EP - 02  邂逅

 田部たべさんちに無事荷物を届け、お茶とお菓子、さらにはお風呂まで頂戴ちょうだいした帰り道。時間は21時を過ぎていたので、帰りのルートも迷わずR17バイパスを選択した。


 行きで思いっきりハッスルしてしまったので燃料とバッテリーの残量に遊ぶほどの余裕よゆうはない。なによりSPEEDSTARSの記録挑戦は荷物を積載せきさいしている必要があるから、記録に挑戦することなくゆるゆるとスラローム走行を楽しんでいた時だった。


 与野よののジャンクションをすこしすぎたところで路肩ろかたからけむりが上がっていた。この辺りまでくるとさすがに少しずつ人間の気配けはいが感じられるようになるけど、それでも普段この時間にこんなところにいるのは長距離の運び屋かナイトランを楽しむ飛脚ひきゃくくらいのもの。さすがに時間も遅かったし、飛脚だったとしたら最高速を攻めたりしたあとはモーターやブレーキから煙を吐くことはまあまあ普通にあること。なので、この時はさほど気にせずそのまま通り過ぎた。




 しかし、思い返してみると停車するならなにもあんな中途半端ちゅうとはんぱな路肩じゃなくてもいいような気もするし、そもそも走っている私が気が付くくらいの煙が出るのはおかしい。


 飛脚ギアにはいろんなモノがあるけど、そのほとんどは発電機レンジエクステンダーとしてエンジンを積んでいる。さらに、最近は少ないけど劣化れっかしすぎたバッテリーやキャパシタが発火したという事故は確かにある。つまり、飛脚ギアには故障こしょうして煙が出るような部分がかなり多い。


 飛脚ギアはエンジンを積んでいるとはいえ、結局のところ足元のモーターに電気を流して走っている。ただのエンジンの故障であれば状況によりまあなんとか走って帰れないこともないけど、電気系のトラブルで煙が出ていたとなればそれはかなり危険な状況じゃないか?


 考えれば考えるほど何かあったに違いないという結論に収束しゅうそくしていく。このR17は郊外こうがいへ続く大動脈だいどうみゃくの一本とはいえ、こちらは都心へと続く上り線。下り線であれば深夜でもぽつぽつと長野や群馬方面に向かう運び屋がいないこともないが、深夜に都心へ向かう人はほぼ皆無かいむ。結局、何もなければそれまで、ということでさっとUターンを決め3㎞ほど来た道を戻ることにした。




 現場に戻ったときも、その人はそこから一切動いていなかった。


「おーいそこのあなたー、大丈夫ー?」


 遠くから声をかけても返事がない。

 近くによってみると、それが少女であることが分かった。自分と同じくらいの歳だろうか。路肩にうずくまって動く気配はない。煙はだいぶ落ち着いていたけど、周囲しゅういには異様いようなにおいがただよっていた。おそらくギアのバッテリーかキャパシタから発火したのだろう。つまり、予想は的中していたというわけだ。


 ざっと周囲の状況を確認する。大きな外傷がいしょうやスリップこんがないところを見ると、バッテリーやキャパシタが爆発して事故をしたわけではなく、煙がくすぶったから路肩に退避たいひしたといった様子だ。

 しかし、それでは少女から反応がないのはおかしい。少女はぼさぼさになった白髪を地面に垂らし、うずくまってしまっている。よく見ると髪の毛の先が少しげている。救急車や警察を呼ぶべきなのかどうか、判断に困る状況だ。


「ねぇ、大丈夫?ねぇってば…!」


 少女の耳元で声をかける。事故をしたあとは外から見て一見何ともなくても、動かしたことによるショックで命の危機におちいることがある。そのため一度声をかけて反応を見なさいと教官に教わったことを思い出した。しかし、相変わらず少女からの反応はない。仕方ないので呼吸を確認しようと髪の毛をどけた。すると、ギアから伸びたケーブルが腰あたりに接続されているのが見えた。それもかなり太いケーブルだ。


「このケーブルって...もしかして、機械人きかいじん?」


 機械人の飛脚。記憶が正しければ、SPEEDSTARSによって飛脚業が普及ふきゅうする前に、足りない絶対数ぜったいすうおぎなうためにヒューマノイドを使って飛脚を運営していた民間企業があったはずだ。しかし、自立型のヒューマノイドにも人権同等の権利を認める人型保護法ひとがたほごほう施行しこうされ、ヒューマノイド飛脚の運営コストが上昇したことに加え、SPEEDSTARS開催によってそもそもの飛脚の数が爆発的に増えたことによりその企業はもう撤退てったいしたはず。それもかなり前に。名前は確か...カモシカ急便。


 白髪の子のギアを見ると、サイドバックに確かにカモシカのロゴが。でも撤退したはずじゃ?しかも、私が小学生くらいのときじゃなかったっけ??

 疑問はふくれ上がる一方だが、目の前にはとりあえず、撤退したはずの会社のロゴがついたバックをギアに着けた、白髪の機械人の少女がいる。そして、ギアからは煙。この状態で優先すべきは彼女の身の安全という結論にいたり、どうみても正常な状態ではないギアから彼女を遠ざけることにした。


 機械人は数が圧倒的に少ないとはいえ、今や独立どくりつした個人として社会に溶け込んでいる。つまり、社会に溶け込めるように作られている。ということは、私たちと体の”範囲”は一緒だよね。なら、このギアと少女の間を結ぶケーブルを抜くことで問題はしょうじないはず。…はず。


「たのむよ…何も起こるなよ…私は人助けをしようとしただけなんだからね…」


 とりあえず祈りながらおそるおそるケーブルを抜いてみる。すると、意外と簡単に抜けてしまった。


「おっ!…おお、抜けちゃった…」


 そのまま少女の様子を観察する。しばらく見ていたが、なにも反応はない。問題はおこらなかったようだ。いや、問題は起きてしまっているかもしれないが、少なくとも外面上での変化はない。


 見ていても仕方ないので、ギアから少女を遠ざけ、安全な場所に横たわらせる。


 ギアを外したときによくよく見てみると、Kanade社のチューンドギアだった。あの型番はもうかなり前に廃番はいばんになってしまったが、一言でいえばじゃじゃ馬。そもそもKanadeはたまに変なものを作るが、これもその変なものの一つ。私の含め一般的なギアは前輪駆動後輪制動フロントドライブリアブレーキなのに対し、これは後輪駆動前輪制動リアドライブフロントブレーキ。発進の時は後ろにひっくり返りそうになり、ブレーキの時は前につんのめって顔面を地面にたたきつけられるようなギアだ。とてもじゃないが、ただのヒューマノイド飛脚が使うものではない。つまりこの子もスピードフリーク...?


 ただ横たわる白髪の少女の横でどうすることもできないまま、この少女の出自しゅつじについて考えていた時だった。


登録とうろくナンバー275、ノアは現在機体の損傷そんしょうにより主幹機能しゅかんきのうを停止しています。周囲におられる方は介抱かいほう願います。なお、当機とうき無所属機体むしょぞくきたいですので最寄もよりのサービスセンターか、AsTeX社登録済みの正規せいきサービスマンの在籍ざいせきするショップまで搬送はんそう願います。繰り返します。登録ナンバー275、ノアは現在機体の損傷により主幹機能を停止しています。周囲におられる方は介抱願います。なお...」


「うおっ!びっくりしたぁ…なんだしゃべれるんじゃん。急におどろかさないでよ…」


 少女が目を閉じたままなにか話し始めた。はじめは意識いしきが戻ったのかと思ったけどずっと同じことしか言わない。機体が損傷...やっぱりこわれてるのか、AsTeXのサービスマンが在籍するショップ…そんなところ記憶にないし、そもそもこんな時間にやっているはずがない。


 どう考えても目の前の事態じたいは私一人でどうにかできる範囲を超えている。こういう時にたよりにすべきは大人だよね。ということでパパに連絡れんらくを取ろうと端末を取り出すとすでに何度もパパから着信が。


「あーもしもし、パパごめん気が付かなかった」


「さすがに遅いぞレイナ。今どこだ?何かあったのか?」


「何かあったってもんじゃないよ、いろいろありまくりだよ」


「は?大丈夫なのか!?」


「えーとね、まあ、まず一つ目、新記録!は後でもいいんだ」


「はあ」


「きいて、R17の帰り、与野ジャンクションちょっとすぎたあたりで機械人の飛脚の子がギアから煙あげて止まってたの」


「機械人の飛脚か、もしかしてカモシカの?」


「どうもそうみたい。で、まわりに誰もいなかったから助けて今横にいる。反応はなくてなんかAsTeXのサービスマンがどうのこうのってそれしか言わないの」


「カモシカの飛脚はもう事業撤退じぎょうてったいしてからかなりつから本来ほんらい走っているのはおかしい。そいえばカモシカが事業撤退した後、所属していたヒューマノイドがどうなったかは全然報道されてなかったよな。まさか、いままでフリーで走っていたのか?」


「わかんない。周りに仲間みたいな人たちはいないし、ギアも普通じゃなかった」


「普通じゃないって?」


「Kanadeのチューンド。あの後輪駆動前輪制動リアドライブフロントブレーキ変態へんたいギアをさらにいじってあるっぽい」


「走り屋か。こまったな。その子はAsTeXがなんだって言ってるんだ?」


「ちょっと待ってね...これで聞こえるかな」


 端末を白髪の少女の口元に近づけて、たっぷり2回分聞かせてあげた。


「なるほどなあ、無所属で、壊れちゃったら誰も助けてくれないだろうからせめて製造元せいぞうもとで正規のリカバリーを受けて自分でどうするか決める...といっても、処分しょぶんしてくれといっていない以上、助けろってことなんだろうなあ」


「誰も助けてくれないってどういうこと?」


ようは、機械人は家族っていう概念がいねんがたぶんないだろ?そうなると何かあったときに頼れる先は製造元せいぞうもと所属先しょぞくさきになる。で、所属先は元カモシカ急便だろ?カモシカ急便はもう事業撤退してるし、その時に所属してたヒューマノイドたちはみんなフリーになってしまってるはず。つまり、仲間は誰もいないし、身をせる場所もないから、そのまま放っておいたら最悪さいあく清掃会社からメーカーに連絡がいってそのまま処分...もとい埋葬まいそうだろうな。火葬かそうかもしれんが」


「それはさすがに...どうにかならないの?白髪の、私とおんなじくらいの背丈せたけのかわいい女の子だよ?Kanadeのチューンド使いだよ??ねえパパ、このままじゃかわいそうだよ、ねぇ...」


「わかってる。AsTeXはうちでもあつかってるから、れて帰ってさえ来れれば俺が何とかする。どうにか運んでこれないか?」


「女の子の方はなんとかする。頑張る。でも、ギアまではさすがに無理だよ?」


「ギアの火は?」


「火は出てない。煙も落ち着いたっぽい。今は一応いちおう緊急用きんきゅうようブレーカー切って路肩に寄せてある。すぐ爆発したり発火したりっていうのはないと思う」


「その分ならおそらく大丈夫だ。三角板さんかくばんか何かないか?あったら置いといてくれ」


「ちっちゃいのでいい?一応緊急用に入れてあったやつだけど」


「十分だ。ギアは明日朝イチで回収しておく。とりあえずなんとかその子だけ連れて帰ってきてくれ」


「了解、運び屋の腕の見せ所ってもんでしょ!」


意識いしきがない機械人は意識のない人間よりは背負せおいやすいがそれでもかなりきついぞ、くれぐれも気をつけてきてくれ。こっちも車出すからできるところまででいい。無理はするな」


「わかった!」


「気を付けてな、無理はするなよ」


「分かったって言ったでしょ!それより車よろしく!んじゃ!」


 とりあえずこの子は助ける。そう決めた。

 なんとか背負って要所要所ようしょようしょをベルトで固定する。確かに自分と同じくらいの大きさ、重さのものを運ぶのは初めて。ギリギリで走れるかどうかという感じだ。


 コントローラーは両手がふさがって使えないから、走行モードをシンクロドライブに設定する。これで俊敏しゅんびんさはなくなるが、姿勢しせいや交通の状況、そして操作そうさにたいしてギアが適切てきせつな速度やトルクを演算えんざんして半自動ほぼオートマで走ることができるようになる。普段走るときはより自分の意志いし積極的せっきょくてき操作そうさすることのできるコントローラーを使ったマニュアル走行がメインだから、こういう走行は少し違和感いわかんがある。


 腰のストラップにつけたコントローラーがカチャカチャ音を立てている。空いた両手で支える背中の少女は想像より冷たくて、見た目のとの差に身震みぶるいしてしまった。機械人に体温はない。


「大丈夫、きっと大丈夫だから」


 ゆっくりと、姿勢をくずさないように発進する。背中の少女はまだ助けを求めてつぶやき続けている。まるでいのっているようにも聞こえて、不思議と笑みがこぼれた。体温がないはずの彼女も、私の熱が伝わったようで、ほんのりと温かく感じた。


 そういえば、ギアのシンクロドライブ技術は飛脚をやっていたヒューマノイドたちの協力によってアルゴリズムの最適化さいてきかが行われたと聞いたことがある。今やヒューマノイド、いや、機械人は私たちの世界にいなくてはいけない存在だ。なのに、最後がこんななんていう現実が少し許せなかった。だから、せめて私と関わりを持ったこの子だけは、何があっても、例え今両手がしびれてしまおうとも助けようと思った。


 ...それにしてもやっぱりちょっと重いなあ、なんて思ったのは秘密ひみつだ。

 





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