EP - 01 助走
今は17時23分。
今日はこの後に埼玉の
新しく近所にできたカフェの話で盛り上がっている友達に手短に別れを告げると、
右ターン、その次はジャンピングスポット、軽く着地しすぐ姿勢のリカバリーからのカーブ!なんてつぶやきながら放課後の
紙パックの紅茶を片手に
校門を出たところで、今日出されている宿題を一応もう一度思い返す。大丈夫、宿題は授業中に片してしまったので全部なはず。とりあえずこれで
学校からママチャリを本気で飛ばして大体17分。周りの建物とくらべるとかなりこじんまりした3階建ての建物、これが私の家。1階がガレージになってて、そこでパパが
こんなこと言っちゃあれだけど、個人経営の、あんまり
ママチャリをガレージの
「パパー!ただいまー!!
「おお、お帰りレイナ。
「あ、わすれてた...いただきます」
パパは
リビングのダイニングテーブルの上には、パパの得意料理、オムライスが用意されていた。
「おおっ!オムライス...あれ、
「文句があるなら自分で作ればいいんじゃないか?」
「や、文句なんてそんな。パパのオムライスだーい好き!」
私はパパの料理のレパートリーがカレーかオムライス、ラーメンくらいしかないのを知っている。
「そんなことよりパパ、とりあえず顔洗ってきたら?
仕事場とリビングがつながっているので、パパはしばしそのまま食事の席に着こうとする。頑張って掃除はしてるはずなんだけど、床がすぐ黒くなるのはそのせい。私の靴下もすぐ汚れるから本当はもう少し気を使ってほしいんだけど。
「おお、そうだな。じゃ、先食べててくれ」
「はーい。いただきまーす」
相変わらず、ケチャップライスの玉ねぎが生焼けで
パパが洗面所から戻ってきて向かいの席に着く。いただきます、と口にすると、そのままスプーンで
「ところでレイナ、今日はどのくらいの荷物があるんだ?」
「あ、えーっとね、
「そんなに多くもないな。軽いとその分記録が出やすいだろうけど、あんまり飛ばしすぎるなよ」
「パパがそれ言うー?」
パパは昔の話題を振ると、ハチロクとかいう車で
いろは坂って知ってるか?とんでもないつづら折りが続く峠で、父さん一回崖に落ちそうになって、その時は死んだと思ったね、なんて。
「峠を飛ばしてたのなんてずいぶん若いころの話だ。今になってやっと、当時の親の気持ちがわかったよ」
「わかった、ほどほどにするよ」
「うん。それで、ルートはどうするつもりだ?」
「今日は直線をぶっ飛ばしたい気分!....だからR17のバイパス通っていこうかな」
「じゃあ、ギアのパワーマッピングは高速寄りでいいか?」
「うーん、この前試したときは高速寄りだとローに入れてもトルク薄くて、案外加速が伸びきらないんだよね。バイパスはまだいいんだけど、そのあとの山道でカーブから立ち上がらなくて。だから、エンジンは8000回転くらいでもうある程度パワー出てると嬉しいかな。あとはキャパシタ多め、バッテリー少なめで立ち上がり、加速の伸び
「サスはどうする?」
「
「了解。今度バッテリーチェックとコンピュータの交換はした方がいいかも。あと、ショックもちょっとオイルにじんできてるからパッキンの交換も。エンジン回りはオイルとフィルターは早めに変えとけよ。途中で止まっても急いでは行けんからな」
「わかってるって。はい、ごちそうさまー。シャワー浴びてくるからその間にお願い、ね?」
「...わかった、やっておくよ。」
「よろしくー!んじゃ、風呂ってきます」
「はいはい」
私はさっさと食器を流しに運ぶと、そのままお風呂に直行。ギアの調整自体はほぼコンピューターユニットでセッティングをいじるだけなのでそんなに時間のかかる作業ではない。けど、私より現役整備士のパパの方が詳しいのでその辺はまかせっきりだ。もちろん自分でも少しづつ勉強はしてるんだけど、使えるものは使わないとね。
ささっとシャワーを済ませ、髪の毛を乾かしている間にギアの調整が終わっていた。
エンジンの吹け上がりも上々で、荷物の少なさもあいまって今日は”記録が出そう”な予感に頭が
走行用の服を着こんで、髪の毛をいつものリボンで頭の高い位置に一つ結びにする。ポニーテールってやつだ。これは飛脚を始めてからの習慣で、一種の
一通り荷物を確認して、ギアを身に着ける。エンジンを
「んじゃーいってきまっす!準備ありがとー!!」
「気を付けていってきなさい」
こうして18時35分、自宅を出発。もうすでに日は沈みきっている。2月というのもあって、着こんでも少し肌寒い。でも、動けばちょうどよくなるか!!なんて考えながら首元のマフラーを少し上げる。目指すは埼玉グリッド1304番田部さんち!
私のバイトというのは、世の中では飛脚と呼ばれている。ざっくりいうと人口減少と都市部への急激な人口集中の波に取り残された山間部などの家に荷物を届けるという仕事。なんで郵便屋さんとかじゃなくて飛脚と呼ばれているかというと、そのスタイルに
昔はもう少し道も整備されてて、途中にコンビニなんかもそこそこ残ってたんだけど、今は都市部を出ると一気に何もなくなる。今の車はほとんどが電気で走ってる。でも電気は今や
というのは表向きの話で、実際には飛脚は競技性の高い公道レース用マシンとしての色が強い。エンジンを積んだ車を製造できなくなって十数年。長距離を無給電で走るためという
そして、そんなスピードフリークな全国の飛脚たちが目指す
家を出てしばらく走ると我がホームロード、R17バイパスに合流した。この時間にR17を走る車両はほぼ
息を整え記録測定用のオービスシステムをコール。
「R17バイパス下り、オールクリア。こちら登録ナンバー66 五十嵐レイナよりSPEEDSTARRECORDSへ。”トップスピードアタック”計測を
数秒ののちにオペレーターより返答。
「R17バイパス下り、クリアを確認。ナンバー66の申請を
これで申請は完了。このバイパスに
ほかの車両が後ろから来ないのを確認して、ゆっくりと3車線ある道の真ん中に移動する。街灯が省電力モードを解除し、道が
「...さてと。今日もよろしくね、
「キャパシタ
ふっと風が吹いた。弱い追い風。背中を押されるようで、もう一度周囲を確認してからバイザーを下ろし、バッテリーを回路からカットする。
そして、加速を始める。まずは40㎞/hまでの加速だ。スピードスケートのスケーティングの
40㎞/hに達したらクラウチングの姿勢に
「42キロ確認。キャパシタ放電!」
キャパシタは短時間で大電流を放電できる特性がある。バッテリーを切り離したのは要求される電力にバッテリーが耐えきれず発火するのを防ぐため。キャパシタを解放するとモーターがうなりをあげて回り始める。私のギアは
「うおおおおおおおらああああああああ!!!!!」
キャパシタが切れたタイミングで回路から切り離し、エンジンと”
「SSRよりナンバー66へ。第一ポイント
この時点でエンジンの出力はほぼ
「SSRよりナンバー66へ。第二ポイント通過暫定速度は172㎞/hです」
第一ポイントからほんの数十秒で次のポイントを通過する。速度はこれでもかなり伸びている。すさまじい走行風に吹き飛ばされそうになるのを何とかこらえ、最後に充電したキャパシタを放電する。
「これで...どうだあぁああああ!!!」
「SSRよりナンバー66へ。第三ポイント通過暫定速度は191㎞/hです。これにて計測を終了します。速やかに速度を落としてください。Good Job,Challenger」
「はぁー...191キロ...最高記録じゃん...」
体感たった一瞬。でも、この世界は私を魅了してやまない。
エンジンの
「ナンバー66よりSSRへ。ランキングをお願いします」
しばらく流しながら返答を待つ。加熱したモーターからは煙が上がり、3000回転まで落としたエンジンの力強い
「SSRよりナンバー66へ。お待たせしました。第一ポイントでは57位、第二ポイントでは24位、第三ポイントでは12位です。お疲れさまでした。このあとも安全走行で」
「12位⁉SPEEDSTAR出場まであと2位じゃん!!ぃやったああああああ!!!!」
SPEEDSTARは北海道・東北・関東・中部・近畿・中国・四国・九州沖縄の各ブロックごとに二種目以上で10位以内に入ることができれば、そのシーズンの参戦資格を得ることができる。
私はすでにダウンヒルで今のところギリギリ9位に滑り込んでるから、
忘れもしない8歳の時、母親に連れられて観たSPEEDSTAR 2069シーズンの第3戦、
チームスワローテイルのサラ・アニーラがカーブを立ち上がったところでエンジンブローし、ストップ。第3戦優勝が見えていた中で
頂上付近にいた私は、最後のカーブで
あれ以来私は、SPEEDSTARの、そして飛脚のとりこだ。
冷却が済んだモーターにバッテリーをつなぎ、70キロくらいで気持ちよくがらがらのバイパスを流す。人の住む地域が
「今日はいい日ね。」
そんな私の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます