【抵抗】

 ブロック群へ辛くも身を隠すことができた俺は次の行動を模索していた。

 現状撒くことに成功し、涼は見失った獲物おれを探すために周囲一体を歩き回っている。

 ここまで来る間に三度攻撃にさらされた。 だから先ほどの実経験を元に推測していく。一撃目の鬼火は接触すると同時に爆風を起こした。二撃目は接触直前で拡散した。三撃目は一撃目と同様。 涼はECT中もそうだったが炎の形状を自在に操ることができた。尚且つ遠距離で飛ばすことも可能みたいだ。その射程は逃走する俺から四十メートル強は有にあった。

「まだ全然情報が足りない。ここは相手の出方を……」

 様子を伺おうと決めた直後に近くに設置されたブロックが木っ端微塵に吹き飛ぶ。さらに涼の大きな叫び声が当たり一体に響く。

「そろそろ出てこい紋無し! ゲーム終了が間近なんだ! 潔くやられてくれよ!」

 網膜投影スクリーンに表示される制限時間が四分を切っていた。このジリ貧状態で時間切れによる引き分けドローには長すぎる。

 さらに痺れを切らした涼は次々とブロックを破壊していく。まだ運よく自分のブロックにはヒットしない。しかしそれも時間の問題だ。確実に減らされていくブロックに段々と場所が特定されていこうとしてる。身を隠す場所を削られていく。このままでは制限時間より早く見つかるのは自明の理。

「はぁ……。応答なし、か。つくづくあきらめの悪い野郎だ。ならこれでどうだ」

 また次々とブロックが吹き飛ぶ。だが先ほどと打って変わって三つ同時に吹き飛んだ。壁際から顔を覗かせ確認すると涼は鬼火の数を一から三へ増やし、周囲に展開している。さらに切迫した状況になるのを感じる。

 くそっ、やっぱり複数展開できるか。もうこうなったら考えている時間はない。何とかしてあいつの懐に飛び込み、制圧しないと。問題は突っ込むタイミング……。あとはは出たとこ勝負だ。でも失敗すると俺は……。いや、今は成功する事だけを考えるしかない。自分を信じるしかない……!

 覚悟を決めた俺はブロックから身を乗り出し、その姿を涼へ見えるように晒す。やっと姿を見せた相手に対して攻撃の手を止めると、獲物を見つけ嬉しそうな笑みを浮かべる。

 あたり一帯はくすぶる炎と瓦礫が散乱し、その中心に涼が佇んでいる。

「やっと俺に燃やされる覚悟ができたようだな!」

「燃やされてたまるかよ!」

 涼との距離は約三十メートル。お互いに対面で一瞬睨み合い視線が交差する。

「あぁ、そうかよ!」

 展開中の鬼火を高速で飛ばしてくる。今度は三連続で連なって接近していた。俺は涼に向かって左斜め方向へ全力で走り出す。

 次の瞬間、爆撃音がフィールド内に響く。爆風に巻き上げられた砂煙が舞い上がる。でも俺は健在。乱雑に置かれたブロック壁を上手く利用し、鬼火と自分の対角線上に重なるように走り込んでいく。一発目を防げば次だ。だが二発目以降は砂煙によって視界を奪われ、明後日の方角へ飛ぶ。避けるまでもなく外れた。

 さらに追加で三発が接近してくる。

 今度は右斜め方向へ全力で走る。ジグザグに走り込みなるべく攪乱(かくらん)させるように。

 先ほどと同じようにブロックを使い対角線上に重なるよう気を遣う。

「馬鹿が。同じ手に乗るかよ」

 ブロックに接触するタイミングで一撃目の鬼火が突然消失した。

「くっ、嘘だろ⁉」

 二撃目がブロックに対して曲線を描いて避け、飛来する。三撃目も同様。フェイクを掛けられた俺は咄嗟に停止してそのまま後退して後ろへ走り出す。振り返れば二撃目がしっかり捉え、接近していた。


「ハァハァ……、ちょっと……⁉ それはヤバイから⁉」

 悲痛な叫びにも似た悲鳴をあげてしまう。同時に鬼火が後方から降り注ぐ。寸前で横へ素早くかわす。

 紙一重で躱された鬼火は柔らかな地面に着弾し、白砂が舞い上がり砂塵さじんが起こる。舞い上がった砂塵が俺の口に侵入し、不快指数が上がっていく。

「容赦ないな……」

 立ち込める砂塵の中で人影が写る。

 そして切れ目からゆっくりとその姿を現す。狩りを楽しみ、ゆっくりと獲物を追い詰めるかのように余裕な態度をみせた鈴原すずはらりょうの姿が。

「お前が俺の邪魔しなければこうならなかったんだよ」

「だからなんで嫌がってる女の子を助けて悪いんだよ」

 涼は俺の言葉が気に食わないのか不機嫌気味に、

「お前は理解してない。力のない人間が身の丈に合ったことをしないとどうなるか」

 と刺々しい口調で言葉を放つ。

 俺はそんな物言いに腹立たしさを感じた。だから、

「なら身の丈に合わせた振る舞いをさせてもらおうじゃないか」

 さっきまで逃げていた状態から涼へ向き直り戦う姿勢を作る。

「逃げ回らない。正面から戦う」

 涼の顔つきがが変わった。自分でも分かる。空気が変わるのを感じた。

 それがなんなのかは直ぐには理解できない。けどそれは言うなれば殺気の様なもの。

 周りにいる観衆達はフィールド内と壁で隔たれていることもあり気づかないだろう。

 中にいる当事者同士でしか感じられない場の不思議な感覚。

 涼もそれを感じ取ったのだろう。一段、空気が張り詰める緊張感を。

 涼の対面で半身の構えを俺は取る。

 全身の筋肉が強張る。自然と集中力が高まっていく。目前の相手の一挙手一投足に注視する。今俺は鋭い眼差しを涼に向けているだろう。

「へぇー大分雰囲気変わるじゃん。なに? お前武術でも習ってるの? 女受け良いから?」

 異質な構えをとる俺のリズムを狂わせたいのか涼はふざける様に、そして感情を逆撫でるように話しかける。

 精神を乱そうとする幼稚な発言だが意に介さない。その程度の挑発に付き合うつもりなど毛頭ない。

「これはそんなんじゃない。誰かを守らなければいけなくなった時の心構えみたいなもの」

 幼い日の記憶が頭を過る。父親に強くなりたいと言ったあの日が。

 ──父さんはいざって時に何もできないのが大っ嫌いで後悔する人。それが例え喧嘩だったとしても。そして父親が鍛えられた師に今度は息子の俺が教えてもらっている。その教えを受け継いだ結果がこれだ。だから今ここで見せてやる。鍛えられた鍛錬の成果を。

 俺は涼をキツく睨む。ここでお前を負かす決意のために。


「お前のようなイタズラに力を使うような奴と俺が振るう力が絶対に違うってところを」

「だからどうした? 体術で俺のEAには勝てない。制限時間いっぱいまで逃げていた方がまだ利口だぞ。まあ、逃がさないけどな」

 涼は自身で言ったセリフに嘲笑ちょうしょう気味に笑う。非情に嫌味な言い方だ。

「お前も説明は受けてるだろ、この試合のルールを。

 まぁ俺たちの場合はになってるけどなあ」

「言われなくても分かってる。そのルールに則ってやらせてもらうつもりだ」

 嘲るような笑いをより一層濃くして、

「ならこいよ、遊んでやるから。何も使えない無能くん」

「やって見なきゃ分からないだろ。無能力者の底力を……なっ‼」

 地面を強く蹴りだし、涼に向かって一直線に力強く走り出した。

 実に単調で捻りのない行動。短絡的な思惟しいで動いていると涼も、観衆も思っただろう。周囲に身を守れるブロックはない。

 俺は一般人のような存在だ。対策を講じる手段などもとよりない。自暴自棄になって突っ込んでも仕方がないと思われているだろう。だがこの状況こそが相手のプライドを刺激する展開でもあった。

 確実に仕留めるために三連撃か二連撃で必ずくる。あとは一撃目が単純で一直線な攻撃である事が絶対条件。でもこの状況ならそんな事しなくても簡単に捻りつぶせると思っている……。ここが一番のチャンスだ。

 自身が見た涼の能力を基に、半ば無謀な賭けに身を投じる俺の姿がそこにはあった。

「結局、偉い事言っても自滅かよ。興ざめだわ。でも心配するな。お前を病院送りにした後はゆっくり春山さんとお近づきにさせてもらうからよぉ」

 言葉にドス黒さを纏わりつかせた独占欲を滲みだし、涼は迎撃態勢をとる。瞬時に鬼火を周囲へ展開を済ませる。鬼火は涼の感情に呼応するかのように激しく揺らめき、連なって俺めがけて飛翔した。間隔は人一人分の等間隔。

 感覚を研ぎ澄ませ、瞬きを忘れて鬼火を捉える。一撃目をギリギリまで引き付けるために。その熱を感じる目前まで鬼火は迫った。

 ここだ。タイミングを見計らい最小限の動きで回避する。真横をかすめていく鬼火。

「馬鹿が。これで終わりだ」

 ほぼ同時に勝利を告げる喜びの声を高らかに上げる涼。両斜め方向から連続で鬼火が俺に向かって高速で接近する。

 誰もが負けたと思っただろう。

 誰もが次の瞬間には絶望でその顔を歪ませる俺の表情を思い浮かべただろう。

 しかしこの状況で、俺は至って冷静に間合いを見計らっていた。

「待ってたよ。この瞬間を……」

 賭けに勝てたと確信する。そのまま二撃目を左へギリギリでなんとか躱す。避ける方向を察知して三撃目が間髪入れずに入ろうとする。これは避けられない。だから俺は──通り過ぎかけていた二撃目の鬼火へ右手を振りかぶり、“ワザと”接触させた。

 大きな爆発と共に爆風が後方で起こる。衝撃波が激しく背中に伝わり吹き飛ぶ。

 当然、三撃目の鬼火はタイミングを狂わされ、本来いるべき敵の場所に肩透かしをくらい、虚空を切る。

 俺は涼の五メートル手前に転がり込み、勢いのまま立ち上がると全速力で駆ける。涼が二撃目以降を操作して当てに来ることは容易に想像できた。

 だから二撃目の鬼火にワザと当たり、爆風を利用してタイミングをズラすことを考え付いた。

「少しは人の痛みを知れ‼」

 突然の事で思いがけず、呆気にとられた涼が理解した時、俺との距離はもう目と鼻の先だった。

 そして強く握りこんだ拳を振りかぶり相手への最短距離をたどった全力の一撃を涼の顔面へ振り抜く。意表を突かれ、距離を詰められた涼は為す術もなく容赦のない一発を受ける。

 そのまま上体を後ろへ逸らして倒れる涼。

 得意とするジークンドウのSDA(Single Direct Attack)が決まった瞬間でもある。

 SDAは文字通りにとらえるなら「単純攻撃」にすぎない。相手に動きを読まれないスピード・技のタイミング、より効率的な体の使い方などの様々な細かい技法を含む応用性の広い分野の総称であるといえる。

 一撃必殺、という言葉は良く知られているが「ただ一発のパンチが(自然と)繰り出され、そして相手が倒れる」という戦術上での理想の境地を内包する概念だ。

 ──状況など気にするな。機会は己で作り出せ。武術家、ブルースリーの言葉だ。

 今この状況を作り出したのは俺自身である。

 状況に飲まれず、諦めない心で機会を手繰り寄せた結果。

 だが代償はあった。

 息を切らせて片膝を着く。背部は爆風の影響で焦げており、周りは熱気が残り立ち昇る煙で如何に激しかったかを物語っている。さらに網膜投影には爆発の衝撃から守るため、エアバックシステムが作動したことを表示していた。

 仰向けに倒れている涼に俺は視線を向ける。

 ヘッドギアで守られているとはいえ、唯一エアバックシステムが内蔵されていない頭部に攻撃を加えたのだ。完全に殺しきれない衝撃で軽く脳震盪を起こしているだろう。

 下手をすれば関節──むち打ちくらいにはなっているかもしれない。だが相手を思い遣る前にまずは拘束して勝敗を決さなければならない。こちらも満身創痍なのだから。


 そう思い近付いたその時、

「……まだ終わってねぇよ」

 短く紡がれた一言と共に涼を中心とする周囲一帯が突如として発火し、燃え始める。例外なく俺のECT専用スーツにも燃え移ろうとする。危険を感じ、急いで後退する。

「よくもやってくれたな。ちょっと手を抜いていたからって調子にのるなよ」

 怒気をはらんだ声色が敵意となり耳へ届く。熱風が伝わり、冷や汗なのか熱に充てられたのか分からない汗が俺の頬を伝う。

 対面の涼はその上体をゆっくりと起こすと、片手を首に添えながらポキポキと鳴らす。立ち上がった涼から怒りに満ちた視線が放たれる。俺との視線とぶつかり相容れぬ空気が両者の溝の深さを伝えるように渦巻いているとさえ思える。

「さすがに俺のBurringバーニングBackdraftバックドラフト(球体内に封じ込めた炎を対象と接触させた瞬間に破裂、一気に酸素と混じり合い大爆発を起こす)を利用されたのは驚いた。だがもう茶番は終わりだ。本気で潰してやるよ」

 こちらへその歩みを進ませながら告げた。涼はまるで炎を纏うように使役し、自身から五~十メートルを無差別に発火させながら向かってくる。

「……⁉」

 対する俺は力なく片膝をつく。爆風を受けた背中や両腕は熱を帯びたように火照り、衝撃で全身の骨がきしむような痛みが今になって襲ってきた。人は興奮状態になるとアドレナリンが多く分泌され、時に痛みを抑制する。エアバックシステムが作動しても許容を超えた衝撃が加わった事が理解できる。直撃を受けたのだ、当然と言えば当然。何気なく横を見ると観客席はザワついているように見える。

 それもそのはずだろう。気付いたのだ。今ここで行われている摸擬戦が本物の殺し合いになっている事に。

 だがもう既に遅い。止める時間は残されていない。

「最後だ。何か言いたいことは?」

 そう言って目と鼻の先に涼は立つ。

「可憐には手を出すな。お前が関わっていい子じゃない」

 最後に出た言葉は病院送りにされた後の危惧。もう懇願と言ってもいい。情けない。

「分かった」

 短く答えた涼。不自然な物分かりの良さを表したと思った。

 だがそんな願いにも似た訴えは突如豹変した涼に一蹴いっしゅうされる。

「……なわけねぇだろ! 後でゆっくり俺のもんにしてやるよ。力ずくでな! お前は病院のベッドでゆっくりその報告を待ってろよ!」

 さげすむような笑い声と共に涼はその右手を振り上げた。

 右手から剣の形に形成した炎を出現させる。

 俺の目線はそれを捉え焼かれるのか切られるのか、いや焼切られるのかと皮肉めいたことを刹那的に想像し、微苦笑が零れてくる。

 でもどこか諦めることをやめるように強く訴えかける本心が俺の中にいた。

 それは限界を超えた身体を必死に動かそうとする。

 しかし身体は答えてくれない。

 涼がその右手を振りかざす。


 ──可憐、ごめん。カッコ悪い姿見せちゃって。勝てなかったよ……。

 史弥は一瞬の内に心の中でクラスメイトへの謝罪を呟いていた。

「そんなことさせない! 絶対史弥くんは守ってみせる!」

 遠くでどこか聞いたことのある声が耳に届いた気がした。

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