No,21
『就任後初来日するレウカント大統領は、その移動の大半をヘリで行うこととし、交通規制などは極力行わない方向で調整されております。ただし滞在2日目の迎賓館周辺では交通規制が実施されるためにお車での移動は……』
ぼんやりとテレビニュースを眺めていた亜子は、その目を夫である柊人に向けた。
退院してから調子が良くなったらしい彼はソファーに横にならず、座って膝の上に置いたタブレットPCを操作していた。
「柊人さん。何をしてるんですか?」
「ああ。今週末の予定を送って貰ったんで……たぶんここだな」
「はい?」
ため息を吐いてタブレットPCの画面を消した柊人は、胡乱気な目を亜子に向けた。
「今週末、俺たちは最後の敵に会います」
「敵ですか?」
「ああ。父さんだ」
「……」
姉、母、兄と来て最後の人物に会うらしい。
本当に準備期間も何も無くぶっつけでイベント続きだ。
「今度もまたドレスですか?」
「かな? 何なら和装でも行けるぞ?」
「……まだドレスの方が良いです」
ただどちらにしても自分では着れない服ではある。
その辺の手配は抜かりの無い夫なので亜子は心配などしない。
またタブレットPCを手にした彼が何やら操作しだした。
「ならドレスで良いな?」
「良いです」
「ウエディングドレスも着てないのにドレスのオンパレードだな?」
「そうですね」
何となくで返事し、よくよく言葉の意味を噛み締めた亜子はその顔を真っ赤にした。
ウエディングドレスとはつまりあの白いドレスだ。
確かに着ていないが今更自分が着るのは抵抗がある。決して着たくない訳ではないのだが、本来は契約結婚のような関係だ。
「着たいのか?」
「……どちらでも」
『着たい』という気持ちを飲み込み亜子はどうにかその返事を絞り出した。
何処か見透かしたように笑った柊人は、発注する亜子のドレスの色をあえて白も含んでおいた。
「ならドレスの発注は良いとして、週末というか金曜の夜に都内のホテルでも借りていつ呼ばれても良いようにしておくかな」
「……」
パタパタと顔を手で煽いでいた亜子は、ふと気づいて夫の顔を見た。
「ところでお父さんってどんな人なんですか?」
「テレビに出てるよ」
「はい?」
現在流れているのは来日するアメリカの大統領で……気づいた亜子の口がパクパクと金魚の口のような動きを見せた。
「まさか違いますよね?」
「正解。父さんは現在合衆国の大統領をしてたりします」
「いや~! 流石にそれは無理です~!」
色々とロイヤルな人と出会った気がするが、今度ばかりは限界の斜め上を行く人物だ。
その気になればあれなミサイルを撃てる人なのだ。
「知ってますから! その人はミサイル発射の鞄を持ってて、いつでもどこでも撃てるんですよね!」
「鞄じゃなくてケースだな。就任した時に一度見せて貰ったことが」
「聞きたくな~い!」
脳内の許容をオーバーしたので、亜子は耳を塞いで床を転がった。
金曜の夜に都内へ出てホテルで待機する。
その予定で行動していたが、彼と一緒に帰宅した亜子は……マッチョなスーツ姿の一団の出迎えを受けた。
『何してるんだマイク? スーツが可哀想だぞ?』
『上からの指示で正装着用なんだよ』
やれやれと肩を竦める彼に呆れながら、柊人たちは一度部屋に向かい着替えを済ませると、手配されたワゴンに乗せられた。
『母さんはリムジンだったぞ?』
『軍用ジープで迎えに来なかっただけ褒めてよ』
『父さんは大胆な割には、こういう所が細かいんだよな』
呆れつつ隣で所在無げに座っている亜子に気づき、柊人は彼女の肩に頭を預けた。
「少し寝るんで宜しく」
「……はい」
終始顔を真っ赤にして身動き一つ出来ずにいる亜子の様子を、海兵隊員である彼らが生暖かく見守った。
『警護はするんで後は自由に』
『はいよ』
警護の都合一緒に都内へ来たと言うことらしい現実を受け入れ、柊人は予約していたホテルに入り受付を済ませる。
室内に入ると先に届けられていたドレスがハンガーにかけられ、ぶら下げられている。
それを見た亜子は何とも言えない眼差しで見つめた。
真っ白なドレスだった。綺麗なほど純白で……
「これを着て大統領に会うのって、ハードルが高過ぎる気がするんですけど?」
「大丈夫大丈夫」
「柊人さんも白ですよね?」
「普通にグレーだけど?」
親でも殺しそうな目で睨まれ、柊人は腹を抱えて笑った。
「もうっ!」
また自分だけ試練を迎えることになるのだ。
どんなイジメか拷問かといじけて居ると……彼はバスルームに入り、青色のドレスを持って出て来た。
「で、どっちがいい?」
「……そっちで」
「白も似合うと」
「そっちで!」
本気で怒っているらしい亜子にドレスを抱えて降参し、柊人は白いドレスの隣に青いドレスをかけた。
「白も良いと思うけどな?」
「知りませんっ!」
「ならそっちはウエディングの時にでも着た貰うとするかな」
「……知りませんっ!」
何とも言えない表情で拗ねた亜子は、ベッドに飛び込んで枕で自分の頭を隠した。
(C) 甲斐八雲
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