3-4
「助けるって、おやじをか?」
ヒックスが袖で口を拭いながら言った。
「もちろんよ。まさかこのまま黙って見てるだけで、三日後にここから出ていくつもりなの?」
マトリは半ば挑むようにヒックスに言った。マトリからしてみれば、このまま家を放置して、のこのことスミス家へ出かけていくなど考えられないことだった。
「俺だって何かできることはないか考えたさ! ベトベト頭の、ちょび髭ジャドソンじじいが偉そうに話してるときからずっと。でも……でも俺は知ってるんだ。パントフィ先生の家で新聞読ませてもらってるし。おやじがああいう形で逮捕された以上、すぐに無罪を証明するのは難しいんだよ」
「なんでなの? どうして……だってお父さんは無実なのよ! あの懐中時計がなんでお父さんの部屋にあったのかはわからないけど、あんなもの、お父さんが欲しがるとは到底思えないわ。誰かの陰謀に決まってる! 誰があの懐中時計を仕込んだのかを証明できれば……」
「それだけじゃダメなんだよ」
ヒックスが言った。
「いいか、今おやじは警察署の中にある留置所の中にいる。今こうしている間にも、取り調べが進んでるんだ。警察官の中にはジャドソンとグルなやつがいるだろうから、ジャドソンの都合のいいように取り調べがきっと進んでる。警察は俺たちの訴えより、被害者のゴールド夫人の証言を信用するだろう。
それにジャドソンのやつは証拠固めに関しては前もって準備していた。多分、おやじと似たような人を雇って強盗させて、わざと姿を目撃させてる。最初からおやじが狙われてたんだ!」
「そんな、何のためにそんなことするのよ! この道場の立ち退きと大森林の開発のためだけにそこまでするわけ?」
「さあ、俺にもわからないけど、他にも理由があるんじゃないか。でも今はっきりしてるのは、俺たちが懐中時計が誰かに仕込まれたものだってことを訴えたところで、おやじが釈放される見込みはゼロだってことだ。それに、下手に探偵ごっこをして俺たちまで捕まっちまうのは、おやじは望まないんじゃないか。共犯を疑われてもおかしくないんだ。俺はそう思うんだけど」
ヒックスの言葉に、マトリは黙ってマグカップの底を見た。
「でも……ここを出てどこに行くっていうの? 私たちには身寄りはないし」
「それならとりあえずはうちに来ればいい」
黙って聞いていたラフィキが突然口を開いた。
「
「とりあえずそうするしかないな。そのうち他の街で仕事でも見つけて、生活の基盤を整えながらおやじが無罪なことを証明する証拠を集めるしかないんじゃないかと思う。きっと裁判にかけられるだろうし」
ヒックスが言った。
「そんな悠長なこと言ってられるの!? 今ならまだ集められる証拠も、明日にはなくなっちゃうかもしれないじゃない! 私は残ってお父さんを助ける方法を探したい。やってみなくちゃ分からないでしょ!」
マトリが声を少し大きくして言った。ヒックスは眉間にしわを寄せ、声を荒げた。
「それはそうさ! でも俺らの方が圧倒的に不利なんだ! 町民も町議会も、全部が警察の味方だ。裁判になったとしても、俺らは有能な弁護士を雇う余裕もない。下手に動けばジャドソンに潰される。共倒れになるよりも、俺らだけでも安全を確保して欲しいとおやじは願うはずだ。違うか?」
マトリは言い返そうとしたが、突然、喉に丸い石ころが詰まったかのように話せなくなってしまった。
マトリは込み上げてきたものをごくりと飲み込むと、ガタンと大きな音を立てて立ち上がった。手に持ったマグカップがぶるぶる震えて、お茶が辺りに飛び散った。
マトリとヒックスはテーブルを挟んで
ラフィキは神妙な顔で二人の間に座っていた。ラフィキの眼球は、まるで高速のテニスのラリーを見ているかのように素早く交互に動いた。そして突然、マグカップの取手をしげしげと見つめだした。
マトリは言い返す言葉を探したが、どうしても思いつかなかった。口げんかでは、一度もヒックスに勝てたことがない。
「わ、私は……私はやだもの! お父さんを置いてこの町を出るなんて、考えられない! 明日出て行かなきゃいけないわけじゃないのよ、三日間の猶予があるじゃない! 私は三日の間に証拠を探すわ。ヒックスはラフィキのところに先に行ってればいいわよ!」
マトリは悔しさのあまり
裏口から見えない場所に行くと、マトリは憤怒の表情のまま涙を袖で拭いた。
マトリの菜園も荒らされてしまっていた。警察官たちがつけた足跡がそこら中にある。
物置の近くに置いてある大きな
マトリが小さころ、ヒックスとかくれんぼしてこの
「マトリ……」
振り向くと、ラフィキが裏庭に出てきていた。ラフィキはマトリの肩に手を置いた。
「探そう……師匠が無罪になる証拠を。三日間だけ本気で探して、そのあと僕の家に来ればいい」
「ああ、やっぱりラフィキはマトリの味方かよ」
ブスッとした顔のヒックスも裏庭に出てきた。
「お前は先に僕の家に行っててもいいんだぞ」
ラフィキが言った。
「ちぇ」
ヒックスは石ころを菜園に向かって蹴飛ばした。
「俺だってじじいが釈放されるよう力を尽くしたいと思ってるんだぞ! マトリがここに残って、捕まるかもしれないリスクを負うなら、俺が先にラフィキの家に行く意味ないじゃんか。マトリ、危なくなったらすぐにこの町を出るぞ。いいな」
ヒックスの言うことの方がきっと正しいのだ。プロックトンも同じ意見だろうということも、マトリには分かっていた。
それでも自分の意見を曲げてくれたヒックスにマトリは感謝した。しかし言葉で感謝を伝えるまで心許す気になれなかったので、せいぜい緩く笑って見せた。
「マトリ……あれは何だ?」
ラフィキがマトリの後ろを指差した。振り返ると、マトリが昔隠れた瓶の後ろで、何やら茶色の、モフモフっとしたものが動いているようだ。
「メーティ!」
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