No,33
「……」
初めて来た羽田空港に亜子は圧倒された。
ニュース映像で何度も見ているが、訪れるのは初めてだ。
ここで飛行機に乗って海外に旅立つのだ。
とりあえずポシェットの中のお守りに手を当て、『無事に!』と強く念じておく。
慣れた様子で空港内を行く彼は、何故か案内場所の近くで足を止めた。
『何故だろう?』と亜子が首を傾げていると、数人の外人が来て……何故か納得した。はち切れんばかりの筋肉をラフな格好で抑え込んでいる彼らが普通の人な訳が無い。
柊人が英語で会話すると彼らは去った。
「護衛さんですか?」
「まあな」
呆れた様子で彼はまた荷物を引っ張って歩き出す。
「マイクたちは横田から先に現地入りしてるってさ」
「……」
「それで数人が同じ飛行機に乗るから、一応座席の確認だよ。こっちが言わなくても知ってるのに規則だからって真面目だよな」
総合的に判断して、真面目だったらまず横田から飛んで行かないような気がした。
亜子はそっと現実を逃避し、まず搭乗手続きを済ませて荷物を預ける。
初めての海外旅行で何も分からない亜子は全てを柊人に丸投げだ。
「後は時間まで暇潰し」
「えっと……」
なら椅子でも確保してと、彼の両膝の爆弾を知る亜子は辺りを見渡す。
だが柊人の手が自分の手を掴んだことで亜子は動きを止めた。
「カードあるでしょ?」
「あっはい」
急いで財布を取り出して家族用にと渡されている黒いクレジットカードを取り出す。海外で有名なあのカードだ。
「それがあるとここのラウンジを無料で使えるんだよ」
「ラウンジ?」
「休憩室と思えば良いかな。行けば分かる」
歩いて移動すると自動ドアの前に居た。
係の人にカードを提示し2人で中に入る。
少ないがお客さんが居て、各々寛いでいた。
「ここの飲み食いも基本無料だから」
「……」
自分のカードを両手で持って亜子は何度もそれを見る。
黒い色したそれは自分の知らない高性能な機能まで付いてるらしい。
「搭乗時間までここで休憩です」
「はい」
とは言え場違いすぎる場所なので、亜子は彼の横に座ってオレンジジュースを飲みながら時間を潰した。
体が埋まった。椅子に体が埋まった。
初めての飛行機は、ファーストクラスと言う単語でしか知らない場所だった。
少ない座席に広々とした空間。お金持ちの場所だ……としか思いが至らない。
「この膝がもう少し融通が利けばエコノミーで良いんだけど、ずっと曲げて固定してると辛いからこうなるんだよね」
「……お高いんですよね?」
「そうでも無いよ」
絶対に嘘だと亜子でも分かる。
ジッと相手の顔を見つめていると、柊人が気づいて視線を寄こした。
「この航空会社は母さんが大株主だからね。知らない間に俺の名義で何パーか保有してるのよ」
「つまり?」
「株主優待で安くなります」
椅子に座り亜子は簡単な説明を受ける。
お母さんであるエリヘザートさんは、プライベートジェット以外にも複数の足を確保する必要から、こうして何社か株を保有しているらしい。
その全てに柊人とクリス名義の株が存在しているとか。
「クリスさんもですか?」
「母さんに財テクを任せると容赦無く増えるからね」
「……優しそうな人なのに」
「泣かされてなかった?」
「でも優しい人ですよ」
姉からの言葉を信じれば、お母さんである彼女は大変優しい人だ。
世界中の色々な団体に寄付を出し、特に戦争孤児に対しての寄付金はとんでもない金額を注いでいるらしい。
1人でも笑える子供が増えることを望んでいる人なのだ。
「お母さんにも逢えるんですか?」
「逢えると思うよ」
一応今回の企画提案は母である。
椅子に腰かけた柊人がシートベルトの具合を確認しているので、亜子もそれに倣う。
「シートベルトの確認って大切なんですか?」
「大切と言うか、出来たらトイレ以外は煩わしくてもしてた方が良い」
真面目な口調から何かあったのだと亜子は自然と理解した。
経験者が語るならそれは聞いておいた方がいい。
「理由は?」
「乱気流で飛行機が一気に急降下とかあるのよ。そうすると人って簡単に浮くんだよな」
「……」
確実に経験談だ。
それを察し、亜子はシートベルトの具合を確認して確りと締めた。
「約半日のフライトだけど映画でも見て無心で居れば着くから」
「ですよね」
そうそう事故なんて会う訳が無い。
「それと食事はお腹空いて無くても食べるように」
「……理由は?」
またの忠告に亜子は真剣に耳を傾ける。
「遭難したら食事抜きになるからかな? だから食べておいた方が俺は良いと思う」
これも経験談なのか? 判断に困りながらも亜子は言われた通りにお腹いっぱいをキープして、映画を見て寝てを繰り返した。
ポーン
『当機は現在乱気流の中を通過しております。お客様においては……』
そんなアナウンスが流れて飛行機がスコーンと急降下したりもしていたが、亜子はぐっすりと眠り続けていた。
起きたらそこはアメリカだった。
(C) 甲斐八雲
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