑固なところもお父さんそっくり。──ふんッ! もうお母さん知らない!」
顔を俺から逸らしたまま母さんはそう言った。
だが僅かに横目でチラチラとこちらの様子を伺っているのは丸わかりだ。
反対を押し切ってやろうとする風紀委員職の理由を話せと目をチラつかせて訴えている。どうやら申し開きさせてくれるようだ。
「……あの学校の差別的な校風を是正したいって思ったから……」
ボソリと呟いた俺にそっぽを向いたまま聞き耳を立てる母さん。俺はそのまま聞いているであろう主に語りかけるように続けてみる。
「今の学校は自分の意見を言えないみんなにとって辛い場所って気がするんだ。だから間違っている、それは違うって意見をハッキリ言える、そんな自由で、もっと楽しい学校生活を他のみんなと送りたい。誰かを虐げて常に怯える学校じゃなくて。だからその第一歩に俺が率先して前に進み出したかった。ハッキリと言って良いんだぞって。だから風紀委員になるって決めたんだ」
「…………」
もう母さんはそっぽを向かずに正面から俺と向き合ってくれていた。そのまま少し目を閉じて逡巡を母さんは巡らせたかと思うと口を開く。
「……本当は怒ってるし、やって欲しくないですけど、フミくんがそこまで言うなら仕方ありません。ほんッッッッとは嫌ですけど……! でも許可します」
もう先ほどの怒り顔は何処へやら、母さんは柔和な笑みを浮かべ、何処か誇らしげで嬉しそうだ。
「……本当にごめん。でもありがとう母さん」
俺の言葉を聞いた母さんは、今度は元気よく椅子から立ち上がると着ていたセーターの片袖を巻き上げ、息巻きながら謎に張り切りはじめだす。今度はどうした母さん。
「ならそうと決まれば今度はお父さんを説得しないと! お父さんはお母さんと違って手強いですよ! 一体どんな反対が返ってくるか分からないです。ですけどお母さんが──」
「あの……母さん……」
「ちゃんと守ってあげますから──」
「……母さん⁉」
「……なにフミくん?」
息巻く母さんに申し訳なさそうに告げる。いや、これが本当に言い出しづらい、
「実は……もう父さんには許可もらってる……と言いますか……」
「……」
時間が停止したように固まった母さんは、目を白黒させて俺を見つめる。また顔色はさっきのように赤く高揚していくのが分かる。
「それはいつですか……?」
「……二日前かな」
実は生徒会へ返事をする前に一番厄介な障壁とおもしき父さんの攻略を決行していた。
だがその予想は外れ、二つ返事で父さんは許可を出してくれていた。
逡巡もなく、即答だった。
「頑張れよ」、余りにも呆気ない一言にこっちが逆にやっていいのかもう一度訊いてしまったくらいだ。
「……」
「アハハハッ〜〜……」
俺は母さんに見つめられる目を逸らして愛想笑いを浮かべるしかなかった。段々と母さんの顔が真っ赤になっていくのを感じながら。
「せめて決める前にお母さんにだってぇ……。お、お父さんとフミくんのばかぁぁぁあーーーーッ‼」
「母さんッ⁉」
母さんはそのまま自室へ向かってリビングの出口を勢いよく開けて駆け抜けて行った。
そして閉まり行く扉の前で俺は頭を抱えて項垂れる。
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