SPEEDSTARS特別編 Road to SPEEDSTAR.

Road to SPEEDSTAR. feat.サラ・アニーラ v1.0

 「あれ、この写真…」


 リーンを家族として受け入れるという決断をしてはや一週間がとうとしていた。どうせ家族の一員として迎え入れるなら、家事全般をうまいこと押し付けてしまおうと、とりあえずなんやかんや言い訳を付けて部屋の掃除を教えていたときのことだった。


「サラさんサラさん、この写真に写ってるのって、姉さんじゃないかしら?」


 リーンがどこからともなくちいさなフォトフレームに入った写真を見つけてきた。そこには、若かりし頃の私と、その横に並んで勝ちほこったような様子のノアの姿が。


「あーこれ。なつかしいなぁ…」


「写真にして残してあるってことは、相当大切な思い出ということではなくて?なんの時の写真なの?」


「これ?これは…」


 時計を見るとちょうど15時まえだった。


「そうだなあ、3時のお茶のついでだし、ちょっと昔話でもしようか」


 それは、私が飛脚としてまだ駆け出しだった頃の話。


 そして、SPEEDSTARSへ至る最初の一歩の話でもある。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 8月。ちょうど夏野菜が収穫の時期を迎え、私は夏休みを返上へんじょうしてアルバイトにいそしんでいた。


「今日もよろしくねぇ、紗良サラちゃん」


「うん、まかせて、おばあちゃん。いってくるね」


「気をつけるんだよー」


「はーい」


 荷物を近所のおばあちゃんから受け取り、手早く積載せきさいを済ませる。ギアのコントローラーを右手に握り、アクセルを吹かして発進。ロータリーエンジンをレンジエクステンダーとして積んだRE天城あまぎ製のギアが軽く吹きあがる。おばあちゃんに手を振ると、もう一度積み荷のトマトを確認。大丈夫、つぶれたりはしなさそうだ。人生で何百回、いや、何千回は通った道を下り、里へ下る道へ出る。今日も飛脚バイトの始まりだ。

 

 私の名前は紗良・ヴェルベート・アニーラ。長野県の山奥にある、政府指定の限界集落に住んでいる。政府指定というのは、都市圏への移住を勧告かんこくされるレベルということ。実際、この集落には成人していない子供が私含め5人しかいない。


 そんな小さな山村さんそんで、私は村唯一の飛脚ひきゃくをしている。というより、今年から始めた。飛脚の免許は15歳から解禁だから、この夏休みは私にとって初めての本格的な飛脚業務ということになる。飛脚の仕事といっても朝、村のおばあちゃんたちが収穫した野菜なんかを積んでふもとの道の駅まで運び、帰りにおばあちゃんたちから頼まれた買い物をして帰るっていうお使いみたいなものなんだけど…ぶっちゃけ車の方が効率いいじゃん?と思ったそこのあなた、大正解。飛脚は車と比べると全然荷物が乗らないから、私以外にも車で毎日出荷してる人はたくさんいる。私が飛脚として働きだしたのは、別に村の物流ぶつりゅうを支えようっていう理由じゃない。


 3年前の夏の終わりのこと。この村におばあちゃんたちも経験したことがないっていうくらいの大雨が3日間降り続けたことがあった。家の周りの田んぼや畑は軒並み川になってしまうくらいの大雨。3日たち雨が上がったあと、村はどこもかしこも泥にまみれて茶色くなってしまっていた。収穫を待っていたさつまいもも、じゃがいもも、トマトもとうもろこしも、全部だめになってしまったのだ。


 それだけではない。村から市街地へ出るための道が土砂崩れで通れなくなってしまっていた。私の集落は市街地につながる道が2本ある。でも、そのうち片方はもう整備されていない酷道こくどうで、とても車が通れたものではない。いつも使っている方の道も途中で何か所も崩れちゃったから、とにかく物資が届かない。市街地から普通でも1時間はかかるくらい遠いから、なかなか復旧が進まなかったらしい。


 発電機を回そうにも燃料なんて持ってる人はもうほとんどいない。電動車はバッテリーが切れてしまえば動かなくなるし、ソーラーパネルは大きな被害を受けてしまっている。いくら田舎いなかとはいえ、電気によるオートメーションが進んだ現代の家屋において、電気がないというのは文字通り生死を分ける境界線きょうかいせんになる。


 村人たちの間に絶望感ぜつぼうかんただよい始めた、補給がたれてから4日目の朝。


 突然、集落にたくさんのエンジン音が響いた。


 それが私と飛脚との出会い。中学1年生のときの話。


 飛脚たちは崩落して復旧ふっきゅうの見込みがない道じゃなくて、整備されてない古い道を、大量の荷物を担いで登ってきてくれた。ある飛脚は60kgもの物資を担いで、ある飛脚はチェーンソーで倒木を切り開きながら、住人がたかが50人ほどしかいない小さい集落のために駆けつけてくれたのだ。それはもうかっこよくて仕方がなかった。


 その時、私も飛脚になろうって思った。たまたま親戚しんせきに飛脚用ギアを作ってる会社に勤めてるおじさんがいて、その人になんとかギアを融通ゆうづうしてもらって、高校1年生の今年、デビューってわけ。だから、私が飛脚をしているのはどっちかというとやってみたかったからと、何かあったときに私が助けに行けるようにって部分が強い。まあ、今日も私の村は平和なんだけどね。


 そうそう、もう一つ、飛脚になった理由がある。SPEEDSTARっていう飛脚のレースがあるらしい。大雨の時に私の集落に助けに来てくれた飛脚の人たちから教えてもらったんだけど、今最高に盛り上がってるレースで、しかも、全国誰でも実力と飛免ひきゃくめんきょさえあれば出られるんだって。私はまだほかの飛脚と競ったことがないからあれだけど、私はその飛脚のおじさんたちから褒められるくらいには速いらしい。だから、機会があれば出てみたいなとも思ってる。まあ、機会があれば、の話だけどね。


 あー誰かこの辺り走りに来ないかなーって思っても、わざわざこんな辺境へんきょうの地まで走りにくるモノ好きはほとんどいない。この道を行ったって、私の集落で行き止まりみたいなものだし、私の集落に観光名所なんてものはない。だから政府指定の限界集落なんだけど。


「さっさと野菜納品して、帰ってマンガでも描くか…あ、そいえば今日あいす先生の新刊出るんだっけ。本屋本屋~」


 マップで本屋を検索させようと、ARゴーグルの機能を呼び出した時だった。バックビューモニターに、長い髪をなびかせて走る黒ずくめ飛脚が映った。


「お?飛脚だ。珍しい…どうみてもいつものおじさんたちじゃないよね。髪の毛も長いし。…そうだ、どうせだったらちょっと追いかけっこでも」


 そう思って後ろを振り返った時にはもう、”敵”はすぐ後ろまでつけてきていた。


「は?さっきまでだいぶ後ろにいたよね、気のせい?気のせいか?」


 ”この道では私の方が速い”という自信がどこからともなくわいてくる。”敵”は毎日のようにこの辺りを走っている私が見たことのない飛脚。つまり、は私にあるはず。この道は、急なカーブがいくつかあって、それらがスノーシェッドのおかげで見通せない箇所かしょがある。つまり、道を知らないと加減速のタイミング、進入速度を合わせられず、結果コーナーの脱出で大きな差になるポイントが存在する。この道を毎日のように走り込んだ私なら、多少技術がおとっていても、地の利で引き離せる。そう踏んだ。


「ふん、直線ではついてこれても、この先急カーブが二つ連続するっていうのは、さすがに覚えてないんじゃない?」


 一つ目の左カーブ、川にせり出した崖を避けるように曲がるこのカーブは、先が見通せないからすごく急なカーブだと思い込みがちだがそこまででもない。


「でも、だからといってしっかり減速してないと…?」


 曲がり切った先にすぐまたあらわれる右カーブは、今度は直角に近い角度を曲がらなければいけない。ゆるいカーブだと思って脱出で思いっきり加速すると、最悪壁に直撃することになる。そうでなくとも急減速によるタイムロスは決して少なくはない。


 やはり”敵”もその道は覚えていなかったようで、一つ目のカーブの脱出で私に肉薄にくはくすべく加速を仕掛しかけてきた。まさにこちらの想定通り…とは、いかなかった。


「はあ!?あの速度でほぼ減速せずに曲がり切った…!?」


 バックビューモニターをうたがった。今まで見たことがない程のバンク。ローラーを寝かせすぎてあと少し倒せばフレームが地面と接触してグリップを失う危険性があるくらいだ。というか、お尻がほぼ地面につきかけている。いくら何でも倒し込みすぎだ。ていうか、あんなに倒してるのにタイヤが地面に食らいついているのもありえない。

 それだけではない。急カーブを抜けた直後の脱出加速で、リヤタイヤを滑らせながら無理やり加速し、ぴったり後ろについてきたのだ。


「…!!リアドライブ…!?」


 リアドライブのギアは扱いが非常に難しい。駆動輪が後ろだから加速するとき前が浮くし、足元からすくわれたようにひっくり返ってしまう。逆に減速するときは前が止まるからつんのめってふっとぶ。だから、だれも使う人はいないはず。だった。


 後ろの真っ黒な飛脚が手で拳銃けんじゅうの形を作ると、私の方に向けた。


「ロックオン、ってか…?」


 私のギアはRE天城製の”レーシング”ギアだ。型落ちだけど。天城はレーシングギアしか作ってないからしかたない。でも、そんなレーシングギアを使って、地の利を生かしても、まったくもって引き離せない相手はいったい何者なんだろうか。もしかしたら、SPEEDSTARに出ている選手かもしれない。でも、なら、逃げ切ってみたい。ここでは私の方が速いって証明したい。一度だけ積み荷のトマトを確認する。飛脚はその特性上とくせいじょう、すごく激しく動いても荷物に影響が出ないように積載に様々な工夫がらしてある。だから、たぶん大丈夫だと思う。


 道の駅までは残り15㎞といったところ。いくつか離せるポイントは残ってる。姿勢を落とし、意識を本気マジモードに切り替える。ギアの走行モードをオートマチックからマニュアルスポーツに切り替え、腰につけてあったもうひとつのハンドガン型コントローラーを左手に握る。


「…逃げ切ってみせる」


 飛脚ギアは普段、体の動きを読み取ってその先の行動を予測するプログラムが走ってるらしい。だから、左右のローラーをそれぞれ別に動かすようなシーンでも、片手のコントローラーでアクセルとブレーキを操作そうさするだけでバランスをくずすことなく走ることができている。これがギアのオートマチック走行。でも、レースシーンともなるとまだ細かい制御がそこまで効かないから、ギリギリまでめられない。


 だからこそのスポーツマニュアル。左右のローラーそれぞれを左右別々のコントローラーで制御する走行方法だ。そして、このRE天城のレーシングギアは普段使い用にわざわざオートマチック制御機構せいぎょきこうを組み込んでもらってただけで、本来はスポーツマニュアル専用機体。つまり、今からが本気。


「エンジン直結、モーターステップ1確認、ロータリーのリミット解除!吠えろおにぎり!!」


 ヴァンッ!とロータリーエンジンが吠える。このエンジンは12,000rpm超えてからが本番で、レース本番になると最大30600rpmを確保できる。モーターは立ち上がり加速重視のステップ1。

 

 グンッと加速する。エンジン直結でこの加速感が味わえるのは天城のロータリーだけ。他のギアは急加速するときにキャパシタを使うけど、そうすると再充電にやっぱり少しかかる。このロータリーは急加減速がいくら連続しようと、要求される大電力をエンジンの異次元の回転数で補える。だから、こういう山道じゃふつうはついてこられない。そう、ふつうは。


「何なのあの走り方!?」


 続く緩い下り坂からの左カーブ、こちらはリアタイヤをブレーキでわざとロックさせ、滑らせることでなるべく速度を落とさないように曲がった。これはリアブレーキマシンの基本的な走り方だ。でも、後から追ってくる”敵”は前後タイヤでもうもうと煙を巻き上げながら低姿勢でクリアしてくる。


「なんなのあれ、あんなの初めて見たよ…ドリフトしてんじゃん」


 いや、ドリフトしてるのはこっちも一緒だけど…


「ああ、そうか。リアドライブだからこっちがブレーキっていう減速用モーションでやることをあっちはアクセルっていう加速モーションでやってるわけね。そんでもって前タイヤのブレーキでうまくローラーの軌道きどうを調整しつつ、リヤタイヤを滑らせるきっかけを作ってる。そりゃ速いわけだよね…」


  これがリアドライブの力。フロントドライブに慣れた私たちからすると、フロントタイヤは進行方向を決める舵取かじとりみたいな役割がある。だから、滑らせちゃいけない。でも駆動輪は小さいタイヤに大きなトルクをかける関係で滑りやすい。滑るとロスに、いいえ、最悪の場合、操作不能になって内倒ないとうなどの危険がともなう。そういう点においては滑りやすい駆動輪を滑らせてもいい後輪に持ってくるのは正解といえるかもしれないけど…


「…正気の沙汰さたじゃないよね」


 右ターン。腰に付けた荷物が振られる。かかる遠心力をすこしでもグリップ力に変えるべく、姿勢を低くし外足を踏ん張る。外脚のローラーのアクセルを少しだけ内側より大きく開けると、小さく回ることができる。これも飛脚の基本的なテクニックだ。


 「ここは飛び込んで大丈夫なカーブ、その次はまた右、で大きく左からの登り!」


 ロータリーの瞬発力を信じて、レイトブレーキングで攻める。ブレーキを遅らせた分だけきつめの減速が入るので、思いっきり前に荷重して即アクセルを開ける。前から大きな力で引っ張られたような加速に吹き飛ばされないように身をかがめる。と同時に次のターンに向けて軸足じくあしを入れ替える。天城のローラーはあんまりサスペンションリンクの設計が良くないから、ブレーキで押し付けてるリアタイヤが暴れる。なるべくフロントタイヤだけに集中して、リアタイヤは引きずるくらいの感覚で走る。


 「まだついてくる…どこで離す…?」


 この道の先を思い浮かべる。残された急カーブはあと一つ。そのあとは長い下り坂と緩い先の見通せるカーブだけだ。


 「最後のカーブをなんとかロスなしで回って、ダウンヒルで引き離してみるしかない」


 ちょっと右に振ってからの大きく左カーブ。進入速度は推奨30㎞/hのところを73km/hで突っ込む。ローラーの中心に重心をのせ、後ろは一瞬のハードブレーキで、前は一瞬のアクセル全開でそれぞれ滑らせる。アスファルトとの摩擦まさつが極端に小さくなったタイヤは、そのまま雪の上をすべるような挙動きょどうを見せる。体を内側に倒し込みつつ、外足を思いっきり蹴ると、滑りながらでもしっかりグリップした。跳ねるように外足を戻し、クラウチングの姿勢をとる。


 「な、なんとか…」


 もう太ももが限界だ。でも、息つく暇もなくそのままダウンヒルが始まる。ここから先に離せるポイントはない。ローラーを制御できるギリギリの速度を保ちつつ、後ろをうかがう。


「…あれ?いない??…まさか!」


 勝った!!…と思った。次の瞬間、通信が入った。


『ピンクの髪のロータリー使い、さすがでした。でも、』


 左からスッと黒い影が追い抜いてきた。


「…え?」


『まだ足りない』


「死角から…ずっと後ろにつかれたままだった、ってわけ」


 ギアには後方確認用にカメラがついてて、その映像をゴーグルに映しながら後ろを見る。でも、近すぎるところなんかは当然死角になる訳で。


『お見事でした。一瞬置いていかれるかと思いましたよ』


「なにが”お見事でした”ですか…あなた、この辺りでは初めて見る方ですけど、どちらの飛脚さんですか?」


『…配達の途中なのでしょう?後ろから赤い汁がれていますよ。そこまではお付き合いいたします』


「赤い汁…!?あちゃー…やっちゃったじゃないですか、どうしてくれるんですか」


『私も一緒に謝りますから』


 おばあちゃんは怒らないだろうけど、なんて言い訳しよう。まだ無事な商品が残っていることを祈りつつ、道の駅までの道を急いだ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 時計を見ると、15時27分。もう30分近く話に夢中になっていた。すっかり冷めてしまったアールグレイを一口、口に含む。リーンの入れてくれる紅茶やコーヒーはどれもカフェレベル。そして、シフォンケーキを一口。これまたリーンが焼いてくれたもので、つまみだすと手が止まらなくなる。


 「てか、リーンて料理もお菓子も、作るのすっごくうまいよね。自分が食べられるわけじゃないのに、どこでそんなの勉強するの?もしかしてそういうプログラムがあったりするの?」


「サラさん、機械人はパソコンじゃないってことくらいノアお姉さま見てて分かってるでしょう?ここへ来る前にカフェやレストランでアルバイトをしていたことがあるだけよ。味は分からないから、お口に合ったようなら何よりだけれど」


「めっちゃうまい。これから毎日お願いしようかな。あ、お菓子は週1くらいでいいや、おいしすぎて太っちゃう」


 リーンは作りはするけれど自分は食べられないから、リーンが作った分を丸まる私が食べることになる。でも、余裕で食べられちゃうのが怖いところ。


「まあ、お世話になってるんだしそのくらいは当然やるわ」


 これではどちらがお世話になってるのかわからない。いつかきちんと新型の機体にアップデートしてあげようと思ったけれど口には出さないでおく。言うほど今の私に金銭的余裕があるわけじゃないから、働かせるだけ働かせておいてダメでしたなんてのはいくら何でも都合がよすぎる気がした。どうにかなるような手をなにか考えなければ。


 「それはそうとさっきの話、積み荷をダメにするって、飛脚として一番やっちゃダメなやつでは」


「いやーそうなんだよ。道の駅の人もおばあちゃんもみんな優しいから、結局は謝るだけでゆるしてくれたけど…」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 道の駅についてから積み荷をほどくと、トマトが3分の1ほどつぶれてしまっていた。ギアもトマトの汁でべとべとだし、洗わせてもらわないと…


「で、あなたはどこの飛脚なんですか?あなたのせいでトマトがこんなになっちゃったじゃないですか…」


「誘ってきたのはそちらでしょう?」


「いや…まあ…」


「それに、積み荷をこわさず速さを競うのが飛脚のレースですよ、これじゃ、レースは完走できても失格になっちゃいます」


「レースって…SPEEDSTARのことですか?」


「それ以外にないでしょう。私はカモシカ運輸所属の飛脚、ノア。一緒にSPEEDSTARに出るチームメイトを探しています」


「え、なに、ってことは、私をチームメイトに誘おうとしてるってことですか?」


「”長野の山奥に、天城のロータリーギアを駆る、尋常じんじょうじゃなく速いピンク色の髪の毛をした女の子がいるらしい。”こういううわさを耳にして、探しに来ました」


「尋常じゃなく速い…ピンク髪…私って、そんな噂になるほどなの…!?」


 私のことを知ってるのなんて村に助けに来てくれて以来たまーに遊びに来てくれるおじさんたちくらいしかいない。それだけ認められていたということだと思うと、飛び跳ねそうになるくらいうれしかった。


「でも」


「でも?」


「積み荷を崩してしまうようでは速さ以前の問題です。荷物を積まなくていいのであれば、誰だってある程度は速く走れますよ。でもそれは飛脚じゃない」


 …その通りだ。


 いくら速くったって、飛脚は荷物を運ぶ人。荷物をないがしろにするようでは飛脚とは呼べない。


 目の前にはぐちゃぐちゃになってしまったトマトが広げられている。どれもおばあちゃんが心を込めて育てた大切な売り物だ。それを、私は、ただ自分が速く走りたいがためにめちゃくちゃにしてしまった。


 悔しかった。気が付けなかった自分が、おさえられなかった自分が、技術の足りなかった自分が、悔しくて悔しくて仕方がなかった。


「…泣かなくてもいいんですよ?失敗は誰にでもあるものです。わたしも…」


「うるさい」


「…ごめんなさい。少し言い過ぎました…」


「ほんとだよ、もう…」


 涙でにじむ視界の中、黒い彼女が私の前に移動してくるのを、かすかにとらえた。


「あなたの名前はなんというのですか」


「サラ…サラ・アニーラ。ピンク色の髪の毛の、荷物もちゃんと運べない、駆け出しの飛脚、です…」


「サラですか。サラ…よし。サラ、私のチームに入りませんか?私はカモシカ運輸の飛脚として、日本全国を回っているノアです。もし私のチームに入ってくれるのであれば、荷物の梱包こんぽうの仕方から積載方法、荷物に影響を与えず速く走る方法まで、私の知るすべてをあなたに教えます。そして、一緒にSPEEDSTARSを目指しませんか」


「SPEEDSTARS…?」


「SPEEDSTARで年間チャンピオンに輝いたものだけが得られる称号です。私は、SPEEDSTARで年間チャンピオンをとることを目標にしています。そのためには、サラ、あなたの力が必要なんです。…どうですか?」


「…ノアさん、私は、絶対負けないから。絶対あなたより速くて、丁寧ていねいな仕事をする飛脚になって見せる」


「じゃあ…」


「だから、今だけは、あなたの仲間に入れてください。速いだけじゃ、ダメだから…」


「え!?入ってくれるんですか!やったー!!スワローテイル1人目の仲間ですよ!サラ、これからよろしくお願いしますね!!!」


 こっちはダメにしてしまったトマトのことで頭がいっぱいだというのに、ノアさんが手を取ってぶんぶん振ってくる。


「ノアさん、トマト…」


「ノア、でいいですよ。トマトは仕方ありません。無事なものだけ詰めかえてそれだけでも納品しましょう」


「わかった、ノア…」


 こうして、ふたりでなんとか納品できる分を洗って、袋詰めしなおして納品ということにしてもらった。つぶしてしまったことで減った分のお金はノアが払うといっていたが、断った。これは私のためのけじめ。そう考えて、お小遣いから出した。あいす先生の新刊はもう少し飛脚のお仕事頑張ってからかな。


「そういえばノア、あなたはどんなギアを使ってるの?」


「Kanadeのリアドライブです。珍しいでしょう?」


 リアドライブも珍しいけど、改めてみると、エンジンがとんでもなく小さい。


「ねえこれ、エンジンは何積んでるの?」


「Kanadeの伝統ある由緒正しきシングルエンジンです。馬力はあんまりですけどとにかく軽くて粘るので、私は好きですよこのエンジン」


「シ、シングル…!?私のダブルローターのレーシングギアなんだけど…」


 ぱっと思い浮かぶだけで最高出力には倍近い差がある気がする。なのにこの飛脚は、あの道を私について走ってきたのだ。


「今は何か荷物積んでた?」


「もちろん。つぶれるようなものはありませんでしたが、松本に届ける荷物で20kgほど」


規格外きかくがいとはこのことか…」


「サラ、あなたも常識の範囲は軽く超えた速さしてますからね?あんまり自分の走り棚に上げないでください」


「でも、荷物崩しちゃったし…」


「それは今後知識をつければどうにでもなる問題です。あなたは間違いなく速い。だから、その部分には自信を持ってください。なんせ、私のチームメイトなんですから」


「そいえばチームっていうからには、ほかのメンバーもいるの?」


「…ついこの前に立ち上げたばかりのチームなので、あなたが一人目の仲間です。これから一緒に大きくしていきましょう?」


「まあ、私学校あるから、そこだけ考慮こうりょしといてね」


「わかってます」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「この写真はその時にノアが”記念だから!”っていって撮ったやつ。あとからわざわざフレームに入れて持ってきたんだよ?見て、この偉そうな顔。今はどこほっつき歩いてるのか知らないけどね」


「しばらく会ってないの?」


「うーん、3か月くらい前に一回家きたかな?それっきり」


「てっきりずっと一緒に住んでるものだと思ってたのだけれど」


「あいつ、私を置いてさっさと一人旅に出ちゃうんだもん。こっちもついていけないよ」


「とかいいつつ、ちゃんとノア姉さんの映ってる写真はきれいにとっておいてあるんだから」


「そりゃ永遠のライバルだからなあ…もう1回一緒に走れたら…」


 ふと、目の前で紅茶のお代わりを注いでくれている黒髪の少女とノアの姿が重なった。


「なに?私の服に何かついてるかしら?」


「いや、よく考えたらリーンと一緒にSPEEDSTAR出ればよくない?」


「ちょ、本気で言ってるの?私、飛脚ではあるけれど姉さんみたいに速さを追求するタイプではないわよ?」


「いや、まあ申し込み締め切りまでまだ時間あるし、ちょっと選択肢の一つとしてもありかなあって。リーンがいれば当然ノアも出るっていうだろうし…あーでも、そうなると機体の更新が必要か…難しいなあ…」


「まあまあ、とりあえずそのお茶飲み終わったら、掃除の続きをやりましょう?今日中に終わらせてしまえば明日の予定はけておけるでしょう?」


「たしかに。そろそろこたつも出したいし、いっちょやってしまうかあ」



 運命は巡り巡ってライバルと再びあいまみえることになろうとは、この時の私はつゆほどにも思ってはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る