EP - 03 再起
トップスピードアタックで新記録を出して、帰り道で機能停止した機械人の少女を”ひろった”次の日の朝。
「お、レイナおはよう。昨日はおつかれさん、朝ごはんはどうする?」
「あーパパ、おはよう。朝ごはん何?」
「ごはんと味噌汁。早く食べないと洗い物は自分でしてもらうぞ」
「今行くー」
昨日は帰って来た後、女の子をそのままお父さんに任せて寝ちゃったからどうなったかは知らない。女の子を助けるなんて大変なことがあったから忘れちゃってたけど、昨日はトップスピードアタックで新記録を出したりもしたんだから疲れるのも無理ないよね。
ささっと顔を洗って席に着く。パパは待っててくれたみたい。
「いただきまーす」
「いただきます」
「なんかおかずなかったの?」
「なんもない。納豆食うか?」
「いや、べつにいい。それより昨日の子、どうなった?」
「あのあと少し見てみたが、機体はかなり
「それってだいじょぶなの?」
「全然大丈夫じゃないな。しっかりメンテナンスすればいけるだろうがなんにせ型番が古い。交換部品が出てこないっていう可能性もあるだろうし、
「なるほど…つまり
「そういうことだ。しかも、通常では損耗することを想定されていない部分まで影響が及んでる。たとえば
「ギアも見た?Kanadeのやばいやつじゃなかった?」
「朝一で回収してきたぞ。あんなのは普通の飛脚は使わんよなあ…」
「やっぱりそうだよね…」
「
「…その必要はありません」
昨日聞いたシステム音声より、
「えっ!?ああっつ!味噌汁が!!」
「何してるんだ…
「だいじょぶだけど…そうじゃなくて!なんで?壊れてたんじゃないの!?起きてきていいの!?いや、そもそも起きれたの!?」
パパの話だと、機体…体の状況はかなり悪いらしかった。とてもじゃないけど自力で動けるわけないはず。というか驚いた
「もう慣れてますので。
「いや…待て、君、その体はもう限界が…」
お父さんがうろたえている。早く味噌汁を拭かないとパジャマにシミができてしまうことはわかってはいるが、私は女の子とパパのやり取りを見つめることしかできない。
「知っています。しかしながら、私の
「だったら、そんな状態で無理して走ることはないだろう?何か動かずにできるほかのことを探したらどうだ?」
「それはごもっともな意見だと思います。ですが、飛脚を
「…そうか。でも、君のギアはもう動かないぞ。バッテリーが焼けたせいで電源回路まで死んでるからな。それに、自動音声とはいえ、機体修理のサービスマンのところへ連れていけって言っていたじゃないか?話がかみ合っていない気がするが」
「父さん...」
パパの
「今の状態で、君は、どうやって走るつもりなんだ?」
「電源に関しては問題ありません。エンジンとキャパシタが生きていれば
「そんな…いや、俺には止める権利などないが…いくら何でも
彼女は改めて姿勢を正した。よく見ると
そんな彼女が、少しだけ表情を柔らかくし、目を閉じた。少し間を置いた後、再び目を見開いた彼女は言った。
「私には、飛脚として走ってきた中で、忘れられない景色がいくつもあります。機能を停止するまで、私は自分の脚で
彼女は確かに言ったのだ。死ぬまで走り続けたいと。
鳥肌が立った。今まで飛脚として走ってきた様々なシーンが
私はこぼしてしまった味噌汁を
この子が、私と同じ感覚を持った彼女が、誰にも
「ねぇ、それって、一人じゃないとだめ?」
出ていこうと背を向けた少女に声をかける。パパの方をちらっと見ると、私を真剣な目で見ていた。
「どういうことですか」
「私も飛脚なの。その願いをかなえる手伝いをさせてほしい。そんでもって私を、いろんな場所に連れて行ってよ。どうせ無所属なんでしょ」
「でも、私はもう長くはないんですよ?」
ずっと、スワローテイルのことを思い出していた。私の
「わかってる。だから、直して住み込みで働かない?どうせお母さんはあんまりうちに帰ってこないし、父さんも人手が増えれば楽でしょ?」
「まあ一応…」
ここで行かせたら
「機体のメンテはうちの父さんがAsTeX社の
「でも…そんな急に言われても」
少女はまだなにか気がかりなことがあるらしい。まあ普通に考えれば、いきなりうちに住めなんて言われても
「なにより、私、SPEEDSTARS目指してるの」
たっぷり一分は見つめあったかも。いや、
「本気で、ですか?」
「本気だよ。登録ナンバー66、五十嵐レイナ。今期参戦まであとトップスピードアタック2位分って感じ。ギアはKREUZのレベレーター。どう?本気って伝わった?」
少女の目の色が変わった。やはり彼女も私と同じ仲間で間違いないようだ。最後にダメ押しする。
「あなた、もしかしてだけど、
私はじっと彼女の目を見て返答を待つ。パパも彼女の
「…なるほど。あなたもSPEEDSTARSを目指しているのですか。懐かしい…私も昔は直線250キロ越えを目指したものです。ああ…あの感覚…」
彼女は少し寂しそうな表情をしているが、聞き間違えでなければ直線250キロは現代においてもほぼ
「その話、ぜひ受けさせてもらってもよろしいですか。思い出したらどうしてもあきらめきれなくなってしまいました。私にできる仕事はなんでもやりましょう…」
彼女は再び
「…パパ、いい?いいよね!?」
「お前…許可は先にとるものだぞ、まったく…」
「え、じゃあだめ…?」
「お
彼女も少しかしこまった様子でパパの動向を見つめる。
「いや、こちらとしても毎日仕事の上に家事なんて、猫の手も借りたいと思っていたところだ」
「じゃあ…?」
「それに、最近はレイナもどんどんスピードが上がってきてる。正直このまま一人で走らせるのにも不安を感じていたんだ。ギアと機体の整備は任せてくれて
つまりはOKってこと。
「やったー!!ね、これからよろしく!!」
「はい、ふつつかものですが、これからどうぞよろしくお願いします」
「こちらからもよろしく。じゃあレイナ、とりあえずお前は味噌汁どうにかして朝ごはんを食べてしまいなさい。そうだ、君の名前をまだ聞いていなかったな」
「登録番号275、無所属機体のノアです。…もっとも、今はもう無所属ではありませんが…」
そういうと彼女は、いや、ノアは少し嬉しそうに笑った。
「ノア!ノアちゃん!?私は
さっき感じた不安は
Tシャツに味噌汁がついていることも忘れ抱きつこうとしたその時。
「ノアで結…構……で…」
ノアの目から急に光が消え、その姿勢のまま固まった。
「え!?なに…!?だいじょぶ!?」
「ううん、やっぱりそのまま行かせてたら、すぐ近所で機能停止しているのを見ることになったかも知れんな…」
「本当にギリギリだったんだね…」
「とりあえず、本人が万全の状態になってもらわないと役所に登録もできん」
「なんか勢いで働いて返せばいいとか言っちゃったけど、ぶっちゃけメンテにどんくらいかかるの?」
「だいたい1000万くらいじゃないか?」
「1000万…!?ちょ、それだめじゃん!全然働いて返せばっていうレベルじゃないじゃん!
1000万は高校生の私には想像のつかない金額だ。いや、100万で1cmなら1000万は10㎝の札束か...
「
「載せかえって...
「しかたない。機械人が人権を認められ、一般的な人間と
「うーん、そういわれると
「お前は
「でも…ぶっちゃけ、うちにそんなにお金あるの」
「ぶっちゃけ、無い。借金だなあこれは。せっかく新型GTーE買おうと思って貯めてた貯金が消えるなあ…」
「いまさらだけど、パパ、良いの…?」
「良い。というかこれからやっぱりお金ないのでだめですって放り出せるか?」
「そうだよね…」
「彼女にはしっかり
「どうやったら1000万も稼げるんだろう…見当もつかないや」
「お前…SPEEDSTARの一戦の優勝賞金はいくらか知ってるか?」
「100万だけど…まさか」
「お前達が
「まじで…まじか…まじなんだな、最高かよ…さすがパパ、天才」
「まあ、優勝賞金のくだりは冗談だとしても、機械人と人間のタッグが五十嵐エンジニアリングの名前でSPEEDSTARを戦う、その効果はかなり大きいはずだ。彼女が加われば普段受ける仕事も増やせるし、機械人はぶっちゃけ俺らより機械の扱いに長けてる。100%無理って話ではないんだよ実際は」
「な、なるほど…」
なんとか目の前でぐるぐるまわるお金の話を飲み込んでいると、パパがこっちへ来いと声をかけてきた。パパの後についてガレージの方へ向かう。
「あと、もうこうなったから言うが、実はな、お前のギアには時速200キロのリミッターがかけてあったんだ」
「はぁ!?マジで言ってる?
「あくまでも180キロから出力の制限がかかるようになってた結果だ。」
「ええ…じゃあ、フルパワーだと何キロでるの、あれ」
「制限がかけてあったとは言ったが、実際今のままだとどうあがいても200キロが限界だよ。でも」
「でも…?」
「あれは実は3年くらい前に知り合いのレーサーが中古で安く
「まじかー…」
「ま、すぐに全部開放というわけにはいかん。彼女からいろいろ教えてもらうといい。彼女が飛脚として仕事を始めたのはおそらく15年以上前だ。初期型のKanadeの
「その彼女、どうする?さっきから
「ああ…どうしようかな。とりあえずそのままにしておくこともできないから、コンピュータ室にしばらくいてもらおうか。中枢だけうちの整備用サーバにつないで、機体が来るまでソフトウェアの方のアップデートをやっといてもらおう」
「了解、ご飯食べたら運ぼ」
「そうだな」
「やっば、楽しみになってきた…おもしろ、おもしろいよ世界…」
「まさか俺に機械人の娘が増えるとは…人生なにがあるかわからんな」
どうしても顔がにやけてしまう。どんな世界が待ってるのだろうか。彼女はどんな世界に連れて行ってくれるのだろうか。いてもたってもいられない、今すぐに彼女と走りに行きたいという気持ちを
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