【幼き日の記憶と生まれる前の世界】
「おい! 妹を虐めるな!」
俺の前には半袖半ズボンの少年達が立っている。中でも一際体格の良い先頭の少年はまだ幼い美愛の頭を腕で押し付けて髪をクチャクチャに掻き乱していた。
美愛の涙で顔までクチャクチャだ。いつもの太陽のような眩しさは消え、陰鬱な陰りを見せている。
「それ以上妹に触るな!」
「ふぅーん。にいちゃん助けに来てくれたぞ? 良かったな」
俺との関係を知った体格の良い少年は美愛に向かって馬鹿にした口調で語りかける。
喉の奥で熱い痰が絡んだ気がした。妹を助け出したいと激しく思った。別に俺が馬鹿にされるのはどうだって良い。
でも妹が馬鹿にされるのは腹が立った。
「もう手を離せ!」
体格差や数の利もあって声が震える。手にも僅かに汗が滲む。でも強く握り込んで自分を奮い立たせて声を張った。
「オンナがオレたちの公園使ってるからムカついたんだよ」
「べつに誰が使ったって良いだろ!」
「うるせぇ! オンナは部屋でオママゴトしてれば良いんだよ!」
「勝手に決めつけるな! オンナの子だって外で遊んで良いだろ!」
「オンナが使うなんて生意気なんだよ!」
俺のまだ小さい身体から吐き出す大きな怒声とまだ語彙を蓄えていない語彙力で激しく舌戦を繰り広げる。
妹の美愛が「……おにぃちゃん……」と消え入りそうな声音で瞳を潤ませてこっちを捉えている。凄く胸が痛ましい。
「へへっ。なら力尽くでココを獲ってみろよ」
「ちくしょおぉおおお‼」
力一杯に突っ込んでいった。勝算とか自信とかそんなもんは何もない。ただ、たった一人の妹を護りたい、それだけで向かっていった。
結果なんて分かりきっている。でも許せない。
──夕日が沈みかけ地平線に消えるとゆうか住宅街の影に落ち込む中を俺達兄妹は帰路につく。
「イッテ……!」
「……おにぃちゃん大丈夫?」
心配そうな顔で覗き込む妹が殴られて痛む傷をさする俺を気遣う。美愛の手元には公園で遊ぶはずだったおもちゃが握り締められている。
「ごめん。勝てなくて……」
傷の痛みが増すにつれ、込み上げてくる。これは悔しさだ。妹が伸び伸びと公園で遊べずに無様に逃げ帰るカッコ悪い兄貴。
一体どれほど情けなく映っているのだろう。
だが、トボトボ歩く俺の横で妹は涙を溜めて笑った。
「カッコ良かったよおにぃちゃん」
胸の中でカッと熱くなる何かを感じた。
──護りたい。妹一人だって守れるくらいに。
そして本当のカッコ良さを手に入れたい、俺はそう思った瞬間でもあった。
目の前で手を繋ぐ仲睦まじい兄妹を眺めて、ふと、まだ俺が小さい頃の記憶が頭の片隅でフラッシュバックしていた。
『まもなく稲沢行き、三番ホームより──』
電車が到着することを告げるアナウンスが
駅のホームへ向かうために改札を通過した先で思い出しつつ俺は微笑むと目指す。この七時台の時間は通勤ラッシュで会社員や学生でごった返している。ここは都心の駅。だが俺はこれから全くの真逆、地方へ向かうのだ。気付けばもう手を繋ぐ兄妹の姿は人混みで揉み消されて見えない。
「ふぅー……」
行き交う人の波に飛び込む自分に気合いを入れ、息をつくと突入する。流れる激流の中に身を置いて目的のホームを目指す。連絡通路を進む道すがらに様々なポスターが目につく。
『あなたはニューマン? ヒト? 職業適性は把握できていますか?』
『奇術ではない。これは超能力だ。新しいショーの始まりだ!』
『EA適性を把握しよう。出生検査はお早めに』
『人々よ。あの日を忘れるな。追悼記念日は……』
そこで肩が他人と軽く当たる。よそ見しすぎたな、いかんいかん。
ふと、最後のポスターに書かれていた内容が俺の頭を過ぎる。
俺が生まれる前の話し。
── 一九九九年世界人口は突然激減した。
太陽フレアの異常な放射線量が原因で全世界の人々に突然死が起こった。十二億人がなんの予兆もなく死んだ。第一次世界大戦では約三千七百万人、第二次世界大戦では約八千五百万人が亡くなった。それらが霞む数が、人が死んでしまった。
それは世界で
そして、ニューマンが現れたのもその時からだ。テレビに向かって生き残った人類から現れ、時代が新しい世代に入ったタイミングから彼らを次代の担い手と、当時のアメリカ大統領が表現したのが由来だ。
とある偉い学者がテレビで高説していたが、太陽フレアによる放射線量が元々遺伝子内に設定されていたリミッターを破壊し、人間の脳に秘められた未使用で未解明の領域を拡張したのが原因だとか。三十年経った今もそれは突然変異や新しい環境に対応した進化なのだ、と様々な解釈を学者達は高説している。
とにかく大混乱は訪れ、世界恐慌状態からこうやって日常を送れるくらいに日本は復興に成功した。俺の知っている日常。自分で見える範囲の日常は。
だけど俺は世界の惨状を知っている。
他の小国や発展途上国は未だ混乱や紛争を続けている。
テレビのコメンテーターが
「ぐっ……」
いかん今は前方の人垣に集中だ。
追い抜く人に追い抜かれる人。まるでF1レースのようなデットヒートだ。その中で俺は完全にアマチュアレーサー。なんとか人を避けながら突き進むと、やっと階段に辿りつく。今度は階段か。人混みに合わせて下るの大変なんだよな。
下って中ほどまで進むとちょうど学校がある方面行きの電車の扉が閉まっていくのが目に入る。
「次か……」
ホームに来たときにはもう車両はゆっくりと進み始めていた。生憎、時間に余裕を持たせているから一本遅らせたところで問題はない。それにここは都心。電車の本数は地元の駅と比べ物にならない。だから次はすぐに来る。
悠長に構えて次の電車を待とうとホームに立った時にゆっくり加速しながら走り去る電車の窓から綺麗な茶髪と可愛い小顔がこちらを覗いていた。正確にはこっちを見ていたのではなく、ただボンヤリと景色を眺めていた。
俺なんて目にも留まっていない。
名前も知らない彼女の顔が遠退いて行く。ゆっくり視界からフェードアウトする。やっぱり綺麗な女性には目が自然と追ってしまう。男の摂理だから仕方ない。それだけ可愛いくて垢抜けた少女だったんだ。何処の高校だろ。
一瞬美少女に思考を奪われたが、すぐに自分の入学式へ頭を切り替える。
朝から美少女の顔を見れてちょっと幸先良いかもと思いながらすぐに憂鬱になる。
もう今すぐ引き返して帰りたい。学校遠すぎだよ。
俺は次の電車が来るのを待ちながら先ほどの美少女を思い出して気を紛らわせ、頬を緩ませたかと思えばすぐにまた気を引き締める。
ついでにブレザーのネクタイも一段階締め直す。
でもまたこの時間に会えると良いなと密かで小さな楽しみを考えてしまっていたけど。とゆうかそうすればそのうち自然と足も運ぶだろう。うん。これで三日は続けられるな。
……三日坊主だな。
俺は浅はかでしょうもない考えを巡らせて結論を出すだけだった。
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