箱根EP - 02 食欲と大切な過去

 「いや、さすがに一文無いちもんなしってわけないよね」


「そうですよ、私のことなんだと思ってるんですか…」


「行きだおれの機械人?」


「たしかに…間違ってはいないですね…」


「でしょ?」


 ノアは結局自分の食べたざるそばぜんとカツ丼定食のぶんを自分ではらった。お金を持っていたことは本来ほんらいおどろくべきことじゃないし、そもそも、思い返せばうちに運んで帰った次の日の朝には謝礼しゃれいを振り込むというむねの発言をしていたのだが。パパが借金がどうのとかなげいてたから、てっきりノアは無一文むいちもんなのだと思ってしまっていた。


「ただ、今持っているがくは高校生のお小遣こづかい程度しかありませんよ。なんせ、この体の支払いがありますから」


「そう、めるわけじゃないけどそれ、結構けっこうかかったんだよね…」


「本当は持っていたお金は全額ぜんがくお父さんにお支払しはらいしたのですが、お父さんがお小遣いとして少し返してくださったんです。少々申し訳ないですが、それでも自分の食べた分くらいは払わないと」


「そうだね、そうしてもらえると助かる」


 ノアの食べる分すべてを私が出してたら、頑張って飛脚ひきゃくかせいだバイト代が3日で消し飛ぶ計算だ。流石さすがにそれはご遠慮えんりょいただきたい。


「なのでと言ってはあれですが、お父さんになにかお土産みやげでも買っていこうかと思うんですけど…」


「それって帰りで良くない?」


「いいじゃないですか、せっかく来たんですし…あっちのお菓子かしコーナー見てみません?」


「食べることに関する情熱じょうねつがすごすぎる…」


 という私も、箱根のお土産には少し興味きょうみがあった。そもそも箱根に来たことはかぞえるほどしかないけど、観光という目線でみたのは初めてだ。


 飛脚は、人にもよるけど大体自分の担当する地域というか、より厳密げんみつに言えば路線ろせんが決まっている場合が多い。


 例えば、私と同じ高校に通う同級生どうきゅうせいで飛脚をしているニアは、国道こくどう1号線をメインの路線にして活動している。ちなみに私は国道17号線がメイン。たまにクライアントから別の地域ちいきへの仕事が来れば私も国道4号やニアの1号なんかに顔を出したりもするけど、そんなに数が多いわけじゃない。


 飛脚という仕事は僻地へきち山奥やまおくなんかが目的地になってて、そこにいたるまでの道があんまり整備せいびされてなかったりすることが普通にあるかられてないと難しいというのが主な理由。あとは、地味じみに地域ごとに勢力争せいりょくあらそいが…とかいうのもあったりなかったり。


 とにかく、箱根の道の駅をこんなにゆっくり見て回るのはなんだか新鮮しんせんな気分だった。


「これなんてどうでしょう?」


 箱根のおみやげコーナー。ノアが指差ゆびさすのはうなぎパイ。


「うーんおしい。うなぎパイは静岡なんだよねぇ…ここ、ギリギリ神奈川だから。ってかなんであるの?近かったらなんでもいいんか?」


「今は県境けんきょうというよりはどの都市圏としけんぞくしているかが重要視じゅうようしされる時代ですから。そのへんは多少おおらかでいいんじゃないですか?」


「なんか納得なっとくいかん…」


「あ、こっちも美味しそうですよ?」


 熱海あたみのプリン。


「クソッ!キワをめてきやがる!!」


 熱海も静岡…この道の駅はかなり静岡県をプッシュしたいようだ。まあたしかに、神奈川って言うとパッと思いつくのは鎌倉かまくら横須賀よこすか中華街ちゅうかがいくらいだし?海老名えびなには大きな物流拠点ぶつりゅうきょてんがいくつかあるけど、それは観光名所じゃないし…おいしい三ヶ日みかん…は静岡だった。関東は東京都市圏とうきょうとしけんでひとつのまとまりって感じだから、担当地域の埼玉と中央都市の東京以外はあんまり知らないということがわかった。今度色々近場をめぐってみるのも面白いかもしれない。


「レイナさん、これとこれどっちがいいですかね」


「いや…さっきお昼ごはん食べたばっかりなのに、よくそんなに食べ物ばっかり…」


「もちろん今食べるわけじゃないですよ!?お土産に…」


 といいつつ、よだれがたれそうになっているのを見る限り、さっさとがる未来がありありと浮かんでくる。


「まあ、私のお金じゃないしなんでも好きなの選べばいいと思うけど…せめて箱根っぽいものがいいんじゃない?有名所で言えば、あっちの黒いのとか…」


 横の商品棚しょうひんだな視線しせんを向けたその時だった。視界しかいすみに、ピンクの髪の毛をした女性がうつった。その女性には見覚みおぼえがあった。というより、毎日見ている。私の端末たんまつのホーム画像に黒髪の少女、眼鏡めがねの女性、筋肉質なナイスガイとともに写っている、ピンク色の髪の毛をした女性。ボブカットの襟足えりあし部分だけをのばし、白色のリボンで結んでいるその特徴的とくちょうてきな髪型も全く同じだ。


「レイナさん?どうかしましたか?」


 チームスワローテイルはもうすでに解散かいさんしている。そして、記憶きおくが正しければ今現在も飛脚としてSPEEDSTARに参戦さんせんしているのは写っている中では眼鏡の女性、森宮もりみやかえでただひとりだけだったはずだ。その他のメンバーは解散後しばらくしてSPEEDSTARの表舞台おもてぶたいから姿を消した。その後がどうなったかというのは全く知られていない。しかし、解散の原因はメインスポンサーの撤退てったいだったはず。だから、体調が悪くなったとかそういうことでないならもちろん今も普通に生活しているのはいたってあたりまえといえばあたりまえだ。


「おーい、レイナさーん?どうしたんですかー?」


 彼女の名前はサラ・アニーラ。KeepRightの2つ名で知られ、天城あまぎロータリーをメインのスポンサーに持つ、ちょっと変わった人。SPEEDSTAR常連じょうれん時代、ギアはスポンサーの天城ロータリーが独自開発したRE-X9をり、小型軽量高出力小さくて軽くてパワフルと本人の圧倒的あっとうてき技量ぎりょうでどのコースでもスタンダードに速い選手だった。スワローテイルでは黒髪の少女ともっとも多く組んでいた選手でもある。


 つまりは、あこがれの人のうちの一人。あの見た目は間違いない。というかジャケットにロータリーのマークがちゃんと入ってた気がする。え?まじ?こんな事ある??野菜のダンボール運んでるっぽかったんですけど…


「レイナさん、もうお会計しますけど何も買わなくていいんですか?」


 ノアは結局気になったお菓子をすべて買うことにしたようだ。さすがの食い意地くいいじだが、今はそこに付き合っているひまはない。


「私は大丈夫。お会計がんだら先にギアのとこ戻ってて!ちょっとサインもらってくる!!」


 ノアをその場にりにしてけ出した。


「サイン!?誰のサインですかー!?」


「あこがれの人!!」


「じゃあ先戻ってますよー」


「いいよ!!」


 ノアがレジに向かうのを振り返って確認し、そのままピンク色の髪をした女性、おそらくサラであろう人の後をった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 追いついたときには店員に荷物を受けわたしたあとだった。そのまま話が終わるのを待って、思い切って話しかけた。


 「すいません、そこのお姉さん!!もしかして、SPEEDSTARに出てたサラ・アニーラさんですか!?」


「おお…こんにちは、おじょうさん」


「あっ、こ、こんにちは…」


「えっと、SPEEDSTAR…そういえばしばらく出てないけど、そんなこともあったね…私はサラで間違いないけど、なにか御用ごようかな、お嬢さん?」


「あ、あの、実は私、すっごいチームスワローテイルが大好きで…2069年の第3戦を生で見て、飛脚を始めたんです…!サインもらえませんか…!?」


「69年の第3戦…ああ、もしかして私がエンジンぶっ飛ばしたやつ?」


「あっ、えっと、違くて…いや違くはないんですけど…その」


「フフッ、別に気にしなくていいよ。レースしてればそういうことは日常茶飯事にちじょうさはんじだし。サインだっけ、どこにしようか?」


「あ…そういえば今何も持ってない…そうだ、この髪飾かみかざりに…」


 髪をたばねていたタグを外す。このタグは、飛脚として走るときには必ずつける、一種いっしゅのお守りみたいなものだ。


「よしよし、サインサインっと。そういえば第3戦、私は結局けっきょくゴールしてないけどいいの?」


「いいえ、きっとサラさんの前半のアシストがあったから、黒髪の彼女も体力を残しておけたとかいうことも…」


「ノアか…元気にしてるかな?」


「は!?」


 ノア!?ちょっとまってなにかおかしい。この人今ノアって言ったような気がする。黒髪の少女の名前はノア…?うちの機械人の、リアドライブ使いもノアっていう名前なんですけど…


「ん?どうかしたかい?」


「一つ聞きたいんですけど、いつもタッグを組んでた黒髪のリアドライブの彼女の本当の名前、ノアっていうんですか?」


「ああそうか、そういえば彼女は一般に名前を公開こうかいしてなかったね。でももう引退いんたいしたからいいでしょ。彼女の名前はノアっていうんだ」


 そう、黒髪の少女はなぜか名前が公開されていなかった。だから、私は呼ばないけど、大会なんかでもたまにリンって呼ばれることがあった。たしか、その長くととのった黒髪ストレートに青色の目もあいまって、立ち振舞ふるまいリンとしていたからいつのまにかリンって呼ばれるようになったと読んだこともある。しかし、まさか、うちのノアと同一人物だったり…


「ノアは当時は珍しかった、機械人の飛脚。名前は所属しょぞくのカモシカ急便での業務ぎょうむ支障ししょうが出ないように、公表こうひょうしてなかったんだ。だから、世間せけんではリンって呼ばれてたんだっけ」


「すいませんちょっと失礼します」


 端末を取り出し、すぐにノアにコールした。


『もしもしレイナさん、どうかしましたか?サインもらえました?そういえばさっき店員さんに聞いたんですけど、この道の駅普通に静岡県にあるらしいですよ?だから静岡のものが多かったみたいです』


「え、マジ?ここは静岡だったのか…とか言ってる場合じゃないから。ちょっと横のベンチのとこ来て。今すぐに」


『え?うなぎパイ…』


「結局今食べとったんかい!じゃなくて」


『?』


「サラ・アニーラがいる。理解りかいした?」


『ああ、そういえば彼女は今箱根に住んでるんでしたね』


「やっぱり…とにかく早く来て」


『わかりました』


 通話を切る。もう状況じょうきょうがうまく飲み込めなくなってきた。端末をにぎる手には手汗てあせがにじむ。


「お友達かい?」


「説明するより早いと思ったので、今本人呼びました。…まじか…」


 1分もしないうちにモフモフの白髪をねさせながら、ノアがやってきた。


 そして


「あ、ノア!ひさしぶり〜元気してたー?ってか、あれ、なんかすっごいきれいになってない?ほっぺたやわらかーい!」


「ちょ、サラ、やめてください。せっかくの新しい体なのに、ほおが伸びちゃったらどうするんですか!」


「ごめんてー。ていうか、新機体?結局新しくしたの?」


「話すと長くなるんですが、まあいろいろあって今はこちらの、五十嵐レイナさんのおたくで家族として活動させていただいています。ね、レイナさん?」


「ノア、全く状況がつかめないんだけど、チームスワローテイルの黒髪の少女は、ノアだったってことでOK?」


「そうですよ。言ってませんでしたっけ」


「言ってないもなにも、髪の毛!黒髪はどうしちゃったのさ…」


「ああ、メンテナンスが十分にできなかったので、経年劣化けいねんれっかで色が落ちて波打なみうっちゃっただけです。私としてはどちらかというと今のほうが好きなので別にいいですよ?」


「色々やらかしまくってんじゃん…ええ?どうすればいいのこれ…」


「そうか、ノアは私の家族にはならないって言ってたのに、結局は他所様よそさまのところでお世話せわになっちゃってるんだ…」


「だってサラ、お酒癖悪さけぐせわるいの自覚じかくしてるでしょ!?あとは…その…お金もあれですし…こうなったのも結局はり行きというか…なんというか…」


「ま、いいんだけどね。せっかく再会できたんだし、このあとちょっとどこか飲みに行かない?私ここらへんに住んでるし、美味しい店連れてってあげるよー!」


飲酒運転いんしゅうんてん法律違反ダメ、ぜったいですよ、わかってますか?」


「うーんわかってるって。美味しいケーキとお茶が飲めるお店、ね?」


「ぜひ行きたいです、サラさんとノアの話、もう少し詳しく聞きたいというか、きかなきゃいけないことがいっぱいあるみたいなんで…」


「レイナちゃんもそう言ってるし、決まりかな。あ、ノアは食べられないんだったね、どうする?」


「もう食べられるようになりましたよ」


「え?」


「ケーキ、期待きたいしてますよ」


「え?ほんとに言ってる?」


「マジですよ、マジ。今まで散々さんざんおごらされてきた分だけおごってもらおうかなー!なんて」


「さすが新型機…こりゃ私もお気に入りのところに連れて行かなくちゃだなあ!」



 このあとサラさんの案内で、近くにあったおしゃれなカフェにおとずれた。


 抹茶のケーキがすんごく美味しかったが、サラさんがノアのあまりの食いっぷりに固まってしまい、なにも大切なことを聞くことができなかった。結局ノアは遠慮えんりょすることなくもちまえの食欲しょくよく発揮はっきし、ケーキのショウケースとサラさんの財布さいふ壊滅かいめつさせたのだった。

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