【EAの壁】 (3)
憐可とクラスメイトが起こした一悶着から翌日、俺と可憐はECTと呼ばれる実習授業の説明を受けるために移動教室に来ていた。まず入って俺達は各々が指定されている場所に着席した。その距離は微妙な距離感で離れている。
周りにいる生徒達の数は多く、どうやら二クラス合同で行う授業のようだ。
生徒が集まる教室は中央に巨大なモニターが設置されており、モニターを囲うよう、半円に生徒用の机と椅子が設置されている。
大学講義の教室に近い造りだ。
モニター脇には教卓、その上には広域用スピーカーと接続されたマイクが置かれ、遠くにいる生徒の耳にしっかりと声が届くよう配慮がされている。プレゼンには絶好な環境だ。
その教壇に整った顔立ちをした二十後半でモデルのような魅力をもった美形の男性教師が立つ。
男性教師は生徒達に微笑みながら周りを見渡すと、軽く咳ばらいする。
ハッキリとした口調で、かつ
「初めまして皆さん。私の名前は
人形の声がマイクを通して教室全体に広がる。彼は一呼吸置いて溜めると少しの静寂が訪れ、教壇に生徒達は注視する。
「授業を始める前にまず君達生徒諸君に伝えておきたい事があります。私は一教師である前にニューマンでもあります。ニューマンとしても、人生においても、君達にとっての先輩です。はっきりと言います。
私は君達が生まれ授かったその能力への苦悩が理解できます。
同時に苦悩が分かるからこそ、私は強くサポートできるとも思っています。
この授業は実習授業です。となれば能力開放を進んで行わなければなりません。
この中には能力開放が苦手な方や上手く制御できない方もいるでしょう。
ですが安心して下さい。どんな人間にも苦手はあります。
その為に私がいるのです。苦手を克服する為に一緒に頑張りましょう。
君達なら能力を伸ばし、社会へ大きく貢献できる存在になれると信じています」
かなり抑揚の付け方が上手く、政治家を思わせる様なスピーチだった。
声質には安心感を持たせるような柔らかさがあり、信頼を置ける人物だと第一印象で感じさせる。ついでに美形だ。これは嫉妬ではない。うん。
「もちろん授業外でも相談に乗りますから気軽に声をかけて下さいね?」
最後に人形は片目を閉じながら人差し指を立て、ウインクじみた表情を送る。
その芝居がかった仕草も人形のルックスが作用して、違和感はない。
むしろしっくりくる。
周りにいた女生徒達が少し騒ぎ始める。
「ねぇ? あの先生カッコよくない? 言ってることも丁寧で優しいし」
「確かに。それに良い子ちゃんだけど何処か悪っぽい何かみたいな感じ? そんな感じするよねー。授業終わりに少し話しかけてみようかな。彼女さんとかいるのかなー」
女生徒達からは明らかな好意と羨望の眼差しが送られていた。
おまけに何人かの女子生徒は今の挨拶でファンになりかけてる。イケメン大正義かよ。
逆にその様子を見ている男子生徒からは嫉妬の眼差しが放たれている。
が、そんな様子を気にも留めず人形は授業を進めだした。
「まずは今日の日程説明を行います。
明日に行うECTの概要説明及び班編成、最後に能力制御に伴う摸擬戦の組み合わせ決めの順番で進めていきます。では、概要からですね。
まずはECTの目的である “能力制御”についてです。
少し座学になりますので、皆さん居眠りしないで下さいね?」
女子生徒はもう皆さん釘付けですよ先生。男子生徒は授業なので仕方なく言葉に耳を貸しているが嫉妬心からかちょっと態度悪くしてる。俺もした方が良いかな。
それから人形は口調を淡々としながら授業を開始した。
開始、数秒も経たず、生欠伸をかきながら俺は傾聴する。
「……であるからして……ニューマンにとって……」
長い話が頭の中を流れ、すべてを聞き流すわけでもなく断片的に意識に干渉して触れる。もう数十分経ったろうか。長かった前置きが終わり、人形はようやく本題に移り始める。
「我々のEAは、感情の昂ぶりに大きく起因し、その範囲、数量、発動速度、力の強弱に影響しています。ここにいるほとんどの生徒が分かっていると思いますが、今まで我々ニューマンは強い感情爆発を経て能力発現を起こしてきました。その感情には多くの種類があります」
いつから持っていたのか手元のリモコンを操作する。中央のモニターの電源が入ると六角形の図が表示された。
「ここでは六情で話しましょう。六情とは一般的に感情を六種類に分けた事を指します。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、愛しみ、憎しみ、これらは君達全員が必ず、もちうる感情です。EAを発現している君達はこれらの内、どれか一つを幼少期に感情爆発させています。何処か身に覚えがあるでしょう?」
教室内にいる生徒達はちらほら思い当たる節があるのか、ウンウンと同意の頷きをみせる。だが、聞いていた俺には一人腑に落ちない点が上がっていた。
なぜなら人形が話している事が事実ならとっくにEAが発現していても可笑しくないからだ。俺にだって人並みの感情はある。それこそ小さい頃は強く感情を表した事なんて沢山あった。
謎だ。なぜ自分にはEAが発現せず、ここまで一般生活を過ごしてこれたのか……。
「能力発現のトリガーは感情の爆発。そしてここからが重要です。
“常時能力を安定させて発動させるには自身が冷静さを保つこと”
どうしてか分かりますか?」
突然、人形は最前列にいた一人の女子生徒に問いかける。
彼はゆっくり教壇から降りてきたかと思うと、教卓から取り外したマイクを女生徒の口元に添えた。
女子生徒はいきなり自分が当てられるとは思っていなかったのか、焦っていたが人形が何やら耳元で囁くとちょっと顔を赤らめて落ち着くと少し間を置いて頭の中でまとめた言葉を発言した。おい、何を囁いた。そっちが気になる。
「EAを発動させるには自身の持つ能力を正確に捉え、発想する。さらに事象に干渉させ続けるためには常に集中し続けなければならない。そのため我々ニューマンは、能力を発動中には冷静さを欠いてはならないから、です」
「その通り。答えてくれてありがとう」
女子生徒は緊張が解け、肩の力を抜く。
「彼女が答えてくれたように、我々ニューマンは能力制御に集中力を欠く事は干渉力の消失を意味します。実習中はこの事をしっかり覚えておくように」
そう言った人形は、先ほど立っていた教壇に戻ると、リモコンを操作した。
するとモニターの図が正方形のフィールドCG映像に切り替わる。
「明日、君たちはこの一辺百メートルの正方形フィールド内で実習及び摸擬戦を行います。
一面に様々な衝撃を吸収する特殊な白砂が敷かれており、フィールドを囲うように鋼鉄製骨格で組み立てられ、強化ガラスが張り巡らされています。これにより内側からのあらゆる衝撃等は外界に届かないようになっています」
そこまで人形が話した当たりで、近くにいた男子生徒同士の会話が耳に入る。
「なあ、やっと始まったな」
「あぁ、これを待ってたんだよ。中学の頃に先輩から話だけは聞いてたけど、ついに“摸擬戦 ”がやれるんだな」
聞こえてくる会話から最初に人形が言っていたことを思い出す。
そういえば最初に言ってた摸擬戦ってなんだ……?
時計を見ると授業の半分に差し掛かっており、人形の授業も後半に進んでいた。
「授業のコマは二コマ使用します。今日出席しているA・Bクラスは五・六限を使用して行います。五限目はアビリティーカテゴリーに応じての能力制御実習。六限目は一種類を除く全カテゴリー混合による摸擬戦とします。授業中はECT専用特殊スーツ及び、ヘッドギアを装着してもらいます。このスーツは頑丈に出来ていますので安心して下さい」
俺は授業前に配布されていたECT概要資料をペラペラ
スーツは緩衝、耐熱に優れ装着者に一定値の衝撃が加わった際は、エアバックシステム機能が作動し、四肢・体幹ごとに保護する。これにより徒手格闘においてもエアバックシステムは機能する為、装着者本人への怪我の心配はないらしい。
「又、コンタクトレンズ型ウェアラブルコンピューターにスクリーン補助用ナノマシン点眼液を併用し、自身の装着するスーツステータス及び自身のバイタルは逐一、網膜に投影され、確認する事が出来ます」
コンタクトレンズ型ウェアラブルコンピューターとスクリーン補助用ナノマシン点眼液は近年、世間一般でも使われ始めた技術だ。元々は軍事装備品だった。
だが、現在は民間仕様へと機能がオミットされ、販売されている。
その機能は元来の視力矯正に加え、望遠機能、GPSとの連動でマップ情報表示、メール確認、ニュース情報等々、利用範囲は大きく、従来の携帯端末のように取り出す必要性がない。その特性も相まって、スマートフォンに次ぐ普及率をみせている。
さらに人形は教卓から黒色で赤のストライプが入ったチョーカーを取り上げ、生徒皆が見えるように掲げた。
「これはEPSDC(ESP=特異干渉、Personal=個人携帯、Space=空間、Defense=防御壁、Choker=チョーカー)と呼ばれる我々ニューマンにしか使用できない専用装備です。難しい名称なのでよく他の生徒達や先生達はその形のままチョーカーと呼んでいます。
これは装着者に反応・共鳴し、半径三メートルに特殊な球場フィールドを形成して第三者が外部から加えたEAによる攻撃を完全に防いでくれます。ただ、あくまで第三者の能力のみです。これはニューマンが行使する事象改変を装着者が展開した、相反する波長を放つ特殊な球場フィールドが相殺しているために起きる現象です。
逆に自身の発生するEAは展開が可能となっています。
これは我々ニューマンの脳波がチョーカー装着時から完全同調している事により、自身に対しては相殺されないからです。ただし、無尽蔵に防げるわけではありません。
防御には許容値が存在します。先に説明した網膜投影スクリーンとチョーカーは連動しており、許容限界量は常に網膜に直接投影され限界量は百パーセントと表示されます」
俺は説明されたチョーカーの資料を読み進める。
どうやらアレには特殊な鉱石である、
その後は研究が進み、現在のチョーカーに至った経緯があるようだ。
さらに読み進めると、どうやらあのチョーカーは共鳴反応を起こしてから一定時間が経過しても自動的に消失するらしい。その後は使用せずにしばらく放置することで、初期状態へ戻り、再度ニューマンが装着する事で共鳴反応を起こせる。
という事は先の人形が話していた説明に補足をつけると、チョーカーはフィールド展開後、何もしなくても一定時間で消滅するし、EAによる攻撃を受け続け、許容限界に達しても消失するという事になる。使用限界時間は展開後から十分、再使用に三十分を要すると但し書きもある。
「……こんな物があるなんて、ここに入学するまで知らなかったな」
ここで一つ疑問が浮かぶ。
もし、仮に物体浮遊系統で、物体をチョーカー装着者に飛ばし、フィールドに侵入させた場合、EAだけが消失して、元々の物体はそのまま慣性でフィールド内の人間にぶつかるのではという疑問が。だが、俺の疑問は予想済みだったと言わんばかりに人形はこう最後に綴った。
「この中で既に疑問に思っている生徒もいると思います。
“物体に掛けられた事象干渉物は空中で力を失ってそのまま接触するのでは”と。
安心してください。もちろん、物体にかけられた事象干渉に対しても有効であり、事象干渉させた物がチョーカー装着者に接触することはありません。
物体に干渉している能力はその質量・体積に対して相応の事象干渉力が働いています。
こういった物体がフィールドに接触した場合はチョーカーが物体にかけられた干渉力ごと外へ押し出そうと外側へ弾き出してしまいます。ゆうなれば、装着者はゴムボールの中心に位置し、外界からの攻撃を弾き出すというイメージです。
この話しで一つ補足したいのは、物体の体積量・質量に比例して、外側へ押し出そうとする力も同様に変化します。小石と巨石ではフィールドの弾き出す力が違いますからね。
フィールドにかけられた負荷は事象干渉物の体積・質量に比例して許容量を削っていきます。ここから分かるように相手のフィールドを大きく削る為には大きな力を相手に行使する。これがECTの
そう言った人形は生徒全員に微笑むと、モニター表示を切り替えた。
次に映し出されたのは現在の教室を四等分にした図。分割毎に能力カテゴリーが分かれている。表示内容は
「では早速グループ分けを行います。モニターに表示している通りに席を移動して下さい。席次は関係ないので速やかに移動し、空いた場所へ着席するように」
その言葉を皮切りに生徒達は一気に動き始める。
俺はその中で立ち上がったが良いものの、何処へ行けばいいのか分からず、困惑してしまう。それもそのはずだ。だって俺はカテゴライズされてないんですけど……。
困惑していると人形は、若干慌ててマイクに向かって言葉を継ぎ足した。
「おっと、この中に、カテゴリー分けできない生徒が混じっていましたね。該当生徒はアストレイ側へ移動するように」
どうやら人形はうっかり忘れていた様子だった。忘れないでくれ先生。ひとまず、すぐ解決したことにホッと息をして移動を開始する。アストレイグループ周りの席に近づくと可憐が着席しようとするのが見えた。そしてたまたま目が合うと可愛らしい素振りで手を軽く振り、そのまま隣の席を指さしてツンツンする。恐らく、ここ空いてるよと教えてくれているのだろう。本当に良い子だな。証拠に可憐が持っていた筆箱を隣の席に置いて、自己主張させている。場所取りとまでとはこの子なかなか出来る……⁉
容姿も相まって可愛らしいお誘いに乗ることにし、空いている隣の机に腰かけることにした。着席する時、人形に向けられていた嫉妬の視線と全く同じものが背中から強く感じたが、気に留めないフリをする。他のクラスと合同とあって二倍の視線を感じるがそれもどうせ気のせいだろう。それよりそんな痛い視線に気を病むより可憐に礼を述べるのが先だ。
「席を取ってくれてありがとう」
「うんうん! どういたしまして!」
「でも良かった、可憐と同じアストレイに分類されて。悪目立ちしてるから話せる相手なんて一人もいなくて辛い思いするところだったよ」
「ごめんなさい。私のせいでそんな事になっちゃって……」
可憐は真剣にしょげる。
「あっ……違うよ⁉ そういうつもりで言ったわけじゃなくて! 全然問題ないから!」
何が全然問題ないか分からんけど。でも無神経だった。俺は今の言動をとったことを後悔する。明らかに可憐が落ち込んでしまったからだ。
「勝手に助けたくて助けただけなんだ。自分で言うのも可笑しいかもしれないけど、俺って結構お節介焼きだし。だから見て見ぬフリが……そう! あれは必然だったんだ! だから可憐が気負う必要はない!」
笑ってにこやかに伝えると慰めてくれているのが伝わったのだろうか可憐は瞳を潤ませて俺を見た。
「……ありがとう史弥くん。そう言って貰えると気が楽になる」
「それにこうやって可憐と知り合えたからさ。俺はこれで良かったって思ってるし」
俺が精一杯のフォローを入れると可憐もこれ以上落ち込んでも何も変わらないと察してくれたようで右腕をガッツポーズにして気を取り直す。
「よしッ!」
その光景はさながら、可憐の周りからまるで可愛さのオーラが滲み出ているようだった。気を取り直した可憐と二人で会話が弾みかけたタイミングで全員がグループ毎に着席完了する。その光景を見渡した人形が次の指示へ移る。
「皆さん分かれましたね。では、これからランダムに数字が書かれたカードを一枚配ります。カードは二枚組になっていて、もう一枚同じ対のカードが存在しています。同一カードを持った生徒同士が、今回の模擬戦対戦者です。授業は二クラス合同。二クラスで合計六十名、三十組が出来る事になります。それでは配布していきます」
人形は自分の縦列の人数分のカードを最前列の生徒へ渡していく。後ろへと回り、俺の手元にカードが回ってくる。三か……。ここまでだと誰が相手かわからないな。とりあえず、どんな相手でもお手柔らかにお願いしたい。横の可憐も配られたカードを見ていた俺はそんな彼女に声をかける。
「可憐は何番だった?」
「八番です!」
朗らかに一言答える。ひとまず、可憐と当たらなかった事に胸を撫で下ろす。
「良かった。可憐と当たってない事が確認できて」
「史弥くんは何番だった?」
「三番だったよ」
「良かった。史弥くんと当たってらどうしようって思ったから……」
ここでまずはお互いに対戦相手じゃない事が確認できた。そこで俺達は相手が誰なんだろうという疑問が浮かぶ。周りを見渡すと自分のカードを知り合い同士で明かし合っている。既に対戦相手がこの情報交換で分かったものもチラホラいたが、大半は分からない様子だ。
「皆さんカードは行き渡りましたね? では、次に一枚の名簿を配っていきます。
自分の名前が書いてある欄の横に空白欄があると思います。そこへ自分が引いた数字を記入してください」
人形は端の生徒へ名簿を回し始める。俺から近い席だった。前半に名簿を書き込むのか……。もしその中に対戦相手が先に書き込んでいたら分かるな。まあ分かってもアビリティが分からないからどうしようもないけどな。名簿はゆっくりと自分の席へと近づいて来る。
「なんだかドキドキしますね」
「……そうだね」
少し胸に手を置いて表現してみせる可憐に内心、そんな様子を見せるあなたにドキドキしちゃいそうだよ、と思うがそこは言葉を飲み込み抑える。
少しすると手元に名簿が届く。名簿に自分の数字を書くと、欄に書かれた他の数字を流し見ていく。
「俺の相手は……まだ分かるわけないか」
前半に書かれた欄に対戦相手である三の番号はない。回した名簿に全ての生徒が数字を書き込み、人形に回収されえると彼は素早く教卓に置かれたパソコン端末にデータ入力を行っていく。
「全員書き込みましたね! では、早速対戦相手を公表したいと思います。皆さん、モニターに注目」
先ほどの名簿データ入力を終えた人形が、大型モニターへデータを出力する。大型モニターに映し出された自分と同じ数字の生徒を発見した俺は驚愕と落胆が襲った。
「嘘だろ……」
ポツリと呟く。それもそのはずだ。なぜならモニターに出力されている対戦相手は鈴原涼だった。
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