【ECT】(2)

 武道場内、ECT専用フィールドは広く、天井は遥か上にあった。実際に見ると中はかなりの広さを有している。広さは市民体育館一つ分の大きさはあるだろう。四つの区画が設けられ、一つ一つに立方体の強化ガラスが囲んでいる。強化ガラスの外壁には大きくアルファベットがペイントされ、A・B・C・Dと一文字振られ内側には白砂が敷かれたフィールドが広がっている。ただECT説明を受けた際には、話しになかった素材不明の正方形・長方形の大小さまざまなブロックが置かれていた。位置もバラバラで散りばめるように置かれている。

 そこから少し外れた、A・B・C・Dの中央に位置する広場に生徒達は整列している。最前列、前方にはECTの教習を担当する教師陣が数名立っており、その中の一人である人形が前に出て生徒達に指示を出そうとしていた。


「皆さん全員揃いましたね。ではこれより実習を始めたいと思います。もうすでにカテゴリー別に整列は出来ていますね?」

 既に皆がそのように並び、異論を唱える者はいなかった。人形はそのまま頷いて続けた。

「大丈夫なようですね。これより、カテゴリー別に各フィールドに入り能力制御実習を行いたいと思います。装備に不具合がないか各自点検。問題があるものは直ちに申し出て下さい。問題なければ各フィールドに入るカテゴリーを発表していきます」

 各自スーツの点検を行っていく。全員スーツステータスに異常がない事を確認し、人形は異常を申し出る生徒がいないと判断すると、カテゴリー別に指定フィールドを発表していく。その中でアストレイはDフィールドを指定される。

「では各自、指定フィールドへ移動して下さい」


 人形がそう言うと先ほどまで整列していた生徒達はバラバラに移動を始め、仲の良い生徒同士に別れる。自分も続いて実習を行うフィールドへと歩みを進めた。距離をとるように俺は一人離れて移動をしていると後ろから少女の声が聞こえる。

「待って! 史弥くん!」

「うわっ! ビックリした! って可憐⁉」

 突然声を掛けらたのにも驚いたが、それ以上に目を見張ることがある。

 後ろから現れた彼女は、ECT専用スーツをしっかり着用している。着用しているスーツは女性モデルということもあり全体的に女性のシルエットが強調され、着色は黒を基調としている。

 周りの景色と対比しやすく、さらにスーツの密着度は高い造りもあって、女性的なラインがよくわかる。お陰で可憐のスタイルの良さは一目瞭然。決して少女のような感じではなく、まさに出るところは出ているそんな感じ。主にお尻や胸が。正直な感想としては目のやり場に困る。

「ねぇ史弥くん? 私のこの格好どうですか?」

 その場で体を翻し、回転して見せる。私服の可憐であれば、色々な褒め方があっただろう。様々な形容詞を容易ながら可愛いと伝えることが出来た。だが、今持てる形容できる言葉はセクシー、グラマラス、妖美という言葉でとても本人へ語弊が生まれかねない単語ばかり。クッ、静まれ俺の煩悩。

 とりあえずよこしまな気持ちだと悟られないように言葉を捻出しよう。

「ん、ん~~? まぁその……似合っているかな?」

「適当な返事ですね~?」

 こちらの表情から真意を読み取ろうと、顔を覗き込んでくる可憐。やめて。覗き込まないで。

 対して俺はあまり目を合わせずに、彼女の頭髪を見るようにして、目線を下に向けないようにした。周りを見渡せば可憐以外にも女生徒はいるのだが、やはり可憐のプロポーションは同年代に比べて抜群だ。目が引き寄せられる……!

「可憐ならなんでも似合と思うよ」

「ほんとですか? ……怪しいです」

「か、可憐、あんまりからかわないでくれ」

 言われた可憐は悪戯な表情で片目を瞑り、軽く舌を出してみせる。なんだこの可愛さの化身は。


「そういえば昨日はメールありがとう」

 この状況から逃れる意味も込めて、俺は可憐にそう呟いていた。このままだと可愛さで気が狂ってしまうからな。

「お礼を言われる程じゃないですよ! 史弥くんが元気になれると良いなと思って」

 可憐は朗らかで綺麗な笑顔を作る。やけに絵になる。むしろ絵になり過ぎていろいろ勘違いしちゃいそう。

「お、おかげで今日は頑張れそうだ」

「なら良かったです。お互いに頑張りましょうね! でも無理だけはしないでくださいね? 特に摸擬戦で怪我をしないからって無茶はダメですよ?」

「分かってるよ。でもその前にまずはEAの発現。今はそれだけを頑張るよ。じゃないと今後この学校じゃ不便だしね」

「その意気です!」

 こうやって気兼ねなく話せる事はやはり心地良く、他の生徒達と違って特異能力が使えないことを馬鹿にしたりしないので、不快な思いをしない。それは先ほどの出来事もあるから猶更だ。だからこそ感じる。良い友人が出来たとしみじみと。そしてこれからの課題は能力発現が目標となる。勉学も大事だが、ニューマンとなった以上は能力を制御できなければ一般生活に悪影響が出る可能性がある。突然能力が暴走し、周囲に被害を与えては元も子もない。ましてや自分は発現してもいなければ自分の特異能力が何なのかすら分からない。まずは能力発現。その能力の特徴が何なのか探るところからだ、だから今日はその第一歩を踏み出さなくてはならない。


「可憐。デュアルフェイスってどんな能力が使えるの?」

 ふとずっと聞けていなかった事を思い出し、可憐に疑問を投げかける。可憐のもつデュアルフェイスが二重人格であること以外、何一つ分かっていないからだ。

「まだ教えていなかったですね。私のデュアルフェイスはちょっと特殊で、人格ごとに一つ特異能力を保有してます。一つはインビジブル・ブロック。空間を固定化して足場や障壁として利用することが出来るんです」

「え? 空間を固定化? どういうこと?」

「やっぱり分からないですよね」

 そう言った可憐と俺はDフィールドの入り口前まで来ていた。Dフィールドの自動扉が開き、内側に入ると彼女は立ち止まる。そして振り返り俺と向かい合う。

「史弥くんそこで止まって下さい。もうここは能力開放が認められているエリア。見てもらった方が理解しやすいので見ててくださいね。……と言っても見えないんですけど」

「うん? 止まればいいの?」

 立ち止まり、可憐は真剣な眼差しで俺との間にある何もない空間を見つめた。体感的に二~三秒くらい経ったろうか。彼女はその表情を緩めず、「触ってみて下さい」と言う。

「何もない空間に触ることなんて……嘘だろ」

 何もない虚空に手を押し付けている。まるで最初からそこに壁があるかのように。軽く握り拳で叩いてみるとまるで硬質ガラスの壁を叩いたような音がする。ガラス特有の視界が歪むような違和感はなく、完全なクリア。まるで何も存在しないかのように。

「どうですか? 分かってもらえましたか?」

「あぁ……分かったよ」

「他にもこういう事が出来るんです!」

 可憐はそう言って何もない空間をまるでそこに階段があるかの如く上へ駆けていく。少し高いところまで上ると「凄いでしょ!」と嬉しそうに笑ってみせる。何も言葉が思いつかない。どうやってこんな事が出来ているかさっぱり分からず、ただただ目前で起きている現象に黙って見入るしかなかった。

「可憐の能力は分かった。でもそろそろ危ないから降りてきた方が良いよ。足場が見えないんじゃ危険だろ?」

「大丈夫ですよ! ちゃんと足場は見えてますから!」

「見えるの?」

「はい! 私にはぼんやりとその空間が可視化されて見えてます。その証拠にここからここまでは触れますけど、ここからは何もないですよね?」

 可憐は足場に右手を置き、触って見せる。次に空間を固定化していない場所との境目を触って見せた。確かに知覚できている事が伺える。さらになぞっている形からどうやらブロック状に形成されている事も見て取れた。

「本当に見えてるのか。俺には全然見えないけど。まさに見えない壁インビジブルブロックだな」

 何処に障壁があるのかさっぱり見当もつかない。だからだろう。好奇心でいろいろ訊いてみたくなる。

「大きさはどれくらいまで広げられるの?」

「中学のECTの時に大体、教室一個分くらいの大きさまでなら作り出せました。それ以上はどう頑張っても大きくならなかったですけどね、あははッ……」

 そう言って軽く笑って見せる可憐。

「それでも充分、凄いと思う。数は結構出せるの?」

「大きさに反比例した数なら出せますけど、私の集中力が持たなくて同時に複数展開するのはあまり得意じゃないです」

「そうなんだ……。発動する時のコツとかはあるかな?」

 初めてEAを目の当たりにして、好奇心で質問は正直尽きないが、そこは抑えて今一番訊きたかったことを質問する。可憐は空中から階段を降りてくるとその表情は複雑で悩ましく、顎に手を当て思考していた。

「これはアストレイ同士によって能力が共通しないから参考になるかは分からないですけど、私の場合はそこに大きな壁や立方体があると強く意識すると発動します。でもこれは “私”だからであって史弥くんがどういった能力を有しているか分からないので、正直参考にはならないかもしれないと思います」

「能力の違うアストレイ同士だから感覚が違うって話になるか……」

「だから史弥くんには早く自分だけの感覚を見つけて欲しいです」

「自分だけの感覚……」

 そう呟いてみたものの、未だ分からぬ能力の感覚を掴むにはどうすればと疑問ばかり浮かぶ。だからだろうか俺の顔が難しい顔になっていたみたいで元気づけるような笑顔で可憐は話しかけてくれる。

「すぐに掴めますよ」


「……君達、そろそろ実習を始めたいのですが、よろしいですか?」

 気が付けばフィールド中央に佇む人形が、こちらを見つめていた。周りを見渡せば、二人を残して他の生徒達は人形のもとへ整列し始めている。

「すみません! すぐに行きます!」

 俺はそう言って小走りに向う。

「可憐! 急ごう!」

「あ、待ってください!」

 可憐も慌てて後に続く。走り際、俺は自身の能力について華やかなものを想像する。涼の炎を操る能力や、可憐のインビジブル・ブロック。もしかしたらアストレイではなくベーシックかもしれない。なんにせよ先ほどの可憐の特異能力を目の当たりにして、胸が高ぶらない男子などはいないだろう。それほど現実離れしたものを体感出来た。

「ちょっとモチベーションが出てきたかも」

 少し声に張りが出てきたことを実感する。

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