【デュアルフェイス】

 この春より晴れて高校一年生になった俺こと須山すやま史弥ふみやは入学の決まったこの国立稲沢高等学校の校門前に立ち尽くし、門をくぐる事を戸惑っていた。戸惑っているのには原因がある。


 単純明快。

 ニューマンが集まる教育課程へ入学する事になったからだ。俺は中学三年まではただの一般人として過ごしていた。言葉通りの一般人であってニューマンとは認知されていなかった。だが中学三年春の定期健診に行った検査でニューマンと診断されたことが新生活を一変させた。

 目指していた志望高校を強制変更された挙句、自宅から一番近いこの国立稲沢高等学校へ編入させられたのだ。強制とは未成年のニューマンは国が指定する国立学校の入学と専門教育を受けなければならないと義務付けられているからだ。

 本来、出生時に行う検査にて判別され、その時点で国に用意された指定育児施設と各都道府県に設立された小中高エスカレーター式の国立学校に入学する事になっている。

 が、俺は出生時の検査では陰性であり、出生からだいぶ経った今になり陽性と判定された稀なケースだったのだ。今頃判明するなんて迷惑な話だよ全く。


「しかし、片道一時間の通学はしんどい……早速通学が辛くて不登校になりそう」

 ここまでの通学に小声で愚痴ってしまう。朝の通勤ラッシュ直撃で満員電車に揺られ、乗り換えを経て、さらにまた満員電車。あげくニューマンと診断され、志望校を強制変更された俺は半ば人生設計が滅茶苦茶にされたと言っても過言ではない。将来を左右する高校受験とはよく言ったものだ。


 そんな俺を他所に周りの生徒達は入学式だというのにもう既にある種のグループを形成して登校に勤しんでいる。周りは顔なじみばかりなのだろう。小中高エスカレーターとあってか周りの生徒同士は挨拶を掛け合い、通学途中から一緒に登校してきた生徒で溢れかえっている。入学式なのにすでに仲間外れ感が……。でも心細いけど高校デビューはし易い環境だ。顔馴染みがゼロで入学する俺にとっては新しい自分キャラを作る良い機会でもある。ここは如何に馴染めるかが重要であり、高校生活三年間を左右する局面だ。高校デビューを失敗するという事は三年を不意にするという意味に他ならない。何事も最初は大事なのだ。

 土台を一から作らなければならない状況が俺の肩に重くのしかかる。アレのせいで新しい友達出来るか心配だな……。ちょっとした話題のネタくらいになれば良いけど……。一抹の不安が心にしこりを残す。心配したのには訳がある。その理由も追々わかるだろう。

 なぜ中学三年の春にニューマンと診断されたにも関わらず即日転校にならずに高校一年の四月から遅れた訳を。


 そうこうしている内に気付けば周囲の生徒からジロジロ見られていた。声を潜めて生徒達は耳打ちに近い会話をしている。そのいくつかが耳へ届く。

「あの子誰? 小中の時にいなかったわよね?」

「おい、あれ見ろよ。知らない顔がいるぞ」

 俺は周りから向けられる奇異の目に恥ずかしくなり、急ぎ足で校門内へ歩みを進める。足早に門をくぐり、事前に配布されていた校舎案内を鞄から取り出す。

 校舎案内を眺め自身が割り当てられた教室を確認するとまだ見慣れない道をとりあえず進むことにした。


 国立稲沢高等学校の校舎は全部で三つ。四階建ての本館と一・二号館に分かれている。

 小中も敷地内に併設されており、混雑を避けるために小・中学生は別で用意された校門を利用して登校している。そう考えると敷地は非常に雄大で広い。

 本館正面玄関から入り、一階にある本館と渡り廊下を渡ると一号館へ行ける。一号館は一・二年生の教室になり、二号館は三年生のみが使用している。

 俺は正面玄関から中に入り、渡り廊下を目指した。

 途中で廊下を小走り気味に走る男子生徒二人が彼を追い越した。追い越される際に会話が耳に入った。

「なぁ聞いたか? 渡り廊下にすげー美少女がいるってよ! ありゃ恐らく一年生だな。去年いなかったからきっと転校生だ!」

「あぁ! 早く見にいかないとどっか行っちゃうぞ!」

 二人は急ぎながら走って行った。

 へー俺以外にも同じ人がいるんだ。それに走って行くほどの美少女か。ちょっと気になるかも。

 転校生という事もあってその美少女に少し共感を抱きつつ、どうしても年相応の興味が湧いてくる。珍しい事は誰だって気になる。でも目的地への到着が先決だから俺は通り過ぎるけど。


 見れたら良いなくらいで歩いて、渡り廊下がある角を曲がると小さな人だかりが出来ている。中心に先ほどの男子生徒達が会話していた美少女がいるのだろう。正直、人だかりでよく見えない。間からギリギリ見えたような気がしたレベルだ。

 それは俺が目指す教室へ向かうため、一つしかない渡り廊下を通るのに非常に邪魔になっている。

 こんな場所で溜まられたら俺以外の生徒達も通れないだろ。少し目を細めながらその人だかりに向かって小言を内心吐く。今の俺は美少女とやらに興味はあるが優先するべきは教室への着席と入学式までの準備である。そのまま居を決し人だかりに突入することにした。

 生徒をかき分けていくとどうやら噂の美少女の前に柄の悪そうな男が三人立ちはだかっているのが人だかりを抜ける隙間から僅かに見える。あきらかに何か面倒ごとに絡まれていた。俺も巻き込まれないように大人しくここは通り過ぎよう。

 と思ったが不意に違和感──放っておけないと思える気持ちが湧き立つ。見て見ぬフリが出来なかった。


 ──その人にとって迷惑かそうでないかは分からない。もしここで行動を起こさなければ、少し経った後の自分が許せない。取り返しがつくことであれば、例え間違っていても良い。後で反省できるから。でも後悔はしたくない。何かできるのにやらないのと出来ないのにやらないのとは訳が違う。……やっぱり俺も父さんとあまり変わらずお節介だ。面倒事だって分かってるのにな。

 何処か含み笑いを浮かべてしまうと、進行方向を変えて人だかりの中心に足が運んだ。近づくにつれ中心で喋っている柄の悪そうな三人組の声が大きくなる。


「なぁ良いじゃんか、入学式前に場所を変えて少し話そうぜって言ってるだけだしー。なぁケイ、お前もそう思うよな?」

「同感だよ浩介こうすけ。何を嫌がってるんだよ」

「その……私は……そう言うのは良いので……ここを通してもらいたくて……」

 柄の悪そうな三人の内、取り巻きのような二人が道を塞ぎ、取り巻き二人の奥にいる三人目は黙ってその様子を見ている。お陰で通れずに一人の女生徒は困ったようにに言い寄られていた。

 髪は左をサイドアップにし、肩を超える長さ、髪色は若干茶髪で毛先は少しウェーブしている。パッチリした黒目にぷっくらした唇。鼻も整っており小顔だ。

 他の女生徒もそうだが制服はワインレットのチェック柄スカート、クリーム色に近い白のブレザーで胸元には赤のリボンが採用されている。

 襟・袖はブレザーと同色の色。さらにそれらには黒のラインが入っている。

 よく容姿と合わさって似合っている。まるで綺麗な洋式人形のように、見るものを魅了してしまうそんな美少女だった。

 オドオドしている美少女は明らかに嫌がっている。だから溜め息交じりにヤレヤレと思いながら俺は間に割って入ることにした。

「おい、それくらいにしておけよ。明らかに嫌がってるだろ」

 少しの驚きを見せた柄の悪い男子生徒──ここでは不良生徒と揶揄できる二人は一瞬驚くとすぐに嫌悪の表情を浮かべ、突然乱入した部外者を不快に感じた様子で排除しようとしてきた。

「なんだお前は? 別にお前に関係ねぇだろ。邪魔すんな」

 浩介と呼ばれていた不良生徒は明らかにメンチを切っている。

「あんまり見ない顔だな。とりあえずどいてくんない?」

 浩介に呼応してケイと呼ばれていた不良生徒も俺に向かって言葉を吐く。

「関係なくても気になるんだよ」

 もう既に傍観者から当事者になった俺は内心で面倒事が肥大化しているのを感じてはいるものの引き下がるわけにはいかなかった。この行いが後ろの名前も知らない美少女が有難迷惑でない事をただただ祈るのみである。

「俺達はその子と仲よくしようとしてただけなんだよ。だから勝手に入ってくんな。……ん? テメェー左胸に何も入ってねぇじゃん」

 俺が着込む制服の左胸ポケットに刺繍がないことに気付いたケイは指摘する。

「何も入ってないなんてプリントミスか? この紋無し野郎が!」

 続けざまにケイは罵る。対して俺は放つ言葉の意味に理解を示せずに首を傾げそうになる。紋無し? 何の事だ? それと一文無しみたいだからその言い方やめてもらっていいですかね。

 さらに浩介も見かねて罵声を飛ばしてくる。

「マジでお前なんだよ? いい加減、鬱陶おしいから消えてくんない?」

「嫌だね、この子と一緒にここを通るまでは動かない」

 だが俺も負けじと意思を貫き通す。擁護されている美少女は相変わらず後ろで挙動不審気味だが、少し体を預けるように俺の背中の陰に隠れていた。


 そうこうしていると柄の悪い生徒二人の後ろから今まで一言も喋らずに立っていた三人目が前に出てくる。

 その右手にはいつの間にか煌々こうこうと炎を立ち上がらせて。

 俺の目にはその光景が大道芸や手品の類に見える以外は何の意味を持っているか知らなかった。てかそれ熱くないの?

 だが周囲の生徒達にとってはそれが威嚇の一種になったようだ。証拠に燃え盛る炎とは対照に場の空気が凍りつくのを感じた。

「邪魔だなぁお前。退けって言ってるのが分かんねぇの? 俺が用あるのはその子だからてめーには用ないの。お分かり?」

 明らかに見下した態度をとる三人目の不良生徒。よく見るとその三人目は左胸ポケットに黒線で刺繍された六芒星の紋章がついている。体格は一般高校生並みで髪の毛はしっかり整えられ、世間ではイケイケ系お兄さんと呼ばれる分類だろう。俗にいう渋谷系男子雑誌に写っていそうな容姿をしていた。


りょう! 能力を使うのはやべぇって! ここは能力行使禁止エリアだし、それに風紀委員が黙ってないって」

 だがその言葉に涼と呼ばれた生徒は動じることなく浩介を睨みつけた。

「何ビビってんだよ。それにお前らがチンタラやってるからだろ?」

 指図されたのが気に食わなかったのかこの俺にイラついているのかどちらかは分からない。恐らく両者な気がする。そんな浩介は威圧的な視線に怯むも食い気味だった。

「でもそれで力を使うのは……」

「あぁ? いつからお前は俺に意見を言うようになったの?」

 涼はそのまま浩介を左手で軽く突き飛ばす。突き飛ばされた浩介はその場に踏みとどまると顔を俯かせ、仕方なくそのまま従う形となる。

「で? お前誰だっけ?」

「須山史弥。お前は?」

鈴原すずはらりょう。お前見ない顔だな。新入りか? ならこの名前を覚えておけ。もう二度と生意気な態度をとれない男の名前だからな」

「ずいぶん大きく出るんだな」

「で、お前はその子の何なんだよ?」

「別に何でもない。ただ困ってる子を放っておけないお人好しなだけさ」

「お人好しも度が過ぎると身を滅ぼすぞ。良い機会だからここで学んでいけよ」

「あぁそうか。なら学ばせてもらおうかな」

 しっかり啖呵を切り、売り言葉に買い言葉の応酬でついに喧嘩沙汰まで発展しようとしていた。涼は自身の右掌を俺に向けかけたその時だった。

「お前達そこで何をしている!」

 突然野太い声が後ろから響く。そしてそのまま人垣をかき分けて体格の良い筋肉質な男子生徒が姿を見せた。さらに割って間に入ってくる。その野太い声を放った男子生徒の顔を見て、忌々し気に涼は毒を吐く。

「ちっ戦国せんごくか。良いところで……」

 涼に戦国と呼ばれた男子生徒はいわおのような顔付きを両者に見せつけ、容姿、声色もあってかこの場を支配していくような妙な威圧感があった。

「新入生の教室に用があって向かっていたらこの騒ぎはなんだ涼!」

「関係ないだろ。俺はそこの須山に用があんだよ。引っ込んでろ」

「お前は風紀委員の俺の前で力を行使する気か? この禁止エリアで使うことの意味を分かっているんだろうな?」

 そう言った戦国の空気中が振動しているような耳鳴りを感じ取る。

 まさに二人は一触即発。

 だが涼がその向けていた右手を下げる。まるでその振る舞いは白けたような素振りだった。

「まぁいい。助かったな須山。それと戦国。お前も他の生徒を巻き込まずに俺とヤりあうことは出来ないからな」

 涼は身体を転身して一号館の方へ歩いていく。浩介とケイもそれに続いていく。

 周囲で見物していた生徒達も風紀委員が現れてバツが悪そうな顔で離れていく。

 どの生徒も顔に取り締まられるのはNGと書かれているようだった。


 そんな戦国は背中を向け、廊下の角から涼の姿が消えるのを見届けると振り返る。

「二人とも大丈夫か?」

 先ほどと打って変わって幾分か声色は柔らかい。

 怪我の心配をするところからこの戦国は俺達が被害者であることにすぐ気付いているのだろう。もしくは涼の相手がいつだって被害者だというのが慣例化しているのか。

「問題ありません。君も大丈夫だよね?」

 後ろに隠れていた美少女はコクコクと頷くと目まぐるしく変わった状況に驚いているようだった。

「あ、あの、須山君、庇ってくれてありがとうございます!」

 そう言った美少女は深々と頭を下げてきた。

「あれ、名前教えたっけ?」

 顔を上げた美少女は俺の顔を捉えると訥々とつとつと応えた。

「さっき鈴原涼って人に名乗っていたの聞いてたから……」

 確かにと納得しながら彼女に俺は廊下ですれ違った生徒達の会話を元に気遣いの言葉をかける。

「そういえばそうだったね。全然構わないよ。君も入学初日に大変だったね。それと困った時はお互い様だから気にしないで」

 少しキョトンとすると美少女は自然な微笑えみを浮かべた。

 垢ぬけた彼女の容姿と相まって心がザワつくのを覚える。

 なんだこのザワつく感じは……。何故か緊張する……‼ なんだこの八方美人が具現化したような女の子は……‼

「二人とも知り合いじゃないのか?」

 お互い知り合いだと思っていたのか涼を退けた戦国先輩は質問をぶつけてきた。

「この廊下で彼女が巻き込まれているところを見つけて、割り込んだんです」

「そうだったのか。まずは彼女を助けてくれてありがとうな。俺は二年風紀委員の戦国せんごく俊平しゅんぺいだ。よろしくな!」

 戦国先輩は腰に両手を置き、体格の大きい身体をさらに大きく見せる。

「君達の事初めて見た気がするけどもしかして……」

 何か訝しむような視線を俺達に向けた上級生へ丁寧に俺は自己紹介をする。助けた美少女も続く。

「はい、今年度から入学しました一年の須山史弥です」

「私も今年度から入学する事になった一年の春山はるやま可憐かれんです」

「君たちが転校生の二人か! これはちょうど良かった! 君達を迎えに行くところだったんだ」

「迎えですか?」

 そこで先ほど割り込んだ戦国先輩の言葉を思い出す。

「そう、先生達から君達二人の学校案内と校則の説明を任せられていてね。何分ニューマンは学校生活で制約が多い。まぁこれは学外でも一緒か。まぁ再確認だと思ってくれ。だからあんまり煙たがらないでくれよ」

 戦国先輩は俺について来てくれとジェスチャーを交えて合図すると二人を先導する。

「じゃあ立ち話もなんだから本館にある風紀委員室について来てくれ。施設と校則について説明するから」

「「分りました」」


 転校生組の俺達は了承すると先輩である戦国先輩の後ろにつく。

 返事を聞くと戦国先輩はそのまま歩き出す。

 暫くして廊下を歩いているとあることに俺は気付いてしまう。様々な視線が向けられている事に。正確には先ほど可憐と名乗った隣にいる美少女に。何故なら男子生徒が集まってくるくらいに容姿は特筆している。

 故に当然その横にいる自分と比較されていることだろう。明らかに釣り合わない男女。下手をすればカップルなんてことも。もしそう思われた日には入学初日にして男子諸君から妬み、そねみを受けることは必至だ。

 俺はどちらにしても先行き芳しくない悩みに頭を悩ましそうになるが諦めの境地に達し、ひとまずは無関心を決め込むことで折り合いをつける。そう、無心だ無心。


 そんな悩みの種を知らない戦国先輩は無言な時間を嫌ってか少し振り向きながら話しかける。何故か、声は体格に似合わず小さめだ。

「そういえばさっき渡り廊下で絡んできた鈴原涼という生徒には二人とも気を付けろ。

 ここ稲沢高等学校は他校のニューマン教育課程校と比べて、旧人類オールドとの差別意識やニューマン内でのアストレイ・ベーシックとの優劣意識が非常に高い。さっきの男子生徒も差別意識が高い生徒の一人なんだ」

 忠告する戦国先輩は真剣だった。

 そこで聞きなれない単語について疑問を口にする。今まで一般人として過ごしてきたが故の仕方ない問いだ。

「すみません。ベーシックとかアストレイって何ですか?」

「あーすまない。春山さんは元々ニューマン出の学校だったからついな。須山くんは今年からだったな?」

 なぜ俺の来歴を知っているんだ、と疑問に思ったがここで訊いても話が折れるので今はそっとして同意した。


「まずベーシックとは基本EA《ESP Ability》の内、浮遊・透視・治癒のどれか一つを有している者たちを指す言葉だ。そしてアストレイと呼ばれる者達はこのベーシックに該当しない特殊系統の事を指す」

 そこで気付く。俺はアストレイと呼ばれる語源の意味に。

「だからアストレイなんですね。王道から外れているから」

「そうだ、基本能力分布から外れ、逸れた特殊な能力。これがベーシックとアストレイの違いだ。

 ベーシックには同じ異能力でも力の強弱が決まっている。この左胸に入っている縦線だ。本数が増えればその分、力が強いという事だな。

 皆、この強弱をアビリティレベル《異能段階》と言っている。レベルは一~三まであって……まぁこれが劣等感の原因にもなっているんだが……」

 若干躊躇(ためら)い気味に戦国先輩は左胸の逆三角形の紋章を見せる。縦線が三本入っている。

「先に言っておくが、俺はこんな事で優越感に浸ったり、友人を選んだり、ましてや差別もしない。あくまで公平な立場で接するからな」

 戦国先輩は偏見や能力で差別するような先輩でないことを主張した。どうやら人間味のある人物らしい。完全な俺の主観だけど。

「その方が助かります。俺も同じ考えですから」

 しかし、「だが……」と」戦国先輩は付け加えると、

「上下関係はあるからな! 俺と君達は先輩後輩だから、年上は敬うように!」

 戦国先輩はあまり慣れていない様子で少し気恥ずかし気に言い放った。顔は少し照れくさそうだ。

 どうやら兄貴感を出したいのか普段言いなれていない先輩風を吹かせているのが見え見えだ。

 逆にそれが戦国先輩の人柄を表しているようで場が和む。

 ふいに俺は可笑しくなり笑いを堪える──つもりだったが「……ぷっ」吹き出してしまった。可憐も同様だ。おかげで戦国先輩にバレてしまう。

「お、お前ら何笑ってんだ!」

 初対面にして失礼な態度をとってしまったが戦国先輩は厳しく咎めることはしなかった。すみません戦国先輩。

「戦国先輩って親しみやすいなって思ったんですよ」

 可憐が目尻に涙を浮かべて答える。

「春山さんは俺のこと馬鹿にしてる?」

「いえ! そんなつもりはありませんよ!」

「俺も同感です」

 先ほど廊下であったばかりの俺達だが通じ合えるのかさらにクスクス笑い合う。

「お前らなぁ~⁉ ……まあ良い、好きにしてくれ」

 溜息交じりに戦国先輩は諦めて、歩き続ける。

 気付けば一同は風紀委員室前に到着していた。

「さぁ着いた。ここが風紀委員室だ」

 戦国先輩は風紀委員室の扉を開け、中に入る。俺達も続いて中へ入る。

 室内には長方形のテーブルが中央に一つあり、挟み込むように来客用の黒革のソファーが置いてある。

 さらに奥の窓際に風紀委員長と書かれた名札が卓上に置かれた事務机が一つあり、壁際には棚とそこに陳列されたトロフィーや様々な書物が並べられていた。

「今日は入学式ということもあって風紀委員は全員が会場整備に出払っていてな。もちろん君達もこの後は入学式に出てもらう。さぁーて、早速だが簡単に施設説明と校則について話させてもらおうか」


 室内に入った二人に向き直ると戦国先輩は話し始める。

「基本的に学内では自由行動をしてもらって良い。但し、一部エリアでは俺達に制限がある。もう分かっていると思うが、EAについてだ」

 戦国先輩が言わんとすることは一瞬で理解できた。恐らく使用には危険を伴う能力が存在することは世間で公表もされている。もちろんそれくらいの知識は俺だって百も承知だ。

「能力の使用を絶対禁止するエリアが学内には存在し、特定行事中には学内すべてが禁止エリアになる。これだけはしっかり守ってくれよ」

「逆にそれ以外は能力の使用を許可しているという事ですね?」

「その通りだ須山くん。逆にその能力を生かした行事や能力制御を目的とした授業も存在する。この学校はニューマン育成学校だからな」

 横で聞いている可憐は常識のように要所要所で頷いていた。

 だが俺にとってはどれもが非常識であり聞きなれないことだらけなのだ。

「それと須山くんの能力紋章とレベルについてだ」

 戦国先輩は俺の顔色をうかがい見る。

 恐らく先ほどの来歴の事もそうだが、事前に俺の周辺状況を理解しているのだろう。

 それを踏まえ簡潔に首肯しゅこうした。

「問題ないです。どうせ皆知る事になりますし」

 戦国先輩は短く「分かった」と答えると話を続けた。

「春山さん。実は須山くんはまだ能力がなんなのか分からない上に使えないんだ。だから能力が未だに不明という事もあって紋章が制服に付いてない。今後は能力の発現によって学校側が紋章を付与する事になっているのが彼の現状だ」

「それで制服に紋章が……。大丈夫です戦国先輩。私も人を能力で差別したりしませんので」

「ならいいんだ。良かったな」

 安堵の目線を戦国先輩は俺に送る。それに応じて心が一段軽くなった、気がした。

「ありがとう春山さん。少しでも理解してくれる人がいて良かった」

 それからは学内施設の簡単な説明とEA禁止エリアの説明を受け、風紀委員室を退出した。


 風紀委員室を退出してしばらく俺達は教室方向まで歩く。すると可憐が急に立ち止まった。

「須山君。先ほどは本当にありがとうございました。私、あのままだったらどこに連れていかれたか分りませんでした。自分でどうにかしなきゃって思っていたけど、どうにもできなくて……、本当になんてお礼すれば良いか……」

「気にしなくて良いですよ。それと何度も言うけど困ったときはお互い様。逆に俺が困ったときは助けてくれるとありがたい、かな」

 気にしないで欲しいとそれだけが伝えたかった。元々何か見返りを求めて行動したわけではないのだから。でも最後に見返りをワザと言ったのは相手が人間味を感じ、親近感を持ちやすくなってくれるからだ。

 期待通り可憐から「はいっ!」と嬉しそうな返事が返ってくる。やばい。笑顔が眩しい。

「あ、あと私の事は可憐って呼び捨てで呼んでください。それとそんなに丁寧語じゃなくて砕けた感じで良いですよ……。す、須山くんは……こ、この学校での最初の友達です……から……」

 突然小っ恥ずかしいことを言うものだから面食らってしまう。

 こんな美少女にファーストネームで呼ぶことを許可された自分は一体どんな顔をしているのだろう。恐らくだらしない表情をしているのだろう。

 今度は微妙な間を作ってしまったことが彼女を不安にさせたのか、「……嫌でしたか?」とつぶらな瞳が伺うように訊いてくる。

「いや! そうじゃないんだ! 始めての友達とか言われた事なくてついね……。それに可憐に言われるとなんか恐れ多いというか、なんというか……。じゃ、じゃあ俺の事も史弥って呼び捨てで呼んでくれるかな?」

 ここで俺は改めて居住まいを正して可憐をしっかり見直す。

 突発的な小競り合いのせいで可憐をしっかり見ていなかったが、やっぱり可愛い。

「どうかしましたか? 私の顔に何かついていますか?」

 どうやら見とれていたようだ。誤魔化すように俺は、

「いや、何でもないです。あっ! それより教室へ行きましょう! 可憐さんはどこの教室ですか?」

 話をはぐらかして注意を逸らした。可憐は「また丁寧語になっていますよ?」と不自然さを指摘しながら微笑むと俺は少し顔が上気してしまう。くそっ、俺なんでテンパってるんだ。

 俺が気持ちを切り替えようと試みた時、可憐はそのまま話し続けた。

「私は1─Aです。じゃ、じゃあ、ふ、ふみ……や……やっぱり呼び捨てはその……難しいのでふ、史弥くんって呼びます……」

「お、おう」

 可憐は慎まし気に上目遣いでそう言ってくる。そんな風に言われたらなんだってOKだよ。もちろん可憐限定。

「史弥くんは?」

「奇遇だ。俺も一緒だよ」

「本当ですか⁉ さっそく頼もしい人が傍にいてくれて良かったです!」

「俺いちよ無能力なんだよなー……」

「史弥くんは無能力でも他の人に比べて断然頼もしいですぅ!」

 そういうとその短い舌を少し出して可愛く笑ってみせる。

 中々にしてあざとい。

 彼女は目的地の方向へ向かって振り返る。

「それじゃあさっそ……」


 進もうと言葉を言いかけたが、可憐は急に言葉を詰まらせる。

 すると髪色が茶髪から金髪へ色が変化し、俺に振り替える。さっきの時とは雰囲気がガラリと変わってピリピリしている。他者を寄せ付けないような荒々しい気性の粗さを表しているように。

 両目の色も先ほどと打って変わってオッドアイ。深紅の赤と碧玉へきぎょくの青い瞳がしっかり捉え、真っ直ぐに見つめ返してくる。目つきは睨むようにキツい。

「あ、あの可憐さん……?」

 ついまた丁寧語に戻ってしまう。と言うか雰囲気が……恐い。

「あぁ⁉ 気安く私を呼ぶんじゃねぇよ! まだあんたと仲良くなった訳じゃねぇんだからな! それにあたしの名前は憐可れんかさんだ‼」

「えぇええぇーー⁉」

 姉貴肌の美少女に罵倒され、困惑と驚愕が入り混じった声を盛大に漏らしていた。

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