No,22
彼がスマホを操作していると思ったら、呼び鈴が鳴ってスーツ姿の女性が数人入って来た。
亜子が青いドレスに着替えると柊人もスーツ姿になっていた。
「あの柊人さん」
「ん?」
「この方々は?」
「どうせボディーチェックを受けるだろうから、ドレスの着付けが出来る女性SPの派遣をお願いしただけ」
「……」
だから下着まで確認されたのかと納得し、亜子は何とも言えない様子で彼を見た。
そっと手を差し伸べて来る柊人の手に自分の物を重ねる。
「行きますか」
「……好きにしてください」
少し頬を赤くし亜子は誘われて歩く。
ホテルの入り口には黒塗りの高級車が停まっていて、近くにはスーツ姿のマイクたちが待機していた。
「マイクさんたちは?」
「あれはここでお留守番だな」
「……普段何をしてるんですか?」
「だから身近にいる便利屋だって」
全力で視線を逸らして彼はそう言う。
絶対に嘘だと分かるのだが……言いたくないことを無理に聞いても仕方ないのでこれ以上追求しない。
「なら言えるようになったら教えてくださいね」
「分かりました」
後部座席に乗車し、2人はそのまま運ばれるのだった。
「分かっていると思うが……シュウト?」
「はいはい。報告が遅くなって申し訳ございません」
「うむ。お前もこれからは社会へと出て行くのだ。最低限の順序は守れ」
「はい」
軽く会釈し隣に立つ夫が相手の許可を得る。誘われてソファーに腰を下ろした亜子の心臓はバクバクと激しく動き続けていた。
目の前にアメリカ大統領が居るのだ。どんなイジメか拷問か?
「君がアコだね」
「はい」
「柊人は知っての通り色々と厄介事を抱え込む体質の息子だ。苦労するのは間違いないがそれでも良いのかね?」
「はい」
「ならわたしから言うことは特に無い」
「無いのかよ」
思わずツッコミを入れる夫の精神が凄い。
「母さんやミハエル、クリスから報告が来ているからな。家族が信用出来ると言う者を疑うようなことはしたくないしな」
「そうですか」
呆れる夫にニヤリと笑う彼がパチッと指を鳴らした。すると背後に控えていた男性が歩み寄り大統領に何かを渡す。
ケースからして亜子のスマホだ。車に乗り降りる時に預けたはずだ。
「こちらには私個人に連絡する特別なアプリが入っている。使い方はシュウトに聞くと良い。初期設定をすれば後は普通に使えるはずだ」
「分かりました」
背後に立つ通訳さんが通訳してくれるから本当に助かる。何よりアメリカの大統領に個人的に連絡とか、何をすれば良いのか全く分からない。
「さて……本来なら積もる話をしたいのだが、これから日本政府主催の晩餐会だ」
「だと思いましたよ」
この緊張状態から解放されると思った亜子は、とどめの言葉を聞かされた。
「2人分の席は確保してある。折角だから楽しんで行くと良い」
「はいはい。だから正装で来た訳ですしね」
「あはは。そう気が回るなら結婚の報告を直ぐにしろ」
「今度は気をつけます」
立ち上がり準備をする大統領の姿を見つめ、亜子は錆びて動かなくなった自分の首をどうにか回して隣に座る夫を見た。
「今なんて?」
「晩餐会にお呼ばれされたな」
「……ご辞退は?」
「出来ると思うか?」
『無理です』と自身の中で即答し、亜子は今にも泣き出しそうな表情となる。
「まあ主賓は父さんだから俺たちは隅っこでその他大勢をしているだけだよ」
「本当ですか?」
「知らん。日本での晩餐会は初めてだ」
他所ならあるのかと聞きたくなったが、ありそうだから口を結ぶ。
それからしばらく待機し、何故か大統領の車列に便乗し迎賓館に向かうと……亜子は自分の心臓が何処まで耐えられるのかのテストを受けている気になって来た。
思考力0で晩餐会を終え、帰り際にお父さんと呼ぶには色々と問題がありそうな人物から声をかけられた。
「今度2人でホワイトハウスに来ると良い。歓迎するぞ」
色々と脳内の処理が限界を超えた亜子は、素直に誘われた夫の肘に抱き付いてやっとの思いで借りているホテルの部屋へと戻った。
もう人生で最大級の何かしらの抵抗をした気になってベッドの上に崩れ落ちた。
目を覚ますとベッドの上で寝ていた。
体を起こすとドレス姿で……色々と息苦しかったのはそれが原因だと気付いた。
ドレスを脱いで畳まれ置かれている私服に手を伸ばそうとして動きを止める。
そっと足を動かし壁に掛けられている白いドレスを手にしてそっと自身に合わせてみる。真っ白なドレスは本当にウエディングドレスのようで……そう思うと気持ちを止められなくなった。
ビニールのカバーを外してそっと身に纏ってみる。
着替えに使った姿見の前に立ち軽くスカートを揺らして自身を見つめる。
ブーケなどは無いがなぜか心が満たされた気がした。
「やっぱり似合ってる」
「ふぁああ~」
不意にかけられた言葉に慌てて腕をばたつかせた亜子は振り返る。
何故かコンビニの袋を手にした私服姿の彼が立っていた。
「どこから見てました?」
「スカートを振ってた辺り?」
「本当ですか?」
「下着姿は見てないよ」
「……」
信ずるしか無いが、本来なら彼とは見られても文句の言えない関係だ。
「白いドレスも似合ってるよ」
「……」
ストレートな言葉に軽く頬を膨らませて亜子は自分の私服を抱えてバスルームに飛び込んだ。
ドアに背を預けトクントクンと脈打つ心臓を胸の上から押さえる。
本当に……気持ちを押さえるのが辛くなっていた。
(C) 甲斐八雲
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