第4章 カウリの樹とモア
4-1
マトリはキウイバードのメーティを抱き上げた。メーティはフワフワで柔らかく、温かい。
メーティはつぶらな黒い瞳でマトリを見上げると、キューと嬉しそうに鳴いてマトリに自分の頭をマトリの腕に
「あれ、その鳥、まだうちにいたの?」
ヒックスが聞いた。
「そうよ、メーティとはもう友達だもんね。あれ? どうしたの、メーティ」
メーティはマトリの腕から飛び降りると、キキキっと鳴いて菜園をまっすぐ進み、こちらを振り返った。少し進んでは止まり、こちらを見てキーキー鳴いている。
「ついてこいって言ってるみたい」
マトリはメーティのほうへ向かって歩いた。メーティは嬉しそうに胸をそらして茶色い毛を膨らますと、フェツの大森林に向かって進み始めた。ラフィキもマトリの後ろに続く。
「おいマトリ、ついていくのかよ。危ないぞ!」
そう言いながらも、ヒックスもついて来ているようだ。
メーティはたまに立ち止まってマトリが後ろにいるのを確認しながら、短い足を高速で回転させて森をどんどん進んでいく。
「メーティ! どこに行くの? あんまり奥に行っちゃだめ!」
マトリは声を張り上げてメーティを呼んだが、メーティは足を止めない。シダが生い茂っている場所では時々ジャンプして自分の姿をマトリに確認させながら、森の奥へ奥へと進んでいく。
気づけば、マトリが今まで一度も来たことのないような場所に来ていた。けもの道すらなく、太い木々にはつる植物が複雑に絡まっている。枝に服が引っかかって下を向くと、マトリの薄い水色のスカートに植物の種がびっしりとついていた。
「うわ!」
ヒックスの叫び声が聞こえたあと、何かが倒れこんで草木がポキポキ折れる音がした。振り向くと、ヒックスが大きな傘のような葉を持つ植物の下でひっくりかえっていた。
ラフィキはいつも森で過ごしているからか、悠々と草木をかき分けてついて来る。
メーティが立ち止まって振り向くと、キキーと叫び声を上げて毛を逆立てた。まるで小隊の隊長のように、グズグズするなといった様子だ。
「そいつなんかおかしくないか?」
ヒックスが叫んだ。
三人はメーティを追って薄暗い森を進んだ。一時間ほど経過したように思えた頃、三人は少し開けた場所に出た。
そこには白くて真っ直ぐな幹をした大樹が、地面から天に向かっていくつも生えていた。木の先端は地上から数十メートル上にあり、霞んで見えないほどだ。木の表面はうろこのような白い樹皮で覆われている。白い大樹は神々しく、突如として恐竜のいる時代にタイムスリップしたかのような、不思議な感覚にマトリはなった。
「ラフィキ、この木って……」
すぐ後ろにいたラフィキに向かって、マトリは口を開いた。
「ああ……これはカウリの樹だ」
ラフィキはカウリの大樹の表面をなでた。カウリの樹は木漏れ日の光を浴びて、白い樹皮がキラキラと輝いている。中には十人のマトリが手を繋いで輪っかを作らないと囲えないほど、太い幹もある。
「これほど立派なカウリは久しぶりに見た。樹齢数百年……いや、千年を超えているかもしれない」
ラフィキは何やら木の根本の辺りを調べ始めた。そのとき、ヒックスがようやく追いついて息を弾ませながらやって来た。
「はあ、はあ、俺たち、どこに連れてこられたんだよ。ここどこ?」
「これは……」
ラフィキは立ち上がった。手にはスモモくらいの大きさの、透き通った黄金色の石を持っている。
「わあ! すっごい綺麗! うわぁ、これ、石の中に葉っぱが入ってるよ!」
マトリははしゃいで黄金色の石を眺めた。よく見ると、小さな気泡や木の枝、葉などが閉じ込められている。
「これはカウリガムと言って、カウリの樹から取れる松ヤニだ。時間がたって石のようになると、琥珀と呼ばれる」
「え! これが琥珀なの?」
ヒックスもカウリガムに見入っている。
「そうだ、琥珀は宝石と同じほど価値がある。このカウリの木自体も相当価値が高いだろう。カウリの木は建築材や家具、船の材料としても人気らしい」
マトリはカウリの樹の表面に手を当てた。樹皮はひんやりとして心地よかった。静寂の中にたたずむ木々たちからは、数百年、もしかしたら数千年分の、大地から吸い上げたエネルギーを感じる気がする。
「キューイ! キューイ!」
どこからか甲高い鳥の鳴き声がした。見ると、メーティが空に向かって細長いクチバシを突き上げて叫んでいる。何かを呼んでいるように見える。
「メーティ、ここに何かあるの?」
マトリがメーティに近づいたが、メーティはマトリに構わず叫び続けている。静寂の中に、メーティの甲高い鳴き声だけが響いた。
数分後、森林の中に弱い風が吹いて草木を揺らした。そこらじゅうから葉の擦れ合う音がする。
「何か来るぞ」
ラフィキが緊張の面持ちで森の暗がりを見つめた。地面に落ちる枯れ葉が震えては止まり、また震え出す。
地響きのような、ズンズンとした足音が、少しずつこちらに向かって来ているようだ。
「な、何なんだ」
ヒックスは血の気が失せた、蒼白な顔になっている。
マトリは心臓が再び喉元まで迫り上がってきた気がした。緊張して構えながらも、マトリは何が来るのか分かる気がした。
そして、ついにそれはやって来た。
森の暗がりから浮かび上がったのは、マトリが見たことのない、二羽の巨大な鳥だった。
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