【ECT】(3)
「よし、次の感情意識テストに移ります。楽しい事、嬉しい事を想像して。その想像をイメージし続けて」
「……はい」
人形の指示と共に目を閉じ、楽しい事や嬉しい事を頭の中で思い描く。家族と一緒に遊びに出かける自分を想像する。父親が車を運転し、母親が助手席に座り自分と美愛が後部座席。車内では母親と父親が仲良く話し、自分は妹である美愛の話しを聞く。時々、母親と父親が自分たちの会話に口を挟みさらに盛り上がる。家族が同じ時間を共有し、気兼ねなく談笑している充実した休日。想像しただけで、自然と笑みがこぼれそうな気持ちになる。俺はこの状態を維持した。それから数分が経過すると人形は終了を知らせる。
「……よし。ありがとう。もういいよ須山くん」
人形に告げられ俺は想像の世界から現実へ戻る。瞳を開けると視界が広がり周りの状況が広がる。人形が計測用端末を右手に持ち、表示されている計測値に目を凝らしている。なぜこんな状態になったかというと、ECT開始時に人形は俺に声をかけていた。内容はこうだ。
『君はこれから私とEAの正体を調べるための基礎テストを行います。一緒に来てください』だ。笑顔で告げた人形は他の生徒達から離れたスペースへと移動し、この感情テストを始めた。このテストはニューマンが中学生に上がった際に全員に行われるものらしい。一般的に感情の発達段階で中学生の青年前期は人間としての生き方を踏まえ自らの個性や適性を探求する経験を通して自己をみつめ、自らの課題と正面から向き合い自己の在り方を思考する時期である。さらにニューマンはこの時期からEAの発現傾向が増加する。感情と密接に関連している能力であるからこそこのテストは中学学時に行われ、ニューマンにとって自分を知る大事な通過儀礼なのだ。
俺が装着しているこのヘッドギアは頭部保護以外にも、脳波計測装置の役割も兼ね備えていた。ニューマンはEA発動前兆及び発動中は特殊な脳波を検知できる。だから現在は簡単な感情テストを繰り返し、波形が強く記録される感情領域を調べてもらっているというわけだ。
「うーん、そうですねー……。やはり嬉しいや楽しい感情では計器の反応値が低いですね。現状、怒りの感情で一番反応値が高く記録されている。どうやら怒りの感情に近い範囲に能力発現が眠っているようですね」
「怒りですか」
「そう、怒りです。須山くんは過去に大きな怒りを覚えることはありましたか?」
「そうですね……」
思い当たる節はある。過去に強い怒りをあらわにした記憶が。でもあの時は何も起こらなかった。妹の為に喧嘩したあの日は。
それから武術であるジークンドウを学び始め、おかげで常に冷静さを欠かかさずに生活してこれたと思う。怒りという気持ちは正常な判断を狂わせる。武術の世界で場合によっては相手の思うツボになる。怒りに身を任せ、動きが単調になり思考が麻痺する。そうなれば相手に動きを読まれやすくなり、把握されてしまいやすくなる。それは勝負の場では避けなくてはならない。だから己のため私生活でも怒りを律し、常に冷静に判断をしてきた。思えばいつ最後に激しく怒っただろうか。
「小さい頃にはあったと思いますが……」
「そうですか……最近は無いという事ですね?」
「そうですね」
「うーん、ニューマン判定を受けたのも中学三年生ですし……ここ最近でそんな都合よく激しく怒る事もないか……」
神妙な面持ちで人形は考えると軽く笑った。そして彼は「さぁ、次の段階に移行しよう」と促した。
俺は了承し、次の準備に入る。そこでふと周りの様子が気になり見渡す。周囲には他の生徒達が散らばり各自で基礎練習に取り組んでいた。
ある者は風を操り、ある者は地面の砂を操っていた。他にもいるが傍から見ている限りではさっぱり何の異特異能力なのか分からない。
最近知ったのだがアストレイは特殊系統異能力という事で、同種の能力を有するニューマンは僅かだ。さらにニューマンの中でも全体の八分の一以下と少ない。だから二クラスの内、約六名がこの広いフィールドで実習を行っている。おまけに能力自体が個々で違うために唯一無二の存在に近い。専用マニュアルというものは存在せず、実際今も複数の教員が巡回し、各自のEAの記録を行っている。時々話しかけ、能力の解説や感覚を本人に聴取している程だ。
「周りが気になるかい?」
周囲を見渡していた俺に気付いた人形は問い掛ける。
「えぇ、気になります。自分は最近まで一般人として過ごしていましたので」
「それもそうだね。君はこれからこの一年は驚きの連続になる。私が保証しましょう」
「もう既にここにいること自体が驚きなんですけどね」
乾いた笑顔が漏れる。
「君からしたら今の状況そのものがそうだったね」
確かにそうだなと納得の表情を浮かべる人形は苦笑する。さらに周りを見渡し、ある生徒に目が留まった。
何もない空中で発火させ、炎を空間に固定。さらに固定した炎を自身の周りで自在に移動させ、操る。さながら怪談で登場する火の玉だ。形状も火の玉だけではない。棒状にしてみたり何かの動物の形へ変えたりして、形状も自在に変化させている。視線の先に気付いた人形は親切心なのか解説を始める。まるで営業マンのように演技がかかった手振りで大袈裟に表現して。
「彼のEAは周りとは一線を画する。戦闘向きの能力と言っても過言ではない。有する能力の固有名称は“
「先生は自分が鈴原涼と摸擬戦するのはご存知ですよね。あれに一般人が戦って勝てると思いますか?」
「確かに圧倒的に不利だと思います。でもそれはただの一般人であればの話です。君にはまだEAという潜在能力が秘められています。この摸擬戦という状況が自分を追い詰めて、能力発現のトリガーになるかもしれません」
「本当に効果あるのですか?」
「先ほどの結果を加味した上で話すならばこの摸擬戦で相手を倒してやるぞ、そんな意気込みでやってもらえれば、良い結果が得られるのではないでしょうか。元来、戦いとは闘志のぶつかり合いです。その闘志とは怒りに近い感情にもなります」
「ほぼ結果が分かってしまうような戦いで闘志なんて出ないんですが……」
「なに、ドッチボールをしている感覚で臨めば良いのです。実際相手に能力をぶつけ削り合う。唯一ドッチボールと違うのは見えないシールドがあり、身体に攻撃は接触しない事。チョーカーが手前で防いでくれますからね。そう考えればむしろドッチボールより安全ですよ」
「確かにそうですが……」
「とにかくスポーツ感覚で楽しんでみて下さい。これは殺し合いでは無いのですから。それとニューマンは能力を適度に開放してあげないとストレスというものが溜まるものです。過去に能力使用を極度に抑えたニューマンが、その能力を突然暴発させたなんて事例もありましたからね。だから過度な自制は身体には逆に毒です。適度に能力を解放してリフレッシュさせてあげないと」
「元一般人なのでよく分からないんですが、そんなものなんですかね」
「それに同時に能力制御の感覚も掴めて一石二鳥です。今の君の場合はどちらかと言うと扱う事に意識するよりも解放する気楽さで挑むと良いかもしれませんが」
「気楽にですか……とりあえず頑張ってみます」
「その調子です」
周囲の風景に鼓舞され俺は集中し続ける。以前、形の解らぬEAを発現させるために。
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