EP - 04  理由

「はあ、まったくあいつは…」


 朝食を済ませ、器用きようにも立ったまま動作を停止していたノアをコンピュータールームに運んだあと、興奮こうふん冷めやらぬ様子のレイナはそのままどこかへでかけていってしまった。口では威勢いせいのいいこと言うくせに、なんやかんやで結局は全部押し付けられてる気がしないでもない。


「まあ、こうするしかなかったということにしておくか…」


 事実、あの場でこの子をそのまま行かせるわけにはいかなかったのは確かだ。しかし、方法は他にいくらでもあったのではないかと考えをめぐらせようとして、やめた。レイナがその気になってしまっている以上、この選択肢以外は受け入れないだろう。それに、つい先刻せんこく自分がした発言を振り返っても、全面協力待ったなしだった。割と大きな決断をその場の空気感と勢いで下してしまうのはおそらく自分から娘に受けがれたものなのだろうと考えると、少し申し訳なくなってしまった。もうすこし、冷静であっても良いんだぞレイナ…


 作業台の上に寝かせたノアを一瞥いちべつする。全く動く気配がない。顔がさっきの嬉しそうな表情のままフリーズしてしまっているから、なおのことたちが悪い。


「…はあ、やっちまったかなあ」


 最後に後悔の念をため息と一緒に吐き出して、あきらめた。このまま突っ立っていても何も事態じたい好転こうてんしてくれないのだ。とりあえずこの子を新しい機体に更新しなければ話が始まらない。


 Astexの業者向けサイトを開き、一覧いちらんする。保守用ほしゅようパーツを注文することはこれまでもあったが、機体をまるまる一台発注するのは初めてだった。機体価格としては、いかにもヒューマノイドっぽい安いものだとYsシリーズなどが大体400万からといった感じだ。今のうちの経済状況けいざいじょうきょうかんがみると、これでも普通に高い。


 しかし、急な話ではあったにしろ要するにこの機械人は、これからうちの家族になると言っても過言ではないわけだ。正直どんな関係性を築くことができるのかなんて未知数みちすうだが、少なくとも役所やくしょの登録上は娘という扱いになるはず。更にいうと、この機械人はレイナと並んで五十嵐エンジニアリングの名前を背負って立つと宣言していた。まさにうちの店の看板娘かんばんむすめになるというのに、みすぼらしい格好をさせるわけにはいかない。何よりも、機械人がどうかは知らないが、一般に女の子にとって容姿ようしはとても重要であるはずだ。


 容姿が優れたものを追っていくと、どんどんとハイスペック機体のラインナップに誘導ゆうどうされていく。


「あ、これは…」


 ページをスクロールする手が止まった。ひときわ肌の透明度が高く、ひとみんでいて、まるで血が流れているかのようにほほくちびるに赤みをびていた。サンプル画像の流れるようなウェーブの髪の毛はまるでシルクのようだ。


 これしかない、と思った。オプションで今の容姿ようしに寄せていく。すると、今よりも大幅に変化したはずなのに、印象があまりブレることなく、今のまま美しく、より人間らしくしたという感じのプレビューが出来上がってしまった。そのまま製品の説明へと視線しせんを移す。


「”私達はついに壁をこえ、新しいステージに進みます。”…だって?どんなキャッチコピーなんだ一体」


 しかし、新機能のらんを見ていくうちに、その”新しいステージ”とやらがどうやらでまかせでもなんでもないことがわかってきた。


「”睡眠、食事から入浴まで、どんなときでも人間のそばにいて、時間を共有することができます。”…か。ありえん、一体いつの間にこんなに世界は進んだんだ…」


 作業台に横たわるこの機械人の娘が、レイナと一緒に食事をしたり、一緒に寝たりしているシーンを想像する。それはほとんどの人間が今まで誰も体験したことのない世界であり、どちらかというと本当にそんな事が可能なのか、ハッキングやエラーでくるって危害きがいを加えるようなことはないのかと自分の中で警鐘けいしょうがなる。未知の存在を自らのふところに招き入れるということは、対等たいとうな存在としてせっするということは、それだけ恐ろしいことなのだと痛感つうかんする。


「”Arg-Ctシリーズは、Astexが威信いしんをかけて開発した、最新鋭さいしんえいプラットフォームです。きたる機械人類共存時代きかいじんるいきょうぞんじだい先駆さきがけとなるべく開発されたこのモデルは、今までのヒューマノイドという存在を根底こんていから変える力を秘めていると私達は考えています。彼ら、彼女らが人間と手を取り合い歩んでいくヴィジョンを、皆様と共有できることを嬉しく思います。―Argライン開発主任かいはつしゅにん 沢城さわしろシアノ プレリリースより”」


 思わず目を閉じた。世界は、今まさに目の前で変革へんかくの時をむかえているということをさとる。時代が進むのは早い。こんなふうに根底こんていから世界がくつがえされるようなことが数年ごとに起こるこの現代に少しうんざりしそうになる。でも、だからといって見ないふりをしていたとしてもいずれ時代の流れに押し流されてしまうのだろう。




 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。決断とは2割の意思と8割のあきらめだ。先程さきほど選んだプレビューを手早く精査せいさし、できる限りのオプションを追加していく。決断を下したあとは意思がらぐ前に行動をしてしまうのが有効だ。結果から言うと、発注書はっちゅうしょは5ページにも及び、総額は1524万7600円税込みとなった。今世にでている一般用途向け自立型ボディーでは最先端さいせんたんにして最高レベルの仕様といっても差し支えがないだろう。貯金とかもうしらん。発注ボタンを押したあととなってはもはや考えるだけ無駄むだだとページを閉じる。

 


 これで機体の問題はどうにかなった。次はソフトウェアの方だ。

 作業台の上に横たわる彼女の長い白髪をかき分け、外部通信用端子がいぶつうしんたんしを探す。


「しかし…この髪の毛、いたんではいるが通常の飛脚用途のモデルにしては作りが良いな。Kanadeの後輪駆動リアドライブギアといい、一体何者なんだこいつは」


 右側頭部みぎそくとうぶ端子たんしを見つけた。一応端子の規格きかく自体はごく普通のもののようで、問題なく整備用のサーバーと接続できた。途端、整備用サーバーの冷却ファンが今まで聞いたこともないような音を立て始めた。システム稼働率かどうりつはまさかの130%にり付いて動かない。


「こりゃあ…サーバーも入れ替えなきゃきついのか…?流石に勘弁かんべんしてくれよ…」


 程なくして、メインフレームプログラムが展開し終わったのか画面に仮想かそうアバターが現れた。


「改めまして、こんにちは。私は元・無所属の初期型ヒューマノイド飛脚、ノアです。この度は私を受け入れてくださり、誠にありがとうございました」


「そんなかしこまるのはよしてくれ。これからお前はうちの娘になるってことだろう?新しい機体も発注かけたし、これから短くない付き合いになるんだから」


「わかりました。そういえば、レイナさんのお名前はお聞きしましたが、お父様の名前をまだ聞いていませんでしたね。これから関係をきずくにあたり、なんとお呼びするのがよろしいでしょうか」


「俺の名前は五十嵐いがらしジン。ひとしと書いてジンと読む。呼び方はなんでも良い。それよりも、うちのサーバーが焼き切れそうなんだが、何かあったのか?」


「ちゃんとした整備自体がかなり久しぶりになりますので、更新するものが多すぎてちょっと大変なことになってるだけです。じきにタスキングが終わりますので、しずかになるはずです」


「なるほど…っておい、なんだこれ。とんでもなく古いドライバばっかりじゃないか!?一体いつから整備してない!?」


「最後の整備が会社を辞める直前ですから、5年はちますかね。久々ひざびさの更新、かなり効きますよこれ」


「5年…ネットワーク依存いぞんのヒューマノイドなら普通は機能停止してるくらいなんだけどな。5年間整備なしでなにしてたんだ?ずっと一人でフラフラしてたのか?」


おおむねその認識にんしきで間違いありません。組織そしきのために作られて、途中とちゅうで人間にされて、そのまま社会に放り出されたんですから。私達は生身なまみの人間と違い、せることのできる場所を多くは持ちません」


「その間、ずっと走り続けてたのか?」


「いいえ、そういうわけではありませんよ。身を寄せるところがないと言っても飛脚をやっていたんです、多少の知り合いはいました。だから、一年くらい畑を手伝ったりということはありました」


「飛脚用のドライバ入れてて更新なしに畑か…信じられんと言う他ないな。ネットワーク更新は?」


「ネットワーク機能は何故か利用できなかったんです。ですので、その間ソフトウェアの更新に関してはKanadeのギア用のが3年前に一回あっただけです」


「5年間更新なしか、よくもったな…」


 通常であれば、機械人は毎年4月に新世代しんせだいプログラムの配布はいふを受けることになっている。生身なまみの人間とは違い、環境の大幅おおはばな変化に体が対応できない機械人はそのプログラムにしたがい、あらかじ身体制御しんたいせいぎょドライバを更新しておく。それによってある程度人間と同じレベルで稼働かどうすることができるようになっているのだ。しかし、これらのたぐいが5年前から一切更新されていない。


「そうとも言えませんよ?私は飛脚という職業の特徴から、クラウド型ではなくスタンドアロン型として作られています。だから、クラウドのバックアップがなくとも通常の人間と同じくらいのことはできます。ただ、それが原因で世にほうり出される事になったんですけどね」


「…カモシカの事業撤退じぎょうてったいか?」


「そうです。ギアを見ましたか?私は元・カモシカ運輸うんゆのヒューマノイド飛脚部門の所属です。5年前、カモシカ運輸はスタンドアロン型ヒューマノイドの人権保障宣言じんけんほしょうせんげんのせいで運用うんようコストがね上がったヒューマノイド部門を切り捨てました。これによって私達はゆくあてのないまま世に投げ出されることになりました」


 カモシカ運輸の件は比較的大きなニュースとして取り上げられていたので、よく覚えている。ヒューマノイド飛脚はその当時、日本の技術力の象徴しょうちょう、そして超少子高齢化社会ちょうしょうしこうれいかしゃかい社会運用しゃかいうんようの切り札として取り沙汰ざたされていた。連日実証実験が成功したとか、第一号が荷物を宅配したとか、とにかく話題のえない分野だった。今から伸びる分野だともてはやされていた矢先やさきにおきた最大手さいおおての事業撤退は、世の中に大きな衝撃をもたらしたのだ。


 結局、SPEEDSTARの影響で人間の飛脚が急増し、ヒューマノイドの飛脚はカモシカ運輸の失脚しっきゃくから再び話題にのぼることはなかった。実際には今でもごく少数が未だに飛脚として活動しているはずだ。しかし、自分も多少整備をうことはあったにしろ、なにか特別な存在という認識はもうすでにない。だから、カモシカに所属していたヒューマノイドたちが事業撤退後どうなったかなんてことは考えたこともなかった。


「ゆく宛のないまま投げ出されたって、他の仕事とかが用意されていたわけじゃないのか?」


「やはり、ご存じないのですね」


 画面の中のノアが苦笑いを浮かべる。


「もともと私達は人間と同じ言語で意思疎通いしそつうし、人間と同じことができる道具として開発されました」


 ノアが少し遠い目をする。


「私がつとめていた当時、ヒューマノイドの扱いはまさに消耗品しょうもうひんでした。当然ですよね、そういうふうに作られた道具なのですから。給料というものはもちろん存在せず、メンテナンスに関しても中古部品のガラクタの中から適当なパーツをインストールされます。とにかくランニングコストをおさえるべく、動けば良いといった扱いでした」


「…」


「私達ヒューマノイド飛脚は大容量通信網だいようりょうつうしんもう整備せいびされていない山奥などに荷物を届けるのが主な仕事ですので、システムはスタンドアロン型にならざるを得ませんでした。スタンドアロン型ヒューマノイドの特徴はご存知ぞんじですよね?」


「機体内に中枢処理装置ちゅうすうしょりそうち内蔵ないぞうされており、ネットワークがない環境であっても単独たんどくで高度な活動を行える、だよな」


「そのとおりです。つまりうらを返せば、スタンドアロン型は中枢がダメージを負うとそれで終わりということになります。でも、中枢に近い部品ほど高価になりますよね。だから、ランニングコストをおさえるために、中枢に近い部分にも中古部品が入れられるのはふつうのことでした。そして、適当なガラクタを組み込まれた仲間たちは火を吹いたり、ある時突然狂ってしまったり、機能を停止したり。それはもう地獄じごくのような世界でした」


「…つまり、撤退後てったいごにヒューマノイド飛脚をめっきりみなくなったのは…」


「みんな、最後まで持たなかったんです。カモシカは、消耗品しょうもうひんとしてあつかってきた道具がいきなり人間になってしまったものだから、手に負えなくなってしまったんですよ。あまり報道されてないのでしょうが、撤退時てったいじの扱いは退職たいしょくというより廃棄はいきに近いものでした。私は中枢には手を入れられておりませんので、なんとかいままで稼働かどうし続けられているというわけです」


「消耗品がいきなり人間になった…か」


「ジンさんが気にむ必要はありません。これはヒューマノイド黎明期れいめいきにおきた一つのあやまちに過ぎず、それによって私達は結果として人間と同等どうとうの権利を得たのですから。現実はそううまくは行かないですけどね」


「そうか…」


「カモシカを奇跡的きせきてきに動ける状態で退社たいしゃした私には夢がありました。もう一度、人間とならんで走るという夢です。私達機械人は今でも仕事としては裏方うらかたが多く、私達がどんな存在であるのかを正確に把握はあくしている人間はほとんどいません。それでも、私達は人間社会に溶け込み、人間とともに歯車として社会を回していくためにこの世に《せい》生を受けました。だから、今のままで良いはずはないんです」


 ノアのアバターの目に熱がこもったように見えた。


「私は、機械人として、もう一度人間と並んで走りたい。私達はあなた達人間と変わらないのだと認めてもらいたい。そして、私達機械人にも、少しは優しい世界になってくれたら…」


 さっきカモシカでの出来事できごとを語るときはまるで他人事のような淡々たんたんとした口ぶりだったが、やはり相当悔そうとうくやしかったのだろう。もしかしたらしたしい仲間をなくしたのかもしれない。でも、もし当時自分がカモシカの内部事情ないぶじじょうを知っていたところで、何かを変えられただろうか?答えはいなだ。事実、自分は整備で機械人と関わることがあっても、どこかで道具だという感覚を抱いてしまっている。今まで話してきた機械人はつとめて”そういうふう”にっていただけかもしれないと思うと、なんだか申し訳なくなる。


「色々と、大変だったんだな…」


 世の中には、知らないほうが幸せだった情報というのが少なくない。これもまた、そういう情報の一つだったのかもしれない。

 ノアが表情を切り替えた。


「すいません、重たい話をしてしまって。とにかく、ジンさんたちはこんな状態でも私を受け入れてくれました。それだけでなく、レイナさんは私と一緒に走ってくれるといっています。さらに、SPEEDSTARSにも出場すると。これ以上は望めないというほどの環境を提供ていきょうしてくれたこと、壊れかけの私にもう一度チャンスをくれたこと、改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました、お父さん」


「…ん?おと…?急にどうした」


「いえ…私も今年で製造せいぞうから16年が経ちます。だから、16歳のむすめとして、かわいがってもらうのが一番最適かと考えました。だめでしたか?」


「いや、いいんだ。うちでかかむと決めた以上、へんに距離を置かれても何かと不都合ふつごうが生じるだろう。レイナもお前のことを気に入ったみたいだし、よめも可愛い子なら大歓迎だいかんげいって喜んでいたからな。お前がおぞむなら娘のように扱うようにするよ。慣れるまではぎこちないかもしれんがな」


「ありがとうございます、お父さん。これで私にも家族と帰る家ができたというわけですね…いろいろとご迷惑めいわくをおかけするかもしれませんが、これからどうぞよろしくおねがいします」


「こちらこそ。娘もあんまり学校では話が合う相手がいないみたいだから、同じ年頃としごろの女の子として、仲良くしてやってくれ」


 機械人を家族として受け入れるなんてケースは、ある程度機械人の存在が普通になってきた現代においてもそうそうあるもんじゃない。人種差別じんしゅさべつじゃないが、同じ形をしていても、中身が全くことなる存在だからこそ感じる不安というものはある。


 しかしながらこの先、人間社会から機械人の存在が消えることはおそらくもうない。だから、今から乗り越える壁は、いつか、誰かが超えなければいけない壁なんだと思う。


 それでも不思議と、レイナとノアの二人ならえていける気がした。



 

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