【過去と現在】
私、
私の両親は一般人。そんな両親からニューマンとして私は生まれた。
出生してからすぐに国の管理する育児施設へと預けられ両親はその施設へ通い、子育てを行った。決して愛情を注がれなかったわけではない。むしろニューマンでも二人は愛情を注いでくれた。
当時の社会情勢はニューマン差別が横行しており、ニューマンには生きづらい時代だった。実際、ニューマンの子を捨てる親もいた。だが私はそうはならなかった。
おかげで元気に育っていった。ニューマンは乳児の頃からEAが使えるわけではない。
だが絶対でもない。無自覚に
普段の生活で突然、力が発動して誰かに怪我を負わせてしまう危険性もあった。
だから施設では細心の注意が払われ、生活する事になった。
小学校に進学後は一般の小学校と比較すると定期的な検査が多い程度で他の一般人と変わらない生活を過ごした。ただ言われた通りに勉強をして無邪気に遊んだ。
この頃、まだ私には能力が使えなかった。周囲を見渡すと同世代の子達は徐々に自分の能力を覚醒させていく子が増えてきていた。でもそんな事はみんなどうだって良いと思っていた。本当に些細な個人差くらいにしか感じていなかったのだ。
みんな将来への不安などはなく、なりたい職業を唱え自信で満ち溢れていたと思う。
そんな毎日が中学でも続くと思っていた。
中学へ進学した私はこの頃から異性というものを意識し始めた。
周りの同性に比べて、容姿が良い分類に属していたみたいで同世代の男子からチヤホヤされ、露骨な好意を抱かれる事が増えていた。
その分、同性からは表面上仲良くされるが陰口を叩かれるようになっていった。
仲の良い同性は離れていき、孤立していくのを感じていった。
男子は一目置くようになり、高嶺の華と称して距離を置くようになった。
ただ一人を除いて。
周りと違い彼は分け隔てない態度で私に対して接してくれた。
この時、彼のその姿勢が好きだった。非常に好感を持てる人だった
だが、恋愛対象としては見ていなくて友達として一緒に居たかった事を私は覚えている。
「なぁ、可憐。今日の学校終わりに俺の家で勉強教えてくれないか?」
唯一の友達と呼べる男の子が学校外で会おうと誘ってくれて嬉しかった。
「良いよ! 何時に行けば良いかな?」
この頃の私は成績が上位の方だった。
定期考査の順位は上位者のみ張り出され、私は常に名を連ねていたのだ。
彼はその事を理解して誘ってきたのだと思っていた。
それに彼は勉強が得意ではない事を知っていた。
だから快く快諾した。
唯一の友達と呼べる子に誘ってもらえて、とても嬉しかったのだ。
だから誘いに乗ったし、特にそれ以上の他意はなかった。
「じゃあ十六時に俺の家に来てくれ。家の場所なんだけどさ……」
「わかったよ! じゃあその時間に行くね!」
口頭で彼の自宅の説明を受け、理解した私は楽しみと呼べる期待が声を弾ませていた。
その気持ちが伝播したのか、彼も心なしか頬を緩ませている。
「じゃあ家でお茶菓子とか用意して待ってるから」
その時はただ楽しみだった。
──この日、彼の家に行ったことを酷く後悔している。
彼の家は
時間通りに着いた私はインターホンを鳴らした。
彼は玄関から出てくると、
「お待たせ、どうぞ上がって」
と招き入れた。彼は明らかにいつもより上機嫌だった。
「お邪魔します!」
第一印象が大事だと両親から教わっていた私はなるべく元気な声で上がる事を宣言した。だが迎え入れる声は返ってこない。
──誰もいないのかな?
玄関を上がり中へ入ると、左手にリビングへ繋がるだろう部屋の扉が空いたままだった。その部屋からは人の居る気配は全くない。
「あれ? 今日は御家族さんとか誰もいないの?」
「今、家族は出掛けててしばらく帰ってこないんだ」
「そうだったんだ。ご挨拶しようと思ったけど残念……」
友達の家族に顔を覚えてもらう良い機会だと思った私は残念がった。
「いいよそんなの……。口うるさいだけの人達だから」
思春期特有の煙たがるような素振りで彼は挨拶の不要を表したが私は否定する。
「ダメだよ。挨拶はしっかりしとかないと! また次の機会に必ずするね」
「可憐は変なところで律儀だな」
「そんな事ないですぅ~」
お茶目に舌を出して、チャラけてみせると彼は照れたのかそっぽを向いた。
彼の些細な感情に気付かない私は怪訝に思ったがすぐに本来の目的である話に移った。
「それじゃあ勉強始めよっか! どこでするの?」
「二階に俺の部屋があるんだ。そこを使うから先に上がっててくれるかな?
お茶菓子と飲み物を持っていくから」
そう言った彼はリビングの方へ消えていった。
彼を残して二階に上がり、部屋へ向かう。
彼の部屋は二階の一本道の突き当たりにあった。
見知らぬ人の家だが部屋の扉には彼の名前が書いたネームプレートが下がっているので一目で判断できた。
「ここだよね? お邪魔しまーす……」
他人の家なので、念のため小声で誰もいないと分かっていながらも声をかけて部屋の中へ入る。まず入って目に付いたのがシングルベットだった。
壁にはスポーツ系のポスター、折り畳み式の机とその周りに座布団が二つ、後は本棚に勉強机がある。私は世間一般の男子中学生の部屋を知らない。
でも整っていて清潔感のある部屋には変わりなかった。
私は立ち尽くしていると、後ろから二階に上がる足音が聞こえてくる。
「お待たせ」
そういって部屋へ入って来た彼はジュースやお茶菓子が乗ったお盆を近くにある折り畳み式の机に置いた。
「まあ、何もない部屋だけどくつろいでくれよ」
そう言った彼は二つあるうちの座布団へ掛けるように促す。
座るとクッションの心地よい柔らかさの感触が伝わる。
「ありがとう。それにしてもちゃんと整理してるんだね」
対面に腰掛けた私は部屋を見渡しながら素直な感想を伝えた。
その様子を気恥ずかしそうに「あまり見ないでくれよ」と言いながら目を背け、彼は照れる。
「いつもは散らかってるけど可憐が来るからしっかり片付けたんだ」
「ふふッ……、気を遣ってくれてありがとう」
彼の気遣いが素直に嬉しかった。
同時に友達と呼べる子の家に来るのは初めてだったから何処か落ち着かない。
他人の家に上がるのが初めてなのからかもしれない。
浮ついた気持ちでそのまま勉強道具を鞄から出そうとした時、
「ちょっと待って。実は君に伝えたいことがある。聞いてくれないか?」
若干、彼の声に緊張が混じっているのを感じた。
彼の頬は赤く染まっている。
「急にどうしたの?
「……可憐、君の事が好きだ。付き合って欲しい」
「……えッ?」
その時は思いもよらない言葉で呆気に取られていた。予想外で思考が止まる。
しばらく時間が止まったのかのように固まってキョトンとしていた。
「もう一度言うよ。好きだ可憐」
「その……私は……、貴方の事を……」
この言葉を伝える事を恐れていた。
本心を打ち明ける事へ後ろめたさを感じる。
彼を傷つけるかも知れない。でも彼なら理解してくれるくれるかもしれない。
心の何処かで甘えていたのだ。
「……ごめんなさい。私は貴方を親しい友達としか思えないの」
「……そんな……嘘だ……だって……、
可憐は今まで俺だけに優しくしてくれたじゃないか……?
俺の事を想って優しくしてくれたんじゃないのか……⁉」
「えっ……? 私は親しい友達として接していただけで……」
「違う! そんなはずはない!」
今までに見たことがない程、彼は取り乱した。表情も認めたくない気持ちと悲しみで溢れている。
今まで過去に可憐に対して好意を言葉に出してくる男子は沢山いた。
でもそれは外見が好きで一目惚れのようなものばかり。
彼はそんな中で周りを気にせず、声をかけて話してくれる貴重な存在だった。友達として親しく接してくれていると思っていた。
そんな彼に気を許していた。いつから友達以上の感情が彼に芽生えていたのかは分からない。だが、彼に対する気持ちは友達としての好きだ。
私は相手の気持ちに対して応えることが出来ない。
私の正面で俯く彼にどう声をかけて良いものか戸惑っていると、ゆっくりと彼は顔を上げる。私の視線と交わる。
「……君は俺の気持ちを知っていて
そう呟いた彼は可憐に、にじり寄る。表情は怒りと失望に溢れ、暗く怖いものへと変貌している。大きな勘違いと共に。
「違うッ……、私はそんなつもりじゃ……‼」
飛躍し始めた誤った解釈に弁明しようと相手に理解してもらえる言葉を必死に思考するが上手く出てこない。
急に手首が強く掴まれる。
掴まれた手首の皮膚が深く沈み込むのを感じる。痛い。
この力は無神経に放った言葉のせいなのだろうか。
「君は俺の気持ちを弄んだ。その責任を取ってもらう」
「それは勘違いだよ……! あなたとは友達として……」
もう既に遅かった。彼に私の声は届かない。
掴んだ手首ごと腕に荷重をかけられ、そのまま後ろに押し倒される。
はずみでスカートが少しはだけ、着ていたシャツが上に捲くれ上がる。
捲くれたシャツから他の人より白色の腹筋が露わになる。
さらに彼はその光景に興奮を覚えたのか、目付きは
「全部、全部……、悪いのは可憐なんだ。
そうだよ、俺は悪くない。それに可憐の気持ちだって……こうすれば変わるかもしれない!」
彼はシャツの裾に手をかけ、越えてはならない一線を越えようとする。
「こんなの間違ってる……!
いやっ……! やめてッ……‼」
激しい拒絶に襲われ、誰かに助けて欲しいと強く願った。
目尻に涙を浮かべ、抵抗するも虚しく押さえつけられた。
その時だ。
『あたしが助けてやるよ』
初めての感覚だった。
頭に直接、声が響いたのだ。
気付けば私の意識は深い海のような空間に沈み込み、浮かぶ。
同じ空間内にはもう一人の姿。とても私に似た存在。だが微妙に姿が違う。
金色の髪、左右の瞳の色が赤と青の非対称──オッドアイ。
『あたしがあんたを助けてやる。だから体をちょっと借りるよ』
そう言ったもう一人の私は海中のような空間を上昇して消える。
一人取り残される。
そして次に意識を取り戻した時には苦しそうに胸を押さえ、仰向けに倒れる彼の姿を目の当たりにした。その顔には殴られた痣が付いている。
「えっ……? なに、これ……?」
押し倒されていたはずなのに今は彼が倒れていて、私が見下ろす形になっている。
「あの……、大丈夫……?」
何が起きたのか把握できない。でもまずは彼を心配して近づいた。だが、
「こ、こっちに来るなぁ!」
「えッ?」
「この化物! お前とは今後一切関わらない! だからこの部屋から出て行ってくれ‼」
今度は彼が拒絶した。そしてそのまま家から追い出された。
私は疑問符を頭に浮かべ、何が起きたのかさっぱり分からぬまま帰路に立たされる。
「一体、何が起きたの……?」
何もわからないまま心境はボロボロだった。
唯一友達と呼べる彼に突然告白されたかと思えば襲われそうになり、最後に至っては何が起きたかさっぱりわかない。
初めて訪れた友達の家を楽しみにしていた気持ちはどん底まで失墜していた。
目元に涙が溜まり零れそうになる。足取りは重く表情は暗い。
すると先ほどの声がまた脳内に響く。
『助けたんだからあたしに礼くらい言えよな』
「また……。あなたは誰なの?」
目元から零れかけた涙を右手で拭い、声の主に呟く。
『あたしはあんたさ。でもそうだな……。このままだと判りづらいから……。
そう、あたしの名前は憐可だ!』
「なにそれ? 私の名前を反対に読んだだけじゃない」
『細かい事は気にしない』
「それよりあなたさっきは何したの?」
『うーん、まずはあいつの金的を蹴り上げて顔面に右ストレートを一発、それからあたしに向かって能力を使ってこようとしたからあたしの能力で……』
「ちょ、ちょっと何してるの⁉」
『だって助けてって言ったじゃん』
「確かにそうだけど……、でもやり過ぎだよ! あなたのせいで私の友達が怪我をしたじゃない!」
『ああいう奴は口で言ってもやめないから。一度、痛い目見た方が良いんだよ』
「でも……」
『じゃああのまま放っておけば良かったのかい?』
的確に突かれて黙ってしまう。
実際、あのまま放置されていればどうなっていたか想像に難くない。
『あと、あたしには念じるだけで話せるから』
私は他人から奇異の眼を向けられている事に気付く。
独り言を呟きすぎて、道行く人から冷ややかな視線が注がれていた。
『なんで最初から教えてくれないのよ!』
『ごめんごめん。で、あたしへのお礼は?』
『分かったわよ。言えばいいんでしょ! 言えば! ……ありがとう……』
『脳内でも小声で喋るとか……まぁ良いや! また困った時はあたしに言いな! 助けてやるからさ!』
後日、私の行ったことは学校内中に知れ渡った。
友達だった彼が広めたのだ。話に偏りを含んで。
そしてさらに私から人が離れていき、一切話さなくなった。
だが、代わりに新しい友達が出来た。
粗暴で暴力的だけど片時も一緒にいてくれる友達が。
さらに高校生になって新しい友達が一人出来た。まだ彼がどんな人間かは分からない。
──でも、少なくとも優しい人間な気がした。日に日に話せばその気持ちは強くなった。第一印象を思い出すともっと彼の事を知りたくなる。好奇心が溢れてくる。その人の前に立つと何処か胸が熱くなる。この気持ちの正体は──
「可憐、何ボーっとしてるの。次は移動教室だから遅れるよ?」
「……へッ⁉ ご、ごめんなさい史弥くん⁉ 少し考え事してたみたい⁉」
少し小首をかしげ苦笑いを作って見せる。すると彼は頬を緩ませて微笑む。
「やっぱり可憐の方が和むな~。なんていうか儚いとゆうか、尊いとゆうか……」
「な、何言ってるの史弥くん……⁉」
恥ずかしくなって照れていると脳内で憐可の声が響く。
『おい、可憐! 変われ! こいつあたしのこと馬鹿にした! 一言言ってやる!』
『駄目だよ憐可。今日は私の日なんだから』
憐可とは取り決めた約束がある。
当番制のように一つしかない身体を交互に利用し、お互いにストレスが溜らないよう配慮しているのだ。そして今日は可憐が利用する日。
『全く都合が良いな。史弥の前で上がったときはすぐに変わるくせに』
突如言われた脳内隣人の発言で声にならない声を上げて顔を真っ赤にする可憐。
目前にいる彼がこちらの顔を見つめながら不思議そうに尋ねてくる。
「ん? どうかした?」
「え、あ、いや何でもないの!」
無意識の呟きを聞きとられずに済み、安心すると並行して慌てて取り繕う。
「? とりあえず移動しよっか?」
少し怪訝そうな表情で彼は見たが次の授業までの時間が迫っていたため、教室から出ようとする。振り返り際、後ろ姿に初めて出会った時の姿が重なる。
涼が率いる不良に絡まれて断っても食い下がらず、どうしようか悩んでいた時だ。
憐可も痺れを切らして出ようとしている
他の生徒達が涼という人間に恐怖して、ただ傍観を決め込んでいる中で。
さらに私は赤の他人。何のメリットもない。それでも彼は出てきてくれた。
後から知った事だが彼はEAがどういった事情かは分からないが使えないらしい。
だから余計に飛び出してくれた彼に尊敬の念を抱いている。
普段は何処か野暮ったい目付きをしてめんどくさそうにしている癖(くせ)毛(げ)の少年だが、あの時の彼はすごく鋭い眼光を放ち、頼もしい存在に感じられた。
『ねぇ憐可?』
『なんだい可憐?』
『史弥くんの事もっと知りたいんだけど、あんまり聞く勇気がなくて……』
『だからあたしに色々聞けって?』
『お願い! その代わり今度一日多く、私の身体使わせてあげるから……!』
『仕方ないね~、約束だよ? ま、私もあいつに興味あるから良いけど』
『えっ……?』
脳内で憐可に約束を取り付けたが最後の言葉の真意が分からぬまま、史弥くんと一緒になる選択科目の移動教室へ向かう羽目になってしまう。
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