【アンフェアデスマッチ】(3)

 開始の合図と同時に先手を打ったのは涼だった。それをかわした時、私は安堵の溜息を漏らしていた。

「危なかった……」

 自分以外の誰にも聞こえない呟きが漏れる。観戦席に掛けていた私は他の生徒達から離れた距離で史弥くんの摸擬戦を観戦している。

 気のせいかいつもより人の視線が向けられている気がする。あまり身体のラインが強調されるこの服は好きじゃない。まるで──衣服を着てない感じだ。それだけに史弥くんを挑発するような聞き方をしてしまった。顔がカッと熱くなった気がした。

 よく考えたら私、何やってるんだろ……。は、恥ずかしいよ……。

 ここの室内は暑くないはずなのに熱に当てられた感じがする。一体自分はどんな顔をしているのだろうか。周りの視線が一層強くなったかと思ったその時、周りから突然歓声が上がる。


「危ない史弥くん!」

 意識を呼び戻して我に返ると口から咄嗟に心配の声が上がっていた。二撃目の攻撃が史弥を襲っている。今度は避け切れず被弾する。さらに私は目を疑う光景が飛び込んでくる。見間違いだろうか。

「あれ? 今当たらなかったかな?」

 周りを見渡すと遠巻きで観ている生徒達の一部も気付いたのか、周囲のクラスメイトと顔を合わせいる。ここで観戦している生徒数は他のフィールドに比べ多かった。

 それもそのはず。

 入学式初日に校内で悪目立ちしている鈴原涼と騒ぎを起こし、その揉め事相手の史弥くんは “紋無し”と呼ばれる無能力者だったのだ。何の因果か摸擬戦対戦まで繰り広げる結果になっている。十分な話題性とどんな試合展開を見せるかの物珍しさで、生徒達が集まっている。同時に冷やかしでここに足を運んでいるのだ。


 少し嫌気がさしていると突然、横から声を掛けられる。気付けば生徒達の合間を抜けて、二人の男子生徒が声を掛けてきていた。

「こんな離れた所でみてないで俺達と一緒に観ようぜ!」

 声をかけたのはケイと呼ばれていた少年と横で前川浩介はこちらにめ回すような視線を送っていた。

「……何しに来たんですか?」

 私はどうしてか不安になってか細い声で訊く。今この場に頼れる史弥くんはいない。助けてくれる存在はいないのだから自然と心細くなってしまう。俯き気味になってしまう。

 しおらしくしている私に気を大きくしたのかケイは捲し立てるように答える。

「何って、今言ったじゃん。一緒に観ようぜって言ってるの」

「どうしてですか?」

「どうしてって……、親交を深めるために決まってるだろ?」

 どこか剽軽ひょうきんな態度が信用に欠ける──そんな印象を私は受けた。謙虚な人でないことは確かだ。どちらにしてもこんな相手と真面目に取り合うつもりもなければ、あの鈴原涼と連れ立っているこの二人とは仲良くするつもりなどなかった。だから口から発せられた言葉は自然に臆面もなく言えたと思う。

「お断りします。あなた達と仲良くできそうにないと思います」

 鋭い拒絶を言い終えてこの場の空気が悪くなるのを感じた。ケイは明らかにムッとしているし、前川浩介は軽く睨んでいる。今度は浩介が口を開いた。

「あまり勘違いするなよ。お前は涼に目を掛けられて、手出しができないだけだから調子に乗った事ばっかり口走ってると……」

 浩介は自分の口を私の耳元に寄せて、続きをささやく。女性に対して十分に脅威で暴力的なワードが伝わる。凄く不快な気持ちが広がって押し寄せると拒絶からすぐに彼から距離をとる。

「……酷い、どうしてそんなことが言えるの……」

 囁かれた私は目尻に涙を溜め、屈辱で顔を歪ませた。

「そんな口が訊けなくなる様にまずは涼の恐ろしさを知ってもらところからだな」

 そう言って冷笑した前川浩介は続けた。

「まずは友人が弄ばれて大怪我するのを目の当りにしたら考え方も変わるでしょ」

「えっ?」

 言っている意味が理解できなかった。途端に先ほどの光景が頭をよぎる。そして私の表情から血の気が引いていく。間違いであって欲しい。想像を口にするのに恐怖し、固まる。

 私の思考を読み取った彼は口火を切る。

「そう、その想像通り、あいつ史弥だけチョーカーが作動していない状態で戦ってるんだよ」

 告げられ、時間が止まったかのような錯覚に捕らわれた。私の肩が小さく震えている。今あの中で二人は摸擬戦ではなく正真正銘、本物の戦闘を行っているのだ。下手をすれば大怪我では済まないかもしれない。しかもそれは対等の戦いではない。一方的になぶられ、もてあそばれる程の歴然とした能力差の戦い。

「良い顔になってきたじゃんか」

 前川浩介に指摘された自分が一体どんな顔をしているのだろうか分からなかった。たぶん青褪めている気がする。それほどまでに自身の中で渦巻く憤りや哀しみ、絶望に翻弄ほんろうされていた。

 不可抗力とはいえこんなことになってしまったのには私に責任の一端がある。例え史弥くんがお節介で割って入ったのだと主張してもどこかに必ず自責の念が残るのは当然。私は感情の奔流ほんりゅうに自分を見失いかけ、たたずむ。だがこの感情に終止符を打ったのがもう一人の自分である憐可だった。

『おい! しっかりしろ可憐!』

 薄れかかる意識を現実に戻してくれる声。

『こんなところでモタついてないで史弥を助けに行くぞ! 考えるより行動だろ! ひとまず私に代って──』

 憐可が次の言葉を言いかけた時、強く腕を掴まれる。見れば前川浩介が腕を掴んでいた。

「もうどうしよもない。さあ、俺達と一緒に来るんだよ!」

「そうそう。諦めて俺達とこいよ」

 二人が迎え側に立つことでフィールド内が見えなくなる。あの時(入学式)と変わらないシチュエーション。

 あの時は何もできなかった。

 でももう違う。

 ここに今はいない彼だったらどうするかを考えると私の背中を前に押してくれている気がした。もし仮にあのフィールド内にいる人が友人じゃなかったとしても彼なら迷いなく助けに行く気がする。

『おい、可憐! 史弥が危ない! そいつらはいいから私と早く──』

 再度、憐可のいつにも増して真剣な声が脳内に響く。

 私は掴まれた手を掃い、二人を押しのけて走り出していた。

「お、おい⁉」

 いきなりの出来事に慌てた声を上げる前川浩介に目もくれない。今は大事な人を守る事が先決だ。そのためにDフィールド入り口へ最短のルートで行かなければならない。手遅れになる前に。

『フフ……、変わったな……』

 頭の中の友人がそう微笑ましく呟いた気がしたが、気に留める余裕はなかった。

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