【ECT】

 ECTがある午前中の日程はあっと言う間だった。待ち遠しい行事があると、人はそれまでが長く感じたりする時がある。でも俺の場合は違った。いつもは長く感じ時計の針を気にしていた授業もなぜか短く感じ、終っていた。その短さに感じる要因はECTで間違いはないのだが、待ち遠しさではない。やりたくない気持ちからくるものだ。前日に可憐からもらったメールでやる気は出してみるものの、やっぱり今日の摸擬戦自体は乗り気ではない。それも嫌な相手と当たってしまった。向こうは入学式の腹いせも兼ねて攻撃してくるだろう。


 憂鬱な気持ちのまま午後を迎え、授業説明されたECT専用スーツを渡されたのが今だ。現在はECTを行う武道場に設置された更衣室で着替えをしている。

 それにしても能力制御実習って能力の使えない俺は何すれば良いんだ……? 座禅でも組んで瞑想すればいいのかな。

 周りは親しい友達と思い思いにこの授業への意気込みを話しながら、和気あいあいと着替えている。俺はその中で一人ポツンと着替えていた。元々一般人の学校に通っていたため、ニューマン専門課程の教育知識には乏しいものがある。ましてや能力制御実習などというものが何なのかはさっぱりだ。それを聞ける友人作りに失敗した結果がこれ。正確には友人は一名いるが、男子には入れない秘密の花園──もとい更衣室で着替えをしている。だから今のこの空間は所謂いわゆる、ボッチという奴。故に問うても返してくれる者はいない。


 俺は手元の渡されたスーツに目を向ける。

 スーツの着用方法は事前に説明を受けている為、その通りに着込んでいく。

 ECT専用スーツは紺色を基調とした着色がされており、頚部から胸部にかけて縦一線のファスナーが伸びている。ここから足を入れ、レザースーツのように着込んでいく。そのためスーツを着た感想は体への密着感が高いの一言だった。動きやすく、胸部、背部、四肢の各所には僅かなふくらみがあり資料に記載されていたエアバックシステムが内蔵されている事が伺える。全体的なフォルムは男性用という事もあり、マッシブだ。

 さらにコンタクトレンズ型ウェアラブルコンピューターを装着し、補助用ナノマシン点眼薬を打つ。すると同時に視覚に直接情報が投影された。

 自身の心拍数、スーツステータス、他の物体との相対距離表示、時計機能、位置情報など普段視覚では得られない情報が視覚化される。まるで一時期風靡したVR(仮想空間)ゲームのように自身がゲームキャラクターとなっているのではと錯覚してしまう程だ。だがこれは現実。どちらかと言えばAR(現実拡張)というべきか。

 最後に頭部保護用のヘッドギアを装着する。動きやすさを重視しており大きすぎず、頭部をしっかり保護する形状、眼球保護の為に透過性の高いバイザーも備わっている。

 すべての装備を装着し、動きに違和感がないか軽く弾んだり腕を回したりしてみる。

 元々サイズと自分の体格がしっかりあっていることもあり、特に違和感はない。俺は感心していると突然声をかけられる。


「よう、須山。楽しそうにしてるじゃん」

 明らかに今の一人の状況に嫌味を込めて放たれた言葉。顔をその人物に向けるが、向けなくても相手は何となく分かっていた。相手は鈴(すず)原涼(はらりょう)。

 相手を下に見た余裕の表情を見せ、小馬鹿にした雰囲気を醸し出している。その一歩引いた両後ろには浩介とケイもいる。

「中々似合ってるじゃん。でも褒めてくれる奴がいなくて残念だな。──特に春山さんがいなくてさぁ」

「わざわざそんな下らない事を言うために声をかけてきたのか?」

 明らかに安い挑発だ。特にこんな安い挑発に乗るつもりもなければ、心を乱されるようなこともない。

「連れない事言うなよ。ただの挨拶みたいなもんだろ。摸擬戦前のさ」

「挑発をしに来たのなら無駄だぞ」

「そんなつもりないって! ただ──どうやってニューマン教育課程に一般人の紋無し君が紛れこんだのかその理由が知りたくてさ」

 言葉の一つ一つが小馬鹿にした言動に辟易としつつも返事を返した。

「今は使えないだけだ」

「ふーん、あっそ。何にせよ俺より強いEAじゃないと意味ないけど。それと入学式の時は世話になったな。今日はしっかり礼をさせてもらうから」

「その礼は返すことになるかもな」

 あの入学式の廊下を思い出すとあの時の感情が蘇る。この自分の気持ちだけは曲げたくない。例えあの廊下でやられる結果になっても後悔はしないし、ただやられるつもりもない。

「どうやら向かってくるつもりだな。まぁ、そうじゃなきゃ面白くないけど」

「周りの生徒達を見て、思っていたけどお前のそのやり方は間違ってる。力で相手を屈服させて服従させる。そんなことして周りと親しくなることなんて出来るわけない。ただのうわべだけ。お前はそれで満足なのか?」

 この言葉に涼はイラつきを見せ始める。

「あぁ? 無能の分際で俺に説教か⁇ 何様だよ。調子に乗ってるその減らず口を言えなくしてやるからな」

 明らかに苛つきながら目をギラつかせて獲物を狩るような視線。隠すことなく向けられる敵意だ。

「今日、お前は間違いなくこのECTで病院送りにしてやる」

 そこで涼の発言に俺は一つの疑問が浮かぶ。

「勝負に負ける事はあっても怪我は絶対にしないだろ。そういう仕様のはずだ」

 チョーカーで守られている以上、肉体への直接攻撃はありえない。故に涼の発言は矛盾していた。

 でも涼は気にすることなく嘲るように薄っすらと笑い、小馬鹿にしていた。後ろにいる二人も気味の悪い笑顔を浮かべている。表情には出さないようにするが、何とも言えない嫌な予感を感じる。

「じゃあまた後でよろしくな、紋無し君」

 最後に涼はそう言って三人とも立ち去る。残された俺はこの後の模擬戦で何かあるな、と考えを巡らせる。

「一体何をするつもりだ……?」

 しかし、考えても答えはでない。それもそのはず。チョーカーにより攻撃はすべて遮断される。肉弾戦になったとしてもこのECT専用スーツが守ってくれる。……あーもう! 考えても分からない!

 結局、余計な事を考えてもどうにもならないので、考える事をやめた。何か企んでいる事は分かるが、内容が分からなければ対処のしようもない。でも気付いた時には手遅れという気がする。せめて警戒だけは怠らないでおくことにしよう。


 ふと杉田先生の言葉が頭をよぎる。

 相手は力に絶対の自信を持っているタイプ……。力に過信している者は必ず油断が生まれる。そこを見定め、意表をつければ勝機はこちらにある。言いたかった事はこういう事だよな。

 杉田先生は多くを語らない人だ。だから一から十まで教えるタイプの人ではない。実際にやらせて覚えさせるタイプだ。スポーツにおいてもそうだが知識を持っていてもいざ実践できるわけではない。一つの技を完璧に使えるようになるまで常に繰り返しのトレーニング。そして一定のレベルに達して初めて技と認められるのだ。故に先生は多くを語らず実践させる。すべてが実践というわけではなく、口頭でのアドバイスもあるが、最小限だ。

 あくまでも何がダメだったか、何が原因なのか自身に考えさせ、気付かせる。その方が技の習得が早いと知っているからだ。おかげで自分はここまで体術を極めてこれた。長い時間一緒にトレーニングを積み重ねてきたからこそ分かる。言葉を交わさなくても先生が伝えたいことは汲み取れる。


 俺は一息吸って吐く。息を整え、精神を研ぎ澄ます。

 考えても仕方がない。冷静に相手の動きをみて、状況を把握し、行動しよう。

 そう思考して俺は更衣室を出てECT専用フィールドへと歩みを進めた。

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