No,31
クリスことクリスティン・ミラーは自分の父親のことを詳しく知らない。
知っているのは母親のお腹の中に居る頃に、チンピラに銃で撃たれて死んだと言うことだ。
舞台女優だった母親はシングルマザーとして育ててくれた。
ただ気づけば自分は商品となり、母親はマネージャーになっていた。
乳児から色々な仕事を始め、稼ぎは全て母親の事務所……と言うか母親の懐に入った。ただアメリカにはクーガン法があり、報酬の15%が積立となってプールされている。
成人した際に受け取る金額を知った時は、自分がどれ程働かされていたのかを実感しクリスは冷笑した。
子役としてテレビや映画に出演し、それなりに知名度は得た。
仕事は好きだった。でもいつからか辛くなった。
成長し子役として辛くなって来た頃からは本当に苦痛の日々だった。
その頃から母親が変わった。男を作り、そして薬に手を出した。
ホテルの浴室で死体で発見されたと電話で報告を受けた時、クリスが取った行動は……知人のエージェントに頼んで新しい所属事務所を探すことだった。
母親との家族関係は子供の頃に破たんしていた。
だから自分には家族など無いに等しかった。
でも不意に家族が生じた。
今度の家族は……信じられないくらいに楽しくて暖かな存在だ。
「どうして貴女が泣くのよ?」
「……ぐすっ」
「もう可愛いわね」
布団の中で亜子を抱きしめクリスは彼女の頬にキスをする。
年の離れた他人だが……本当に妹のように可愛く、そして愛おしく思える存在だ。
「でも今は新しい家族が居る。こうして新しく家族が出来た。今の私は本当に幸せなのだと思う。何より仕事も楽しいしね」
クスクスと笑い、妹の頭を撫でクリスは相手の顔を覗き込んだ。
「だから亜子には頑張って貰わないと」
「頑張るって?」
「言ったでしょ? 私は仕事が楽しいの。だから私の家族を作る気は無いのよ」
「……」
女神のような笑みを浮かべてクリスは口を開いた。
「貴女たちの子供を養子で欲しいから……亜子には頑張って3人ぐらい産んで欲しいわ」
「って何を言い出すんですかっ!」
「頑張りなさい。ちなみにお兄様も養子が欲しいと言っていたから最低で3人よ。分かったかしら?」
「子供は犬や猫じゃありませんっ!」
「冗談よ」
「……」
また遊ばれたのだと気付き、
「産んでから声をかけるに決まっているでしょう?」
「冗談になってませんからっ!」
「なら亜子は子供1人で良いのかしら?」
「えっと……」
出来たらたくさんの方が良い気もする。
ただそうするとそれだけの回数頑張らないといけない訳で。
ふと自分の表情を覗き込んでいるクリスに気づいた。
「アコも好きね」
「ん~っ!」
拗ねて姉の胸を軽く叩いて気晴らしにする。
と、クリスは妹を抱き寄せてその耳元に口を寄せた。
「大丈夫。アコはきっと良いお母さんになるわ」
「……はい」
「良く頷きました」
優しく頭を撫でられ……亜子は純粋にクリスのような優しい母親になりたいと願った。
「マジかよ?」「テレビ? ドッキリ?」などなど……同級生たちが騒ぐのを柊人は何故か姉の横で聞いていた。
来日する時は、カメラの前で片言の日本語で喋るようにしているクリスから通訳を頼まれたのだ。
必要無いと知っていても同級生たちはそれを知らない。
「え~。今回はちょっとしたサプライズで、ファンレターと言うかメールをくれた加藤さんをターゲットに仕組まれたことだそうです」
『本当に柊人は嘘が上手ね。このままお父様のスポークスマンにでもなれば良いのに』
「スタッフが隠れて撮影していて、それをSNSにアップしたいとのことです。都合の悪い人は名乗り出て下さい。OKな人はこちらの書類にサインしていただければと思います」
適当に考えた文章を口にし、姉に渡された書類を同級生たちに配る。ちなみにカメラスタッフを演じているのはホークやマイクたちだ。
亜子の一件で怒られることが確定しているクリスが開き直っただけだ。
『でも本当に楽しい休暇になったわ。これで次のテレビドラマの撮影に入れる』
『短い休みだな?』
『ええ。本当は休みじゃないの。シュウトとアコに逢いたかっただけだから』
クスクスと笑いクリスは感謝の言葉を述べると、ホークたちに囲まれハイヤーへ乗り込んでいく。
世界的に有名なモデル兼女優を呼んだこととなっている亜子は……花束とプレゼントボックス。そしてサイン色紙を抱いて、とても複雑な表情をしていた。
修学旅行最終日。
亜子は帰りの新幹線で、柊人の隣に座って燃え尽きたようにぐっすりと眠り続けるのだった。
「修学旅行って何なんですかね?」
「色々と学べたろう? クリスに関わると大変だって」
「はい」
素直に認め、亜子は洗濯物を集めてカゴに入れる。
洗濯は明日に回し、今夜は出来るだけゆっくりと休みたい。
「クリスさんは帰ったんですよね?」
「関空から飛行機が飛び立ったのは確認が取れてる」
「……」
内心『良かった』と思う気持ちもあるが、『寂しい』と思う気持ちもある。
「柊人さん」
「ん?」
ソファーに腰かけている彼の横に座り、亜子は夫の顔を見た。
「クリスさんって本当に自由で迷惑で良い人ですね」
「褒めないでよアコ。照れるわっ!」
「はい?」
バンと自分の部屋のドアが開いて帰ったはずの姉が湧いて出た。
「帰ったって……」
「俺は関空から飛び立ったと言ったんだぞ?」
「ええ。そのまま羽田に移動してここに来たわ」
「……お仕事は?」
「他の共演者に問題が出て、10日ほど撮影が遅れるってメールが」
クスクスと笑っている姉の様子から見て、亜子は気付いた。
また騙されたんだと。
フラフラと歩き出した亜子は自分のスマホを手にすると、今夜の夕飯の出前を頼む電話をかける。
「済みません。納豆オクラそばを3人前頼みたいんですけど」
「ノォ~っ! 許してアコ! それは無理よっ!」
流石のクリスも亜子に突撃し、スマホを奪い合ってじゃれ出した。
(C) 甲斐八雲
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