No,34

 異様に喜んでいる乗客の様子に首を傾げながら、亜子は柊人の後を続いて入国の手続きを済ませた。

 普通の人との行列から離れて別の通路を通って『ここは何処?』な場所に出る。


 時差のせいで欠伸をしている柊人が焦っていないから大丈夫だと思い、亜子も口元を隠して小さく欠伸をする。

 十分に寝たはずなのになぜか眠い。


「柊人さん」

「ん?」

「何を待ってるんですか?」

「たぶん迎えだな」

「そうですか」


 良く分からないが納得した。


 待つこと10分……黒塗りのゴツッとした車がやって来た。


 いつものパターンで映画とかで見る胴長の車を想像していた亜子だったが、確かにこれも胴長だが何かが違う気がする。

 装甲車的な感じでゴツゴツして見えるのだ。


「しまった。想定外だ」

「柊人さん?」


 やって来た車に柊人が額を押さえた。

 彼が想定外だという事態が想像出来ない。


 しかし止まった車のドアが開き……亜子はその中に居る人物を見て理解した。

 想定外だ。約束が違う。


『欧州に遊びに行ってると聞いたんだけどな?』

『ああ行くさ。心配はない』


 護衛らしいゴツイSPに促され、柊人と亜子は荷物を預けて車に乗り込む。

 同乗の男性が合衆国の大統領とか普通に考えてあり得ない。亜子は思考を停止させて夫の腕にしがみ付いた。


『このままホワイトハウスか?』

『そこが今の自宅だ。何か問題でも?』

『何よ。ただ事前にひと言欲しかったぐらいだ』

『ふむ』


 顎に手を当てて何やら考え込んだ彼は、ニヤリと笑った。


『なら私もお前が結婚をするならひと言欲しかったのだが?』

『悪かったですよ。ごめんなさい』

『まあ良い。それより柊人、前回送って来たレポートだが……』


 何やら英語で話し出した親子の会話に口を挟めず、亜子はそのまま荷物と化した。




『久しぶり。アーノルド』

『久しぶりです。相談役』

『それはただの冗談だから』


 夫の後ろについて亜子はガチガチに緊張していた。

 時折柊人に促されて挨拶をする程度で、自分がどうしてホワイトハウスの中に居るのか考え無いことにした。


「そうだ亜子」

「はい?」

「今から入る部屋は余計な物に触れるなよ」

「……」


 注意なのか警告なのか分からない言葉を夫から聞かされる。


「特にケースを持った人のケースに手を伸ばしちゃダメだぞ? 絶対だぞ?」

「分かりました。絶対に伸ばしのせん」

「冗談の通じない」


 冗談ではない。たぶんそのケースとやらはあれがそれしたスイッチのケースだ。

 ちょっとあれしたら地球が7回滅んだりするスイッチなのだ。そんな映画を来る飛行機の中で見たから間違いない。


「流石に家族と逢うのにそんな人を同室させないわよ」

「……クリスさん」

「あらあら? 怖い大人に囲まれて怖かったのね~」


 出迎えた自称姉に抱き付いて亜子は全力で甘える。

 お姉ちゃんをしたいクリスとしては甘える彼女が可愛いからいつでもウエルカムだ。


「来てたんだ」

「お父様の部下に拉致されたのよ。何でも地球に未確認の隕石が」

「どこの映画だ。それにその手の映画は出て無いだろう?」

「そうなのよね。一度ぐらい出たいんだけど、最近は男性を殺す女の役ばかりな気がするわ」


 鬼気迫る演技が高く評価されてのことだが、クリスはどうも満足していない様子だ。

 そんな姉に抱かれて亜子たちはとある部屋に入る。


 何故かニュース映像で見たことのある部屋だ。


「大統領の執務室とか勝手に入って良いのかね?」

「少なくともここはお父様の家だから良いんじゃないの?」

「そう考えればそうか」


 先に来ていたクリスがお茶をしていたのか、ソファーにはティーカップが置かれていた。

 3人掛けのソファーに座り、色んな都合で亜子が真ん中になった。


「それで何でここ?」

「さあ? 仕事をしている姿でも見せたかったのかしらね?」

「最近は経済対策が功を奏して支持率良いんでしょ?」

「まあね。お母様が意見してるから結構容赦ないらしいけど」


 良し良しと亜子の頭を撫でながらクリスは柊人と軽口を叩き続ける。

 と、何やら話をしながら忙しい男……合衆国大統領がやって来た。


『柊人』

『はい』

『このレポートの出来が良くてな。議会に提出しようと思っている』

『……適当に映画を眺めながら書いた物なんですけど?』

『それでも出来が良ければ問題無いだろう。出来ればもう少し詳しい数字を椿氏と話して詰めて欲しい』

『……今回の欧州外遊の行き先は?』

『フランスには立ち寄る』

『それでか』


 自分がどうしてここに呼ばれたのかを理解し、柊人は軽く頭を掻いた。

 クリスの通訳で何となく理解した亜子は……そもそもの質問を姉にぶつけた。


「柊人さんって何をしてるんですか?」

「あら? 知らないの?」

「全く」

「柊人はお父様の私的な相談役の1人よ」

「……」


 姉の言葉が理解出来ない。日本語なのにだ。


「主に環境問題に関して色々と意見してるみたい。何でも彼の叔父さんがその方面に伝手があるとかで」


 まだ逢ったことの無い叔父の話を持ち出されても困るが、何よりどこに高校生をしながらそんなことをする人が居る。残念ながら自分の夫がそれらしいが。

 と、お父さんが亜子を見た。


『急に呼び出して悪かったな。今夜は細やかだが晩餐会の手配をしてある。家族や私の親しい友人が参加するモノだが楽しで欲しい』


 クリスの通訳でそれを聞き、亜子はカクカクと頷くしか出来なかった。




(C) 2020 甲斐八雲

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