【静かな闘志】(7)

 Aフィールド試合終了の合図は他のフィールドに比べかなり遅れた。それもそのはず。時間を大幅に使用してシールドを削ったからだ。後半に至っては減少値を調整して減らした感すらあった。結果、浩介は九分五十秒で勝利した。

 ここまで引っ張る必要性があったのか、甚だ疑問ではあるところだ。

 立花は疲弊して覚束ない足取りでフィールド外へ出てきたところを親しいであろう友人に肩を貸され、観客席へ移動している。逆に浩介は軽快な足取りで疲れを感じない対照的な構図になっていた。


「これより、五分の休憩ののち、二回戦を行います。次の対戦者は……」

 人形による二回戦のアナウンスがかかる。

「初めて見た摸擬戦の感想はどうですか?」

 隣で微笑む可憐は感想を微笑みながら求めた。浩介の色々な事が判った反面、厄介ごとに巻き込まれた時の痛手も大きい事への不安がせめぎ合う内心を悟られずに伝えるのは難儀だった。だから精一杯の取り繕った表現が口から出たのは当然のことだ。

「これからを考えるのに参考になる試合だったよ」

 作り笑いをして返す。自分が精一杯相手に不安を悟られていないか心配だったが、その心配はなかったようだ。

 訊いた可憐は「なら良かったです」と屈託のない笑顔で一言返してきてくれたからだ。

 これ以上、可憐へ不安を与えたくなかった。表面上は切り替えてるように見せているがやはり入学式の一件が心の棘になっているのか判りやすいほど彼女は表情に影を落とす。

 自分の性格が災いして他人に迷惑を掛けた罪悪感を忘れられないのだ。

 でもそれは裏を返せば、他人を強く思い遣れる表れでもある。弱さでもあり強さだ。そんな可憐の性格を把握し始めているからこそ少しでも彼女の負担が減る会話を心掛けたい。


「でもさっきの試合は妙に時間を掛けていた気がするけどクレヤボンスはあんな戦い方をするの?」

 何気なく出た疑問に可憐は間を置いて返す。

「確かにそうですね……。基本的にあの能力は試合を長引かせる意味はないですが……」

 二人は意図を掴めないまま少々考え込んでいると、小馬鹿にした声が届く。

「お、史弥くんに可憐ちゃんじゃん。俺の試合観にきてくれてたんだ~。どうだった? 俺の試合は?」

 俺達を交互に見ながら、不快な笑みを浮かべて、浩介が挑戦的な態度で話しかけてくる。聞き方も何処か含みのある言い回しにも聞こえる。

「だいぶ切迫した試合だったな。その証拠にギリギリまで時間を消費……」

 かんに障る言い方に多少なりとも腹立たしかったが飲み込み、代わりに嫌味を含めた感想で迎撃したがそれは浩介の笑い声でかき消される。

「ふっ……、あはははは! ……あ~~、可笑しい~」

 その態度は剽軽ひょうきんなものへと変わり、下品な笑い声が耳をさらに不快にさせた。

「はぁ~、あれはわざとそうしたんだよ」

 両手を腹に抱えながら笑いを堪えて浩介は言った。続けてその態度のまま言葉を発する。

「わざわざあんな回りくどい戦い方は普通しないぜ? 気付くでしょ? あ、史弥くんはそんなことも分かんないかぁ~~」

 怒りを覚えるような発言に強い嫌悪感を覚える。同時に鋭い眼光になる。静かに闘志が燃える。だがこんな簡単な煽りに乗せられてはこの先やっていけない。両手を軽く握り込み、グッとこらえた。

 横にいる可憐は普段見たことない表情に気付いて、気まずそうにしている。

「……何が言いたい?」

「おいおい、そんな怖い顔するなよ。まぁ、しいて言うならばこれは遊び。ゲームなのさ」

「ゲーム?」

「そう、ゲーム。俺と涼、あとケイで賭けをしてるのさ。誰が制限時間ギリギリまで相手を残して倒せるかって。それでドベは一週間学食を一番に奢るルールってやつさ」

 ケラケラした態度で笑う浩介。

 ここまで聞いていて非常に腹立たしかった。少なくとも対戦相手は真剣な様子で立ち向かい、真摯に考え全力を振り絞っていた。そんな相手に対しての敬意を微塵も感じない一言。幼稚な賭け事だった。頭の中で血が沸騰するような怒りをこの時覚えた。


「本当に幼稚だな」

「あぁ? 今なんか言ったか?」

「幼稚だと言ったんだ。お前は相手の気持ちに立って考えたことはあるのか?」

 感情を乗せて──怒りを込めて言葉を発していた。自分が馬鹿にされ、侮蔑ぶべつされることはどうだっていい。だけど精一杯頑張っている人間に対して不誠実な態度で挑んでいるのが気に入らない。そんな小馬鹿にした態度や優越感、すべて自分が特別であるとおごっているとさえ思わせるのだ。

「そんなの知るかよ。あまり調子に乗るなよ紋無し。お前がそうやってのうのうとしていられるのもあと少しだ」

 険悪な雰囲気が流れ、僅かに可憐が居心地悪そうにするのを感じ取る。ここでタイミングを計ったかのようにアナウンスが入る。

「Dフィールド、鈴原すずはらりょう。ならびに須山すやま史弥ふみや。速やかにフィールドへ移動して下さい。以上で──」

「おい、呼ばれたぞ編入生。せいぜい怪我しないようにな」

 そう言った浩介はこちらをその不快な笑みで通り過ぎていく。

「史弥くん……」

 少し怯えたような、でもそんな声も御淑おしとやかな横のクラスメイトが自分の名前を呼ぶ。その声色が、血が上った頭を冷静な思考に戻してくれる。呼ばれて可憐へ顔を向けると心配そうな表情がこちらを見つめていた。

「はは……、少し子供ぽかったかな?」

 少し感情的になり過ぎてしまった事を悔やむ。もっと冷静に、取り合わずにしておけばこんな表情をさせず済んだ。

「そんな事ないです! 誰だってあんな事を言われたら腹立たしいものですよ! それにさっきは自身の事じゃなくて、立花君の為に怒ってました! そんな他人を思い遣れる人が子供っぽい訳ないです!」

 少し前かがみ気味に両手を胸の前で握りながら可憐は抗議する。

「そんなことはないよ。ただのエゴってやつさ。そんな大層なものじゃない」

「謙遜ですそれは!」

「違うって」

「違わないです!」

 しばらく見つめ合う。

「ふっ……」

「ふふふッ……」

 お互いの顔を見合わせていた俺達は突然笑いがこみだしてきてしまう。論点がずれた挙句、元の話題から遠ざかり痴話げんかみたいになってしまった。一気に馬鹿らしくなってくる。華やかでどこか気品のある少女の笑みを見て、怒りのボルテージが鎮静化する。良いガス抜きだ。よく女の子がいると場が和むと言う言葉があるがあれは明るい性格や笑顔、素直で愛嬌がある、冗談が通じるや裏表がない等々の要因によって生まれるものであって女の子すべてに共通するわけではない。どうやらその例にたがわず、このクラスメイトはいくつかそれを満たしているようだ。おかげで空気が柔らんだ。

 間を置いて俺は切り出す。

「さて、今は浩介のことは忘れて、Dフィールドへ移動どうしようかな」

「頑張って史弥くん。前列で観戦していますね」

「どこまでやれるか分からないけど頑張ってみる。せめてシールドは残してあいつらの賭け事を破綻させて、一泡吹かせてやらないとな」

 頷いて同調してくれる可憐。

 俺達は次の二回戦に向けてDフィールドへ歩き始める。静かに闘争心を燃やす俺とそれを応援する可憐。その足取りは軽かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る