【欲しかったモノ】

 振りかざされた炎の剣。

 最後まで諦めたくない気持ちから、自分へ向かってくるすべてを焼き払ってしまうような劫火ごうかから目を逸らせなかった。

 次の瞬間には身は焦がされている筈だった。ゆえに目の前の現象が理解できなかった。まるで触れられないかのように炎が遮断された。

「なんで……」

 口から疑問が吐き出されていた。迎え側に立つ涼はその原因に気付いている様子でヤレヤレみたいな素振りを取っている。

「おいおい、どうゆうつもりだよ春山さん。摸擬戦中に乱入とは?」

 首だけを動かし振り返る俺の後ろには、ここにいるはずのない可憐が立っていた。普段は整った綺麗な髪を乱して、息を切らせている。

 涼の質問に対して息を整えると力強くもしっかりとした答えを返す。

「あなたの取り巻き達から聞きました。何が摸擬戦ですか。これはただの殺し合いです。今のだって下手をすれば本当に死傷者を出しかねませんでした。即刻中止してください」

 普段は優しい口調なだけにはっきりとその声色から怒気が伝わってくる。だが涼にはその意思が伝わらないようだ。

 悪びれもせず、「チッ……、あいつら余分な事喋りやがって」と俺にしか聞き取れない小さな声で呟いた。元より悪気などないのだろうが。

「嫌だね。今、こいつをブチのめさないと俺の腹の虫が収まらない」

「やめる気はないと?」

 可憐の目付きが鋭くなる。これは恐らく最後通告なのだろう。もちろん怖気る程の相手ではない。涼はその瞳をギラつかせて言った。

「いい機会だ。まずは俺の力を知ってもらおうか。その方が、話が早っ……⁉」

 言いかけてものすごい勢いで涼は後ろへ吹き飛ばされる。

 まるで壁が勢いよく迫り、押し出されたように。


「史弥くん! 大丈夫⁉」

 涼に目もくれずクラスメイトである可憐が駆け寄ってくる。その両手を肩に預け、介抱しようとする。

「今何を……?」

 こんな時なのに俺の前で起きた事象に答えを求めて疑問をぶつけてしまう。

「私が固定した空間インビジブルブロックをそのまま移動させて相手に押し付けました。シールドは中心点で作用しているので逆に外に押し出す力が強いと衝撃は中心点である本人へもフィードバックされます。だからあんな風に──そんなことより今は早く外へ!」

「ありがとう可憐」と礼を述べて俺は可憐に肩を借りる。立ち上がり出口へ向かって覚束ない足取りで歩き出す。

 ──本来、男子としては逆の立場をしなければならないのになんて情けないのだろう……。俺はこの状況に不甲斐なさを痛感していた。

「情けなない姿見せちゃってごめん……。おまけに女の子に手を貸してもらうなんて……」

 だが可憐はそんな考え方を持ち合わせていないようだ。

「何言ってるんですか? もとよりこんなのは摸擬戦ですらないんです。情けないなんて思いませんし、こんな姿、私は笑いません。それに私メールで言いましたよね? 無茶しないでくださいって」

 前半は慰めてくれているが後半は怒り口調になる可憐。

 可憐の圧がもの凄い。怒らせると結構ヤバいみたいだ。

 咄嗟に俺の口から出た言葉がどもりながらの「ご、ごめん」だった。聞いた可憐は怒り口調を解いて最後に、

「それと……困ったときは助け合いですよ?」

 ハニカミながら笑顔で言い切る。

 まるで誰かさんに影響を受けたような口振りだ。それを聞いて一気に自分の気が緩むのを感じた。


 ──たぶん入学式の可憐もこんな気持ちになったのだろうか。

 気が緩み、少し周囲を見渡す余裕が出来た俺は歩きながら出口へ視線を向ける。

「はは……、助け合いにしては少々やり過ぎたような気もするけど……」

 その先──乾いた笑い声が出た矛先にはありえない方向に湾曲した扉があった。

「その……、非常事態でしたし! 仕方なかったんです!」

 答えを労した可憐は非常に都合の良い口実を口にしていた。先ほどまでの凛々しい女性は何処へやらで未成熟の少女へと戻っている。

「何勝手に終わった気になってるんだよ!」

 二人の空間を突き破るように放たれた叫び声が届く。俺達の後ろで先ほどの攻撃から復帰した涼が睨んでいた。

「お前も史弥も俺をコケにしやがって……。もうこの際だ。まとめて潰してやるよ!」

 そう言った涼は鬼火──もとい涼が呼称するBurringバーニングBackdraftバックドラフトを展開し、こちらへ放ってきた。その数は試合中の比ではない。十個はあるだろう。

「可憐、やばい!」

「大丈夫です。私たちに触れることも出来ないから」

 焦るが可憐は対照的に冷静だった。肩を貸しながら、可憐はもうすべてが済んだような顔をしている。

 それは結果としてこの二人の周りで起きた。

 全てのBurringバーニングBackdraftバックドラフトは何もない空間に壁があるかのように接触したかと思うと爆発した。熱で蜃気楼を作りながら消え去った空間に爆風で巻き上げた砂煙がおぼろげに何かを避ける。

 それが逆に形作り、俺に何が起きたかを理解させる。

「もうすでにインビジブル・ブロックが私達を守ってくれているもの」

 囲うように立方体に構成されたインビジブル・ブロックが展開されていた。

「す、凄い……」

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