【アンフェアデスマッチ】

 可憐とは観戦席で別れ、俺はDフィールド入口に来ていた。入り口横にはBOXが備え付けられており、ダストシュートのような通気口が上に伸びている。それを開けると中には吊り下げフックが二つあり、片側に綺麗に吊り下げられたチョーカーが一つある。

 空いたフックはもう既に取られているのだと察せれる。

 残ったチョーカーを取り上げ、BOXを閉めると内部で何かが落下した音が聞こえる。恐らく内部でチョーカーが無くなったのをセンサーが感知すると次のチョーカーが落下し、補充される仕組みのようだ。そのままチョーカーを首へ巻き付ける。

 自身の腕を後ろへ回し、冷たく硬質な感触が首筋へ伝わるのを感じ取ると、留め金に片側を掛けて装着する。適度な圧迫が違和感を生むが我慢できる範囲だ。

 これがチョーカー……。普段チョーカーなんてつけないから変な感じがする。まぁこんな事でもないと付けないか。そういえばどこにシールドステータスが表示されるんだ?

 網膜投影にチョーカーのステータス状況を伝えるアイコンやゲージがないことに不親切だなと悪態を内心つく。

 装着を済ませ、自動開閉扉の内側へと進む。進むにつれ、向かい側の開始線前に佇む人影が大きくなっていく。

「やっと来たな。この時を楽しみにしていたよ」

 そう言った涼は不敵な笑みを浮かべる。まるでRPGゲームに出てくるフロアボスのようなセリフと様相だな、とシニカルな笑いを浮かべそうになるが飲み込んだ。

 何処かその笑みに暗い深淵しんえんが顔を覗かせ、そこから垣間見える濃密な狂気を認識したからだ。


「前田から聞いたよ。くだらない賭け事をやっているそうだな?」

 だが、そんなことで物怖ものおじしない。少なくとも武術をたしなんできた俺にとっては殺気や怒気をまとった相手と対峙するのは珍しくない。おかげで強固で動じない精神力を築き上げることができた。その表れがここで生かされるのは当然だった。

「それで?」

「対戦相手には多少の敬意を払ったらどうだ? 見え見えの手抜きで被る相手の気持ちを」

「ハッ! 知ったことかよ。雑魚の考えることなんか。お前は道で踏む蟻の気持ちを考えたことがあるのか? 答えは考えるはずもないだ。そんな相手に敬意など生まれない。あっても哀れみだけさ」

 冷めた頭の血液が沸騰していくような、そんな感覚が襲う。この男には言葉では理解させられない。価値観が決定的に違い過ぎる、そう悟った。

 こういう相手は一度、力で屈服させないと埒が明かない。だが同時にその発言を肯定する絶対的な強者であるのもまた事実。いずれぶつかる人種の類に辟易しながら、目前の相手に精神を集中する。

「お前の言葉を聞いて、一つ分かった。お前とは絶対に仲良くなれなさそうだ」

「あぁ、俺もそう思う」

 涼は嘲笑を浮かべ、表情に見え隠れしていた狂気が、より一層濃密なものへと変貌していく。

「勝ってお前達が行っているゲームを俺が破綻させてやる。少しは考え方が変わるようにな」

 本気の言葉。引き分けが自分のベストではなくなった瞬間でもある。

 言葉を発しながら、この男に勝って自分を肯定させるしかないと決意する。決意を口にすることで自分を追い詰め、半ば強迫観念に似た必死感を植え付ける。もはや自己暗示に近いものだ。そうでもしなければ勝つなど絵空事。それほどまでに俺とこいつには力の差がある。だが、その言葉に対して侮蔑の眼差しが俺を捉える。

「つくづくおめでたい思考をした奴だ。もし夢を見ているなら醒めた方がいい。それほど俺とお前では差が歴然だ。その証拠がお前の “紋無し”だと理解しろ」

生憎あいにく、その侮言ぶげんはもう慣れっこでね」


 開始時間に達し、アナウンスが入る。お互いに纏わりつく空気が重く、張り詰めたものへと変わっていく。それほど離れていない開始線の距離が遠くさえ感じさせる。自身が気後れする感情が作り出す錯覚なのだと自身に言い聞かせる。さらに錯覚が作り出す要因なのか、心なしか室温が高くなり始めた気がする。気になり、着込んでいるECT専用スーツに内蔵された外気温センサーと連動した網膜投影情報に表示される外気温数値に目が映る。細かい刻みではあるが温度上昇を検知していた。まるで涼の気持ちの昂ぶりに比例していくかの如く。


「そういえば一つ言い忘れてた」

 突然、何の脈絡もなく涼が呟く。

「お前が装着しているそのチョーカー、“ディアクティブモード非作動”だから」

 その言葉の意味を理解するまでに数秒もかからない。

 もう既に術中にはまっていたと分かった時には、

「さぁ、愉快な時間にしようか」

 赤子の手を捻ることに喜びを得る──まさに狩人然とした鋭い目つきとどこか含みのある笑みが両立した表情を浮かべる涼を前に、俺は額に一筋の冷や汗が伝うのを感じた。

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