第2話
「どうして私がこんなことをせにゃならんのだ」
一万回は繰り返したであろう問答が口から衝いでる。後ついでに溜息も。
はぁ~。毎年のことながら秋の始まりがこれなんて憂鬱過ぎる……。私だって普通に遊びたいのに。こちとら花のJK様だぞ。どうして花を回収する側にならにゃならんのだ!
……上手いこと言えたのでつい独り言が続いてしまった。端から見たら今の私ってどう見えてるんだろう……。まあそれはともかくとして。
今から御花をもらいに行く。御花ってのはもちろん建前で、ぶっちゃけて言えばお金だ。この町では何故かだんじりに対する寄付金のことを御花代と呼んでいる。まあ聞こえがいいようにしてるんだろう。
本来女は花寄せなんてしないはずなんだけど、馬鹿の特権により黙認されている。馬鹿曰く「女の方が皆金払いがいい」なんだそうな。その効果があるのかないのか知らないが、実際私は青年団(だんじりを行う団体の中で一番若い連中のことだ)の中で最も集金額が高い。でも多分皆私の事情を汲み取って多めに包んでくれているだけだと思う……。
重い足取りでふらふらと商店街に出向いた。毎年初っ端はここと決めている。理由は単純、皆優しい上に金払いがいいからだ。
ちなみにこの商店街はだんじりの通路にもなっている。だから天井は高く、道幅もかなり広い。だけど普段は閑散としているので寂しさが目立つ。今は帰宅時だからまだマシだけど。
「こんにちは~」
恐る恐る、しかし努めて明るめ。そんな感じの気色悪い声色を使いながらひょいと店を覗いてみる。暇を持て余していた漢方薬屋の店長、川本さんはすぐさまこちらに気付いてその丸っこい顔を綻ばせた。
「お、祭ちゃん。待ってたで!」
「お待たせしました~」
ニコニコ笑いながら手提げ鞄からタオルを取り出す。町名が縫い込まれているこのタオルは御花代に対する返礼品だ。明らかに釣り合ってないがそういうことになっている。
受け取った御花代をしっかり仕舞ってから数分雑談。タオルで足りない分をなけなしのJKブランドでなんとか補っているイメージ。じゃないと罪悪感に押し潰されてしまう……。
「あ、そうだ」
雑談の最中、ふと視界に入った禍々しい漢方薬の戸棚を眺めながら尋ねてみた。
「馬鹿に付ける薬って置いてたりしませんか?」
「うわ、相変わらず祭ちゃんは口が悪いな~」
「うふふふふ」
じゃんけん直後のサ〇エさんみたいな声で笑ってお道化てみせる。すると川本さんはポケットからおもむろに財布を取り出して、中から千円札を数枚抜き取ってくれた。
「これが馬鹿に一番よう効く薬や」
「へへへ、よくご存じのようで」
……なんだこのやり取りは。昭和の時代劇か?
△
なんて感じで商店街を回り切った私の手提げ鞄には、入りきらないほどのエトセトラが詰め込まれていた。主に食材だ。うちの馬鹿は職なし自営業(自称)なのでめちゃくちゃ助かる。
お金はいくらぐらいになったんだろう? 見てないからまだ分からないけど、当然まだまだ先は長い。内訳を全く知らないから私はいつも疑問に思うのだけど、最低でも五百万は必要なんだそうな。高すぎて意味が分からないけど、本当に毎年それぐらい集まっているから驚きだ。人海戦術とはかくも偉大である。
とは言っても勿論、五百万も集めるとなれば一筋縄ではいかない。大変なのはここからだ。
これからしばらくはご近所さんをうろうろ回る感じになるけど、商店街と違って明らかに金額は下がる。五千円あればラッキーみたいな。大体千円から三千円だ。
それに待遇だってよろしくない。勿論快く出迎えてくれる人もいるけど、中には冷たくあしらったり明らかそこにいるのに居留守を貫く人もいる。でもこんなのはまだマシな方で、突然怒鳴り散らしてきたりお金を餌にして説教を始めてくる人なんてのもいる。そしてその日の成績が悪いとうちの馬鹿が被せて説教をしてくる。生き地獄だ。
「……はぁ」
先のことを想像して深い深い溜息をつく。
そして案の定、否、想像以上に厳しい地獄が私を待っているのであった。
「なんやこれは! おい祭! ちょっと来い! これはどういうこっちゃ!」
家に帰って冷蔵庫にありったけの食材をぶち込んでいると、馬鹿が私を呼びつけた。その時点でなんとなく察しが付いた私は、今日何度目か分からない溜息をついて馬鹿の元へ向かう。
馬鹿は他人様から頂いた封筒をびりびりに破いて、然も苛立たし気にお札を握りしめていた。
「川本一万、安藤五千、宮下三千、栗原三千……。どいつもこいつも去年の半分以下やんけ! どうなっとるんじゃ祭!」
あぁ、やっぱり。
そういうことだろうと思った。おかしいと思ってたんだ。秋子さんの御花代が去年より少ないなんて。秋子さんだけはどんな事情があろうと絶対に減らさないと思っていたから。
つまりこれは抗議なのだ。皆からの、うちの馬鹿に対する。
常識で考えれば分かる話だ。うちの馬鹿は働いていない。だから自分は花代なんて殆ど出してないし、なんならその回収すら私にさせている。こんなのこの町じゃなきゃ立派な虐待だ。
去年までは皆私に同情して変わらず御花代を出してくれていたけど、それはこの馬鹿の為にならないと判断したのだろう。話し合って決めたのかも知れない。いずれにせよ、いきなりゼロにしたら私の立場がないから、少しずつ減らして馬鹿に分からせてやる算段なんだろう。
しかしそんな裏事情を赤裸々に話せる訳もなく。
「皆ふところが厳しいんでしょ」
「んなもん関係あるか! 祭りやぞ! 今金使わんかったらいつ何処で使うんじゃ!」
そして馬鹿は筋金入りの馬鹿なのでどうして減額されたのか全く分かってないのであった。
「大体お前はなんでその場で確認せんのや! いつも言うてるやろ! 金額に応じて物渡せって! タオルかてタダちゃうんやぞ!」
まさかこの馬鹿は減額した者には返礼品を渡すなとでも抜かすつもりなんだろうか。
「ケチる奴にタオルなんてやらんでいい! 唾でも吐いとけ!」
本当に言うとは思わなかった……。あぁ、呆れを通り越して眩暈がする……。
指でこめかみを抑えて俯く。
そんな私に構わず馬鹿はギャースカ喚き散らしている。
「おい祭! お前のノルマは変わらんからな! どんな手使ってでも回収してこい! 分かったか!」
「…………」
だ、誰か板挟みにされた私の気持ちも考えてくれ~。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます