【アンフェアデスマッチ】(2)
開始音が鳴り響いた直後の俺は酷く身体が硬直していた。怪我をしない授業が怪我をするかも──することが前提になった瞬間だったからだ。守られていることへの安心感が大胆な行動へ踏み出す原理でもあった。初手で想い描いていた戦術はスピード勝負で間合いを詰め、相手の意識が追い付く前に意表を突く。短期決戦を主軸に考えていた。その過程で予想される反撃はチョーカーで多少なりともは受ける覚悟は出来ていた。如何に早く間合いを詰めてねじ伏せ拘束し、制圧・行動不能に追いやるかが鍵なのだ。背に腹は代えられない。多少削られても構わない。だがたった一言で困惑してしまった。
一瞬頭が真っ白になった。
その戸惑いが、
それは鬼火ともいうべきか。
──古来、日本に伝わる古い書物には空中を浮遊する正体不明の火の玉を鬼火と呼称した。この鬼火が発生する原因については様々な説があり、現代に至ってそれらは放電による一種のプラズマ現象と定義づけられることが多く実際には燃えておらず発光しているのだとする説が学者達の間では唱えられている。だが有力な説というだけであって一つの説で結論付けることは無理があり、伝承自体も様々であることから結局のところ諸説がある。
伝承によれば触れても火のような熱を感じないものもあれば、本物の火のように熱で物を焼いてしまうものもある。
今、出現した鬼火は間違いなく後者。それを裏付ける凄まじい熱量を感じたのだ。同時に頭の中で本能が告げる。逃げろ、と。
「くっ……!」
全速力で後方へ走り出す。
「さっきまでの威勢はどうした、紋無し!」
鬼火は高速で接近してくる。直線的で単調な動きであったのが唯一の救いか、焦りはしたが頭はまだ平静を保てていたことが功を奏し何とかタイミングを合わせて横へ飛び、紙一重で回避することに成功する。
真横を通り過ぎた鬼火は、地面へと接触すると爆風を巻き起こす。直撃を免れたとはいえ、その衝撃は凄まじく、決して軽いとまではいえない体重の俺を吹き飛ばす。
「おわっ……⁉」
その大きさからは計り知れない程の爆風に驚愕の色を隠せない。吹き飛ばされ地面を転がる。なんとか勢いを殺して立ち上がった時には土埃と炎が立ち上る着弾跡が出来上がっていた。
「まだ始まったばかりなんだからゆっくり愉しませてくれよ」
涼の安い挑発に構わず、さらに走り出す。今の一撃でチョーカーが全く機能していないことが裏付けされた。本来防がれるであろうシールド干渉範囲距離に入っても鬼火は通過してきた。
だから紙一重で避けることになった。
脳裏に先ほどの光景が蘇る。一撃でも喰らえば大怪我は必至。まずは第一に安全を確保しなければならない。すべてはそれから。というかこれ、中止にするべきだろ。
とにかく外周にあるブロック群の中に身を隠す必要があった。その身一つで走る俺に取れる手段は常人の戦術に他ならない。五体使えなければそれは常人未満を意味する。戦えるのかも問題だが勝算は限りなくゼロになってしまう。こんな状況になっても諦めるのはやめた。
走りながら第二陣の鬼火に備え後ろを振り返る。
「うわっ⁉」
先ほどと同じように接近する鬼火。だがまだ身体能力で何とか躱せる。そう思って俺は構えをとった。だが突然、鬼火は拡散した。四散した炎が襲いかかる。
「まだだ!」
武術で鍛えられているその動体視力と反射神経をフル活用し左手を使い、炎を掃った。これでバイタルゾーン(脳や肺、心臓等の血液が集中する重要臓器)への熱傷は避けれた。まずは安堵する。次に受けた左手へ意識を向ける。
火が燃え移ってはいないものの、完全に焦げている事は確認できる。
耐熱素材とはいえ限界がある。その証拠に左前腕の肌からジワジワと熱が伝わる。網膜影スクリーンには左前腕のセンサー類が異常を示し、警告表示が危険域に達したのを伝える。
「今のを反応できたことは褒めてやるよ。でもその左腕はもう使えないな」
涼はこちらへゆっくり歩みを進めながら言葉を紡ぎだす。
「こんなことに何の意味がある!」
左腕を庇いながら問いただす。本気で知るための問いかけではない。その答えなど容易く予想がつく。時間稼ぎを望んでの問答がしたかっただけだ。今は少しでも早く身を隠さなければならない。
軽く息を整えて、状況の把握。相手の注意を引いて思考が停止すれば攻撃の手が休まり、態勢を整えられる。だからこうしてなるべく会話で間を持たせて整理する。
「しいて言うなら俺の “力を誇示する”ため。運が良い事に編入生が相手だ。なら派手にしないとな。だからチョーカーはディアクティブモードにしてある。こんな最高の舞台、楽しくない訳ないだろう!」
「要するに見せしめも兼ねて俺をボコボコにしたい。そうだな?」
「物分かりが早くて助かる。しかも良心の呵責もなく容赦なくな。でもあんまり早くに退場するなよ? 賭けは継続中だ。お前を制限時間ギリギリで倒さないと
「下らないし元より俺にそんな感情は持ち合わせてないだろ。それよりその力を誰かの為に役立てようと思ったことはないのかよ」
息を整え、ブロック群の距離を確認するために目線を一瞬動かす。残りの距離はそれほど遠くないが、恐らくもう一撃は回避しなければならない距離だ。
「誰かの為に役立てる? 馬鹿な事言うな。俺達を虐げてきた無能な一般人どもや能力の低いニューマン達に捧げて何になる。常に都合の良い時は助けを求め、都合が悪くなると切り捨てる輩など俺からしてみれば等しく無価値な存在。俺はこの能力を自分の為に使う」
涼の過去に何かがあったかも知れない。こんな湾曲した思考に至る何かが。でもそれを深く知ることは出来ない。今の彼に何を言っても届かないだろう。だから涼が次の動作に及ぶのは予測の
「もうお喋りはいい。さぁ、逃げ回れよ!」
次の鬼火が涼の前方に一つ出現した。すぐさま後方へと駆け出す。ブロック群へはもう少しだ。
「時間ギリギリまで俺を退屈させるなよ」
そう言って、涼は薄ら笑いを浮かべる。狂気に歪むその瞳に、一切の容赦はない。
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