4-2

 二羽とも、少なくとも身の丈三メートル以上ある。木々の間から落ちる木漏こもれ日が、片方の鳥はキャラメルのような金茶色の羽を、もう一羽はシルバーグレイの羽を照らし出した。


 胴体よりも長い首の先にある頭にはふさふさした羽毛のような毛が生えている。カーブを描いた黒く太い、シャベルのような大きなくちばしがあり、側頭には黒い穴のようなものが見えた。耳だろうか。


 たくましい太ももから伸びている足は、マトリが昔、初等学校にある恐竜図鑑で見つけたティラノサウルスを思い出させた。膝の関節は大皿が入りそうなほど太く、三つに割れた足の先には大きな鉤爪かぎづめがついている。


「これが……モアなの?」


 マトリは息をするのも難しく思いながら、モアを見上げた。


 会ってみたくて、探し回った。それなのに一度も会えたことがない、伝説の鳥。


「まさかこれが……親父が見たモア?」


 ヒックスは驚いて唖然あぜんとしながらも、ジリジリと後ろに下がっている。


 金茶色のモアがマトリの目線までゆっくり頭を下げてきた。モアの目は、人間で言う白目の部分が榛色はしばみいろで、瞳は漆黒しっこくだった。


 モアはゆっくり瞬きして、マトリをじっと見つめた。美しい、慈愛じあいのこもった眼差しだった。長いまつ毛が上下するのが見える。


「おいマトリ、もっと離れたほうが……」


 ヒックスがマトリの肩に手を置いてモアと離れさせようとしたが、マトリは動かなかった。モアの記憶は一切ないマトリだったが、不思議とずっと昔からの知り合いのような気がしてならなかった。


 触れてみたい。マトリは巨大なモアを恐れながらもそう思った。


 マトリはそっと手を伸ばした。ヒックスは何か言いたそうな変な唸り声をあげたが、止めはしなかった。マトリは手を伸ばしたまま、金茶色のモアにゆっくり近づいた。モアの鼻息が、マトリの髪を揺らすのを感じた。


 マトリはついにシャベルのように大きな、ひんやりとした黒いくちばしに触った。金茶色のモアは目を閉じ、羽毛を膨らませ、低い声でクゥーと鳴いた。マトリはゆっくりとくちばしをなで、木漏れ日を受けて輝いている暖かい金茶色の羽毛に触った。


 プロックトンが逮捕されてしまった直後にもかかわらず、マトリは自分の中に強い喜びが湧き上がってくるのを感じずにはいられなかった。


 このモアが、私をお父さんの元へ運んだんだ。


 マトリには確信があった。わざわざマトリに会いに来たのだから。


「また会えたね」


 マトリはそう呟いた。そしてモアに顔を近づけると、モアは静かに目を閉じた。マトリの額が、モアの頭部に触れた。


 すると、不思議なことが起こった。シルバーグレイのモアが羽を膨らませ、グォーと鳴いた。途端にあたりが騒がしくなった。


「これって……」


 三人は目を見開いて辺りを見回した。辺りには、この森に住むありとあらゆる動物が集まっているようだった。


 辺りの木々は、今や様々な動物の影でいっぱいだった。マトリがいつも一緒に散歩するカラフルな鳥、尻尾のくるんと丸まったリスたち、木の穴からはムササビが頭を出してこちらを眺めている。


 足元に何かが触れた気がして下を向くと、たくさんのモルモットのような大きなネズミと、耳の折れた灰色のウサギがこちらを見上げている。中には食事中に急いで駆けつけたネズミもいたらしく、何匹かは両頬がパンパンに膨らんではちきれそうだ。


「ひぃー。あれはちょっと、俺は勘弁して欲しいかも……」


 後ろでヒックスが体を固くしているのを感じた。見ると、苔むした倒木から、ありとあらゆる種類のトカゲらしき爬虫類はちゅうるいが頭をのぞかせている。その近くの黒っぽい大木には、色とりどりのヘビが尻尾でバランスよくぶら下がり、舌をチョロチョロ出しながらこちらを見ていた。


「マトリ……上を見ろ」


 ラフィキが言った。上を見ると、マトリが幼い頃に孵化ふかさせたあの青い蝶々の大群が、まるで天の川のように空を横切っている。その上下を、様々な鳥が輪を描くように飛んでいた。


 メーティのキュキュという鳴き声が聞こえた。メーティの近くには大量のキウイバードが集まっており、モフモフとした茶色の大きなかたまりを形成している。


 まるで、マトリが今まで出会った動物たちが全てここに集結したかのようだった。


「みんな、また会えたね!」


 マトリの心は喜びに燃え上がった。目にまたもや涙があふれてきたが、道場の菜園で流した涙とは全く別のものだった。


 マトリは空に向かって手を伸ばすと、カラフルな鳥が一羽舞い降りて来て、マトリの右肩にとまった。青い蝶も何匹か大群から離れ、マトリたち三人の頭や肩に舞い降りた。


——我らはあなたを知っている——


 マトリの頭の中で、突然誰かの声が響いた。


「え? ヒックス、何か言った?」


 マトリが言った。ヒックスはゆっくり歩く大トカゲから離れようとしている。


——我々を助けてほしい。我々と、この森を——


 また声が響いた。マトリは辺りをキョロキョロと見回した。ラフィキは目がやたら大きくて、片手に収まるほど小さいサルと戯れている最中だ。


「まさか今のは……モアの声なの?」


 モアを見上げると、二羽とも榛色はしばみいろの目でじっとマトリを見つめている。


「マトリ、大丈夫か?」


 異変に気がついたラフィキがマトリに声をかけた。


 その時、突然、動物たちが一斉に静かになった。サーっと気味の悪い沈黙が流れた。


「え、どうしたのかな」


 動物たちの動揺を感じ取って、マトリは狼狽た。


 次の瞬間、何かが草や枝を踏みしめる微かな音が聞こえた。その音はだんだん近づいてくるようだ。


 動物たちはクモの子を散らすように逃げ出した。現れた時と同様、ほとんど全ての動物が突然いなくなった。残ったのはメーティとモアだけになった。


 モアは猛々しく首を振ると、怒ったように鉤爪で地面を掻いて土を掘り返した。


 マトリの頭の中に、またあの声が聞こえてきた。


——我らを忘れないでほしい——


 二羽のモアはきびすを返すと、深き森の闇へ消えていった。


 マトリは放心状態で、モアが消えた木々の間を眺めた。本当にモアの声だったのだろうか? 


「何か来るな」


 ラフィキが言った。枝を折る音は、もうすぐそこで聞こえる。どうやら複数の何かが移動しているようだ。


「動物たちが隠れちまうなんて、猛獣か何かかもしれないぜ! おい、俺たちも隠れた方がいいぜ」

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