No,35
「家族は良いんです。良くは無いんですけど……でも親しい友人って」
急遽ドレスが必要となった亜子だがクリスに攫われ頭の天辺から爪先まで採寸を受けた。
彼女がスマホで何やら電話をし、時間までにはドレスが間に合うそうだ。
「大丈夫よ。本当に親しい人だけらしいから」
「と言っても子供の頃のお隣さんとかじゃ無いですよね?」
「まあね」
不満たらたらの亜子の愚痴が止まらない。
「きっと世界的に有名な会社の社長さんとかが来て、わたしに英語のシャワーが」
頭を抱えて亜子が蹲った。
と言うより相手に逢うことよりも英語を恐れているのだと知って、クリス的にはどうでも良くなってた。
「忘れてるみたいだけど、私も有名企業のCEOよ?」
「クリスさんは良いんです。わたしのお姉さんですし」
「……」
姉として慕われているなら悪い気がしないからクリスは全てを許した。
「問題は柊人さんです」
「シュウト?」
「はい。相談役とかわたしも知りませんでした」
知ったところで何も変わらないが、やはりひと言くらい欲しい。
「何よりまだ隠してますよね?」
「あれは隠さないわよ」
「わたしは」
「シュウトに聞いた?」
クリスの指摘に亜子の口が塞がる。
ホワイトハウス内のベッドルームでベッドを椅子代わりにしているクリスは妹を見た。
「基本的にシュウトは横着者なの。だけど聞けば答えてくれる。ただアコの身を案じて言わないこともあるかもしれないけど、それでも言える範囲は全部言うわ」
「……」
難しい表情を見せる妹を手招きして、クリスはそっと亜子を抱きしめた。
「アコは我慢し過ぎ。少しは私を見習って……」
ツッと視線が泳ぐ。
「物理的に口を割らせれば良いのよ」
「今の間は何ですか?」
「シュウトもアコぐらい素直なら楽なのに」
「言いたくないことだってあるはずだって?」
「あん? 姉に内緒にするとか許せないでしょ?」
「そうですか」
暴君が居た。だから亜子は素直に諦めた。
「それでもシュウトが隠していることなんて無いわよ」
亜子を抱きしめてクリスは子供をあやすように体を左右に揺らす。
「知り合いの会社に資金提供しているとか、盲導犬の育成には結構な金額を寄付しているとかかしら?」
「普通ですね」
良いことをしていると理解出来るが普通だ。
「それとお兄様用に人材派遣会社を運営してて夏と冬のイベントは人海戦術で頑張っていると聞いたけど、アコは何か分かる?」
「……野球かな?」
違う。お台場のあれだと亜子は察した。
兄の為にそんなことまでしているとは……と言うかあれはそれな本とか売っているからどうなのかとも思うけれど、でも柊人の部屋を掃除しててもそれらしい物は発見されない。毎日操作しているタブレットPCがとても怪しいけれど。
「あっ! あれがあった」
「どれですか」
「……」
「クリスさん?」
珍しく言い淀むクリスに亜子がその目を向けた。
しばらく悩んでからクリスは諦めた。
「寄付よ」
「盲導犬以外に?」
「違うわ。あの子は自分と同じで手足に障害を持つ人の手術費用を、お母様が作った財団名義で全額寄付とかしてるの」
「良いことですよね?」
「まあね」
苦笑するクリスは亜子が気づいていないから、このままスルーすることにした。
基本的に弟は困った人を放っておけないのだ。マイアミ沖で誓ったとか言っているが、それだってただの照れ隠しだとクリスは思っている。
「日本って寄付の文化が弱いでしょ? だから大々的にやっているとか言うとね」
「それはありますね」
良いことなのに隠れてするのが日本人だ。
別に亜子からすれば偽善でも何もしないならやった方が良いと思う。それを非難する人がどれ程の善人かは知らないが、少なくとも1円でも募金する気持ちは持ってて欲しい。
「まあシュウトは良い子よ。うん」
「ですね」
亜子が笑っているからクリスは良しとした。
英語のシャワーが止まらない。
頼りにしていた姉は早々に企業の偉そうな人たちのテーブルに移動した。
一応家族席に居る亜子はその身を小さくし、存在を消すことに努める。
「猫背になってるぞ?」
「このまま猫になって消えたいです」
「無理を言う」
クスクスと笑い隣に居る柊人は座ったままで動かない。
何より晩餐会を主催したお父さんなど挨拶をしたら急ぎの仕事とかで消えた。
ホスト不在とかそれで良いのかと言いたい。
「おっホストの代理が来た」
「代理?」
柊人の言葉に視線を動かすと、亜子はそこに『the USA』を見た。
自分でも意味が分からないが確かにそんな気分になった。
綺麗な金髪に碧い目。高身長にボンキュボンだ。グラマラスだ。でも太く感じない。何より美人だ。色々とズルい。
軽く挨拶をしながらそんな人物がこっちに来る。
『久しぶり』
『いつこっちに?』
『さっきよ。シュウトたちが来てると聞いて』
椅子を引いて立ち上がった柊人に、その美人がハグからの頬にキスまで流れ動作だ。
『彼女が?』
『色々と言われている俺のお嫁さん』
『日本人ってこんな幼い』
『俺より2歳下だから。日本はまだ16で結婚出来るから』
『……凄いのね』
感心なのか何なのか分からないが、彼女は深く頷いた。
「亜子」
「はい」
「父さんの本当の娘さんでステファニー」
「あっ亜子です。まいねーむいず亜子?」
「何故に疑問形」
クスクス笑い柊人が通訳する。
英語が全くなお嫁さんと聞いてステファニーは納得した。
『後で詳しく聞かせてね』
『暇があればな。なければ今度な』
『無理やり作る』
宣言し、彼女は何故か拳を握りクリスの元へと向かった。
分かっている者は静かに避難するが……運悪くとどまった者は、彼女らの冷ややかな会話を冷や汗をかきながら聞くこととなる。
クリスとステファニーは何故かとにかく仲が悪いのだ。
(C) 甲斐八雲
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