No,43

「亜子さんや」

「何ですか? と言うか何でそんなお婆さんを呼ぶような感じなんですか?」

「俺ってばもう良い齢のお爺ちゃんだからね」

「はいはい」


 彼のお爺さんネタもいい加減飽きてきたので、亜子は手に持っていたスマホを机の上に置いた。姉からの苦情と言うか嫉妬と言うか怨嗟と言うか呪いと言うか……とにかく酷い言葉が山のように送られてきていて消すのに一苦労した。


 見ずに全消しでも良いのだろうが、それでも姉からのメールなので一応は読んでから消していたのだ。


「何かご用ですか?」

「用事があるならエミリーにでも頼むよ」

「ですね」


 お仕事したいメイドは暇を見つけては何かしているので、『お風呂に入りながら徹底的に風呂場を磨いておいて』と柊人が命じた。

 今頃掃除なのか入浴なのかよく分からない状況に居るはずだ。


「ちょいと散歩に行こう」

「良いですけど……」


 珍しい。それが亜子の純粋な気持ちだった。


 普段の彼は正直横着ばかりする。両膝に爆弾が入っているから仕方ないとも言えるが、それ以上に基本設定が横着者なのだ。


 ただ2人きりの散歩が嬉しいので亜子としては気紛れでもウェルカムだ。

 上着を羽織りサンダルを履いてコテージ風の宿を出る。


「うわ~。やっぱり夜の海って怖いですね」

「そうか? 俺としたら横殴りの雨の海が一番怖いけどな」

「嫌な実体験を語らないで下さい」


 柊人の場合はそれ+サメと言う単語も加わる。

 その条件なら海とサメを知る人ならば全員が恐怖するのは間違いない。


 月明りを光源に砂浜を歩くのは気分が良い。

 目が暗闇に慣れてきたのか、亜子は柊人がバケツを持っていることに気づいた。


「夜釣りですか?」

「魚は流石に飽きたな。明日はご飯とみそ汁の日本食が良い」

「ですか。なら……エミリーさんに言えば揃えてくれそうですしね」


 万能メイドなら、きっと食材など後で頼んでおけば翌朝までには準備しておいてくれそうだ。


「それで何をするんですか?」

「バケツが見えてこっちが見えないとは……君の目は節穴か?」

「バケツの中に入ってる物が見えないだけで酷い言われようですね」


 けれど彼が取り出したのは物を見たら、多少の暴言が許せる気になる。

 コンビニなどで売ってそうな花火セットだ。


「折角だしね」

「そうですね」


 素直に笑い亜子も手伝い花火を始める。


「ゴミは袋にな」

「はいはい。ってこのロケット花火は打ち上げない方向で。このパラシュートも」

「ロケット花火とかパラシュートの花火とかって夜する物じゃないよな」


 手早く分けて、純粋に火花を見て楽しむ花火を選ぶ。


「煙幕とかヘビ花火とか嫌がらせに思えてきますね」

「日中に花火をする人も居るからな。そっちは明日こっそりやるかな」

「わたしに向かって使ったら怒りますからね?」


 相手がノーコメントなので、亜子は危険な花火を全て回収した。


「始めましょうか」


 蝋燭に火を灯して一つ一つ楽しんで行く。


 何故か花火を握るとブンブンと腕を回したくなるのだろうか?

 柊人がそれを始めたのを見て亜子もつられて一緒に腕を回す。


「ならば両手でっ!」

「こっちは横に回ってメリーゴーランドですっ!」


 段々とおかしなテンションになり2人揃って全力で花火を振り回す。

 次第に息も上がり体力も切れかけた頃に……残った線香花火に火を灯す。


「何で花火を振り回したりしてたんだろうな?」

「ですね」


 騒ぐだけ騒いで線香花火で賢者タイムを迎える。

 チリチリと燃える花火を見つめ……その儚さを味わいながらも自然と火種が落ちる時間を競い出す。


「花火って人の攻撃的な何かに作用するんだな」

「ですかね~」


 3対1で勝利した亜子は、残った最後の線香花火に火を灯す。

 チリチリと弾ける火花にそっと目を向ける。


「今度はクリスさんを誘って……ダメですね」

「何故諦めた?」

「クリスさんの場合、線香花火より絶対に打ち上げ花火を求めそうだから」

「仕方ないだろう? こんな手持ち花火を楽しむのは日本人ぐらいだしな」


 ポトッとバケツに張られた海水の上に火種が落ちて、最後の線香花火が終わりを迎える。


「亜子さんや」

「はい?」

「楽しんで頂けたかな?」

「ですね」


 軽くゴミを片付けてもう一度当たりを確認する。

 目立ったゴミは見えないが一応明日、確認に来ようと決めて亜子は砂浜に腰を下ろした。


「カナダで見た星も綺麗でしたけど、こっちも良いですね」

「見える星にそこまで違いは無いんだけどな。あっちは野生動物の息遣いを聞きながら焚火越しに星を見上げ、こっちは潮騒を聞きながら星を見上げる。慌ただしい休みを過ごしてるよな?」

「それを主導している柊人さんが言わないで下さい」


 軽く注意をして亜子は夜空に浮かぶ星を見る。

 星座なんて全く分からないが唯一分かる物がある。天の川だ。


「こんなに綺麗な天の川を見たのって初めてです」

「カナダでもクリスに同じことを言ってたぞ?」

「そうですか?」


 たぶん壮大な星空に感動して言ったのかもしれない。

 亜子にはその記憶が無かったからだ。


「でも綺麗ですよ」

「そうだな」


 コロンと横になってから髪が砂で汚れたとちょっと悔やむ。

 寝る前にシャワーを浴びれば良いと開き直って亜子は夜空を見る。


「本当に綺麗です」

「そうだな」

「……柊人さん起きてます?」

「同じ返事をしたらそう尋ねられるとか失礼な気がするけど?」


 苦笑気味の相手の声にクスクスと亜子も笑い出した。




(C) 2020 甲斐八雲

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