【授業終わりとヤンキーと】(3)

 腕を掴んでいた金髪ロン毛に、掴まれていない反対側の腕で、力の限り、思いっきりフックを不愉快な笑顔を向ける顔面にかまして、吹き飛ばした。

 細い腕の何処にそんな力を隠していたのかと思う程、金髪ロン毛は後ろへ吹っ飛び、そのまま青空を眺めることになる。

 一瞬の出来事に剃り込みの不良は呆気に取られて金髪ロン毛が宙に舞うのを目を疑うように視線で追う。そしてすぐに我に返り仲間に駆け寄る。そのまま屈んで声を掛ける。

「お、おい! しっかりしろ! 大丈夫か⁉」

「く、くっ……、イッテェ……‼ 野郎舐めやがってあのアマ……‼ 下手

 したて

 に出れば良い気になりやがって……⁉」

「チッ! ちょっと俺らの事を舐めすぎてるみたいだな。一回怖い目見てもらおうか」

 そう言った剃り込みの方は目をギラつかせながら、未だに倒れた金髪のロン毛を残して、立ち上がるとこちらへゆっくり歩み寄ってくる。

「おい、テメェ。よくも俺のダチを殴ってくれたなぁ。詫びの一つでも入れてもらぉうか⁉」

 ──何処のヤクザだよ、と俺はツッコミを入れつつも、冷静に不味いなと判断していた。

 隣の美少女は熱り立った猛獣のように、背後から熱気が見えるほど頭に血が上っているご様子。相当、キているみたいだ。

 だからだろう。ここは俺が人一倍冷静でいなければならない。

「おい、何黙ってるんだよ!」

 荒々しく、刺々しい言葉の怒号が憐可に飛ぶ。まぁ俺殴ってないからそっちになるよね。

 憐可も憐可で凄みを出して威嚇しているし、このままいけばEAを使って、この不良達を葬りそうな勢いだ。下手をすれば俺も葬られる。

 全く。世話が焼けるよ。そんな事をさせないために割って入るしかないじゃないか。

「落ち着け憐可、こんなところでお前の能力を使ったら周りも巻き添えだぞ」

 割って入ると俺すら殴り飛ばしそうな勢いだったが、目で促して憐可に周りを見るようにさせる。気付けば周囲には今の光景をたまたま目撃した通行人が、何事かと足を止めてこちらを眺めていた。

「チッ、なんだよ、あたしだって能力以外でもやれるんだぞ」

 憐可の言葉を遮るように自分の声を被せて制止する。

「そういう問題じゃない。全く面倒事にしちまって……。ひとまずここは俺が何とかするから下がってろ」

「なんだそれ? 女だからって甘く……」

「煩い、下がってろ憐可、こっちでなんとかするから」

「でもよぉ……」

 そこで放置気味の剃り込みの不良は蚊帳の外で話が進むことが癇に障ったのか、キレ始める。

「何もうごちゃごちゃやってんだよ。あぁん⁉」

「その、申し訳ないんですがここは穏便に……」

「いまさらもうおせぇんだよ‼ あんまり嘗めてると骨の二本や三本逝っちゃうぞぉゴラァ!」

「はぁ……、やっぱりそうなりますよね……」

「あぁ⁉ おちょくってんのか!」

 その言葉を皮切りに剃り込みの不良は殴り掛かってくる。それは俺にとって単調で捻りのない、ゆっくりとした動き。

 俺は軽く横へ上体を逸らして、躱してみせる。一歩もその場から動くことなく。

「まぐれで躱しやがったか。次だ、おらぁ‼」

 空振りで俺の後方へ通り過ぎる羽目になった剃り込みの男は、再度転身して殴り掛かってきた。

「こっちが悪かったです。謝るので許してもらえないですか?」

「ごめんで済んだら警察はいらんのやぁ!」

 会話を繰り広げながら冷静に降りかかる拳を両手でなしていく。

 剃り込みの不良も向きになって殴っているがすべて受け流されているので、まるで何もない空中でシャドーボクシングでもしているような有様になっている。

「いや、本当にこちらが悪かったと思ってます、だからすみませんでした」

「だから何度も言わせんなや! おらぁ!」

 最後の一撃を渾身の力で放って、振りぬく剃り込みの男。それすらも自分の手甲を上手く使い、外側へ受け流す。

 そのまま、俺は初めて後ろへ距離を取る。

「ハァハァ、なんで当たらんのや……」

「もう気が済みましたか。これ以上やっても意味ないので話し合いません?」

 俺と剃り込みの男の光景面白かったのか周囲のギャラリーは増えていた。

 殴り掛かられれているのにその一切が当たらない。そんな不思議な光景に周囲も止めるどころか、見入ってるみたいだ。

 大人が子供をあやす──力の上下関係がそれ程までにこの剃り込みと俺にはあり、間違いなく俺が優位に立っていたからだ。

「もう気が済んだなら俺達はこれで……」

「待てよ、ゴラァ!」

 疲れ切った剃り込みの不良を置いて憐可とその場を後にしようとするが、すかさず呼び止められる。今度は金髪ロン毛の方だ。

 彼は立ち上がり、剃り込みの男の前に出る。

「俺は殴られてるんだよ! どうこの責任を取ってくれるんだよ⁉」

「それはあんたが強引に連れて行こうとしたからそうなったんでしょ」

「ごちゃごちゃうるせぇ! とりあえず殴った責任はとってもらわねぇと!」

「責任って言っても……。とりあえず謝罪で許してください。ほんとすみませんでした」

 俺は頭を深々と下げてみる。

 相手の感情を煽るつもりはなかったがあまりにも話が通じなさ過ぎてそれが結果的に金髪の不良の沸点に達したようだ。一瞬、眉間に血管が浮き出た気がした。

「ボコボコにてしやる!」

 血の昇った金髪ロン毛はそのまま突っ込んでくる。

 俺は溜息をついて再度、先ほどの剃り込み同様に往なしていく。

 ところがある瞬間、驚くべき事態が起きた。

 金髪の右手が発火したのだ。

 突然の事で、すぐに後ろへ俺は大きく距離をとる。今のは……。

「チッ、当たらなかったか」

 何も知らなかった前までの俺なら驚いただろうが、似たような事をすでに体験しているので少々の驚きで済んだ。態勢を整えながら俺は答えが分かる問いをしてみることにした。

「どうやらニューマンみたいだな」

 もう俺に口調を気を付ける余裕などない。ぶっちゃけ凄くまずいから。

「ふん、そうだ。ちょっとは驚いてくれて嬉しいよガキ」

 両手から猛火を立ち上らせ、ファイティングポーズをとってステップを踏む金髪ロン毛は隠すまでもないほど敵意を剥き出しにしている。

 ヤバイな。お陰様で手の甲を使って、拳を払えなくなってしまった。

 今もまだ記憶に焼き付く涼と金髪ロン毛が重なる。

 それは前の事件と同じでEAが絡むことでややこしい事態に陥った事を意味する。

「そんなに警戒しなくて良いんだぜ。この能力はバナーフィンガーって言って、その名の通り手部のみから炎を発生させる。どうだ驚いただろう?」

 涼のEAの下位互換みたいな能力か……。

 何故ならこの能力が不良の言う通りならば涼とは決定的に違う点がある。

 そこを狙えば勝利の算段は充分ある。

「なんだ、妙に落ち着いてるんだな」

「まぁな。最近それと似たような光景を見てるんでね。

 それとそんなに自分の能力をベラベラ喋って良いのか? こっちはそっちの能力がバレバレなんだけど」

「う、うるさい‼ ハンデだよ、ハンデ‼」

 金髪ロン毛は周囲にも分かるほど顔を赤くしながら喚く。指摘されて羞恥心が今更ながら襲ってきたのだろう。どうにも何処かヌケた不良だ。

 周りのギャラリーもクスクスと笑っている気がする。その中に憐可も混じっている。

 しかし、場の雰囲気とは別に先ほどの殴り合いより危険な状況になった。

 耐熱スーツや、ましてやチョーカーを装着していないのだから当たれば大怪我は必須。ここは慎重な判断を要求される場面だ。

「この炎では拳をその手で払えない。さっきまでおちょくってくれた礼だ。お前の顔面に消えない傷をしっかりつけてやるよ。万が一外れても服に触れれば炎は燃え移る。火傷は免れないだろうな、キヒヒ」

 既に小物キャラ感が丸出しになっているこの不良は見るからに頭が悪そうだった。というか完全に頭が悪いだろ。ただ口調はアレでもあながち言ってることは間違ってないんだよな。

 俺は少し後ろを振り返り、憐可に目線で後ろに下がるよう合図を送る。彼女もそれに気付いてくれたみたいで呼応して距離を取った。そっちがソレなら俺だってやる事は決まってる。

「じゃあ、これで終わりだ! 観念しろやゴルァ!」

 飛びつくような前傾姿勢で、拳を振りかざすためにその足でこちらに踏み込んでくる。

 その挙動が、動作が、すべてが大振り。だから気軽な気持ちで技を掛けることが出来た。

 完璧なタイミングの〝一本背負投げ〟を。

「⁉ ぐはぁ‼」

 勢いよく空中を舞い、地面に叩きつけられた金髪ロン毛は衝撃で肺から息が吐かれる。意識が朦朧として集中力が飛んだせいか同時に両手の炎は消えた。

 目撃した剃り込みの不良は、口をおおっぴろげに開けて閉じれづ、視線を仰向けに倒れる相方へ止めている。かなり唖然としているみたいだ。

「ふー……」

 俺は肩を落として息をつく。

 今回、金髪ロン毛が突っ込んできてくれたことで、よりかけやすい状態だった。だから一瞬にして不良の懐に屈みこむように入り、その片腕を脇に挟み込み、投げたのだ。むろんその手には触れていない。燃え盛る両手に触れない技を選択したのだから。

 金髪ロン毛は視界から忽然こつぜんと相手が消えたと認識した時には空中だっただろう。

 やっと落ち着いて周りを見渡すと、綺麗に技が決まったこともあり、周囲から感嘆かんたんの声が上がっていた。

「「「おぉ~~」」」

 後ろから憐可も声をこぼしている始末だ。併せて両手を軽くパチパチ叩いて。

「見事な一本背負いだったなぁー史弥。柔道も出来たのかよ?」

「もともと色んな武道の修練もしていて、その一つをたまたま活用出来ただけだ」

「へぇ~、そうなんだ……。なら今度からあたしも史弥の練習に付き合う代わりに、武術教えてもらおうかな……」

 ──それは絶対嫌だと、俺は伝えそうになった。が、口を瞑

 つむ

 んで声には出さなかった。そんな事言ったら余計教えろとムキになりそうだし、もしそうなったら今より手が付けられなくなると直感的に理解したからだ。

 それに技の練習の成果とか言って実験台にされたら溜まったもんじゃない……。

 だからここは曖昧で当たり障りのない返事で対応する事にしよう。

「そのうちな……」

「頼むぞ史弥!」

 ──いつになるかは分からないけどな。

 期日のあやふやな約束を憐可と交わしたところで今度は大きな声量が響く。

「おい、そこで何をしている‼」

 人垣を分けて現れたのは商業施設を巡回する警備員だった。

 たまたま出くわし、現場に介入してきた警備員に焦った不良二人はその場を急いで立ち去ろうとする。

「やべぇ! 早く行くぞ」

「腰イッテェ……、お、覚えてろよ‼」

 息つく間もなく金髪は立ち上がり、走り始めた剃り込みの不良と共にけ消えていった。

 そして俺達に駆け寄ってきた警備員はギャラリーを見渡しながら険しい顔で問いただしてくる。

「君達、この騒ぎを詳しく訊いても良いかな?」

「え、えっと、実は……」

 取り残された俺達は説明した。

 二人でクレープを食べていたら、憐可が強引に連れ去られそうになった旨を伝え、拒否して口論になっていたと。その中で憐可が殴り飛ばした等と余計なことは口にしなかった。こちらが先に手を出したことがバレれば事態はさらにややこしくなる。

 幸い警備員は人だかりに駆けつけた時、外の様子しか分かっていなかったみたいだ。

 だから上手く誤魔化せた。

「ふむ、そういう事だったのか。だけどそういう時は周りやおじさん達みたいな警備の者にすぐ助けを求めなきゃダメだろう? 見たところまだ君達、高校生だろ?」

「はい、そうです……」

「対処できない事は大人に相談して、もっと節度をもった行動をしないと」

「大変お騒がせしました……」

「二人とも今日は大人しく──」

「でもよう、おっさん……!」

「おっさん?」

「おい、憐可……!」

 憐可を小声で制止する。

 不満げな表情で見つめ返してくる憐可は顔に納得言ってません、と書いてあるような不貞腐れ方だった。先に吹っ掛けてきたのは相手だからこっちは何一つ悪くありませんとも顔に書いてある。

 おかげで警備員はふてぶてしい態度をとっている憐可に何を思ったのか唐突な質問を投げかけていた。

「君、何高校の生徒さんだい?」

 その後を想像して、俺の頬から小さな冷や汗が流れる。

 そのセリフがどれほど影響するか予想出来るだけにこの先の思考が非常に鈍重になるのを感じづにはいられなかったからだ。

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