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「そんなことは関係ありませんねぇ。たとえそう思えたのだとしても、その懐中時計かいちゅうどけいはどう説明するつもりだ。それは確かにプロックトンの寝室にあったのですからねぇ。共犯者がいるかもしれんし、お宝の隠し場所はいくらでもあるでしょう。フェリータ警部補、お願いしますよ」


 ジャドソンはニンマリしながら一歩引き下がり、代わりにフェリータ警部補が警官の前に出てきた。


「プロックトン・グレイビアード、あなたを住居不法侵入の疑い、窃盗の疑い、強盗の疑い、および傷害の疑いで逮捕します」


 フェリータ警部補がスーツの胸元から出した手錠を見た瞬間、マトリは胃がギュッと締め付けられたかのように思った。あの大男は十五年間自分を育ててくれた唯一の親を、誰も身寄りのいないマトリの家族を捕まえようとしている。


「触らないで下さい! お父さんは渡さない!」


 マトリはフェリータ警部補が伸ばした腕を払いのけた。


「マトリ、やめた方がいい」


 ラフィキが優しくマトリの手を取った。


「お嬢さん、あなたにはどうすることもできない……」


 フェリータ警部補はマトリを見下ろして、低い声でそう言った。


「マトリ、ヒックス、もう良い。下がるのじゃ」


 プロックトンがヒックスの脇から出てきた。そして堂々とジャドソンとフェリータ警部補の前に立った。


「お前たち、手を出すでないぞ」


「ククク……観念しましたか、グレイビアード。なに、カイコウラ警察署まで行くだけですよ。そこの留置所で取り調べをして……余罪がたくさんあるでしょうからねぇ。その後どうなるかは余罪次第でしょう」


 プロックトンは手で髭をなでながらジャドソンを見た。プロックトンは手錠に恐れをなした様子も、取り乱した様子も一切なかった。まるでジャドソンを一度もきちんと見たことがなかったかのように、じっと観察した。


「ジャドソンよ、何を目論もくろんでおるかは知らんが、お主の企みはおそらく成功せぬぞ。一体何人をお主の企みのために犠牲にしたのじゃ? おそらくわしらの家だけではあるまい。人は、お主の思い通りには動いてくれぬじゃろう。驚くほどにそうなるじゃろうな」


 ジャドソンの土気色の顔にほんの少し赤みがさしたようだった。ジャドソンは醜悪な、憎しみのこもった目でプロックトンを見た。


「そのような憎まれ口をたたけるのも今日が最後ですよ、グレイビアード」


 フェリータ警部補がプロックトンに手錠をかけた。プロックトンは何も言わず、一切抵抗しなかった。


「行くぞ」


 警官たちがマトリとヒックスを脇へ押しやり外に出た。外には二頭立ての、黒い中型の馬車が止まっていた。二人の警官がプロックトンの両脇にぴったりくっついたまま、馬車に向かう。


「お父さん! 待ってて、必ず……」


「マトリよ」


 プロックトンが立ち止まると、警官たちも全員立ち止まった。


「何をしている! 時間がないんだぞ」


 ジャドソンが言ったが、フェリータ警部補も立ち止まった。


「それにヒックスもだ。絶対にわしを追ってはならぬぞ。成り行きに任せるのだ、自分たちの生活のことだけ考えるのだ。よいな」


「そんな、お父さん!」


「じじい……」


「マトリ、例のスミス家の女中になる話はまだ生きておる。数日中にスミス家の門を叩けば、彼らは快くお前を引き受けてくれるはずじゃ」


 マトリは、こんな時に次の働き先のことを心配してくるプロックトンが信じられなかった。ほんの少しだけ、腹が立ちさえした。無実を証明して釈放されて、また一緒に暮らしてくれる方がずっと嬉しいのに。


「やめてよお父さん……こんな時に……」


 マトリは目に涙を溜めながら言った。ヒックスは片腕を顔に押し当てている。


「ラフィキ、二人を頼んだぞ」


「任せてください、師匠……」


 一人の警官が御者となり、残りの者たちは馬車にぎゅうぎゅうと乗り込んだ。


「さてさて、あなたたちにも出て行ってもらいますよ、当然。この家は差し押さえられますからねぇ。三日だけ猶予を与えてあげますよ。三日後にまだこの家にいるようでしたら、そのときは……」


 ジャドソンは胸が悪くなるようなニヤリ笑いをマトリたちに放つと、馬車の扉をバタンと閉めた。そして馬車は行ってしまった。



* * *



 三人は散らかった道場を片付けた。


 何もかもがダメになっていた。粉ふるいはゆがんでしまっていたし、台所の保存食類は全て蓋を開けられているか、瓶や壺が割れてしまっていた。酢漬けも塩漬けも、マトリが仕込んだばかりのいちごの砂糖漬けも、全て食べられなくなってしまった。野菜は床に散らばり、小麦粉をかぶっている。


 昔飼っていた犬の皿は真っ二つに割れていた。プロックトンが大事にしていた謎のガラス製品もめちゃめちゃだ。


 寝室に入るとベッドカバーや枕は全て破られ、わたや鶏の羽がそこら中に飛び散っていた。ヒックスのためにマトリが仕立てた新しい綿のズボンも破られてしまっている。


 プロックトンが高い場所の物を取るときに台として使っていた、積み上げられた分厚い本もダメージを受けたようだ。『臨床微生物学りんしょうびせいぶつがく』や、『感染症の原因と予防法』の背表紙だけがぺしゃんこになって本棚の前に落ちており、中身はバラバラになって部屋中に散らばっていた。


 マトリは自分が使っていた一番小さい寝室に入ると、クローゼットの上にある棚に隠しておいた、小さい木箱を取り出した。マトリはその箱が無事だったことに安堵した。


 木箱の中には細い金鎖のついた、小さな石のペンダントが入っている。アーモンド型の石で、大きさはアーモンドより二回りくらい大きい。


 熟れたブドウのような黒紫色こくしいろのその石は、窓辺の光にかざすと赤や黄色、緑などの色が浮かび上がった。まるで画家が使うパレットのように、様々な色が散りばめられている。以前ヒックスが、これは遊色効果ゆうしょくこうかだと言っていた。


 このペンダントは、マトリがプロックトンに引き取られたときに握っていたものらしかった。マトリはペンダントを身につけて服の下にしまい込んだ。


 とりあえず台所だけを片付けたマトリは薪ストーブに火を入れ、気持ちを落ち着けるためにお茶を三人分入れた。三人はテーブルにつくと、マグカップに入ったお茶を黙って飲んだ。


「当然助けに行くでしょう?」


 マトリが出し抜けに言った。ヒックスはちょうどお茶を飲み込んだばかりで、ゲホゲホとむせた。

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