終章『小さな靴は…』
No,47
「ご卒業おめでとうございます。アコ様」
「ありがとうございます。あはは~」
照れ隠しと言うか今すぐこの場から逃れたい亜子としては、薄っすら笑うことしか出来ない。
無事に短大の卒業することが出来た。色々とあったが……どうにか無事にだ。
メイド姿で出迎えるエミリーを見る周りの目が痛い。主人のような扱いを受けている自分の姿を想像すると、亜子としては今直ぐにでも逃げ出したくなる。
「奥様もご参加されたがっていましたが」
「お仕事ですものね」
「はい。とても悔しがってました」
「……助かりました」
ポツリと呟き安堵する。
イギリスからのVIPなら問題は無い。大いに問題は生じるが問題は少ない。
けれどどこぞの大統領まで来日して参加したがっていると聞いた時は、姉たちに懇願して全力で阻止して貰った。
「寂しいですか?」
「平気です。高校の時もこうでしたし」
苦笑し亜子は二年間通った大学を後にする。
独りぼっちの卒業式……周りに級友たちは居るが自分の保護者は参加しない。
最近ニュース映像で知ったが、本当の両親はアフリカに居る。何でも井戸掘りの手伝いをしながら暮らしていて、最初同姓同名の別人かと思い目を丸くした。
人々の為に働いている両親の姿に何処かホッとし、ついでにエミリーに頼んで自分が持つこととなった資産から寄付を頼んだ。
あくまで両親にではなく、アフリカで井戸を欲する人たちの為だ。
「少しお待ちください。今タクシーを」
「は~い。アコ~」
「「……」」
オープンカーから大きく手を振る場違いな存在に呆れつつ、亜子は大きく息を吐いた。
仕事中の姉が居た。居たらいけない人が居た。
「クリスさん! 今撮影中って言ってましたよね?」
「あはは。色々とあってちょっと来たのよ」
笑ってよこすスーパーモデル兼女優の姉に、亜子は心の底から深いため息を口にした。
「本当に好きですね。この手のイタズラが」
「うん大好き」
「そんな笑顔で頷かないで下さい」
屈託のない笑みを浮かべられたら亜子としても怒れない。
「エミリー」
「はい。クリス様」
「妹を連れて行くから後は宜しく」
「分かりました」
2人乗りのオープンカーである為メイドであるエミリーは乗れない。
頭の飾りなどを取った亜子は、今日の服装を洋装にした自分を内心で褒めた。
「ならちょっと走るわよ」
「何処にですか?」
「空港。もう帰らないと」
「って本当に何しに来たんですか!」
「いいからいいから」
グッとシートに体がめり込むほどの加速を見せ、車は走り出した。
「あっと言う間に卒業ね」
「ですね」
「これからはどうするの?」
「予定通りです」
高速で渋滞に掴まり、周りの視線から逃れるためにオープンカーに蓋をする。
ようやく落ち着いてからクリスは可愛い妹に視線を向けた。
「介護士だっけ?」
「はい」
「……それが貴女の夢だものね」
「ですね」
夢は変わらない。だからずっと勉強を続けて来た。
「お母様はエミリーに全て押し付けて良いって言ってるわよ?」
「でもわたしが決めたことですから」
「そう。なら頑張りなさい」
ゆっくりと車が進み出し、2人は空港へとたどり着いた。
『わたしはここからジェットで帰るから』『わたしは?』『もう少し待ってなさい。そろそろ来るわよ』と姉との会話を済ませ……亜子は長椅子に座り手の中のスマホを弄ぶ。
中には色々な写真が納まっている。
最初から順を追って見れば……いつも傍に彼が居た。僅かな期間だけど一緒に居て、不意にその姿が消えた。それからはずっとベッドの傍に居る自分の姿が多い。
突然倒れて意識を失った彼が目を覚ますのに要した時間は1年だった。
意識は戻ったが彼はある物を失った。記憶だ。
倒れた日から半年程度の記憶を失い……彼の中から亜子に関する記憶が全て消え失せた。
誰かが言った。『最初からやり直せば良い』と。
誰かが言った。『丁度良い機会だから一度今の関係を終わらせれば良い』と。
記憶を失い、何より突然倒れるほど弱っている彼の寿命は長く無いだろうと。
大人の選択だ。きっと周りは自分の身を案じているのだと理解した。
薄っすらと浮かぶ涙を拭い……亜子はスマホの画面を見続ける。
出会った頃よりも遠くなった距離感がある写真を見つめる。
家族との関係は変わっていない。彼との関係だけが変化したのだ。
ずっとずっと写真を送り続け……最後の写真となった。
今年のバレンタインだ。つい最近の写真だ。
ソファーに腰かけている彼に抱き付いてエミリーに撮って貰った物だ。
そっと指先で彼の顔に触れると……昔と変わらない笑みを浮かべていた。
「はぁ? 今電車だと? 誰のせいで中東に行く羽目になった! 死に晒せ!」
感傷に浸る亜子の耳にその声が届く。
呆れつつも苦笑して……スマホを仕舞う。
視線を向ければやれやれと疲れた様子で頭を掻く彼が居た。
「お帰りなさい。柊人さん」
「ただいま亜子。済まないな」
「仕方ないですよ。叔父さんがまあ……」
中東で逮捕された叔父を開放するために彼はわざわざ出向いて人脈の限りを使ったらしい。お蔭で厄介な仕事が増えたとずっと愚痴っていたが。
「で、早速逃げられたんですか?」
「ああ。公安に告げ口してあるから監視は付くはずだがな」
「それでも中東で逮捕されたんですよね?」
「酔って全裸になったそうだ」
聞かなければ良いと思った。心底思った。
と、彼の手が頬に伸びて来た。
「泣いてたのか?」
「はい」
「ごめんな。卒業式に間に合わなくて」
どうにか間に合わせようと姉に頼んで彼女のジェットで香港から飛んで来たそうだ。
それでも間に合わなかったのは仕方がない。彼が悪いわけでもない。
「ってこの涙はその……」
「ん?」
「待ってて昔を思い出して」
『あはは』と照れ笑いを浮かべる。
「写真を見てたら凄く辛くなっちゃって」
「そうか」
「でも今は平気です。柊人さんにお嫁さんとして認められるって言う使命もありますし」
「そうか」
「はい」
元気に頷く彼女に柊人は苦笑する。
本当にこんな自分を一途に愛してくれる……健気な存在だ。
「それにクリスさんが言うには、わたしは
「そうか」
「はい」
あの姉にしたらいいことを言う物だと柊人は苦笑する。
「はい。お土産」
「……何ですか?」
彼が鞄から取り出した小さな包みを亜子は両手で受ける。
視線で見るように促された気がして……見るとそこには小さな靴があった。
「知ってるか? 欧州の方だと生まれた子供に靴を贈る習慣があるって」
「……」
「卒業式ぐらいでお前が俺に付いてこないのはおかしいと思って調べれば……」
「……」
苦笑する柊人に対し、亜子は顔を真っ赤にさせる。
まさか去年のクリスマスにようやく得たたった一回の機会で宿るとは思ってなかったのだ。
「ガラスの靴じゃないけど……まあ幸せの象徴だろ? シンデレラ」
「……ですね」
グッと涙をこらえて亜子は彼に抱き付いた。
~数年後~
「かあさん」
「なに?」
「なにかおはなしをきかせて」
可愛い娘が甘えて来る様子に母親は優しく笑い我が子を抱く。
「どんなお話が良い?」
「ん~。しんでれら!」
「そう」
クスッと笑い母親はそっと目を閉じた。
「なら特別なお話をしてあげる」
「とくべつ?」
「ええ」
それは偶然幸運を得たシンデレラが、王子様からガラスの靴では無く小さな子供用の靴を得た……そんな幸せな物語だ。
おしまい
~あとがき~
これにて完結です。当初の予定通りゴール出来ました。
しばらく恋愛物は書かないかな? ネタが出来れば分かりませんが。
読者の心に何かが残ればと…。
(C) 2020 甲斐八雲
灰かぶり姫も楽じゃない 甲斐八雲 @kaiyakumo
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