だんじり燃やす
ナツメ
第1話
この町の大人は馬鹿しかいない。馬鹿じゃない人は早々に出て行ってしまうからだ。
そして私をこの町に縛り付けている諸悪の根源は、この町屈指の大馬鹿野郎だ。
△
「今年もこの季節やねぇ」
しみじみとした感じの声音で秋子さんが言った。私はそれに返事をせずだんまりを決め込む。
ついでに少し不機嫌そうに俯いて、大きく吸った息を吐き出してみせる。
秋子さんはそれを気にする素振りも見せず、私の髪を一撫でしてから作業を開始した。
秋子さんは美容師だ。
別にカリスマでもなんでもない、何処にでもあるこじんまりとしたお店の美容師。ただ、編み込みに関して秋子さんの右に出る者はいないと思う。星だろうとハートだろうと、秋子さんの手にかかればあっと言う間に出来上がってしまう。編み込まれた髪を鏡で見て瞳を輝かせる女の子を見るのが生き甲斐なんだそうな。如何にもこの町の人って感じだ。
またぞろ出そうになった溜息をなんとか呑み込んで、チラリと顔を上げて鏡を見る。まるで裁縫をしているかのように鮮やかな手捌きで、私の髪は編み込まれていた。この編み方はコーンロウと呼ばれるらしい。文字通り、髪がトウモロコシの粒のように細かく編み込まれることが由来だ。イメージとしてはドレッドへアに近くて、粒の両サイドは地肌が見えてしまっているのが最高に馬鹿っぽい。まさにこの町の女の為の髪型だ。
「はぁ……」
結局どうしたって溜息は漏れてしまうのであった。いやだって、はぁ、この為に伸ばしてたんじゃないんだけどなぁ……。
「はい完成!」
そんなローテンションな私とは裏腹にハキハキとした快活な声でそう言って、秋子さんは私の背中をぽんと叩いた。
「溜息つかない! ほら、最高に似合ってるよ!」
そう言って秋子さんは親指をグッと立てて屈託ない笑みを向けてくる。私はそれに苦笑いで応え、恐る恐る鏡を見て……見なかったことにした。
「じゃ、これは私から」
立ち上がった私に秋子さんは封筒を差し出してくる。確認はしていないけど、間違いなく中身はお金だ。秋子さんのことだから多分三万円ぐらい包んでくれてると思う。
「ありがとうございました」
流石の私もこの時ばかりは礼を言った。……分かってるよ。秋子さんはいい人だって。ふてくされた態度を見せている私が子供なんだって。このままじゃいつまで経ってもこの町から出れっこないって。
聡明な大人になりたい。その為にも、今は耐えなきゃいけないんだ。
△
家に帰ると馬鹿の親玉がいた。
馬鹿はまだ日も暮れてないのに顔を赤くして、ご機嫌にテレビを見ている。そして酒焼けしたしゃがれた声で、狂ったように何度もこの言葉を繰り返していた。
「そーりゃーそーりゃー!」
だんじりだ。
それはこの町を象徴するお祭りで、この町が馬鹿たる由縁でもある。
だんじりとは木製の地車のことで、なんと車輪すらも木で作られている。当然エンジンなんて付いていなくて、なのに重さは四トンを超えるらしい。
そんな馬鹿でかい地車を大勢で引っ張って町中を駆け回るお祭り。それがだんじり。
……ね、馬鹿みたいでしょ?
でもこの町の連中は皆だんじりに命を燃やしている。
この馬鹿なんてだんじりを理由に仕事までやめてしまった。今ではまるで憑りつかれたみたいに何度も同じ映像を見続けている。映っているのは最高速度で国道を走るだんじりと、その屋根の上で団扇を持って踊っている馬鹿。この踊りを披露する人は大工方と呼ばれていて、だんじりの花形なんだそうな。馬鹿に死ぬほど自慢された。去年に続けて今年もこの馬鹿がそれを務めるらしい。それもあって彼はあっさりと仕事をやめてしまった。
「おっ、祭。よう似合っとるやんけ」
振り返った馬鹿が私の髪を見て言った。ちなみに誠に不本意ながら祭とは私の本名である。生まれてこの方馬鹿には抗えない運命なのだ……。
「これ、秋子さんから」
つっけんどんに言って封筒を突き出す。馬鹿はそれを引っ手繰るようにして手に取り、乱暴に封を開ける。そして大袈裟に目を見開いて、叫んだ。
「なんやこれ! 一万しか入っとらんやんけ! はぁ? 秋子もしけとんなぁ~」
うるさい黙れ。
それが言えたらどれだけ楽か。ぼんやりと、諦め混じりにそんなことを考えていると、馬鹿はこれ見よがしにバンと机を叩いて凄んでみせた。
「おい祭。秋子の分も回収してこい。分かってるな?」
威厳がないから迫力も感じない。
しかし私は踵を返していた。この馬鹿が馬鹿たる由縁は相手が誰であろうと全く容赦しないところにある。母がしてみせたように、この馬鹿から逃れるには忽然と消える他ないのだ。
背中を向けた私はそのまま玄関に向かい、脇に置いてあった手提げ鞄を持って家を後にした。
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