【静かな闘志】(3)

「逃がすか!」

 俺こと立花たちばなすすむはその右手平を逃走している前川まえがわ浩介こうすけへと向ける。と同時にほんの僅かな間を置いてそれは起きる。周りに設置されたこぶしサイズのブロックが三つほど空中浮遊したのだ。そのどれもが安定感はなく、空中を不安定に漂う。

 今フィールド内は大小様々な大きさのブロックが設置されており、それこそ人間より大きいサイズもあれば、こぶし大の大きさのものもある。中央には比較的に大きなブロックなどはなく、中央に行けば小さなブロックが多くなり外側に向かえば自身の大きさを超えるブロックが設置されている。

 さらに俺はその三つに命令するように、声を張る。

「行けっ‼ 当たれ‼」

 命じられたブロックは浩介に目掛けて速度を急激に上げ、一直線に飛んでいく。逃走する速さより、接近するブロックの方が明らかに速く、接触するのは目に見えていた。

 しかし飛来するブロックを前川は手前で、意図も簡単に避けて見せる。

 ぶつかるはずだったブロックは、逃走する前川を通過して地面に衝突し、衝撃で砂煙を上げる。以前、一直線に逃走する前川は動揺や驚きなど微塵も感じられない。寧ろ余裕すら感じられる。さらに舞い上がる砂煙の中を脇目も振らず突っ切っていく。

 クソっ! 

 的確に避けるためには目標との位置を確認し、タイミングを合わせる必要がある。野球の外野手が行う技術で、目切りと同じだ。打球から目を切り、落下地点を見切って背走する。接触地点を予測するためには、初速、角度、コース、速度などの情報を瞬時に分析しなければならない。

 そのためにはどれだけ多くの情報量を持っているかが重要になってくる。情報が多くなればなるほど、そこから導き出される予測は正確性が増すことになるからだ。同様の要領で目を切って、接触するタイミングで避ける。だがそれを前川は一瞬も視界に入れずに行った。


「ならこれはどうだ‼」

 自身を鼓舞するかのように声を張った。俺はその額から汗を滲ませながら、次の一手へと移る。地面に衝突したブロックを再度、空中浮遊させる。

 今度は前川の周囲に展開させて取り囲む。動きは不規則で、まるで惑星の周囲を公転する衛星のように着かず離れず。

「今度こそ……‼」

 俺は右手掌を握り込んだ。握り潰すイメージで操作するかのように。同時に展開していたブロックが一斉に浩介に襲いかかる。一つ目は背後から。残り二つは浩介から見て、左右斜め方向からだ。


「遅い。それも視えてるんだよ」

 一言そう言った前川は上体を逸らして、意図も簡単に避けてしまう。まるで飛んでくる方向が分かると言わんばかり。その証拠に視線は外周に向いたままで走っている。

 同時にブロックは衝突するはずだった相手がいなくなったせいで、ぶつかり合い粉々に砕け散る。

 俺は手に汗が滲むのを覚える。これは焦りだ。同時に苛立ちも感じる。弄ばれているのが丸わかりだ。斜に構えた態度が俺の癇に障る。

 自身の周囲に乱雑に置かれたブロックをさらに浮遊させぶつけにいく。数は一つ増しの四つだ。


「その程度で俺を捉えられると思うなよ。格下が」

 前川は辟易とした溜息を溢すと周囲を気にした。そして視線をこちらに向けると薄く笑った。嫌な視線。対戦相手を弄ぶことで悦に浸るようで薄気味悪い。

 観衆がいるからか昂っているとすら思える。俺が焦ってるのも肴にされているようで気分が悪い。手の平で踊らされてたまるか。筋書き通りなんか行かせねえ。

 俺は操るブロックを光悦な表情を浮かべる前川に差し向ける。四つが一斉に飛翔し襲い掛かる。だが易々と躱される。

 まるで策を一つ一つ捻りつぶしていくように。

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