SPEEDSTARS

伊吹rev

前日譚

プロローグEP

EP - 00  プロローグ

 早朝。人口減少と都市部へのいちじるしい人口集中が生んだ長い長い田舎道いなかみちを二人の少女が駆ける。その速度、時速にして150㎞より速い。腰に装着されたユニットにはそれぞれエンジンが積まれており、激しい破裂音はれつおんを響かせる。足元にはローラースキーとバイクを組み合わせたような見た目のギア。走行用に積まれたインホイールモーターがエンジンの回転に呼応するように甲高かんだかいうなりをあげる。


 先頭を行くポニーテールの少女が姿勢を低くしながら叫ぶ。


「ノア!次は!?」


「レイナさん、テンカウントでターンライト、そのあとすぐにスリーカウントでジャンピングスポットです、備えて」


 ポニーテールの少女の後ろにぴたりとつける白髪の少女は、その長い髪を風になびかせながら淡々たんたんと告げる。サスペンションは聞いたことのないようなけたたましい音をたて暴れている。笑う余裕なんてないはずなのに、ポニーテールの少女は口の端を釣り上げた。


「...最高ね」


 瞬きをする暇すらない。すぐさま右カーブに向けて脚の前後を入れ替えると、右手を先行させ姿勢の安定を図る。手のひらのプロテクターが地面と擦れて火花を散らす。時速164キロからの急減速。ブレーキディスクが熱で赤く発光するそのさまは、夜明けの闇に良く映える。


「…8、9、10 ターンライト!」


 白髪の少女の合図でテールをスライドさせながらなんとか道幅内みちはばないで右カーブをクリア。すぐさま耐衝撃姿勢たいしょうげきしせいをとる。カーブした先には道路が隆起りゅうきしたポイントが。人口減少でインフラを維持いじできなくなった影響えいきょうは、こうしたところにも現れている。


「3、2、1、ジャンプです」


 ターンの荷重かじゅうが抜けきっていないサスペンションが暴れる。ポニーテールの少女はかまわずにフレームをきしませ、ぶ。


「衝撃備え、2、1」


 着地。フロントの着地を足先だけで感じつつすぐさま加速。駆動輪くどうりんがスキールするのをいなしながら荷重、無理やり押さえつけてグリップさせる。

 その時、突然ポニーテールの少女の左フロントが暴れだした。バランスをくずしそうになるのをなんとかカバーし、左のギアを見る。フロントのサスペンションがボトムしきったまま戻っていない。


「ノア!今ので左フロントサスからエアれした!ボトムしたまま戻らない、どうする!?」


 荷重が抜けきらない状態での無茶むちゃなジャンプに、サスペンションがねを上げたのだ。


「あと30kmと少しです。86番、00番が先行しているので悠長ゆうちょうに交換している暇はありません。フロントリジットで乗り切りましょう。スリーカウントでサスペンションをロックします。備えて。3、2、1、」


白髪の少女がカウントを刻んだ次の瞬間、ポニーテールの少女のフロントサスペンションが両足とも伸びきった状態で動かなくなった。電子制御でんしせいぎょドライバに介入かいにゅうして、無理やりロックさせたのだ。


「うわっ!これ…さすがはサラ、グローサ…これだけ飛ばしてても追いつかないって一体どういうことなの…」


 フロントが固まった衝撃で、前につんのめりそうになるのを何とかこらえたポニーテールの少女は愚痴ぐちをこぼす。


「彼女達は完全にバイパスの舗装路ほそうろを最速で駆け抜けることを焦点に置いたギアを持ち込んでいるようです。経路としてはすこし遠回りになりますが、整備された高規格道路バイパスを飛ばす戦略は、サラはともかく、グローサたちGT勢のスタイルに合っていると言えるでしょう」


「私たちもそっちいけばよかったんじゃないの?」


「SPEEDSTARは単純にスピードが出れば勝てるわけではありませんし、第一、スピードチューンはあちら側にかないません。単純な馬力ばりきだけをくらべてもあちらは80馬力オーバー、いいえ、もしかしたら100馬力に近いかもしれませんね」


「100馬力…さすが特殊とくしゅエンジン組は桁が違うとしか言いようがないね。それって、勝てる見込みあるの?」


「グローサの星形七気筒セブンスは本来航空機用の設計を転用したものです。なので一定の馬力を常に維持し続けるグランドツーリング的用途には威力いりょく発揮はっきするかもしれません。しかし、逆に言えばストップアンドゴーが続くとバッテリーの消耗しょうもうが大きくなりペースを落とさざるを得ません」


「なるほど、今回のコースは結局最後に山道を通る必要があるから、それまでにタイムを稼がなきゃスローダウンが怖いってことね」


「そういうことです。サラに関しても、今回は引いた荷物が重かったのでロータリーのメリットが帳消ちょうけしにされるうえに、加減速を繰り返すこちらのコースでは燃費が悪化し使用燃料量の制限に引っ掛かる可能性がありました。そのため、今回はロータリーの持ち味を捨ててでも堅実けんじつな燃費走行を選ばざるを得なかったんでしょう」


「じゃあ、サラさんの方はあんまり敵になりそうにないね」


「いいえ、そうとも言い切れませんよ。なんせ、”あの”天城あまぎREワークスですから、何もしかけてこないわけがない。これは私の想像でしかないですが、今回彼女は走行用のモーターを別物に変えてきています。昨日の予選の時、明らかにいつものEA16式の音ではありませんでした。おそらく、ロータリーを本当にレンジエクステンダーとして割り切ることでモーターを全力駆動させられるようにし、電動機でんどうきとしての側面を強めて最高速をさらに伸ばしてくる気でしょう」


「なにそれ!?さすがは元・SPEEDSTAR常連じょうれん...というか、天城がやりそうな変態作戦ね」


「ロータリーはフィーリングがモーターと似ているのでそもそも二つを使いわけることに苦はないと彼女は昔言ってましたし、なによりあのサラですからね。一輪まで乗りこなすんですから...」


「なるほどね…私たちは初めっからこうするしか勝ち目がないっていうこと」


「もちろん超高速チューンにかける手もありましたが、あちらのコースには46番のテイルや85番のニックもいます。さらにチャンピオンのカノンもあちらです。どちらかと言うとオフロード性能に分があるこちらは競う相手も少ないこちらを行く方が勝率が高いと踏みました」


「って言う割には私はフロントサス、そっちは…そうね、なんで走れてるのかわからないくらいなんだけど。それ、大丈夫なの?」


損耗そんもうは各所ありますが、メインドライブシステムとブレーキにはまだ少し余裕があります。サスは体の動きで代用していますが…どうしても他の部分への負荷が増えてしまうのであまり長くは厳しいかもしれません」


 という白髪の少女はすでに、足元に備えられた左右合わせて4本のサスペンションが、すべて機能していない。


「これは…帰ったら全部オーバーホールね」


「では、その前に賞金を勝ち取ってアップグレードと洒落込しゃれこみましょう」


「そうしたいけど…ぶっちゃけ勝ち目はどのくらいなの?」


「あと一回賭けを制することができれば、5分5分というところですね」


「次は何を賭けるの?ドライブトレイン?」


「それは後ほどのお楽しみとしましょう。とりあえず次のT字路を右に、峠です」


「ノア...あなた、機械人だからもうすこし堅実な判断をするものだと思ってたんだけど」


「機械人は人間社会になじめるように人格プログラムを作られています。ですから、機械人にもいろいろいるのですよ。少なくとも、Kanade社製のギアで飛脚ひきゃくをやっていたような人間が、大人しくセオリーをなぞるわけがないでしょう」


「なるほど、その通りかもね。わかった、その賭け、のった!」


「大丈夫です。もしもの時はオーバードライブもありますから」


 白髪の少女がが拳をぐっと握りしめたのを確認し、ポニーテールの少女はエンジンのギアをローに組み替えた。途端とたんにエンジンはさらに回転数を増し、乾いた甲高かんだかい破裂音を響かせ始めた。


「さぁ!まってろ“SPEEDSTAR”!!」




<SPEEDSTAR>

それは、年に8戦開催される“飛脚”たちのレース。

そのレースに参加する“選手”達を人々は、


速さに魅せられた狂人

自分と道具の限界に挑むチャレンジャー


などさまざまな意味、それからすこしの敬意でもって


“SPEEDSTARS”


と呼ぶ。


これは、そんなスピードの世界に挑む二人の少女の物語。





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