箱根EP - 03 湯煙とスワローテイル

 「いやぁー、ひどい目にあったよほんと…」


「サラ、ごちそうさまでした。おいしかったですよ?」


「サラさん、その…ごちそうさまでした…おしかったです。あと、なんかすいません…」


「レイナちゃんはいいんだよレイナちゃんは。ノア、あんた…しばらく見ないうちにちょっときれいになったと思ったらとんでもない大食おおぐいになっちゃって…その細い体のどこにあんな量のケーキが入ってるわけ?遠慮えんりょのない子に育ってお姉ちゃん悲しいよ…」


「なにが”お姉ちゃん悲しいよ…”ですか。昔はしょっちゅう私にたかってたくせに…」


「う…そ、そいえば、二人は今日どこかに泊まるの?まだ決めてないなら私の家に泊めてあげようか?」


「レイナさん、見ましたか?ごく自然になかったことにしようとしましたよこの大人」


「あはは…仲良かったんですね…」


「だって、当時は学生だったから、毎日働いてるノアの方がお金持ってたんだもん、仕方なくない…?いえ、はい、すいませんでした」


 どうやらこの二人の中で主権しゅけんはノアがにぎっているらしい。年上のはずのサラさんがちぢこまってしまっている。とはいっても、ノアは機械人だから生まれたときから自分の意志で動けたはず。そうなると年齢なんて関係をきずくうえで些細ささいな問題でしかないのかもしれない。


「そうだ、いいこと思いつきました。サラ、私たちは今夜泊まる場所をもう押さえてありますが、もともと三人用の部屋に二人だそうです。せっかくなので一緒に来ませんか?」


「え、そんな急に言われても…今夜はリアルタイムで見たいドラマが…」


「どうも、レイナさんがあなたのファンみたいなので。いろいろ話してくれるなら昔の借金を少しだけ忘れてあげてもいいですよ?」


「ぜひご一緒させてください」


「え、ノア、マジで言ってる?サラさんも…こんないきなりなのに大丈夫なんですか?…ドラマ…はともかく、家事とか」


「サラは一人暮らしですし、その辺は問題ないんじゃないですか?」


「ノア、私がいつまでも一人だと思ったら大間違おおまちがいだぞ?…まあ、ぶっちゃけ今は家にもう一人いるけど、その子に家事とか全部任せちゃえば大丈夫だと思う」


「え、いつのまに彼氏できたんですか!?あんなにずぼらなのに…」


「違う違う。あー、まあ、面白いことになりそうだし、明日にでも家おいでよ。きっと驚くと思うよ。主にノアが」


「え、私が?」


「いいからいいから。で?そのお宿はどこにあるの?私着替えなんて持ってきてないから、下着だけ途中で買わせて」


「下着はどこで買いますか?」


「どうせ買うならウニクロのウォームテックのが欲しいから、ウニクロ行こう」


「分かりました。じゃ、とりあえずいったん町に下りてウニクロ寄ってから宿行きましょうか。レイナさんもそれでいいですか?」


「全然いいけど…」


 なんだか、あこがれだった人たちがなぜか目の前に二人もいて、ていうかそもそもノアがその憧れの人で、サラさんはウォームテックのパンツだし、訳が分からなくなっていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「しっかし、ノア、あんたほんとにきれいになったよねぇ…」


 源泉げんせんかけ流しの露天風呂ろてんぶろにつかりながら、サラさんがノアの肌をでる。そういうサラさんの肌も十分きれいだと思うけど、ノアの過去をよく知るだけに、その変化には私より驚いているらしかった。ノアは少しずかしそうに身をよじってたけど、二人のじゃれあい方はまるで本当の姉妹みたいだ。


 ふと思い返してみると、スワローテイルのことは好きだが、年代的にいろんな映像や記事にえがき出される側面しか知らない。彼女たちがどういう人間で、どういう関係性をもったチームなのかということはあまり知らなかった。


 だから、今、目の前でノアの胸をもんで湯船ゆぶねしずめられているサラさんの姿なんて想像できなかったし、というよりは知りたくなかったなあ…こんな側面。


「ほんっとに変わらないですねサラは。レイナさんがいるんですから少しはちゃんとした態度たいどをとってくださいよ。何のためにさっきの夕食代立て替えたと思ってるんですか」


「あーもう、ちょっとぐらいいいじゃんべつに…で、レイナちゃん、なにか聞きたいことってある?ノアの昔とか?」


「うーん、サラさんとノアはどのくらい昔から一緒に走ってるのか、そして、なんで解散したのか、あとは、解散した後みなさんが何をしていたのか、ノアとサラさんは解散後どの程度交流があったのか、ってところですかね」


「多い多い。順番じゅんばんに答えていこうか」


「お願いします」


「まず、どのくらい昔から一緒かって話。出会ったのは67年にスワローテイルが結成けっせいされる一年前。今でもよーく覚えてるよ。私はもともと長野県で走ってた飛脚で、その日も野菜を届けるために高原ラインをぶっ飛ばしてた。そしたら、全身真っ黒な飛脚が後ろからどんどん近づいてくるんだ。正直怖かったけど、こっちも飛脚だし、なによりうちの地域では見ない走り方してた。すっごい速いんだよね。これは勝負を仕掛しかけられてるんだと思ってさ」


「まあ実際に勝負を仕掛けてたんですけど」


「だよね。で、走ってるのは私からしたら毎日のように走ってるホームロードってわけ。対して相手は見たことのない飛脚。つまりその道は走り慣れてないだろうからアドバンテージはこちらにあるとんで、思いっきり、それはもう全力でかっ飛ばしたのよ」


「あの時のサラは本当に早かったですよ。それはもう、全国でるいを見ないくらいに」


「それ皮肉ひにく?結局いくら飛ばしても後ろにぴったりつかれて、離せないの。こんなの初めてだったから、くやしくて。勝負は道の駅まで続いたんだけど、完全に私の負け。そしたら、その黒いのが声かけてきたの”私のチームに入りませんか?”って」


「ハッキリ言って、あの時は私もかなり本気で走ってて、それで何とかついていくのがやっとだったんですから。サラはほんとに早かったですよ。カーブの立ち上がりの加速がとんでもないものですから、こっちはカーブの進入しんにゅうでいかにスピード落とさないかで必死でした」


「よく言うよ。それで、その時はチームに所属してなかったから、いつかこの黒いやつをぶっちぎってやると思ってさそいに乗ったわけ。敵の手の内を知らないととてもじゃないけどかなわないってね」


「サラのことは信州担当しんしゅうたんとうの飛脚仲間から聞いていました。ロータリーをるピンクの頭のやばいやつがいるらしいって。その日は休暇きゅうかで、信州ツーリングをしていた帰り道でした。見晴みはらしのいい高原の道を軽ーく流してたら、ピンクの髪の毛をした少女とすれ違ったんです。これは間違いないと思い、Uターンして追いかけたってわけです」


「道の駅で話したときにギアを見たら、単気筒のちっちゃいやつなの。対して、こっちはダブルローターのフルチューン。正直、信じられなかったよ」


「サラさんとノアは、ライバル同士から始まったんですね」


「私は、完全にノアのことライバル視してたよ」


「私も、サラにだけは負けたくないと思ってました。なにせ、スワローテイルに入ってくれた最初の仲間だったんですから」


「え、ってことは、スワローテイルはノアが立ち上げたチームってこと?」


「ええ、そうです。より厳密げんみつに言えば、機械人の飛脚の広告塔こうこくとうになるために、所属していたカモシカ急便が運用うんようしている飛脚の中でも特にスピードフリークな傾向けいこうのあった私にチームを作れ、そしてSPEEDSTARで優勝しろって言ってきたところから始まってるんですけどね」


「なるほど。だからスワローテイルのメインスポンサーがカモシカ急便だったんだね」


「そうです」


「そして、二つ目の質問。なんで解散したかは、まあ知ってると思うけど、メインスポンサーであるカモシカ急便が機械人飛脚事業から撤退てったいしたことに起因きいんしてるんだ」


「メインスポンサーというか、もうほぼカモシカ急便の社内チームといっても過言ではなかったですからね」


「そう。結局はカモシカの撤退と同時に私たちも解散せざるを得なかったってわけ」


「それは知ってますけど…あれ?でもおかしくないですか?私はスワローテイルが機械人の広告のためのチームだったってことを知らないですし、というか、当時の黒髪の少女が機械人だったってことすら知らないですよ?広告塔のために設立せつりつされたんじゃなかったでしたっけ」


「その通りですレイナさん。スワローテイルは機械人飛脚である私を広告塔として、機械人を広く社会にアピールするためのモノになるはずでした。しかし、当時の社会では機械人はあまり受け入れられていなかった。それどころか、チームが発足してから数か月たたないうちにカモシカ急便所属の機械人飛脚が数体、意図的いとてきな事故に巻き込まれ破壊はかいされる事件が起きました」


「機械人が人権を認められる前の社会では、機械人はただの道具にすぎない存在だった。だから、人間と見分けがつかないくらいのレベルまでヒューマノイドの技術が進歩しているということは意外と知られていなかった。それを急速に認知させようとしたものだから、怖くなった一部の人間がちょっとしたさわぎを起こしたんだろうね」


「なるほど…」


「そして、そのあおりをらったのが私たちでした。スワローテイルは機械人以外の飛脚も運営していたカモシカ急便の威信いしんをかけたチームでもありました。そのため、SPEEDSTARで優勝するという目標を達成するためにサラをはじめとした多くの人間が所属していました。そこに危害きがいおよぶのを防ぐため、やむをえずスワローテイルは表向きには完全な人間のチームとしてデビューすることになったのです」


「で、結局のところくだんの機械人の社会的地位保障宣言がでて、社会に人間と仲良くなれる機械人の存在が身近になってきたと思ったらカモシカの撤退だから。不運ふうんっちゃ不運だよね。もう少し待ってればスワローテイルの本来の目的も、ノアの正体も、世の中に大々的だいだいてきに宣伝できたのに」


「機械人の飛脚を宣伝しようとしていたカモシカ自身が機械人を道具としてしか見ていなかったことへのむくいですよ、あれは」


「ノアが言うと説得力が違うね、それ。…あ、解散した後は二人ともどうしてたんですか?それから一切情報がなくなっちゃいますよね」


「私は解散したときちょうど大学卒業だったから、そのまま箱根にちっちゃい空き家借りて、飛脚をしながらゆるゆると暮らしてるってわけ」


「私はスワローテイル時代の人脈じんみゃくたよりに、全国を転々てんてんとしながらいろんな道を走ってました。たまにサラの家にめてもらうこともあったので、サラが箱根に住んでいるということは知っていました。直近だと半年前に二週間ほどお世話になりましたが、部屋がぐっちゃぐちゃで…ぼろぼろの私に掃除手伝わせるんですから、どっちがお世話になってたか分からないですよねえ、サラ?」


「そのせつはお世話になりました…」


「ほかのメンバーもそれぞれ自分でチームを立ち上げたり、または飛脚をやめてしまった人も、エンジニアに転向てんこうした人もいます。森宮もりみやさんは今もSPEEDSTARに参戦していますから、たまに記事が出ていますよね」


「いろいろあったんですね…」


「まあスワローテイル時代は楽しかったけどね。正直もう少し長く活動できてたら、もっといろいろできたんじゃないかなって思うことはあるよ」


「サラはもうSPEEDSTARに興味はないのですか?」


「おいおいノアさんよ、私もう27だぜ?第一線だいいっせん退しりぞいてからもう5年たってるし、さすがに今のレベルでSPEEDSTARには出られないでしょ」


「SPEEDSTAR、私はもう一度、今度は堂々どうどうと機械人として、目指すことにしましたよ」


「本気?」


「本気です。そのための新しいからだですし、そのためにレイナさんの家族になりました。ね?レイナさん」


「そうです。私がきつけました。私も、SPEEDSTAR目指してるんです」


「ほお、レイナちゃんも…」


「そういえばサラは結局私をぶっちぎったことはありませんでしたよね」


「なに?」


「5年で技術はかなり進みます。私も今日、最新型のギアに乗って改めて痛感つうかんしました。天城あまぎの最新型もさぞ素晴すばらしいモノだと思うのですが、サラは乗ったことありますか?」


「ない。というか、あれは高いからレースも出ない人間にほいほいと提供ていきょうできるものではないよ」


「今の私と最新の天城を使ったサラ、どちらの方が速いでしょうね」


「それ、本気で言ってる?私にもSPEEDSTARでろってか?もう登録とうろくめ切りまで3週間切ってるんだけど」


「サラは、もう一度見たくはありませんか?表彰台ひょうしょうだいの一番上から見る景色を」


「本気か?本気で言ってるんだな?」


「私も、サラさんがSPEEDSTARでまわりをぶっちぎる姿を、生で見たいです」


「…若いっていいねえ。わかった。ただし、私は今回、あんたたちとはチームを組まない。とすると、家にいるもう一人を説得せっとくしなきゃいけない。チームの最低人員は2人だからね。その説得をノア、あんたができたら、もう一度、SPEEDSTARの舞台に立ってやろうじゃないか」


「あれ、さっき言ってたもう一人家にいるって、その方は飛脚なんですか」


「うーん、何とも言えない。まあ、とりあえず明日うち来てよ」



 SPEEDSTAR 2078シーズンは、とんでもないことになる。

 

 そんな予感が、のぼせ気味ぎみの頭を支配しはいした。

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