【欲しかったモノ】(4)

 戻ってきた可憐──憐可に再度、肩を貸されて歩き始める。

 女の子に向ける感情としては非常に不適切かもしれないがこの憐可は生粋の姉御肌である事を俺は改めて感じていた。言葉だけではなく、舎弟がいると実際に言われれば素直に頷いてしまう。

 可憐の時とは違い目尻が吊り上がり、凛々しくなった彼女の腕は何ら変化を見せていないはずなのにどこか頼もしさを感じさせる。


「史弥? 大丈夫か?」

「これが大丈夫に見えるか?」

 可憐の時とは違い何処か男友達と話すような粗暴な口ぶりで苦笑いを作り、答える。

「大丈夫ではないな。まぁなんだ、あいつには強く言っておいてやったから心配すんな。それにまたされたらあたしに言いな。そん時は半殺しにしてやるから」

 もうこんな事は二度とごめんだ、と内心思うのと並行して本当に半殺しにするんだろうな、という想像ができてしまう。憐可は有言実行の言葉を信条にしている節がある。白黒付かない事、はっきりしない事は嫌いで優柔不断は敵なのだろう。だから憐可は非常にハキハキした喋り方をする。内容は暴力的だが。

「ハハッ……その時は頼む……」

 そんなことが二度と起こらない事を祈るのと憐可を怒らせるのだけは絶対避けるという目標を俺は新たな学校生活の座右の目とした。憐可さんマジで恐いもん。


「怪我が治ったら何か奢るよ。何が食べたい?」

 唐突に俺の口から何の脈絡もなく問い掛けていた。高校生に出来る精一杯のお礼への思考がこの言葉を吐き出させた。

 訊かれた憐可といえば、ちょっと驚いたかと思うとすぐに考えを逡巡させている。そうゆうところは可愛いな。

 そしてそのまま顔をそっぽに向けながらポツリと呟く。

「……ク……レープ……」

 余りに小さく呟くものだから聞き直してしまう。

「え? なんて?」

「だ、だから! クレープっつてんだろ⁉」

 余りにも可愛らしい食べ物が憐可の口から飛び出すものだから呆けてしまう。彼女も恥ずかしいのか投げやりな口調だし。

「……あぁ、ごめん。あんまりにも似合わない食べ物が出てきたからつい」

「あたしの事なんだと思ってんの⁉」

 吊り目を半目にして問いただされて、俺は答えに詰まるも絞り出す。

「肉とか抽象的でたんぱく質なものを……」

 と言いかけて、「あぁん⁉」なんて彼女に言われた暁には俺は押し黙るしかなかった。最後にボソッと小声で「あたしだって女の子らしい食べ物だって食べるよ……」と呟いた声に女の子らしい一面を覗かせた憐可を虐めたくなったのだが、気の迷いだろうと理性で押さえつけることにした。後が怖いからな。

 やっと高校生らしい会話が出来た俺達は、出口まで後もう少しという所まで来ていた。

「もう少しで終わる…」

「よく持ちこたえたよ史弥……。可憐もあたしの中で安心してるよ」

「なら後でちゃんとお礼を……」


 短くも長かったECTから解放されようとした矢先、背中に熱が近づくのを感じた。

 嫌な予感が俺を襲う。

 首だけを後ろへ向けるとそれは露出している頬や眼球にも伝わった。BurringバーニングBackdraftバックドラフトがこちらへ高速で飛んできていた。その奥には地面に伏せながら憎しみの視線を送る涼が映る。


「危ない!」

 咄嗟に肩を振りほどいて、憐可を庇う形で盾になる。憐可は一瞬驚いたような表情になると行動の意味を理解したのかキッと恐い顔になっていた。もう手遅れだ。インビジブル・ブロックを展開するには可憐に人格を代らなければならず間に合わない。さっきのを発動しようにも俺が近過ぎる。全身に鳥肌が立つ。


 ──せめてこの女の子だけでも護りたい。

 強く願い、まさに視界いっぱいに迫る炎と涼を同時に視界に捉える。途端に俺の脳内で何かが弾けた──正確にはダムが決壊したような溢れと、その流れ出たものが眼球を通して放出されるような不思議で初めての感覚が走る。脳がジリジリ焼けるような疼痛も伝わる。


 次の瞬間、BurringバーニングBackdraftバックドラフトは無くなっていた。消滅していたのだ。


「…………」

 だが考える間もなく、俺は無言で走り出していた。もちろん涼に向かって。

 右腕は使えず垂れている。全身が軋むような感覚と右肋骨に激しい痛みが走る。

 健在の左腕も何処か怠い。でも知った事ではない。少し休憩したおかげかもう少し持ちそうだ。この後例えどうなっても知らないけど。


 涼が再度攻撃体制に入ろうとする。BurringバーニングBackdraftバックドラフトを展開しようと。

 そしてまた俺の頭から眼球を通して何か相手を掌握したような、縛り付けるような感覚と言っていいものを感じる。

 瞬間、涼の周りで灯りかけた幾つもの火種が消滅する。

「おい‼ なんだよ⁉ どうして…………」

 涼との距離は十メートルを切った。両手はもうダメだ。あいつの意識を刈り取るには使えない。なら││


 片膝を付く涼の目前まで迫って俺は左脚をタイミングも力加減も間違えていない綺麗な回し蹴りで涼の顔側面かおそくめんに目がけて振り抜く。


「ぐうあぁっ……‼」

 短く小さな悲痛な声量が響く。

 それが最後の決め手となって何も抵抗できないまま涼はそのまま頭ごと身体をもっていかれ横へ吹き飛ぶと同時に意識を失い倒れ込む。


「もう……無理……ヤバいかも…………」

 そのまま視界が遥か高い武道場の天井へ向いていくのが分かる。

 倒れる間際に涼も顔を落とし、こと切れたのか意識を失うのが見えた。

 今のは……一体……?

 ゆっくり背中から傾いていき、仰向けで倒れる。駆け足が聞こえる。急いで憐可が駆け寄ってくるのが分かる。耳元で声を張り上げているのも。声が断片的にしか聞き取れない。

「ふ……みや! しっか……り……しろ! ふ……」

 憐可の声が遠退いていく。何が起こったか分からないまま俺は意識を閉ざした。

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