No,30
「余り世間様には知られたくない話なんだけどね」
安全で密室の場所と言うことで、亜子たちはカラオケボックスへと来た。
何故かクリスが目をキラキラと輝かして室内を色々と弄っているのはスルーし、亜子は自分の隣に座った彼の言葉に耳を傾ける。
「過保護な父さんが俺たちに護衛を付けてるのよ」
「護衛?」
「ああ。何せ俺とクリスは、父さんからトラブルメーカー認定を受けているからね。で、マイクやその上司のホークはマイアミの一件で世話になった。
そのこともあって父さんから信用されているのでCIAに出向という形で移籍し、現在俺の護衛として見えない所から日々俺たちを監視してます。連絡先を知っているから、いつでも連絡取れるんだけどね」
護衛なのに監視されるのはどうなのかと、亜子は素直に思った。
「それの何が知られたくない話なんですか? 良い話と言うか……お蔭でわたしは助かったんですけど?」
「うん。そうだね」
何故か柊人はその目を遠くに向けた。
「CIAってアメリカの組織なんだよね」
「ですね」
「その人たちが日本国内で活動しているのって公然の機密なんだ。それとアメリカの組織だから活動費は全てアメリカの税金で賄われている訳で……分かる?」
「何となくですけど……」
たぶんこれは地雷物件だと亜子は気付いた。
ただしもう踏んずけているので逃げられないが。
「公私混同で色々とブラックなことをしている大統領が、アメリカには居るってことです」
「聞きたく無かったです~!」
両耳を塞いで亜子はソファーに頭を押し付ける。
「これで亜子も仲間ねっ!」
「嬉しそうに言わないで~!」
マイクを握り締めて笑って来る姉にマジギレしつつ、亜子は泣き出しそうな顔をどうにか上げた。
「でもお陰で助かりましたし」
「そうだな」
「ふえっ?」
スピーカー越しにクリスの綺麗な口笛が響いた。
そっと背後から柊人に抱きしめられて引き寄せられた亜子は、彼を背にしてソファーに座る格好になる。
見る見る顔が熱くなるのを感じながら、どうしたら良いのか分からず全力で姉に目を向け援軍を請うた。
「しばらくそうしてなさい。お姉さんは隣りの部屋でも借りて歌って来るわ」
流暢な日本語でそう言うと、投げキッスを1つ残して彼女は部屋を出て行った。
裏切られたという思いもあるが、それより何より現状の把握が必要だ。
彼に抱かれている。後ろからギュッと。以上。
《ふわわ~!》
増々頭に血が昇って、亜子はガチガチに身を硬くした。
「緊張している?」
「だっていきなり……こんな……」
「彼女を後ろから抱きしめたらダメなのかな?」
「そんなことは……」
ドキドキと激しく鼓動し、亜子は全身が熱くなるのを把握していた。
確かに彼とは結婚している恋人だ。抱きしめられてもおかしくは無い。
「どうして?」
「ん?」
「いきなり……どうして?」
「うん。してみたかった」
クスクスと笑い声が聞こえて来て、亜子はまたからかわれているのだと気付いた。
「いつもの冗談ですか?」
「そんな感じ」
「もうっ!」
怒って……でも相手の腕を解けない。
自分の手を彼の手に触れさせ、亜子はようやく自分の体が震えているのに気付いた。
「あれ?」
「体は正直だな」
「えっ?」
不思議と震えが広がる。
すると柊人が後ろから抱きしめてくれる力を強くした。
ギュッと抱かれて震えを抑え込むように包まれる。
「どうして?」
分からない。震えて……涙が止まらない。
「人間は感情が高ぶっていると意外と鈍感になるんだ。でも落ち着けば思い出す」
「思い……ひぅっ」
そう。思い出した。
本来の自分は危ない目に遭いそうになっていた事実を。
普通だったらどうなっていたか分からない。でも普通じゃない助けられ方をしたからそれを忘れていた。違う。忘れるようにしていたんだ。
でも思い出す。決して忘れてない。恐怖が込み上がって来て、
「良いよ。泣いても。だからここに来たんだしね」
「ひうっ……ふえっ」
「大丈夫。亜子は必ず守るから」
「しゅう、と、さん……」
わんわんと幼子のように泣いて、亜子は恐怖が薄れるまで彼に抱きしめられていた。
隣りの部屋でクリスが狂ったように高得点を連発させていたのは、監視しているCIAの面々しか知らない事実でもある。
「それでキスぐらいしたの?」
「……泣いただけです」
「何だ。押し倒してやっちゃえば良かったのに」
飛んで来た枕を受け止めて、クリスは投げ返す。
顔面に直撃を受けた亜子は、そのままベッドの上に倒れた。
「まあシュウトが貴女のことを大切にしているのが分かったから、お姉さんは満足だけど」
「……大切にはされてます」
「大切にされ過ぎて物足らないの?」
「……」
図星を指されて亜子は胸元に落ちた枕を元の位置に戻した。
本日の宿は昨日と同じホテルだ。
ただし本日の同室は髪のカラーを落とし金髪に戻ったクリスだ。
そばかすの化粧も落して世界的に有名なモデル兼女優に戻っている。
「まあ頑張りなさい。アコとシュウトは家族なのだから」
「クリスさんも家族ですよ?」
「あら嬉しい」
薄いネグリジェに着替えたクリスは、軽い足取りで亜子が居るベットに飛び込んで来た。
ギュッと相手に抱きしめられ、亜子はその形の良い胸に顔を押し付ける格好となった。
「嬉しいわ……本当に」
「クリスさん?」
「ありがとう。私はシュウトのお陰で失った家族をまた持てたのだから。こんな可愛い妹もね」
「えっ?」
相手の胸から顔を引き剥がし見つめる先に、クリスの優しげな表情があった。
(C) 甲斐八雲
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